21話 キノコの本音
「アンタの性癖はどうでもいいわ。そんな事より、さっきの丈美ちゃんとの話……」
「えっちなアニメの事か? アレは多分、少し過激な深夜アニメの話だろ。流石に中学生の丈美が本物のエロアニメなんて見るわけがないさ」
「違う! その後の宿題がどうこうって話よ!」
胸から丈美を失って手持ち無沙汰なのか、ソファに乗せてある大きめのクッションを抱いて足を組み直す眞城。しかも、どことなく顔付きが険しくなっているように見える。
丈美の宿題云々の話に、何か気に障る事でもあったかな?
「丈美ちゃんは中学生よね? でもさっき木之崎君は。丈美ちゃんに宿題なんて無いって言っていたでしょ? あれは一体どういう意味?」
「あー、そういう事か。これは失言だった……」
家にいると、ついつい気が緩んでしまうようだ。
外にいる時はなるべく気を張り詰めてはいるんだけどな――油断した。
「隠しても仕方ないから言うよ。丈美は今、学校に行ってないんだ」
「え? 不登校ってこと?」
ピクリと眞城の眉が動き、顔の険しさが増していく。
「ああ。中学ってさ、まだ分別が付かない子が多くて……丈美のキノコ姿を馬鹿にしたり、からかったりと酷いらしいんだ。なんていうか、いわゆるいじめってやつだな」
「いじめ……? いじめですって! アンタ、それを許してるっていうの!」
「許すわけないだろ。だけど俺が中学に行くわけにはいかないし……いくら学校側から注意しようと、陰で意地悪する連中はいる。現に丈美はそれが理由で不登校になった」
歯を剥いて怒りを顕にする眞城だが、そうしたいのは俺の方だ。
俺の大切な丈美をいじめるなんて……どんな理由であれ、許しておけるものか。
「最初はこそこそ笑われる程度だったらしいが、いずれ物を隠されるようになって……面と向かって悪口を言われ、無視され始めて……付いたあだ名がキノコ女だ」
「キノコ……女……?」
「ある日、泣きながら帰って来た丈美を見て驚いたよ。傘部分に油性マジックで、でっかく書いてあったんだから。その時ばかりは俺も……我を忘れそうになった」
中学に行き、そんな事をした連中を血祭りに上げてやろうかと思ったさ。
でも、丈美が俺を必死に引き止めた。
おにいちんにはそんな事をして欲しくないと。
俺は耐えた。仮に仕返ししたところで、妹への仕打ちが酷くなるのは目に見えていたからな。
妹を守る為にも、俺が感情的になってはいけないと……怒りを噛み殺した。
「丈美はその日以来、一度も学校には行ってない。いつでも学校に戻れるように俺と母さんで勉強を見てはいるんだけど、根本的な問題を解決しない限りは……」
「いじめ……キノコ女……私と、同じ……」
「眞城? おい、具合でも悪いのか?」
クッションをキツく抱きしめ、眞城はブルブルと震えている。
まるで、自らの凄惨な過去を思い出して……苦しんでいるかのように。
「いいえ、なんでもないの。なんでも、ないから放っておいて……」
「放っておけるわけないだろ。無理するな」
いじめの話題になって、丈美の境遇を自分と重ねてしまったのだろう。
眞城も前の学校でいじめられていたようだし、この手の話題は辛いに違いない。
「ごめんなさい。丈美ちゃんがどれだけ傷付けられてきたかを思うと……胸が張り裂けそうになって、私……うぅっ」
「安心してくれ。今は丈美も大分落ち着いているから。それにすぐには無理でも、いつか絶対に丈美を元に戻してやるんだ。例え、何を犠牲にしようとも……俺が必ず」
俺の不注意で、丈美が崖底に落ちるのを食い止められなかったことが原因なんだ。
俺のせいで丈美は死の危機に陥り、キノコになり、いじめられた。
だからこそ、俺が責任を取らなければならない。兄として……何があろうと。
「……その言い方だと、自分は戻らなくてもいいって風に聞こえるけど?」
「当然、俺よりも妹の方が優先だ。別に俺は戻れなくてもいいけど、丈美だけはなんとしても人間の姿に戻してみせるさ」
「戻れなくてもいい……ですって?」
「お前も知ってるだろ? 俺はこの姿でも学校で楽しく過ごせているし、みんなとも上手くやれてる。だから無理して戻らなくても大丈夫なんだよ」
「嘘よ」
俺の強がりをバッサリと切り捨てる眞城。
「う、嘘なもんか。俺は本心で丈美だけでも……」
「言わなかった? 私は木之崎君の考えなんて、全てお見通しなのよ」
顔を上げると、俺を見つめる眞城と目が合った。
責めているわけでも、哀れんでいるようにも見えないその眼差しはどこか優しく、そして――ゾッとするほどに綺麗なものだ。
「嫌になっちゃうわねホント。自分の愚かさ……ううん、思慮の足りなさにね」
俺が橙乃や針馬にさえ隠してきた感情に、眞城は気付いているのかもしれない。
だけど眞城。もし本当に気付いてくれたのだとしても、やめてくれ。
「人に嫌われる悲しみも、拒絶される苦しみも知っていたのに、私は同じことを木之崎君にしてしまったわ。ううん、私だけじゃなく……これまで、一体何人がそうしたのか……」
「眞城……もういい」
「この数日間、ずっと見てきて……病的なほどに誰かの力になろうとする木之崎君に違和感を覚えたわ。同時に惹かれもしたんだけど、それ以上にアナタの誠実さが気になったの」
震える唇から紡がれる眞城の言葉の一つ一つが、俺の心のカサブタを剥がしていく。知られたくなかった。だからこそ丈美や、橙乃逹にも悟られないように気を配っていた。
特に、丈美がそれを知れば……きっと不安にさせてしまうだろうから。
「もう、いいんだ……」
「嫌われたくなかったんでしょう? 拒絶されたくなかったんでしょう? だから、あんなに慕われるくらいに献身的な存在であり続けた。自分だって、いつ丈美ちゃんと同じようになるか分からなくて怖かったのに……」
「もういいって言ってるだろ!」
らしくない怒声が、自分の弱さを隠すように飛び出してくる。
「そうだよ、俺だって怖い! 元に戻れなかったらどうしようって、ずっと頭の片隅で不安を感じているさ! だけど、丈美の兄として……俺は怖がっちゃいけないんだ!」
胸の奥に溜まり続けていた黒いヘドロのような感情が、止めどなく溢れて止まらない。
部屋にいる丈美に聞かれてしまう心配も忘れて、俺は心情を吐露し続ける。
「だから明るく振舞うんだ! キノコの体でも、そう悪いもんじゃないって丈美に見せてあげないと! 人間の姿への未練だけは……隠し通さないとダメなんだよ!」
眞城に当たったところで何も変わらないのに、それでも誰かに吐き出したかった。
聞いて欲しかった。
同調して欲しかった。
慰めて欲しかった。
そう、俺はきっと……自分の弱さを誰かに気付いて貰いたかったんだ――
「……それが、木之崎君の本音なのね」
震える唇を開き、眞城は俺のことを憐れむように……優しい声を紡ぐ。
無様な姿を晒す俺を蔑む様子もなく、悲痛を秘めた顔で彼女は言う。
「なら、今度は私の本音を聞かせてあげる」
「お前の本音……?」
「ええ。なぜ私が前の学校でいじめられて、キノコを嫌いになったのかを」
俺に話す為に過去の記憶を遡っているのか、眞城の表情は重く険しい。
止めるべきかとも思った。無理に話さなくてもいいんだ、と。
でも、俺は止めない。
眞城が俺の弱さに気付いてくれたように、俺にも力になれる事がある筈だ。
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