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朝の混雑していた電車内だったが、祥と真理亜の立っていた目の前の席が一つ空いた。「座る?」「どうぞ」そう言って祥は空いた席に真理亜を座らせた。真理亜の膝の上に、ボストンバッグはなかった。
二時間だった。茨城のど田舎まで帰る間、真理亜は目を開けることを忘れたかのように眠っていた。乗り換えのときに一度起こしたが、起きたら起きたで眠そうな顔で改札をくぐり、次の電車が来るまでの間、ホームに立っているときでさえ目を閉じていた。
疲れているのだろう。いや、現に立ちながらでさえ寝ているのだから、疲れている以外の理由なんてあるのか。
あ。
嫌な予想が過った。もしかして、芸能界は思った以上に疲れる業界なのではないか。そりゃあ疲れない仕事なんてあるはずもない。だが、相性はあるし、彼女にとって居づらいと思う環境だったとしたら。
そんなことを考えると、どんどんと想像は膨らんでいった。
もしかしたら、彼女も悩んでいたのかもしれない。芸能界の環境は辛いが、それでも自分は歌を歌ったり作曲することが好きだ。だから我慢して続けなくてはならない。自分は恵まれた環境に置かれている。逃げることはいつでもできるが、一度外れたレールに戻ることは難しい。そんな葛藤を繰り返していたのではないか。
もしかしたら、テレビに出ることが夢だったのではないか。人が何かをやめるときは、諦めるときか、叶ったときくらいだ。きっとテレビに出て、夢が叶ってしまったから仕事を辞めたのかもしれない。
そんなやっぱり余計なことを考えながら、目的地に着くまでの電車内を過ごした。席が空き、車両に客が二人だけになった頃、真理亜の隣に座って彼女の寝顔を眺める。
「余計なことだけど、苦痛ではないな」
ほっぺに人差し指で触れてみる。それまで歪みのなかった頬がへこんだ。
「可愛いな」
余計だけれど、苦痛ではなかった。




