19話 彼らがキノコになったワケ
「俺達兄妹の父さんは登山家でさ、その影響で俺と丈美もよく山にピクニックに行くんだ。それでその日も、俺と丈美は近くの山に遊びに行ったんだけど……」
「行ったんだけど?」
「道の途中で丈美が足を滑らせて、深い崖の下に落ちちゃったんだよ」
「落ちっ……ええっ!」
「幸いにも落ちる途中で枝に引っかかって、最悪の事態にはならなかった。でも、中学生一人を支えていられる程、その枝は太くなくてさ」
助けてと泣き叫ぶ妹の声に、ミシミシと音を立てて折れそうな細い枝。
一刻の猶予も無い状況の最中で……俺は冷静な判断が出来なかった。
「持っていた荷物を全部放って、俺はすぐに崖を下りて助けに行ったよ。丈美を助けた後どうするかなんて、考えもしなかった。一秒でも早く妹を助けようと必死だったから」
「……ど、どうなったの?」
「助けるのに夢中で、どう辿り着いたかまでは覚えてない。気が付けば俺は丈美を脇に抱えて、崖の窪みに手を掛けていた。妹を抱えたままの片腕じゃ登るのは難しいし、足場も不安定。俺は迷わず、崖の底へと降りていったよ」
ガラガラと崩れる足場に細心の注意を払いながら一歩一歩、断崖絶壁を踏み降りていく。
丈美を守りたいという思いで手一杯だったからか、恐怖は全く無かった。
「そんで崖底まで無事に降りられたのはいいんだけど、次は崖の上に戻る方法を考えなくちゃいけなくてさ。携帯も何もかも上に置いてきたから、助けも呼べないし」
「ぜ、絶体絶命のピンチってやつね!」
「まぁ、時間が経てば親が捜索依頼を出してくれる筈だから、そこまで不安も無かったさ。ただやっぱり、中学生一年生の丈美にはショックが大きかったらしくて」
何時間も泣き続け、日が暮れても俺にしがみついたまま全く離れようとしなかった。泣くと体力を消耗するからとあやしても、一向に泣き止む気配が無い。
夜空に紅い満月がよく輝いていて多少は明るかったから良かったものの、雨が降っていたらどうなっていた事か。今思えばあの状況、かなりゾッとするな。
「このままじゃ助けが来る前に丈美が衰弱しきってしまうと思って、俺は食料になる物を探した。だけど、断崖絶壁の谷底にあるもんなんて高が知れていて……」
「もしかして……ここで出てくるの?」
「ああ。あったのは茶色いキノコだった。見た目は茶色くて、どこかで見た事あるキノコに似ていたっけか。まぁ、そんなキノコが二本……にょきっとな」
背中におぶっていた丈美もキノコを見た途端、泣き止んで喜びの声を上げていた。
「正体不明のキノコを食べるのは怖かったけど……目の前には川もあったし、俺は一本だけ洗って食べてみる事にしたんだ。俺が毒見をしておけば、もし毒キノコだった場合でも丈美は無事なわけだし。ぶっちゃけた話、丈美が助かればなんでもよかった」
「ううっ、素晴らしい兄妹愛だわ……!」
瞳をウルウルさせて、眞城はハンカチ片手にずびずびと鼻を鳴らしている。
これくらい、兄貴なら普通だと思うけど。妹って何よりも大切なもんだろ?
「食ったら死ぬキノコはガキの頃から父さんに教わっていたし、前に父さんと一緒に山登りした時には毒キノコを食べて死にかけていた女の子を助けた事もあったからさ」
その少女の発見があと一分でも遅れていれば、命が助からなかったとか聞いて怖くなり、夢中でキノコ関連の本を読み耽ったりもしたっけ。
「毒があっても嘔吐する程度だろうと思って、そのキノコをパクっと食ってみたわけだ」
「ずびびぃっ……それで? そのキノコはどうだったの……?」
「みずみずしい上に甘くて、滅茶苦茶うまかったぞ」
「なんでやねーん!」
ズコーっと、眞城が勢いよくソファから転げ落ちていく。
おお、眞城はリアクション芸人もイケそうだな。
「痛いわねもう……盛り上がってきたところなんだから、真面目に話しなさいよ」
突き出した大ぶりな尻をさすり、ソファに座り直しながらギロリとこちらを睨む眞城。
あくまで小粋なジョークだったのに、本気でツッこむ方が悪いと思う。
「ごめん。いや、その後は一時間くらい様子を見たけど本当に何事もなくてさ。味も美味しかったし、丈美にも食べていいよって許可しちゃったんだ」
長い間おあずけされていた丈美は、それはもう嬉しそうにキノコを頬張った。
太いキノコを傘から口いっぱいに詰め込み、もぐもぐ……もぐもぐと。
「そんで、翌朝。谷底で目を覚ますと、俺達はキノコになっていましたとさ」
「軽っ! そこの変身プロセスが重要なのに!」
「しょうがないだろ、実際にそうなんだから」
「普通は何かあるでしょ! ほら、心臓が不自然な程にどっくんどっくんして、ぐあああああっ! とか、らあああああああんっ! みたいに叫んじゃう感じ!」
おいおいおい、幼児化する薬を飲まされた名探偵じゃあるまいし。
「体がキノコになっている事に気付いた時は絶叫したぞ」
「そりゃそうよね。だってキノコだもん」
お互いの姿を見て悲鳴。自分の手足の感覚が無くて叫喚。
今思えば、相当衝撃的な出来事だっていうのに……よく気絶しなかったな。
「しばらく二人して喚き散らした後にようやく落ち着いて。これからどうしようって話をしていたら、いきなり丈美がふわーっと宙に浮き始めたんだ」
「サイコキノシス、ね。ネーミングはともかく、不思議な力が宿ったのは確かだわ」
「真似してやってみたら俺も簡単に飛べてさ。コツを掴んだ後は丈美と一緒にふよふよと飛んで、崖底から脱出したってわけ」
崖の上に戻った俺逹は山を下りて家に向かった。
途中で人に見られて大騒ぎになったりもしたなぁ……懐かしい。
「ご両親によく信じて貰えたわね。普通はエイリアンの侵略だと思うわよ」
「まあな。家に帰ったら、父さんは泡を吹いてぶっ倒れたし」
「その気持ちは凄く分かるわ」
身に覚えがあるといった様子で眞城はうんうんと頷く。そういえば眞城は俺を初めて見た時、カニのようにシャカシャカと逃げていたもんな。
「だけど俺の母さんは特殊というか、おおらかというか……変わっていてさ。キノコになった俺と丈美を見ても何も言わず、ただ優しく抱きしめてくれたんだ」
「やだ……母の愛情って素敵……きゅんってしちゃう」
「……そうなるのかな、アレは。何も考えてないだけな気もするんだが」
「姿が違っても自分の子供だと分かるなんて……ああ、いつかそんな母親になりたいわ」
いやー、息子としてはもうちょっと疑う事を知って欲しいというか、詐欺とかで騙されないか不安になるんだよな。そこまで抜けていないとは思うんだけど。
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