3話 あの子とキノコの初遭遇
「おー、顔がすげぇ事になってんぞ新入りー。ケイ様びっくりー」
「だっ! だだっ、だって! あんな、大きなキノコが、ひぃっ! よく見ると動いてるじゃないっ!」
教室に入って来た頃の大人しそうな美人の面影を無くし、引き攣った顔でシャカシャカとガニ股で後退する眞城。
うわー、こういうリアクションも久々で懐かしいなー。
キノコになりたての頃は、よくこうやって逃げられていたもんだ。
「んあ? キノコ……? ああ、木之崎の事か」
「き、木之崎……くん?」
「そーそー。あんな見た目だけど悪い奴じゃねぇから。ま、仲良くしてやってくれ」
「仲良くって……はぁっ? おかしいでしょ! なんでみんな平気そうにしているの? 意味が分からないんですけど! ていうか何なの! アレは何なのよぉっ!」
「だーかーらー、木之崎だって。ふあぁ……ねっみぃ」
「そういう意味じゃないっ! あの化物の正体が何者かって訊いてるの!」
俺という存在の衝撃が強すぎたのか、眞城は髪を振り乱し……半狂乱になりながら地団駄を踏んでいる。その動揺ぶりはあまりにも酷く、先程まで彼女の容姿に見とれていた男子の大半が百年の恋も覚めた様子でドン引きしていた。
「……化物、ね」
そう思われてしまうのも仕方ない事は分かっている。だけどやっぱり、こう面と向かって否定されるのは……少しだけ、堪えるなぁ。
涙は流せないのに視界がじわじわと滲んでくる。それに拭う術すら持たない俺は、ただ歯を食いしばって耐える他に無かった。
ここで俺が嗚咽の一つでも漏らそうものなら、きっと眞城が責められてしまう。
できる事ならそれだけは避けたかったのだが――既に手遅れだったらしい。
「くっ、貴様っ! よくも俺の永遠のライバルに向かって化物などと!」
「いいって針馬。俺は気にしてない」
「丈人、お前は黙っていろ。眞城と言ったか? 俺は貴様に話している!」
前の席の針馬が立ち上がり、バンッと机を叩く。
あの針馬がここまで怒りを剥き出しにするなんて、嬉しいけど今はマズイ。
「な、何よっ! だって、そんな不可解な生物、見た事も聞いた事も……」
「黙れ。悪気が無ければ何を言っても許されると思っているのか?」
「だからやめろって針馬! くそっ、橙乃も止めてくれ!」
これ以上ヒートアップすれば、完全に眞城一人が悪者になってしまう。
そうなる前にと、俺はクラス一の聖人である橙乃に救援を求めたんだが……
「木之崎君が化物? あっははははっ! 面白い冗談を聞かせてくれるねぇっ!」
「うぉいっ! お前もかよっ!」
え、なにこれ? 橙乃の眼が真っ黒なんですけど? 光が無いんですけど?
というかどす黒いオーラが体全体からにじみ出ているんですけどぉっ!
「……そうよ、木之崎君の悪口を言うなんて酷いわ!」
「木之崎は俺達の大事なクラスメイトだ! それを化物呼ばわりだなんて!」
「酷い、木之崎君が可哀想……う、うぅっ……」
「謝れよ! 木之崎に謝れっ! 俺達がどれだけアイツに助けられてると思ってんだ!」
案の定飛び火したようで、クラスメイトの皆さんも怒り心頭のご様子だ。
ああ、まさかこんなことになるとは……くそっ!
「うぐっ……な、なんでみんなして、あんなキノコを庇っているのよぉ……」
「フッ、友達だからだ。それ以上の理由がいるのか?」
針馬、恥ずかしいセリフはやめてくれ。なんつーかこう、全身がむず痒くなる。
「どういうことなの……? 私が悪いの? いいえ、私はおかしくない……正しい……」
教室中からの大ブーイングを受け、ガタガタと震えている眞城。
こんなのはいじめと変わらないぞ。俺の為にやってくれているとはいえ、こんなことを見逃すなんてダメだ。俺が動かないと!
「眞城さん、木之崎君は可愛いよっ! 見てよ、この柔らかそうな体! それに抱き上げるとね、ぷにぷにして気持ちいいの! おまけに匂いも甘くって癒されるんだからっ!」
「そうだ! 丈人はキノコの中でも世界一のキノコだぞ!」
「ああもうっ! やめてくれよみんな! いい加減にしてくれ!」
眞城への非難と俺への賛辞が飛び交う教室内に、俺の悲痛な叫びが響き渡る。
その必死な想いが届いたのか、興奮していたクラスメイト逹はピタリと騒ぐのをやめて、俺の次の言葉を待ってくれていた。みんな……ありがとう。
今作はかなり昔に書いた作品のリマスターとなります。
それすなわち、ハードディスクの奥底に眠っていた黒歴史の大量放出。
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