4話 隣の席にはキノコがいる
「……みんな落ち着けよ、眞城はどこも悪くない」
「で、でも木之崎君。あんな酷いこと言われたのに……」
「アレが普通の反応だよ。前もってケイ先生が説明してればよかったんだろうけど……」
チラリと前の方を見ると、ケイ先生は教卓の上に倒れ込んでイビキをかいていた。この騒動そのものに興味が無かったのか、睡魔に負けて眠ってしまったらしい。
全く、こんなんだから未だに独身なんですよ!
「むにゃ……もっぺん言ってみろぉ……きのさきぃ……すぴぃー」
ごめんなさい。本人を前にしたら何も言えないです。
「しかし丈人、お前はそれでいいのか……?」
「俺は自分が普通の人とは違う事を承知しているし、その事で周りにどう思われても平気だ。だって、俺の事を認めてくれる友達はちゃんとここにいるだろ?」
「木之崎君、そんなに私達の事を……」
「なぁ眞城。始まりは失敗したかもしれないけど、少しずつ取り返していければそれでいい」
黙ったまま俺を見つめる眞城に向かい、俺は誠意を込めて声を掛ける。
どんなに最悪の出会いでも、お互いに歩み寄っていけばいつか分かり合える筈だ――
「だからさ。もしお前がよければ、これから仲良くしてくれないか?」
「絶対にイヤ。なんでキノコなんかと仲良くしなきゃいけないのよ」
ただし相手が横を通り過ぎた場合を除く。ぐすん。
「き、キサマァァァァァァ! 丈人の善意を踏みにじるとは許せんっ!」
「ぷんぷんだよっ! もう私も我慢出来ないかもっ!」
針馬と橙乃の二人を筆頭に、とうとうクラスメイト逹の堪忍袋の緒が切れた。
ある者は眞城へ謝罪を求め、またある者は怒りの罵声を浴びせている。しかも対する眞城は悪びれる様子も無く、素知らぬ顔でそっぽを向いている――これは酷い。
「うわぁ……最悪の事態になってきた」
最初はあんなにお淑やかだったのに、とんだ意地っ張りのじゃじゃ馬じゃないか。
ヤバイな。このままでは俺のせいでこのクラスは学級崩壊を起こしてしま……
「んぅ……ぐぅ……んがああもうっ! うるっせぇえええええええええええっ!」
突然、教卓を殴りつける爆音とケイ先生の怒鳴り声が教室内に轟いた。
みんなが騒ぐ声で、眠りから覚めてしまったのだろう。
「ファァック! 人が気持ちよく寝てるっていうのに!!」
「け、ケイ先生……あの、今はそれどころじゃなくてですね」
騒ぎが収まったのはいいけど、根本的な部分は何も解決していない。
というより、更なるカオスに片足を突っ込んでいるような気もするんですが……
「あん? なんだ新入り、まだそんなところに立ってたのか」
「……あ、はい」
「とっとと席に付け。お前の席は……ちょうど木之崎の右横が空いているな」
「うぇっ、何を言ってるんですかケイ先生っ!」
ケイ先生の言うように、俺から見て右隣の席は都合よく空いている。
だけどこの状況で俺の隣に眞城が座るなんて……悪手としか言いようがない。
「この教室ではケイ様がルールだ! オーケー?」
「オーケーじゃありません! よりにもよってキノコの横なんて、私はイヤです!」
「あのなぁ新入り。冷静になってよーく考えてみろ」
おや、どうしたんだろう? なんだかケイ先生の顔付きが変わった?
もしかして、珍しくまともなことを言ってくれるのか……?
「隣にキノコがあったら、酒のツマミに困らねぇ。つまり、問題無いって事だ」
「……は? ツマミ?」
はい、この人に期待した俺が馬鹿でした。
「で、でもケイ先生! 木之崎君の隣は私だけのアイデンティティーといいますか、専売特許だと思うんです! それにあの、主に私の精神衛生上よくないと……」
「文句がある奴は後でケイ様のところに来い。ただし、生きて帰れると思うなよ?」
反対しようとした橙乃をひと睨みで黙らせて、ケイ先生は生徒逹を脅す。
ほんと……なんでこの人は教師をやっているんだろうか。
「なんなのこの学校……喋るキノコに理不尽教師……転校初日でどうしてこうなるの?」
眞城はしばらく不服そうにぼやいていたが、やがてこれ以上の反抗は無意味だと悟ったようだ。ガックリと肩を落とし、眞城は絶望に染まった表情で俺の右隣へ歩いてきた。
なんというか、災難だったねとしか言えないけど……とりあえずゴメン。
「……なぁ眞城。無理に仲良くしてくれなくても構わないけどさ、一応クラスメイトなんだし、最低限は波風を立てないようにしないか? お互いにその方が得だと思うぞ」
鞄を机の上に置き、右隣に着席した眞城に話しかける。クラス全員が動向を見守り、僅かな緊張が広がる中……彼女はしばしの沈黙の後にこう言った。
「いいえ、こちらこそごめんなさい。早く慣れるように努力するわ」
ニッコリと、先程までの敵対心が嘘のように笑う眞城。
そんな彼女を見てクラスメイト逹は安心したのか、ホッと胸をなで下ろしている。
……だが、彼女の隣にいる俺だけは違う。
「認めない……私をあんな地獄に追いやったキノコなんて……」
ボソリと、俺にだけ聞こえるように紡がれた眞城の呟き。この言葉がどういう意味を持つのか、俺はまだ知らない。
ただ一つ分かっているのは、彼女は相当なキノコ嫌いだということ。
「……お手柔らかにな、眞城」
「ええ。よろしくね、木之崎君」
キノコになった男とキノコを憎む女のおかしな物語。
「必ず化けの皮を剥いで、保健所送りにしてやるんだから……」
これが、俺と眞城の奇妙な関係の始まりだった。
今作はかなり昔に書いた作品のリマスターとなります。
それすなわち、ハードディスクの奥底に眠っていた黒歴史の大量放出。
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