0話 キノコだからさ
俺の名前は木之崎丈人。
至って普通の、どこにでもいるような高校生だ。
自分で言うのもなんだが、成績もよくて運動神経も抜群。
顔立ちだって同年代の連中に比べれば、ちょっぴり大人っぽくてワイルドだと自負している。家族は両親に加えて妹が一人の、これまたありがちな構成。
両親は揃って優しいし、五歳年下の妹は俺に懐いてくれているので家族仲は実に良好だ。
とまぁ、そんな順風満帆な人生を送る健全な男子高校生である俺に対して、立派な奴だとか、頼りがいのある男だのと言う連中もいるが……実際はたいした事なんてない。
だから今日もいつも通りにのほほんと授業を受け、休み時間はのんびりと机の上で隣の席の友達と談笑していた。話題は、互いの好きなお菓子の種類について。
「やっぱり【タケノコの村】よりは【キノコの森】だよねー!」
「俺もどっちかといえばそっちだな……」
「おーい木之崎君っ! ちょっといいかな!」
話の腰を折られ振り返ると、クラスメイトの男子が血相を変えて扉の前に立っていた。
「ん? どうかしたのか?」
「隣のクラスで不良が喧嘩しているんだよ。このままじゃ殴り合いにまでなってしまいそうでね……また君の力を借りたいんだ」
「力を借りたいって、俺は便利屋じゃないんだぞ」
ほら、まただ。こうして学校で何か起きる度に、俺は騒動の解決を任される。
喧嘩の仲裁ができるほど口が達者なわけでもないというのに、俺が割って入るとなぜかみんな落ち着いてくれるんだ。
「頼むよ。そうだ! 今日の昼休みにカレーでも奢るからさ!」
「カレーか……よし! じゃあジュース付きで手を打とうか」
「オッケー、交渉成立だね。頼んだよ木之崎君!」
やれやれ。食堂のカレーとジュースで喧嘩の仲裁とは、我ながら安い男だな。
俺は机からポムっと飛び降りると、ポインポインと音を立てながら喧嘩の現場である隣のクラスへと向かう。
廊下には多くのクラスメイトが集まっており、青ざめた顔でうろうろしている。
話に夢中で気付かなかったが、結構な大事になっているらしい。
「あっ、木之崎が来たぞ! 待っていたぜ!」
「みんなー、木之崎君が来てくれたわよー! ほら、どいたどいたー!」
やってきた俺の姿に気付き、野次馬達は廊下の端に避けつつ道を開けてくれる。そしてその先には不良逹が睨み合って、一触即発の空気を醸し出していた。
遠目でも分かるほど二人は興奮しており、今すぐにでも殴り合いになりそうだ。
「おいおいおい、どうしたんだお二人さん」
「あん? なんだよ、木之崎か。関係ねぇ奴は黙ってな」
「よりにもよってテメェか。お前はすっこんでろ! 俺はコイツを許せねぇんだよ!」
茶色のドレッドヘア、金髪にオールバックという強面な二人から凄まれて俺はチビってしまいそうだったが、なんとか堪えて次の言葉を紡ぐ。
「関係無いだなんて寂しいことを言うなよ。クラスは違っても、俺達は同じ学校に通う同級生だろ? それにな、お前らの騒ぎのせいで周りが迷惑してるんだぞ」
「知ったことかよ! 悪いのは全部コイツの方だ」
「あぁ? テメェが吹っかけてきたんだろうが! 大体あんな……!」
「はいはい、やめろやめろ! どっちが悪いかなんてどうだっていいじゃないか!」
俺は掴み合おうとする二人を遠ざけるように間に立つ。
周囲の生徒達が息を呑んで見守る中、俺は少しだけ語気を強めて二人を諭すことにした。
「もっと冷静になれって。喧嘩腰で言い争っていても、何も解決しないだろ?」
「木之崎……お前の言い分も分かる。でもな、だからってすぐに納得出来るかよ」
「ああ。冷静に話せれば誰も苦労しねぇっつーの……」
この様子から察するに、二人とも本音では喧嘩なんてしたくないのだろう。
でも、分かっていても自分の気持ちに対して素直に従えないってところか。
「じゃあこうしよう。二人が冷静に話し合えるように、俺が一緒に話を聞くよ」
「あ? お前が俺達と話を?」
「おう。実はお前逹の喧嘩を止めたら昼飯代が浮く事になってるんだ。どうせあぶく銭だし、その金で何か飲み物でも奢るぞ」
結果的にはタダ働きになってしまうが、それで喧嘩が収められるなら構わない。
そしてそんな俺の提案に毒気を抜かれたのか、二人は溜息混じりに頷く。
「はぁ、負けたよ木之崎。よりにもよってお前に言われちゃ……俺達が悪者だ」
「ちっ……分かった。ていうかお前、人の喧嘩で儲けようとしてんじゃねぇよ」
怒りの表情はやがて笑顔に変わり、二人は俺の頭をポンポンと叩いてくる。
胞子が舞うから、あまり強く触らないで欲しいんだが……まぁいいや。
「じゃあな。わざわざ俺達の為にありがとよ」
「たくっ、お前には敵わねぇな。またなんかあったら頼むぜ」
「もう喧嘩するんじゃないぞー」
すごすごと教室に戻っていく二人を見送ってから、俺はくるりと方向を変えて跳ねる。
自分の教室までポインポインと戻っていくと、様子を伺っていたクラスメイトのみんなが出迎えてくれた。拍手喝采に黄色い声援……嬉しいけど、こう、なんか恥ずかしい。
「あははっ、凄いね木之崎君。格好良かったよ!」
「あんまり褒めないでくれ。なんていうか、照れる」
自分の席に戻ると、さっきまで話していた友達が微笑みながら俺を抱き上げてくれた。ファサっと彼女の長い髪が俺の顔にかかり、身体全体を柔らかな胸の感触が包み込む。
ふむ、役得……じゃない、ちゃんと礼を言わないと。
「ありがとな。いつもお願いしてばかりだけど、大変だったりしないか?」
「ううん、大丈夫だよ! 私、木之崎君のお世話をするのが大好きだからっ!」
そう言って、彼女は笑顔を絶やさずに俺を机の上に戻してくれた。
自力で戻れない事もないんだが、誰かに助けて貰った方が早く済んで助かる。
「ふふっ。フニフニしてるねー、木之崎君」
「あひぃっ! こら! 傘をいじらないでくれ、くすぐったい!」
「あ、ごめんね。えへへ、でも……やっぱり可愛いぃっ! むぎゅー」
「うぉわぁ! と、取れる! 俺の傘がぁぁっ!」
さて、そろそろお気づきかもしれないが、俺には変わったところが一つある。
歩く度に鳴るポインポンインという音。頭を叩くと舞ってしまう胞子に、俺自慢の部位である傘。極めつけは女子高生に抱き上げられる程の小さな身体だ。
ん? 変わったところが一つじゃないって?
いいや。これらのおかしな要素は、俺の正体がある物体だとすれば解決するんだ。
「ねーねー、木之崎君はどうしてそんなに可愛いのかな?」
「あいててて……ん? そりゃまぁ――」
その物体、もとい菌類とは……
みんな大好き。ご家庭の食材に欠かせないアレである。
「俺がキノコだからさ」
赤い下地に白い斑点の立派な傘に、太くてしなやかな茎。
そう。この俺、木之崎丈人は――キノコなんだ。
今作はかなり昔に書いた作品のリマスターとなります。
それすなわち、ハードディスクの奥底に眠っていた黒歴史の大量放出。
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