【蜘蛛の憧憬画】
遠い昔、美しいと謳われる湖があった。その湖は、見た者を魅了し、一度目にしてしまえば虜になってしまうほどと言われた。
その噂を耳にした趣向人たちは、それを一目見ようとあくる日もあくる日も湖を探すことに耽った。だが一向に見つかる気配がない。多くの探検家が脱落していく中で、あるとき一人の男がこう言い張った。
「その湖には星が永遠と降ってくるのだ。その美しい星々を目にしたものは、精霊から秘宝を授かることができる」
突拍子も根拠もない発言ではあったが、瞬く間に街の隅々にまで噂は広がりを見せた。諦めかけていた探検家にとっては火に油を注ぐ様なものであった。
目にしたい、と思っていた探検家たちの目は火の粉を散らし、そこに財宝目当ての欲深き盗賊たちにも火の粉は移り、静まり返った街は、男の言葉によって大そう賑やかになった。
だが、日に日に噂は時の流れによってだんだんと消沈していった。あれほど騒ぎ立てていた探検家たちや、財宝を手にすることを想像して夢を語っていた輩は、気づけば忽然と姿を消していた。
酒場の店主は、退屈そうに、
「今日はあんちゃん来ないな」と言う。
常連客が、
「財宝を見つけたのかも」
別の客が、
「また明日には来るべ」
「ああ、そのうち来る」
冷えたジョッキの上に広がる泡を吸いながら言うのだった。
日を重ねるごとに、目を輝かせていた彼らとの交流の記憶は薄まっていき、いつしか彼らはいなかったかのように街の時間は過ぎていった。
そんな騒ぎ立てるものがいなくなった街に、再びあの男が現れる。
その男は、酒場のドアを引いて普通に酒を飲みに来たようで、店内に入った。店主は、久々に見たその顔に興奮を覚えていた。
「あんた久しぶりだねえ。星の見える湖とやらは見られたのかい?」
懐かしさからか、男の顔を覚えていた店主はそう言う。
男はカウンターに座った。そして気を落としたような面持ちで、男は言いだした。
「星なんか降り続けちゃいねえ。財宝すら見つからん。とんだ殺し損だったわ」
「あんた、人を殺めちまったのかい?」
店主は表情を変えず、グラスを磨きながら問うた。
「ありゃ、人なんかじゃねえな。肌が豪く白かった。どぶみたいな色の合羽着て逃げまとっとったわ」
「他の連中はどうした?」
店主は男の前にビールの入ったジョッキを置く。男はそれを一口、二口と口に含み、音を立てて喉を通した。そして徐に立ちだして店主の後ろを指さす。
「精霊の怒りに触れたんかな。気づいたら、皆、湖に落ちとったわ。星がいくら綺麗だって言ったって、あんな星になるのはご免だな」
店主は首を傾げながらも、男の指さした先、背後に置かれていたビール瓶をそのまま男に手渡した。




