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1話 キノコと幼馴染とライバルと

 代わり映えのしない退屈な学校生活において、イベントというものは大切だ。

 体育祭や文化祭などの行事は勿論だが、校庭に犬が迷い込んだだけで大騒ぎになることすらある。とどのつまり、騒ぐ口実があればそれでいいらしい。

 そして、そんな口実はこの日も用意されていたようで、俺が教室に入った時には既にクラスメイト逹は何かの話題で持ちきりだった。


「おはよう橙乃(とうの)。なんだか騒がしいけど、何かあったのか?」


 クラスの喧騒を眺めながら、俺は騒ぎの原因を友人に訊ねる。


「あ、おはよう木之崎君。えっとね、えっとね、実はこのクラスに転校生が来るんだって」


「転校生? へぇ、こんな時期に珍しいな」


「うん。詳しくは知らないんだけど……すっごく可愛い女の子だって噂だよ」


 なるほど、それは確かに大イベントだ。

 クラスの男子逹がしきりに鏡で顔をチェックしているのも、それが理由ってわけか。


「いいよねー可愛い子! えへへっ、仲良くなれるといいなぁ」


「なれるさ。橙乃は優しい奴だし、俺が保証するよ」


 紹介が遅れたが、彼女の名前は橙乃杏(とうのあんず)

 特徴的なオレンジ色の長髪に、人の頭ほどの大ぶりな胸を持つ――いわゆる美少女だ。それも、超が付いても差し支えないほどの。

 席は俺から見て左隣。俺との付き合いも長く、中学の頃からの友人でもある。


「ふふっ、木之崎君にそう言われると嬉しい……ってゴメンね、すぐに乗せてあげるよ!」


 机の下でぴょこぴょこと跳ねていると、橙乃が俺を抱き抱えてくれた。男として情けない話ではあるが、毎回こうして橙乃にはお世話になりっぱなしだったりする。

 この小さな身体では、自力で席に登るのも一苦労なんだ。


「ありがとう橙乃。今朝はちょっと登校で【力】を使い過ぎちゃってな」


「ううん、いいよー。これくらい楽ちんだから!」


 ムニムニと橙乃の豊かな胸が俺を挟み込む感触はとても心地いいが……喜んじゃいけないよな。橙乃は善意でやってくれているのに、その純粋な気持ちを裏切るなんて最低だ。


「心頭滅却すれば火もまた涼し、巨乳もまたまな板なり……」


「木之崎君、その呪文好きだねー。私が抱き上げると、よく唱えてるし」


 クスクスと笑いながら、橙乃は俺を机の上に優しく乗せてくれた。

 椅子でなく机なのは、椅子だと低すぎて前の黒板がよく見えないからである。

 

「好きでやってるわけじゃなくて、己を戒める為なんだよ」


「えー? 木之崎君に悪いところなんて無いと思うけどなぁ」


「うぐっ……その純粋な瞳が辛い。ああ、男ってどうしてこうなんだろうな」


 こんな身体になり、男のシンボルを失ってしまったというのに……ムラムラしてしまう自分が憎い。しかし、橙乃の胸の感触を前にして我慢できる男がいるのだろうか……?

 いや、他人は関係ない。これは俺自身の心構えの問題だからな。


「ところで木之崎君、霧吹きはいる? 汚れているところを拭いてあげようか?」


「今は大丈夫。乾燥はしてないし、家から校舎まではアレで来たからな」


「そっかぁ。買ったばかりの霧吹きを試したかったんだけど、また今度だね」


 鞄の中からガサゴソと霧吹きスプレーと、白いタオルを取り出す橙乃。

 流石に俺との付き合いが長いだけあって用意がいいな。


「わざわざそこまでしなくていいんだぞ、橙乃。ある程度は家でやってるから」


「そういうわけにはいかないよ! だって私、木之崎君のお世話が生きがいなんだもん!」


「生きがいって……まぁ、お世話になっている俺からすれば嬉しいんだけど」


 出来ることなら、橙乃には別の楽しみも見つけて欲しい。

 橙乃ほど美貌、スタイル、性格の三拍子が揃っている人間はそういないし、当然だが多くの男子から告白されている。

 折角だから恋人の一人でも作ればいいのにと、常々思う。

 しかし橙乃は一点して、俺の世話が忙しいからという理由で交際を断っている。

 体良く相手をフる為の理由に使ってくれているのなら構わないのだが……


「木之崎君は迷惑……かな? 私にお世話されるの」


「そんなことあるわけないだろ。ただ、友達に無理させていないか不安なだけでさ」


「無理なんかしてないよ。それに私だって、相手が木之崎君だから……」


 俺の傘のように顔を赤くして、橙乃はそわそわと両手の指を弄り始めた。

 彼女の言葉の真意くらい、もはや菌類同然の俺でも理解出来る。

しかし、その気持ちに応えることは不可能だ。

 何故なら、俺はもうただの人間じゃなく――


「……橙乃、俺はキノコだ」


「う、うん」


「お前の気持ちは嬉しいし、こんな身体じゃなきゃって思う事もあるけど……」


 赤と白の斑点模様の傘に、太い茎。

 通常のキノコよりも大きい五十センチくらいの身長に、四キロ前後の体重。


「でもさ、やっぱり俺はキノコなんだよ」


「キノコ……なんだよね」


 目尻に涙を浮かべ、橙乃は俺の傘に手を置く。暖かな手はフニフニと傘の感触を確かめるように何度も何度も往復し……やがてゆっくりと離された。


「あはは、ゴメン。もう大丈夫、だから」


「……あのさ橙乃。もし、もしもだけど……いつか俺が元に……」


 そのまま涙を拭おうとする橙乃の姿を見て、俺は秘めていた気持ちを打ち明けようとするが……それを遮るように前の席から声が掛けられる。


「おい丈人、さっきから何を話している。もう予鈴が鳴っているぞ」


 視線を前に向けると、一人の男が不満げな表情で俺と橙乃を交互に睨んでいた。

 コイツも俺の友人の一人で、名前は江園針馬(えぞのはりま)

 中性的な顔立ちにメガネというクールなルックスで背も高く、成績すらも学年上位――クラスの女子人気ナンバーワンの男だ。


「すまん針馬。それに挨拶もまだだったな、おはよう」


「ふん。別にお前と挨拶する義理も無いが、素直に受け取っておく……おはよう」


 見た目通りツンツンした男ではあるが、こう見えて根はイイ奴である。

 なぜか俺をライバル視して、やけに突っかかってくることを除けば……だが。


「おはよう江園君! ごめんね、騒いじゃって」


「丈人、昨日のノートの写しだ。取っておけ」


「え? 私には挨拶を返してくれないのかな? 江園くーん?」


「気にする必要は無い。お前がまともにノートを取れない事は承知している。今度のテストの結果でそれを言い訳にされては、俺の勝利に傷が付いてしまうからな」


「えーぞーのーくぅーん? きーこーえーてーるー?」


 手を振って存在をアピールする橙乃をスルーして、針馬は淡々と俺に話しかける。ノートの写しをくれるのはありがたいが、手の無い俺はどう受け取っていいやら。

今作はかなり昔に書いた作品のリマスターとなります。

それすなわち、ハードディスクの奥底に眠っていた黒歴史の大量放出。

もしお楽しみ頂けましたら、ブクマやポイント評価などお願いします!

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