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学校から登校してすぐ家に帰ってきた祥だった。家に入って時計を見ると、まだ短針が十時を指しているところだった。
まだ朝飯を食べてから二時間程度しか経っていないというのに、なぜか腹が空いていた。そういえばと思いだし、冷蔵庫を開けてラップに包まれていたトーストを取り出した。マーガリンを塗り、その上に七味唐辛子を振りかける。躊躇わずに口の中に放り込む。
「冷てえ」
辛いよりも先に、冷たいが来た。
一口食べてラップの中に包みなおし、冷蔵庫に戻した。そのまま布団の上へと仰向けになった。が、すぐに体を起こす。こんな日こそベースを弾こう。音楽の中に閉じこもろう。きっと唐辛子なんかよりもよっぽどいい刺激がもらえるはずだ。
祥はクローゼットを開く。クローゼットの中で立てかけてあったベースを手に取った。弦に触れたようで、鈍い音が鳴った。あーあ、と思っていると、ネックの裏に溝のような感触があった。もしかして傷つけちまったか。そう思ってネックの裏に目を落とす。「H5.6.27」と彫ってあるのが見えた。
「今日、誕生日だったのか」
今の今まで忘れていたが、このベースは確か誕生日に貰ったものだったということを思い出す。
「誰に貰ったんだっけ」
そう呟いただけで、この疑問に対して深追いすることはなった。アンプを出し、コンセントに刺し、シールドを刺し、そしてベースを弾く。鼻歌だったものが、だんだんと声をあげて歌になっていく。
「一人じゃないと……感じさせて……」
弦を弾く手は止まってしまった。なんだこの手は、クソ野郎だなと思えば、袖が目に入って、水玉という単語が浮かぶ。
泣いてたんだなあ、俺。
音楽が一人の世界に閉じ篭れるなんて嘘っぱちじゃねーか。本でも読むか。だけど、そんな気にはなれなかった。
小さな機械音をBGMに、目頭に手を当て、ベースの黒いボディーに涙を落とした。




