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思った通りだった。あろうことかテレビの音楽番組にまで出演していた。SNSで情報を手に入れ、テレビなんて家にはない祥だが、スマートフォンのワンセグ機能を使って見てしまった。
その姿は、路上で見たときと評価は変わらなかった。少し整った衣装を着ていること、寂びが感じられない環境、その二つを除けば、何ら変わりない真理亜だった。
昔からよくわからなかったことが一つだけあった。中学時代に悩んでいた、結城のことや、死んだ人間のことを忘れてしまうということではない。結城のことを思い出せているので、完治ではないにせよ、そこの問題はおおよそ解決したと思っている。
だからなのだ。その問題が解決してしまったから、よくわからないのだ。昔からよくわからないと思っていたことは、死んだ人間のことを忘れるという、この問題に原因があると思っていた。しかし、この問題が解決したにもかかわらず、祥の悩みはまだ消えてはいなかった。
十中八九、真理亜のことだ。中学のときに隣の席にいて、高校では同じクラスだった女。中学ではそこそこ話したとはいえ、結城の事件があってからはあまり話さなくなった。高校では、高校三年の後半を除けば、ほぼ話さないに等しかった。
なぜだろう。忘れられないのだ。人間関係とか、中学が同じクラスとかではないのだ。もっと遠くのところで繋がっているような、そんな運命的な感情がいつの日からかずっと心の中にあった。
馬鹿馬鹿しいと思う。信じられないと思う。でも、このよくわかりもしない感情は消えないのだ。
結城の事件のときもそうだった。祥は結城のことなど、元からいなかったことのように思えるのに、周りの人間は確実に結城がいたというように行動しているのだ。
だからだ。多分俺の感性はいかれているんじゃないか。他人が思わないことを平気で思うような人間。少女漫画のような運命的な出会いでさえ信じてしまうような、そんな、自分が一般的とは言い難い感性の持ち主なのだと。
正直、高校時代の真理亜には救われたという他ない。話すことは少なかったが、あの大掃除の日。「病院に行ってみたら?」と声を掛けられ踏ん切りがついた。誰かの助言や支えがなければ、絶対に進むはずのなかった道だ。おまけに真理亜のそのときの顔ですら忘れられない。病院に行けと罵る訳ではない。お前の頭はいかれていると言葉のニュアンスには帯びていなかった。その優しさが、自分がいかれた人間だったとしても、その優しさこそが、祥の目には一番重く映っていた。言葉の内容なんか二の次だった。
先天的な悩みのような気がした。これに終止符を打ちたい。
一か月前と同じ公園。夜のとばり。日本酒。一升瓶。口をつけて、一口舌の奥で噛んだ。
スマートフォンの電源を入れる。鍵を開ける。緑の電話のマーク。電話帳。下にスクロール。マ行。真理亜と書かれた文字。文字の上を押すと、電話番号が並んでいた。その隣には、アプリと同じ、緑色の受話器のアイコンがあった。
スマートフォンを耳に当てると、ひんやりとした画面の冷たさが伝わる。電子音が音を立てている。コールが繰り返される。一回。二回。三回。四回。五回。六回。
期待を押し殺して、耳からスマートフォンを離した。赤い受話器のアイコンを押そうとする。
受話器のアイコンの上に、数字が浮かび上がった。「00:01」それを見てゆっくりと耳元へスマートフォンを戻した。
『もしもし』
口調から、活気は感じ取れなかった。おどおどというような、不安げな心境が伝わってきた。
「今大丈夫? 時間」
『あ、え?』
声が詰まっているようだった。
『祥?』
「うん」
『今家にいるから。大丈夫』
時間は大丈夫なようだ。家にいるということは、それほど急いでいる様子もない。
「一人暮らし?」
『うん。実家出てきちゃってるから。高校卒業してからずっと同じアパート』
「歌、創ってるんだね」
『知ってたんだ。最近テレビにも出るようになったけど、まだまだ油断できないよね。一発屋にならないように、これからって感じかな』
「ピアノ弾けたんだ」
『うん。小さい頃から。ピアノだけは続いてるな』
「そう」
『祥君はもうベース弾いてないの?』
「引っ越してからは弾いてないな。最後に弾いたのいつだろう」
『そうなの。もったいないよ。上手いんだから弾けばいいのに』
「全然上手くないよ。まあ、高校のときは音楽って世界に縋りついて弾いてたけど」
『それ、わかる。ピアノ弾いてるときとか、歌ってるときだけは別のこと忘れられるくらい楽しくなっちゃう』
「どれくらい路上ライブやってたの?」
『え、路上ライブのこと知ってたんだ。……もしかして見に来てたりした?』
「いや、ツイッターで見かけた」
『そう』
スマートフォンから聞こえる真理亜の声は、あの路上ライブで聞いたものよりもとても細々しい女性の声だった。でも、久々に話しているという実感は沸かなかった。たどたどしい会話ではあるのに、最後に話したのが昨日だったかのように感じられた。
だけど、現実に月日は何年も経っていた。高校を卒業してからは、今年で二十五になるので七年くらいだろうか。




