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11話 キノコとお昼ごはん

 私、眞城優夢はキノコが大嫌い。

 それは別にキノコの味や食感が苦手というわけじゃなくて……ただ純粋に、キノコという存在そのものが不快なの。

 要するに、この世にあってはならない物だと思うのよ。

 だってもし、キノコなんて物体が存在しなければ――

 私がいじめられる事も無かったから。


「……じぃぃぃぃぃいっ」


「あのさ、眞城……? 食事中くらいはそれ、やめないか?」


「やめない」


「あ、そう。ならいいや……」


 転校初日。三、四限目の体育が終わって……今はお昼休み。

 私がいるこの食堂は前にいた学校よりも広くて清潔感があり、とても過ごしやすい場所だと思う。メニューも豊富だし、窓から覗ける緑豊かな景色もキレイだわ。

 だけど、そんな好条件の食堂にいるというのに、私の気持ちが晴れる事はない。

 なぜかというと、これは私の描いていた完璧な計画と大きく異なる食事風景だからだ。

 そう。計画通りなら今頃、仲良くなったクラスメイトの女子逹と一緒に教室でお弁当を食べている筈だったの。

 それも、私自慢のお手製弁当を……きっとこんな風に―――


~~妄想中~~


「えー! 眞城さん! そんなに素敵なお弁当を作れるんだー?」


「これくらい普通よ。今日は初日だからちょっと張り切っちゃったけどね」


「うわぁ、美味しそー! 今度私にも作り方教えてー!」


「ええ、勿論! 明日、レシピ本とか持ってくるわ」


「ありがとー眞城さん! 大好きっ! これからもズッ友だよっ!」


~~妄想終了~~


 ぐうぇひひひ……これで私もクラスの人気者になれるってばよ!   

なーんて、私のささやかな希望は……


「お、眞城の弁当って手作りか? 美味しそうだな」


「……ああ、そうかしら? これくらい普通よ……初日だからちょっと張り切ったけど」


 この目の前にいる巨大キノコのせいで、儚くも散ってしまったのだ。

 折角のお弁当も教室ではなく、人のごった返す食堂の片隅でお披露目する羽目となり、その相手も妄想とはかなり違う結果となってしまった。


「見てみろよ橙乃。眞城の弁当、凄いぜ! なんかもう、とにかくカラフルだ!」


 キノコが声を掛けた相手は、一応イイ人の橙乃杏さん。

 なぜ一応なのかは……それはもう、あの無駄に大きな脂肪の塊のせいね。

一体何を食べたらああなれるのかしら……? もぎたい。もいでしまいたいわ。


「うわぁ、美味しそー! 今度私にも作り方教えてー!」


「あ、うん。いいから。この状況ではもう、ソレを再現する意味が無いのよ」


「ふぇ? 再現……?」


 どういうこと? と言いたげな顔で首を傾げる橙乃さんは今、自分の膝の上に巨大キノコを乗せて、ソイツにオムライスを食べさせてあげている。

 しかも一皿のオムライスを分け合っている上に、使っているのは同じスプーン。

 間接キスだっていうのに、気にしていないのね。


「あっ、橙乃。もうちょっと下かなー……ギリで届かないんだ」


「え? ああ、ごめんね。はい、あーん」


 キノコが跳ねて、橙乃さんはオムライスを掬ったスプーンをその口元へと運ぶ。


「あむっ。むぐむぐ……ごくん」


「えへへっ、美味しい?」


「おう、オムライスは最高だぜ! それに、橙乃に食べさせて貰うと力も温存出来るしな」


「もぉ、そうじゃないのに。じゃあ、私も一口……はむっ」


 おえー。なんでキノコと美少女のイチャイチャを見せつけられなきゃいけないのよ。いいえ……それもこれも、私が蒔いた種だったわね。


「それにしても眞城は災難だったな。お前はそこまで悪くないと思うんだけど」


 オムライスを半分ほど食べ進めたところで、キノコがいよいよ核心に触れる。

 そう……なぜ私がにっくきキノコや、その彼女っぽい少女と食事を共にしているのか。


「うん。私も説得したんだけど……ごめんね」


「橙乃さんはどこも悪くないわ。私が勝手にやった事だもの」


 三、四限目の体育の時間。私がこの巨大キノコを連れ出したせいで、白組の戦力は大幅にダウンしたのだという。

というのも、コイツが白組Bチームのピッチャーだったからだ。 

 当然、主力を欠いた白組はボロ負け。原因を作った私が責められる事になった。

 紅組は紅組で、勝手にいなくなった私に好意的な感情を抱く筈もなく……結果としてどちらのチームからも不評を買う事態になってしまったってわけ。


「教室に戻った時のあの視線……トラウマが蘇りそう」


 特に江園君のあの表情は忘れられないわ。

俺と丈人の間に割って入るなとかどうとか……彼はきっと、そっち系なのね。


「大丈夫だって。後で俺からもしっかり説明しておくし、お前が気に病む必要はないさ」


「そうだよ! 私も頑張るから、元気出そうよ! ね?」


「……あ、ありがとう橙乃さん」


「おい、当たり前のように俺を省くなよ!」


 キノコはともかく、橙乃さんはとても優しい子だと思う。

 彼女とならすぐにでも友達になれそうね。だけどちょっと、このキノコが絡むと人が変わったように怖くなるのが気になるかしら。


「そう言えば、あのBLメガネ……じゃない、江園君はいないの?」


「むぐっ、針馬か? さっきのことを根に持っていたようだから捨ててきた」


 オムライスを頬張りながらキノコが言う。そもそも、教室でみんなから腫れ物にされて、居た堪れなくなっていた私を食堂に誘ったのは……コイツなのよね。


「ふーん? 私の為に気を遣ってくれたんだ?」


「んー、そういうことになるのかな」


「あっそ。いらないお世話だったけど……ありがと」


 素直にお礼を言いたいのに、なぜだか余計な一言が飛び出してしまう。

 ツンデレなんて流行らないのよ! 今はクールビューティーの時代なの! 

 誰にでも優しくて、みんなから慕われる人間を目標に頑張ってきたのに……私のばか。


「おー。眞城から礼を言われると、なんだか嬉しいな」


「よかったね木之崎君!」


……本人は喜んでいるし、これでもいいのかしら?

 まぁ、人じゃなくてキノコだけど。


「ふぅー、ご馳走様。橙乃、サンキューな」


「ううん、大丈夫だよ。私もオムライスを食べたかったから、半分こにしたんだし」


 よくよく見ればどっちも小柄だから、食が細いのね。

 片割れのキノコは置いておくとして、問題は橙乃さんの方。

 貴女はその食事量で巨乳を手に入れたというの? そこには何が詰まっているの? 


「むぅー! また眞城さんが木之崎君を見つめているよ!」


「この角度だと……俺じゃなくて橙乃の胸じゃないか?」


「はぅぁっ! なんでもないの! 気にしないで橙乃さん!」


 いけないわ。私としたことが、友達候補に憎悪を抱きそうになるなんて。


「むむー。誤魔化すところが怪しいよー」


「まぁまぁ。眞城にも色々あるって事で納得しようぜ」


 キノコは橙乃さんを諭すと、彼女の膝からぽむっと飛び降りた。

 それと同時に例のサイコキノシスだとかいう能力を発動させたのか……長机の上にあるオムライスの皿がふんわりと浮かびあがり、彼の頭上でピタリと止まる。


「俺はちっとばかし用事があるから、先に教室に戻っておくよ」


「あ、ゴメンね。お皿、私が片付けておくのに」


「いいよこれくらい。橙乃と眞城はゆっくりしていてくれ」


 そう言い残すと、キノコは食器を片付ける為にぴょこぴょこと飛び跳ねて行き……やがて人混みの中へと消えていった。

 何よアイツ、やっぱりキノコのくせに生意気だわ。

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