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重い空気が漂っていた。担任の表情はいつも以上に強張っていて、口から発せられる言葉の一つ一つからずっしりとした重みを感じる。
視野を広げれば、誰も陽気に話している者などいなかった。
鼻を啜る音。はしゃぐ者は見られない。
昨日までの教室は、ここにはなかった。
なぜなのだろうか。首を捻って見えた隣の真理亜でさえも神妙な面持ちで、この教室内の人間は、なぜこんな空気を醸し出しているのか、祥には依然わからなかった。
ただ、違和感があるとすれば、右端の一番前の席。教室の前のドアのすぐそこの机。そこの席だけ誰も座っていなかった。
「昨日水曜日の三時のことだそうです」
担任はそう言った。ピンとくる。担任は昨日の三時に何かがあったことをクラスメイトにほのめかそうとしている。そして、そのほのめかそうとした事実を、このクラスの大半の生徒はすでに理解できている。このクラスの空気感を創り出しているのは、まさにそういった類の感情の結集。そんなことぐらい自分でも理解できるのだが、肝心の、事実、担任がほのめかした要点が祥には察することができないでいた。
「さあ、みんな目を瞑って」
担任はまたよくわからないことを我々生徒にさせようとしていた。その担任の言葉を聞いて、クラス中の生徒が俯きがちになり、祥の視線の端にいる生徒は両手で顔を覆い、そして担任までもが目を瞑ってしまった。
「黙祷」
途端に静寂が降ってきた。
鼻を啜っていた者の音すら聞こえない。実際は聞こえているのだろうが、聞こえていないと言ってもいいほどの静けさ。隣のクラスの雑踏や生活音が、我々の教室を通り越して一直線にたなびく中、祥は目を瞑れずにいる。
このクラスだけ時間が止まってしまったような感覚だった。祥だけが目を開いていて、この教室内で自分の中にだけ時間の流れが止んでいない。
そこにいる生徒も、真理亜も、いつも活発なリーダーシップをとる生徒も、物静かな女子生徒でさえ、動きを止めている。
徐に担任は目を開けた。
「さあ、みんな目を開けて」
その言葉を聞いたのか、一斉に、再び時間が流れ出す。俯きがちだった生徒たちは顔や上半身を起こし、祥の視界を狭くした。
「もう知っていると思いますが、結城君が亡くなったことはとても残念なことです。これは誰のせいとかそういう問題ではありません。結城君のためにもこれから全員で高校受験に備えて、みんなで卒業しましょう」
担任はそう言って事の終息を図った。右前方のドア付近で泣き合っている生徒たちを慰め、「大丈夫、大丈夫」なんて言いながら背中をさすっている。
おそらく、その空席となった生徒が何らかの事情で亡くなったのだろう。その何らかの部分。きっと昨日の事件が絡んでいるのだろう。憶測でしかないが、昨日皆が廊下に出て、窓から身を乗り出して見ていた対象が、結城という人物の亡骸。いや、死んだのは三時だといっていたので、おそらく自殺した直後のぐちゃぐちゃな脳味噌と肉体を目撃したのだろう。
不穏な感覚だった。本当にその結城という生徒は、同じクラスメイトだったのだろうか。まるで記憶がない。人の顔を覚えるのが苦手というほどではない。人並みには理解できているし、それもクラスメイトとなれば一度くらい顔を見合わせているはずだろうが、記憶からその顔を引っ張り出して再現することができなかった。
「おい、祥。理科室行くぞ」
振り向くと塚越が立っていた。その奥に畑中も見える。
「一限理科だっけ?」
「ああ、だから行くぞ」
祥が立ち上がると、彼ら二人は廊下に出て行こうとした。慌てて鞄から筆箱を取り出し、教室の後ろにあるロッカーから理科の教科書とノートを探す。乱雑に積み重ねられた冊子の塔から目当てのものを引っ張り抜き、彼らの背中を小走りで追った。




