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2話 キノコと美少女転校生

「ちゃんと橙乃にも挨拶しろよ針馬。あと、ノートはそこに置いておいてくれ」


「チッ、お前がそこまで言うのなら……おはよう、橙乃杏」 


「うんっ! おはよう! 今日も一日、頑張ろうね!」


 苦虫を噛み潰したような針馬の顔に対して、橙乃の笑顔のなんと眩しい事か。

 女子が苦手なのか、針馬は幼稚園の頃からずっとこうなんだ。もう少し愛想をよくすれば今以上に人気が出るだろうに、勿体無い。

 まぁ、本人は恋愛そのものに興味を持っていないようなんだけどさ。


「丈人、来週のテスト……俺は手を抜かないぞ。前回の借りを返してやる」


「ああ! あの時の結果はマグレだろうけど、俺だってベストは尽くすさ」


「男の子のライバル関係ってなんかいいよねぇー。うん、私も頑張らなきゃ!」


「ライバルね……っと、もう時間だな」


 話に夢中で気付くのが遅れたが、いつの間にかクラスの担任が教室に入ってきていた。

 いつものように出席簿で肩を叩きながら、ジャージ姿の三十路女教師――榎田慧(えのきだけい)が不機嫌そうに俺逹三人を見ている。

 まずい、朝っぱらから目を付けられてしまったか……?


「おーおー木之崎ぃー。このケイ様のホームルームを前に騒ぐとはいい度胸だなー。なんなら今夜、お前をツマミにして一杯やってもいいんだぞ?」


 前日の酒が抜けていないらしく、ケイ先生の声は若干酒やけしている。

 そのせいで元々のハスキーな声に拍車がかかり、ちょっとだけ怖い。


「け、ケイ先生。俺なんて食べても不味いだけですって」


「っせぇなぁ。ケイ様だって唐揚げとかの方がいいんだけどよ。最近揚げ物をアテに酒を飲むと、翌朝は胃がもたれて吐き気が……って何言わせんだ木之崎ぃ! ぶっ飛ばすぞ!」


「ええっ! そんなぁ!」


 俺が机の上で飛び跳ねると、教室のあちこちから笑い声が巻き起こる。

 こんなコントじみたやり取りも、このクラスではいつものお約束。何かと理由を付けてケイ先生は俺に絡み、最後は俺が怒られて終わるんだ。


「あースッキリした。やっぱ二日酔いの日は木之崎を怒鳴るに限るなー」


「もう、ケイ先生! 木之崎君をいじめちゃダメですよ?」


「そう怒るなよ橙乃。まぁアレだ、これはケイ様なりの不器用な愛情表現ってヤツだ。そうだよな木之崎? 違うって言ったら酢に漬けるぞコラ」


「俺に否定権なんて無いじゃないですか!」


 俺を擁護する声はもはや橙乃しかいない。他のみんなは薄情にも笑うばかりだし、中には羨ましいと言ってくる変態男子までいる始末だ。くそー、不条理だ。


「っと、いけね。このケイ様としたことがメインイベントを忘れるところだったぜ」


 俺の反論もどこ吹く風で、ケイ先生はポリポリと頭を掻き始めた。

 ズボラな性格とは裏腹に、意外にも手入れされている乳白色の髪は流れるように後ろ膝あたりまで伸びていて、本人の耽美な顔立ちにとても似合っている。

 後は服装に気を遣いさえすれば、外見だけは完璧な美人教師だというのに……


「野郎共待たせたなー! このクラスにイカれた新入りを紹介してやるぜ、ひゃっはー!」


「えぇー? テンションの落差が激しすぎますよ」


「放っておけ丈人。情緒不安定なのは、どうせまた見合いで失敗したからだろう」


「……お前ら二人とも覚悟しておけ。後でこの世の地獄を見せてやるからな」


 出席簿を教卓の上に置き、ケイ先生はバキボキと拳を鳴らす。

 いやいやいや、なんで俺までカウントされているんだ!?

 悪いのは針馬じゃないか!


「今週の生贄も決まったし、そろそろ外で待っている転校生を入れてやっかー」


 ケイ先生は満足そうに頷くと、両手を前に出してパンパンと叩き鳴らす。

 すると、それを合図に教室の扉が開き、一人の少女が教室の中に入ってきた。


「うわぁ、すっごい美人さんだよ! ねーねー木之崎君、美人さんだよっ!」


「……分かったから落ち着こうな。自己紹介もまだなんだから」


 そう諌めはしたが、橙乃が興奮する気持ちは俺も十分に分かる。

 いいや、俺だけじゃない。教室中の誰もが彼女の美しさに目を奪われた事だろう。


「うぉいうぉいうぉーいっ! 男子も女子も、なーに口を半開きにしてんだ! 今から新入りが自己紹介すっから、ちゃんと聞いておけよ!」


 惚けている生徒逹を叱りながら、ケイ先生は転校生を手招きして黒板の前に立たせる。

 清流を思わせるサラサラの青い長髪をなびかせて振り返ると、転校生はチョークを手に取って黒板に名前を書き始めた。その字はまるでパソコンで打ったかのように達筆で、心地よいリズムを奏でながら書かれていく。

 たかが数秒の出来事だというのに、俺はその光景から目を離せずにいた……まぁ、キノコだから目は無いんだけどさ。


眞城優夢(ましろゆうむ)です。これからよろしくお願いします」


 名前を書き終えてこちらを向いた転校生が、名乗りながら頭を下げる。


 身長は橙乃と比べると高く、とある部位……女の武器に至っては比べることが失礼なほどの差(果てしない水平線)があった。しかしそれを補って余りある彼女の美貌は凄まじく、既に男子の半数はだらしなく頬を緩ませて彼女に見蕩れてしまっているようだ。


「はーいみんな拍手―。ケイ様ほどじゃないが美人な女の子だぞー喜べ男子―」 

 ケイ先生がそう言うと、教室中の生徒が堰を切ったように盛大な拍手を始める。

 手の無い俺はどうしようも無いので、とりあえず机の上でぽむぽむと跳ねて、歓迎の気持ちを現す事にした。何もしないよりはきっとマシだろう。


「……え?」


「おー? どうした新入り? 新しい制服が届いていなくて不満か?」


「あっ、いいえ先生。そうじゃなくて……」


 すっかり眞城の容姿ばかりに目を奪われていたが、言われてみれば彼女の制服は学校指定のセーラー服ではなくてブレザー。

 紺色を基調としていて可愛らしいデザインだ。

 見慣れていないチェックのプリーツスカートもマジマジと見ると、新鮮でイイな。


「実に奇怪なモノが存在していると言うか、よく分からない物があるんですけど」


「奇怪なモノだぁ? そんなもん、どこのクラスにも一つや二つはあるもんだ」


 首を傾げてキョトンとした様子の眞城に対し、ケイ先生は面倒そうに答える。

 あの、それはいくらなんでも適当過ぎですってば。


「ダメですよケイ先生っ! 眞城さんの疑問にはちゃんと答えるべきだと思います!」


「橙乃―、勘弁してくれよー。ケイ様は早くホームルーム終わらせて寝たいのー」


 ぐったりと教卓の上に寄りかかり、頬を擦りつけるケイ先生。教卓はひんやりとしていて気持ちいいのか、幸せそうに目を緩めているのが微笑ましい。

 しかし当の眞城は納得していないようで、なぜか俺の方をチラチラと見ながら口を開く。一体何を見ているのか気になる俺は、彼女の言葉にしっかりと耳を傾ける事にした。

 ……まぁ、キノコだから耳は無いんだけどな。


「……あそこにあるぬいぐるみはなんですか?」


「あー? ぬいぐるみだぁー?」


 ぬいぐるみ、だって? 

 あまりにも唐突に出てきたキーワードに、ケイ先生と同じように俺も困惑した。


「ほら、あそこの席に置いてありますよね?」 


「あそこの席って……木之崎の席か?」


 眞城が白く細い腕を上げて指差しているのは俺の席。それにつられたクラスのみんなは頭にハテナマークを浮かべた様子で、一斉に俺の方へと視線を寄せる。

 おいおい、ここには針馬がくれたノートしか無いぞ?


「あー! 分かった! 眞城さんが言っているのはコレかな? 私の鞄のキーホルダー!」


 パンッと手を叩き、橙乃が机の横に掛けている自分の鞄を持ち上げる。

 確かに橙乃の鞄には小さなぬいぐるみのキーホルダーが幾つか付いている。

クマにひよこに梨、どこかのご当地ゆるキャラだと前に言っていたっけか。


「あのね、これがクマメンさんでこっちがボリィさん! あとこれがなっしーさんだよ!」


 キーホルダーの一つ一つを手に取って、丁寧に名前を解説していく橙乃。

 しかし橙乃、恐らくだがそれは違うと思うぞ……


「せっかく説明してくれて悪いけど、違うわ。アナタの隣の席に置いてある、この世で最も存在意義の無い物体のぬいぐるみの事よ」


「うぇっ? ご、ごめんねっ! 勘違いしちゃった……えへへっ」


ほらやっぱり。だって彼女は完全に俺の事を指差しているんだから。

あと針馬、舌打ちするな。お前、どれだけ橙乃の事が嫌いなんだよ。


「ってあれあれー? 私の隣の席って……」


「そうだよ橙乃。多分、俺の事だ」


 今ではもう皆が受け入れてくれているから、自覚が薄れていた。

 普通に考えて、体長五十センチの喋って動くキノコがいればそりゃあ……


「えっ……喋った……? しゃべっ……喋ったぁっ!?」


 こういう反応になるよなー、うん。

今作はかなり昔に書いた作品のリマスターとなります。

それすなわち、ハードディスクの奥底に眠っていた黒歴史の大量放出。

もしお楽しみ頂けましたら、ブクマやポイント評価などお願いします!

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