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15話 キノコなんかに絶対に負けたりしない!


「どうしてこうなるのよ……」


 結論から言うと、私の行動は愚策の極みだった。

 遡る事。四日前。転校初日から毎日ずぅーっと木之崎君を観察し続けてきたけれど……彼がキノコである以外に、嫌いになる要素なんてどこにも存在しなかったわ。

 それどころか、彼がどれほど出来た人間……もとい出来たキノコであるかも、まじまじと見せ付けられる羽目になった。


「喧嘩の原因を聞かせてくれ。俺はお前逹が争っているところなんて見たくないんだ」


 学校内で喧嘩があれば飛んでいき、簡単に仲裁してしまう……キノコなのに。


「今回はダメだったけど、あんなにしっかりと告白出来たじゃないか。あの勇気を忘れなければ……いつか、君の気持ちを分かってくれる人に出会えるさ。俺が保証するよ」


 失恋で泣く者がいれば隣で寄り添い、落ち着くまで励ましてあげる……キノコだけど。


「今日は櫻井の誕生日だから、みんなでお祝いしようぜ! キノコパーティーだ!」


 常にクラスの中心にいて、隣の席で話を聞いているだけでも自然と笑みが溢れてくるように、彼の周りは活気に満ちていた……キノコのくせに。

 頭も良く、私が授業中に指されて困った時にはすぐに答えを教えてくれて……スポーツの方は江園君と張り合って、目まぐるしい活躍を見せている。

 まだ若干の溝があったクラスメイトとも、彼を間に挟む事によって普通に会話できたし……今では彼抜きで談笑する事も可能なレベルに親睦を深められたわ。

 もう誰も私を冷たい目で見る事は無く、クラスで私を嫌っている人もいない。

 全てが順調に運び、これまでは灰色だった私のスクールライフも、ようやく虹色に輝き始めたように思えた。

 ただ一つ、新たに浮上した問題を除けば――


「はぁー、今日も疲れたな。眞城、お前はどうだった?」


「大して疲れてないけど? というか、気安く話しかけないでよ」


「なんだよー。転校してきて五日も経つのに、まだ心を開いてくれないのか?」


「ばっかじゃないの! なんで私が、あ、アンタみたいなキノコに……」


 木之崎君に話しかけられると、緊張して自分でもよく分からない事を口走ってしまうし……舞い上がっているのか呂律も上手く回らなくなる。


「ちぇっ、素直じゃないな。じゃあ橙乃、針馬―。帰ろうぜー」


「あっ……」


 授業もホームルームも終わり、私を残して木之崎君はいつもの二人と帰ろうとする。私は、この時間がたまらなく嫌いだった。


「うん! 今日は眞城さんも一緒に帰れるのかな?」


「どうだろうな。眞城―、俺達と帰るかー?」


 今日こそはちゃんと言おう。

 いつもそう思っているのに、口から飛び出す答えはやっぱり決まっていて。


「はぁ? なんで私がキノコなんかと帰らなきゃいけないのよ」


 本当は一緒に帰りたい……だけどどうしても上手く言えない。

 橙乃さんがくれたチャンスを無駄にしてばかり。


「貴様のキノコ嫌いはもはや病気だな、眞城優夢」


「針馬。前も言ったけど、眞城にも色々とあったんだよ」


 こんな態度を取られているのに、なおも私を庇ってくれる木之崎君。

 まだちゃんと事情も話していないというのに、どうしてそこまで優しくしてくれるのよ。


「じゃあな眞城! いつか一緒に帰ろうな!」


「私も楽しみにしてるね! バイバイ!」


 木之崎君を抱き上げて、ウキウキと教室を去っていく橙乃さんが羨ましい。

 私だって素直にさえなれれば……ううん。あと一歩、踏み出せればきっと。


「はぁ……考える余地も無いくらい、完全に堕ちているじゃない」


 机に腰を下ろし、ガックリと肩を落とす。

 そう、これこそが……私の抱える悩みの正体。


「まさか、本気で気になっちゃうなんてね」


 私、眞城優夢はキノコである木之崎丈人に――惚れてしまったかもしれないのだ。


「いやいやいや、まだ分からないし。決定じゃないし」 


 かも、と表現したのにはれっきとした理由がある。

 第一に、私はこれまでに恋愛の経験が無いということ。

 誰かを好きになったことさえ一度たりとて無いのだから……この気持ちが恋であるかどうかなんて、確認しようがないのよ。

 第二に、私はキノコが大嫌いであるということ。

 この世で最も嫌っている存在を好きになってしまうなんて、そんな悲劇が……


「……ちょっと素敵かも?」


 これは悪くないわね。ロミオとジュリエットみたいで、ロマンチックだもの。

 ああ、丈人! どうしてアナタはキノコなの? 


「うん。これはアリだわ。全然アリよね、ふふふ」


 脳内妄想が捗って、私のテンションがみるみると上がっていく。


「また眞城さんが独り言を……大丈夫なのかな?」


「ここ最近、放課後はずっとああしているの。放っておいてあげないと可哀想よ」


「ふひひひ、BLの良さに目覚めたのなら引き入れなきゃ……」


 だけど場所を選んでいないせいか、周りのクラスメイト逹には丸見えだったりする。

 いけない、悪い癖が出る前に帰った方がよさそうだわ。私は鞄を手に取ると、まだ残っていたクラスメイト逹に挨拶をしてから教室を出た。


「今日も一人で帰宅……我ながら寂しいわね」


 クラスにも馴染み、話せる相手も増えた私だけど……相変わらず友達はまだいない。 

 どこから友達と呼べるのかなんて、これまで友達を持てなかった私には判別出来ないのだけれど……少なくとも、アドレスを交換していない人を友達と呼ぶのはキツいわ。

 高校生だし、携帯電話くらいみんな持っているわよね?

 張り切って最新式の高いのを買ったのに、未だ披露する機会が訪れないなんて……


「み、みんなシャイなのよ……そうに違いないわ」


 鳴らない電話の重みをポケットに感じながら、私は階段を降りて下駄箱へと進む。

 いつか絶対、登録件数を百件以上増やしてやると、目標を掲げようとしたその時――


「木之崎! テメェ、逃げてんじゃねぇぞぉ!」


「に、逃げてませんってば! 落ち着いてくださいケイ先生!」


 榎田先生の怒声と、先に帰った筈の木之崎君の慌てる声が聞こえてきた。

 こっそりと曲がり角に隠れて下駄箱前の様子を伺ってみると、どうやら木之崎君逹が帰ろうとしているのを榎田先生が引き止めているみたいね。

 榎田先生が右の脇に一升瓶を抱えている理由は……よく分からないけど。


「週頭に約束しただろうが! お前を酒に漬けて、キノコ酒を作るってな!」


「してませんよそんなこと!」


「しらばっくれてんじゃねぇ! この世の地獄を見せてやると言ったぞ!」


「あ、私は覚えてるよ! 木之崎君が江園君と二人で、ケイ先生をからかった時だね」


「いやいや! 俺は関係無かったよ! というか、なんで地獄がキノコ酒なんですか!」


 状況を推測するに、榎田先生は木之崎君をお酒に漬けたいって事ね。

 いくらキノコとはいえ一応は自分の生徒なのに……あの人、教師のくせに容赦が無いのね。


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