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「いったーーくねえな」
頬を地面から離し起き上がる。じっとりとした土の感触がまだ残っていた。
「ほら大丈夫だったじゃない。なんか下から風でも噴き出てるのかな。それで草も生えちゃったとか」
真理亜はそう言うが、風で草など生えるのだろうか。そもそも人間を押し上げるだけの風など噴き出るだろうか。学者でない祥にはわからなかった。
「というか、結構真理亜って強引だな」
「祥君が鈍いだけ」
二人は立ち上がった。
歩き出すと感じる湿り気。どこからか湧き出た水が伝っているかのような湿度を壁から感じた。肌寒く、でも肌寒く感じさせない。上を覗くと吹き抜けで、高さは二十メートルくらいはありそうな気がした。
「なんか小説思い出す」
「聖地巡礼ってやつかな」
自分の想像していた小説の世界と、ほぼ変わりなかった。薄暗く、蒼が混じった光というか。地上では見たこともないような風景を、蒼い光が創り出していた。この光はどこから来るのだろうか。
通路の脇には、朽ちた瓦礫が所々山を作っていた。そして、あの無数の枝分かれした通路とやらも視認できる。
懐かしくなってしまった。中学のときに偶々読んだ本。読んだときは頭で想像して楽しむだけであったが、実際そのモデルとなった場所へと来て、文字から読み取った光景と自分との想像の差異がなかった。俺の読み解き方は正しかったんだ。辞書を使ってまで読んだかいがあったと懐かしくなる。
歩き、歩き、なんとなく二人は右の通路に逸れた。行く先にあるのは、多分、祠。
やっぱり、と祥は思った。堀っている途中のトンネルのようだった。行き止まりなのだが、そこを祥は知っていた。
「ここって確か……」
祥は呟きながら視線を泳がせる。泳いでいて止まった先に、それはあった。
黒のオーパーツ。
画面が割れているのがわかる。よく見かける腕時計のようにも見えた。
想像がどんどんと現実になっていった。祠を出て少し進んだ先では、上方からの青白い光も視認できた。どんどんと繋がっていく。小説と、あのとき感じたものがどんどんと紡がれていく。パズルで言ったら、迷う間もなくピースを手に取り、あるべき場所に当てはめていく。そんな感覚だった。
いつの間にか手を繋いでいたことに気がついた。ふと真理亜の横顔を見ると、まっすぐ前を見つめていた。この先にあるものは、そんなにも真理亜を夢中にさせるのか。そう思うと、湖の存在が気になって仕方がなかった。
祥は前を向き直った。
「あ」
そこはもう洞窟の最深部のようだった。正面で行き止まった。その正面の壁の窪み。そこからキラキラとかすかに音を立てている光が見える。
やっぱり。やっぱり。やっぱり。どんどんと繋がっていく。エルフのような精霊の木彫り。その周りを円のように囲む器。手前にあったのは、
「これか。蜘蛛とやらは」
遠くから見えていた光はこの手前の器から放たれていた。器の底には脚が無数にある蜘蛛の絵。この永遠に光り続ける星の欠片とやらによって、蜘蛛の姿を見た。
「確か、このエルフの周りにある器のどれかに湖の水が入ってるんだよね?」
「大丈夫」
真理亜は天井を指さす。見るとそこにはマンションのベランダにあるような非常階段ほどの穴と、非常階段とも呼べそうな梯子が吊り下がっている。
「ずっと開いたままだったのかもね。誰にも閉められることを忘れられてさ」
二人はそこを上った。ただ、上った。この先にあるであろう湖に期待していたとかではない。ただ、何かに導かれるように、上っていったというよりは引き寄せられていった。蜘蛛の巣に落ちる寸前のように。




