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輪廻魚  作者: 面映唯
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 目的地付近の駅に着くときには、さすがに真理亜も目を覚ましていた。「どれくらい寝てた? 私」「ずっと」「うそ、疲れてたのかな」「疲れてたんだよ」そんな言葉を交わし、真理亜と祥は、電車を降りた。


 都会の電車に見慣れていたせいか、無人駅に来るとやたらと郷愁を感じる。駅舎の中に入ると、人気のなさは当然のように佇んでいて、その駅舎の中に二人きりとなると、これだけでドラマに出てきそうなシチュエーションのように感じた。


 畳二畳程度の駅舎。木造で、白いペンキを塗られたレトロな空間。ところどころ薄汚れていて、白いペンキもはがれかかっている部分が多々あった。中には壁から壁までの長椅子と、角には傘立てがあった。懐かしい黄色い傘が立てられているのを見て、小学生の頃を思い出す。


「よくここで雨宿りしたなあ」


「え、俺も」


「祥君と小学校違うよね。でも、小学生のときにここで会ってたかもしれないんだね」


 真理亜は座りながら、脚をぶらぶらと揺らしていた。


 おかしな話だ。祥の通っていた小学校はこの駅の近くにはない。真理亜の通っていた小学校も、ここから少し離れているし、おそらく通学路ではない。真理亜も祥も嘘をついているとわかるはずなのに、小さい頃の思い出の共有によって、心が満たされている。本当におかしな話だ。わらけてくる。


「こういうこじんまりしたところに来るとさ、なんか懐かしくなっちゃうのよね。前世の自分がこういうところで暮らしてたのかな」


「俺は逆だな。確かに懐かしいってのもあるけど、それよりもずっと求めてたところにたどり着いたみたいな達成感がある」


「え、なんか面白い」


「何が?」


「だって、私のこと探しに来てくれたみたいじゃん。ずっと人沙汰のないところで暮らしてる私を、祥君が見つけてくれたみたい」


「どうしたらそういう想像になるんだ?」


「話の流れで?」


 笑いながら駅舎を後にした。


 真理亜の言う、母親に行ってはいけないと言われていた場所。そこに本当に湖はあるのだろうか。高校のとき、教師が言っていた『輪廻魚』という湖。なぜ湖に魚みたいな名前を付けたのだろうと不思議に思っていた。でも、悪くない。名前の響きが、悪くないのだ。


 話の中で出てくる『輪廻魚』。その湖は禁忌とされていたアンタッチャブル。今そこに向かおうとしている。都市伝説だと確信しているのか、なぜか、その湖が禁忌のように思えなかった。


 そんなに美しい湖だったのなら、外界人と共有すればよかったのに。そう思うが、彼らには彼らなりの理由があったのだろう。事実、あの話では、外界人によって同胞たちが根絶やしにされている。


 真理亜は脚を止めずにぐんぐんと進んでいった。その隣を離れないようにと、祥はいつもより大股で歩いていた。


 アスファルトの脇を反れ、畦道を進んでいった。左右が田んぼの光景を抜け、道は道なき道へと変わっていった。上り坂になっていることから推測するに、やはり山奥にあるのだろう。しかし、山に入る手前で彼女は脚を止めた。


 祥の目の前に見えたもの。それは高い岩壁。手前に傾斜していた。表面は地層が露出していた。


「ここの上なんだけど、さすがに登れないよね」


 確認するかのように呟いた後、壁を沿うように二人は歩いた。


 一キロぐらいだろうか。歩いたところで露出した岩壁は土と緑に変わった。


「この辺りからなら登れそう」


 そう言って元来た道を戻るようにと、人が通ったこともないような道を登っていった。


 真理亜の向かった先は、やはりといっていいものか、人が入ったことがなさそうな場所であった。草の背丈こそないものの、十センチ程度の青々とした芝が広がっているイメージ。丁度先程の地層が露出した地点で、太陽の光が入るせいかそこは青々としていた。


「じゃあこの奥に進むね」


 真理亜は明かりの少ない反対側を指を差した。


「え、まだ進むの?」


「うん」


 当り前のように真理亜は微笑んだ。その微笑みが、奥へ奥へと誘った。進むにつれて草は消えていった。連なる大樹のせいで地面には光が届かないのだろう。水分をしっかり含んでいるような茶色い土と、左右前方に規則性のない木の幹が点在していた。まるでアスレチックにいるかのようだった。迷路といってもいい。レースといってもいい。木の幹をするりするりと抜け、目的地へ向かう。


 湖のある洞窟とやらは、人気のないところにあるのだろう。そうでなくては、湖が誰かに見つかってしまう。


 想像してしまった。あの、『蜘蛛の憧憬画』という物語の舞台を。ここの近くのどこかに集落が広がっていて、あの酒場もあって。きっとここは、昔は地面だったんだ。こんなに草が生えてしまって……。


 そこで思いとどまった。あれ、おかしくないか。地層っていったら降り積もったものの積み重ね。昔の地面はここではなくて、もっと下のはずだ。


「多分ここだ」


 そんなとき前から真理亜の声がした。見ると、草の生えた地面を呆然と眺めている。


「ここ? ただ草が生えているようにしか見えないけど」


「ばか。こんなところに草が生えてるのがおかしいのよ」そう言って草をむしり始めた。


 祥は呆然とした。


 草をむしるどころか、草が自然と落ちていったのだ。そこ一帯が落とし穴のように空洞になっていた。


「草が生えてたんじゃなくて、カモフラージュしてたのか」


「案外、普通に生えてたのかもね。ここの先にあるのは未知の湖なんですからね」


 真理亜は似合わず親指を立てていた。というかまず、そんな華やかな服装でこんな山にいるのだ。森と真理亜の服装が合わないのと同じくらい不釣りあいだった。


「でもどうやって下りる?」


「だからー大丈夫だって。『蜘蛛の憧憬画』に出てきた迷い人の話じゃ、洞窟に突然落ちてきたみたいだから。きっと大丈夫」 


「まさか。結構深そうじゃん」


 祥が覗いたときだった。前方に重心が傾くのがわかった。あれ、これはまずくないか。これはあれだ。ガキの頃、よそ見をしながら歩いて躓いたときの。躓いたら立てばいいけども、ここってその立つべき地面がない訳じゃんか。え、でもその割には時間が長くないか。おそらく真理亜に背中を押されてこの空洞に落ちそうになっている。でも時間的にはもう落ちててもおかしくないはず。人間は重力には逆らえないじゃんか。ただ落ちていくだけじゃん? その時間なんて数秒のはず。それとも何。もしかして重力とか嘘だったの? 真理亜の言う湖の力ってやつですか? 湖、素晴らしいな。万能薬みてえ。あ、そうか。違う違う。これはあの事故に遭う前のスローになるってやつか。今それを体験してるって訳ね。マジで終わった。走馬灯見えてんじゃね? これが人生のエンドロールってやつか。の割には全然記憶が巡ってこないけれども。


「ばか。私が手握ってるからよ」


 体を捻ると、祥の手を引っ張って真理亜が支えていた。


「死ぬときは一緒でしょ? 駆け落ちとかロマンチック」


「馬鹿。そんなこと言ってないで早く……」


 床がフッと消えた。穴の淵で踏ん張っていた足を蹴られたのだ。


 ぐんっと引き寄せられるような重力に、祥は足をバタつかせた。


 視界が真っ暗になり、風を感じる。中二の修学旅行で乗ったタワーハッカーのような浮遊感。あのときは結城と一緒に乗ったんだっけ。結城が怖いからって言って、無理矢理手を繋がせられたっけ。あ、これが走馬灯かな。手に柔らかい感触。悪くないな、走馬灯。人生の最後に、二度も訪れるはずのない思い出を味わわせてくれるんだから。


「死ぬときは一緒だから」


 豪く現実味があるな。さっきの真理亜の声じゃねえのか?


 あ、これ走馬灯じゃねえ。


 リアルだ。


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