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「地震か?」
生徒の誰かがそう言った。地震という割には一瞬の音沙汰だったが、それでも授業中のちょうど静かな局面で大きな音が響けば間違えるのも無理はない。
「いや揺れてねーし」
「教室のドアでも外れたんじゃない?」
「あー! トイレのドア思いっきり閉めるとこんな音鳴るかも」
ノートの上を走らせる筆跡の音だけが響いていた教室内は、だんだんと温かみを増した色になっていった。そこかしこでざわざわとし出し、体を捻って口をパクパクさせる人数が増えていった。
「おい! 静かに! 授業中だぞ」
そんな国語の教師の声には誰もが上の空だった。一瞬静まりかけた教室内の雰囲気は、教室前方のドアのガラスの向こう側の状況に吸い込まれて行った。
隣のクラスも慌ただしさを隠せていないようだった。普段、授業中はひんやりとしている廊下も、今では放課後のように賑やかな音と制服姿の生徒で彩られている。
ドアガラスの向こう側には、生徒が映っていた。普段授業中はそんなことあり得ない。騒がしさも伴っていたので、好奇心を掻き立てられたのだろう。
「え、なになに!」
「行ってみよーぜ!」
見ると、教室前方のドアガラスから、他クラスの生徒が手招きをしていた。それに呼応されてか、拍車を切った男子生徒を筆頭に、ぞろぞろと生徒たちが廊下へと出始めていた。
呆れたと言わんばかりに腕を組んでいた教師も、ここまで来るとただ事ではないと思ったようだった。ドアに連なる生徒たちの列を掻い潜って、我先にと状況を把握しようと出ていった。
「ねえ、何だろうね」
「どうせたいしたことじゃないでしょ。退屈な時間だったからちょっと面白そうだけど」
祥が知ったような口でそんなことを言うと、「私たちも見に行ってみる?」なんて真理亜は言った。
「俺はいいや。真理亜は行ってきなよ」
祥はそう答えた。が、彼女は数秒しても席を立つことはなかった。出て行こうとはしなかった。
教室には祥と真理亜の二人だけになっていた。黒板に残された白いチョークで書かれた字。不揃いな椅子。机上のペン、教科書、ノート然り。そんな光景を見渡して思ったのか、「なんか、人がいないから放課後みたいだけど、なんかちょっと違う雰囲気だね」なんて真理亜は言った。
「確かに」と祥は答える。
「またベース弾いてくれる?」
「どうかな。人に見せられるような上手さじゃないし」
「また放課後聴きたいな」
真理亜はそう呟いた気がした。多分、そんな気がしただけだ。
「なんか騒がしくなってきたね」
今度はちゃんと祥にも聞こえる声で言った。視線をドアの向こうにやると、廊下の窓から身を乗り出して中庭を覗く生徒が見えた。
その覗く視線の先にあるもの。祥はなんとなく脳内で形作っていた。
今この位置から見える光景と雰囲気は、おそらく自分で軽々しく思っているほど、大衆にとっては単純な事態ではないのだろうと思う。
「とりあえず教室に入れ!」
どこかの教員の怒号が聞こえた。




