6月 審議
うるさい。
皆、うるさいよ・・・
今日は審議だから二人ともオブザーバ出席してねと言われ、またもや理事会に来ている。
今日に限らず、今後もなにかと理由を付けては毎回出席しろと言われるんじゃないのか?
中川さんに霊を紹介されるのが怖いので今回もギリギリの時間に行こうと思ったけど、野島さんもギリギリは駄目だと言ってたし怒られるのも怖いので、何かの足しにはなるかと母親から家にあるお守りを借りてきた。
「令監事、この前紹介できずに申し訳ありません。新入会員の猿渡くんです。名刺交換は新年祝賀会の時にさせて頂いているのですが、改めて紹介します。」
「こちらこそ。前回は懇親会に出席できずに申し訳ない。」
普通に会話しているけど本当にこのおじさん霊なのかな?
しかもJCはおじさんの敵の筈なのに仲が良さそうだ。
「改めまして、令寛二です。名前が寛二なもので監事の役を頂いています。」
「そういうわけではないんですけど、凄い偶然ですよね。」
霊と一緒に笑っている。あっ、霊が名刺を。
俺も名刺を渡さなくはいけないのか?
ポケットに入っていたかな?
あっ、お守り出しちゃった。
「これは!」
何?お守りがあるから俺に近寄れないのか?
持ってきてよかった。
母さんありがとう!って皆が近寄って来た。
全然魔除けになってないじゃないか!
「寿島まつりのお守りだね。」
「寿島まつりの議案が無事に審議可決になるようにって意味かな?」
「猿渡副委員長やるね。」
「ありがとう。頑張るからね。」
何だか分からないけど、感謝されてる。
俺が霊を退治したとか?というか本当にあのおじさんは霊なのか?
さっき貰った名刺には何が書かれているんだ?
寿島町役場、令寛二。
令は苗字で、町役場の人だったんだ・・・
呪文が始まった。
皆、儀式の時って真剣な顔で不気味だよな。
それ以外の時は大体ふざけてばかりいるから尚更そう思うのかな。
小柳社長が話をしている。
普段は優しそうに淡々と話すのに、この前の理事会ではいきなり怒鳴るからびっくりしたな。
今日は怒鳴らないと良いけど。
旦那さんが野島さんは最近寝てないって言ってたのは、議案を作る為だったんじゃないかな?
俺のまるで役に立たない意見とも呼べないものにもあんなに嬉しそうで。
しかも、あの委員会のあとにわざわざ修正した議案を持ってきてくれて。
なのに俺はあまりの量の多さに読む気にもならずに放っていて。
せめて今日の審議が上手くいくように祈ろう。
「前回議事録の確認を令監事お願いします。」
「はい。間違いなく記載されていることを確認致しました。」
前回も間違いありませんって言ってたけど、何のことなんだろう?
うわっ!指方さん何?
いたの?って、いつになったら俺は指方さんの存在感のなさに慣れることができるんだろう。
えっ?これが議事録?
ああ、前回の理事会の内容が書いてあるんだ。
しかし議事録って簡単な箇条書きだから小柳理事長が怒鳴って散々文句を言ったところも「このままでは審議は不可能。」の一行になってる。
これは「不可能と怒鳴り散らす。」と書かないと間違いじゃないのか?
「これより審議となりますので・・・」
とうとう始まった!
皆、さっきより更に顔も言葉の調子も真剣で怖い。
ああ、小柳社長が野島さんにまた説明しろと言っている。
大丈夫かな?
中川さん、黙ってないで助けてあげて!
小柳社長が野島さんの説明に文句を言わないぞ。
よし、これで審議終了なのかな?
いや、また別のことについて説明しろと言っている。
野島さん頑張れ!
「それでは、これより審議可決に入ります。定足数の確認を・・・」
低速数って何だ?
分からないが、ゆっくりで良いということか?
ゆっくりだぞ野島さん!
「寿島まつり事業計画書及び予算案に賛成の方は挙手を。」
巨種って何だ?何かの種が必要なのか?
手を挙げてるな?巨種は持ってないようだけど。
賛成の人は手を挙げれば良いのか?
あれ?指方さんはなんで手を挙げないんだ!
俺なんかよりこの議案に色々質問して、しっかり取り組んでいたじゃないか。
もしかして指方さんは納得がいかないからあんなに質問していたのか?
俺は、俺は・・・
「猿渡副委員長。気持ちは分かりますが、副委員長に議決権はありませんので手を下して下さい。」
俺、手挙げてた?
うわっ恥しい。
しかも権利はないから下せって、恥し過ぎる。
そのあとは、あまりの恥ずかしさにずっと俯いていて、拍手がおきたなというのは聞こえたのだけど気付くと野島さんに引き摺られる様にして、また「しま」に座っていた。
「野島委員長、審議可決おめでとう!改めて今後の意気込みをお願いします。」
「皆さん審議可決ありがとうございました。
審議後が本番ですのでしっかり動いていきます。
今年は委員会に二名の新入会員がいますので大変心強いです。
猿渡副委員長においては議決権がないにもかかわらず挙手にて賛同の意を表明してくれました。
実は今回、理事会における議決権の話を二人にはわざとしていませんでした。
指方くんは先輩から聞いて知っているから手を挙げないだろう。
猿渡副委員長は猿渡先輩の性格上、教えてもらっていないだろうから手を挙げるだろうと予想していましたが、見事挙げてくれて、とても嬉しかったです。
明日からは寿島まつりを創っていく為に奔走しますが、今晩は皆様と共に思いっきり祝杯をあげたいと思います。」
「よっ!野島委員長!いつも思いっきり飲んでるくせに!」
野島さんが真面目に挨拶してるのに、中川さんはなんで変な掛け声を掛けるんだ?
しかも悪口まで。皆も笑うなんて酷いよ。
でも、野島さんが一番笑ってるな?
「では理事長。乾杯を。」
「寿島まつりに乾杯!そして審議可決のお祝いで今日は歌うぞ!」
「よっ!小柳理事長!お祝いでなくても歌うくせに!」
野島さんも仕返しするなら中川さんに言わなきゃ、なんで小柳社長に悪口を。
また怒鳴られたらどうするんだ。
「エントとシーサーも勿論歌うのよ!」
なんで勿論歌わなきゃいけないんだよ。
「なんで歌わなきゃいけないんだって思った?
それはね、歌を歌うことによって隠している人柄が分かるし、打ち解けやすくもなるから。
だから本当はもっと早い時期に歌って騒いで仲良くなりたかったけど二人ともあまりにもシャイだから時期を伺っていたのよ。
私は何でも無理矢理に押し通すと思ってるだろうけど、これでも考えてはいるのよ。」
結局、歌わせるんだろう?
しかし歌なんて学校の授業で無理矢理歌わせられて以来だ。
その時も小声でボソボソと誤魔化してたし。
どのみち知ってる歌もないから、無理ですと黙って俯いていよう。
指方さんは歌うのかな?
隠している人柄が分かるのなら皆の歌を聞いてみたい気はするけど。
「じゃあ、早速歌ってもらおうか。どちらから歌う?」
指方さん頼む。
「はい。♪」
すんなり歌っている!最年長の令さんも楽しそうに皆で盛り上がって手拍子したりしてる。
「よっ!ことぶき!」
今度の掛け声は悪口じゃないな。
俺が歌ったら猿渡自動車って言われるのか?
長くて言いにくいだろうな。
って、歌わないけどさ。
「次はエントの番よ。何を歌う?」
「お、俺は、う、歌えないので・・・」
「JCでは?」
「YESorはい!」
「まあまあ!私達が盛り上がっていたらシャイなエントも思わず歌いたくなるよ。」
「そうね。天岩戸作戦でいきましょう。ではアイラ歌います!♪」
この歌、女性の歌みたいだけど、天野岩人って人の歌なんだ。
皆、次々に歌っている。お酒を飲んでいるとはいえよく人前で歌えるな。
「♪♪」
うわっ!中川さんがいきなり怒鳴りだした。
理事会で怒鳴られた仕返しか?
歌?これ歌なのか?
うるさい歌だな。
皆の掛け声もうるさいよ。
何だか気持ちが重くなってきた。
何だろう、これ?
歌に見せかけた呪いの呪文なのか?
そういえば皆が呪文を唱える時にもこんな気持ちになる。
何度も呪文を聞かされている内にとうとう体に異変が起きてきてしまったのか?
病院に行った方が良いかな?
俺は心配になってきて、今回も二次会の誘いを断って家に逃げ帰った。
「JCだったのか?にしては早かったな?」
「早いもんか、もう十二時じゃないか。」
「懇親会は出席してるのか?飲んでたら朝帰りが普通だろう?」
「ちゃんと出てるよ!ペナルティなんか払わないからな。
それと朝から働いているのに、朝帰りなんてするわけないじゃないか。」
「若い内は寝ないでも平気だろう?もっと人生を楽しめば良いのに、つまらん人間だな。」
「若くても寝ないと辛いよ!そういえば最近、体調が変なんだ。JCのせいじゃないかな。」
「変ってどう変なんだ?」
「なんか気持ちが重くて。」
「痛いとかじゃなくて、気が重い?そんなの病気でもなんでもないな。」
「ストレスを軽く見るなよ。というか親父は何で俺にJCのことを何にも教えてくれなかったんだ?
指方さんはお父さんから色々教えてもらっていたって。
だから何のストレスもなく平気でJCに参加しているけど、俺は何にも知らないから毎回色々と大変な目にあってるんだぞ。」
「おまえみたいに何もしないし人にも関わらない人間には刺激が必要だと思って敢えて何も教えてなかったんだ。
毎回刺激的で楽しいだろう?刺激がない人生はボケやすくなるからな。俺の気遣いに感謝しろよ。」
「刺激的過ぎるんだよ!一体JCって何なんだよ?」
「朝までかかるが聞くか?」
「また、そんな言い訳をして。今度は騙されないぞ。短くまとめて言えばいいだろう。
理事長だかなんだかやってた筈なのに、そんな説明もできないのかよ。」
「少しは成長したか?言い返せるようになったじゃないか。じゃあ特別に一言で。人間として生きる為の学校だ。」
「意味が分からないよ。人間としてって、皆、既に人間じゃないか。」
「動物だ植物だって生物学的な意味での人間じゃなくて、社会生活における人間について話をしているんだ。」
「人間を歯車に例える様なあれか?人間を機械みたいに言うなよ。」
「世の中は全て法則と確率によって動いている。機械みたいに言われておまえが感情的になるのも法則に則ったものだ。」
「何でもかんでも決まっているって言うのかよ?じゃあ、俺が今何を考えているのかも法則と確率で分かるのかよ?」
「確率的にこうだろうなというのは想像がつく。
JCが重荷になってきて、でも逃げようにも逃げられず、何とかならないかと俺に咬みついているんだろう。もし外れていたとしても、その不確定要素さえ確率の内だ。」
「わざと難しい言葉使って誤魔化すなよ。俺が馬鹿だから、それで何も言えなくなると思って。卑怯だよ。」
「卑怯ではなく、作戦だ。その作戦に敗れるのはおまえが馬鹿だからだ。それが分かっているんだからJCで勉強してこい。」
「JCで何が学べるんだよ。わけの分からない儀式とか、怒鳴り合う会議とか、馬鹿みたいに騒ぐ飲み会とか。そんなものが人間としての勉強になるのかよ?」
「なる。そんなものとしか認識できないおまえが馬鹿なだけだ。しかし、そういう認識しかさせられないJCも馬鹿だ。明日にでも理事長を呼び出しで説教だな。」
「理事長って小柳社長だろう?仕事に響かないのか?猿渡自動車の車はフェリーに乗せないとか言われたらどうするんだよ?
しかも、その原因が俺がJCを馬鹿みたいだって言ったからとか、幼稚過ぎるだろう。万が一殴り合いの喧嘩とかになったら親父死ぬぞ。」
「おまえは本当に小心者だな。そんな心配するぐらいなら最初から愚痴なんて言うな。親馬鹿な俺が本気にするじゃないか。」
「親馬鹿だって言う割にはJCのことを何にも教えてくれないから、俺が苦労して。って、また誤魔化されかけたけど、人間として生きる為の学校って意味が分からないよ。」
「呼吸をしたりとかの生命活動がおきているという意味での生きると、社会の中で人間として生きるというのは意味が違うのは分かるか?」
「まあ・・・」
「おまえは機械みたいだって言うけど、社会の中でそれぞれに役割があるのは分かるな?俺は猿渡自動車の社長という役割があるし、お前の父親という役割もある。」
「その役割って言い方が機械的なんだよ。役割だから嫌でも社長とか父親をやってるみたいな感じがするじゃないか。そこに気持ちはないのかよ?自分がやりたい、やりたくないは関係なしかよ?」
「最初は誰でも選びようがない。
日本の寿島の猿渡家に生まれたおまえには、日本国民、寿島島民、猿渡家の一員としての役割が課せられている。
その役割が嫌だとか他の役割が良いと思うなら、それは構わない。国籍を変えるなり、引っ越すなり、家族との縁を切るなり好きにすればいい。
だが、それは新たな役割を背負うだけのことで、生きている限り誰しも何かの役割を担っていかなくてはいけないんだ。
俺はこの地で社長と親父という役割を担うと覚悟を決めて日々生きているし、楽しんでもいる。おまえはどうなんだ?何の役割を担いたいんだ?」
「別に何もないよ。好きな役割をすればいいって言うけど、自分がしたくてもできないことの方が世の中多いじゃないか。」
「だからJCで勉強しろと言ってるんだ。
おまえに何か明確にやりたいことがあるのなら、それに向けて行動すればよい。
もし整備士という役割を担いたいなら整備士学校に行くだろうし、車関係の会社や自動車関連の協会に所属するだろう。
それぞれの役割をちゃんと担えるように手助けする機関が世の中にはあるからな。
しかし、資格を持って会社に所属していれば整備士という役割が担えるかというと、そう甘くはない。
人間関係、社会の情勢、自分の状況、様々な要素が絡んでくる。
しかし、その様々な問題をも手助けしてくれる機関が世間にはちゃんとある。
有料、無料は様々だが何でこんなに手助けしてくれるか分かるか?
それは、それぞれの役割がちゃんと機能することによって社会は成り立つからだ。
おまえは人間の感情の部分はどうしたと気にしてるから説明するが、人間は真っ白で無音の部屋に閉じ込められると一時間もしない内に発狂してしまうと聞いたことがないか?
嘘か本当かは分らんが、何かやれと、全く何もするなではどちらが辛いか分かるよな。
人間は何かせずにはいられないし、その行動や行動への反応によって感情が生まれるものなんだ。
なら、その感情は怒りや悲しみより喜びや楽しさがいいよな。
しかし人間ってものは慣れる生き物で、毎回同じことが繰り返されれば喜びも楽しさも減っていきゼロになることもある。
怖いことに怒りや悲しみも慣れてしまって感情が平坦になるんだ。
そして新たな反応を求めまた行動をしていく。
皆、自分の行動により不幸になりたいわけがないから上手くいくように幸せになるように行動していくが、成功して幸せになったら、それにも慣れて幸福の感情が薄れていく。
じゃあ次はどうすれば良いのか?不幸になって、もう一度成功する?
そんな馬鹿なことはしなくていい。周りの人の手助けをするんだ。
自分だけは幸せだが、周りは全員不幸なんて状況がまともでないことは分かるだろう?
社会の中で人間として生きるとは、自分の役割を果たし、それが周りにも良い影響を及ぼすということだ。それが今のおまえにできているか?」
「役立たずは生きてちゃ駄目なのかよ。」
「役立たずの人間なんて一人もいない。人間が生きていれば周りに良くも悪くも必ず影響を及ぼす。
それが害と見なされれば、矯正や排除の対象となるが、それすら、こういう事例にはどう対処すべきかの一例として役には立つからな。
まあ理屈はさておき、一度きりの人生、幸せで楽しく生きていきたいじゃないか。
その為には努力が必要ということだ。
今のおまえには明確な目標がないようだから、JCがピッタリだと思うぞ。
社会で生きていく為の基礎知識が学べるし、世界規模の団体で様々な業種のメンバーがいるから、世界観も広がるし、目標が定まった時には物凄い力となる。」
「JCって目標を持っていない駄目な人間を教育する団体?」
「おまえはひねくれたものの見方ばかりするな。
勿論、目標を達成する為にJCに入る人間もいる。
しかし、その目標を達成するということは結局、社会に良い影響を及ぼすということになるんだ。
例えばJCにいても整備士の資格は取れんが、資格を習得する為の効率や人間関係というのは学べる。
それをベースに動いていけば大きな失敗はないし、成功してちゃんと役割を果たせば、それが社会の為になる。
その上で余裕ができたら次は周りに手を差し伸べられるようになる。
それができるような人間になる訓練をJCではしていくんだ。
JCは自己訓練の場であると共にボランティア団体だから、明るい豊かな社会の為に活動をしているんだが、それは卒業後、自分がリーダとなり地域に貢献していける為の予行演習ともなっているんだ。」
「それは、野島さんから聞いたよ。親父が免許返納とかのボランティア活動しているって。
でも、それは商売の足しになるからやってるんだろう?それを地域の為だなんて言うのはずるいよ。」
「まず自分の会社や家族が安定することが第一だ。自分の足場がしっかりしてないのに人は助けられないだろう。その上でやれることを俺は精一杯やっているだけだ。」
「悪かったな、独り立ちもできずに何もしてなくて。自分はできるからって見下して偉そうに言うなよ。」
「見下してはいない。むしろ俺はおまえが羨ましくもあるよ。」
「何がだよ。」
「おまえにはこれから様々な可能性がある。そしてJCで学ぶことにより、それはより一層広がるのだから。そう言えば気が重いって言ってたが、どういう時に気が重いんだ?」
「何度も言うけど親父が何も教えてくれないから俺だけがいつもわけが分からない状態でJCやらされて。説明が全くないわけじゃないけど、俺、馬鹿だからついていけないし。」
「ふーん。」
「ふーんってなんだよ。しかもニヤニヤしやがって。」
「いやいや、そりゃ大変だなって。」
「なんだよ、その言い方。大変だなんて思ってもないだろう。」
「思ってるさ。理由を一言で説明しようか?
JCって何だの説明も一言と言いながら随分話したから、これも長くなるけど大丈夫か?」
「うわっ、もうこんな時間!全然一言じゃないじゃないか。」
「だから、朝までかかるって言っただろう。」
「うるさいな。もう寝る。」
カラオケも親父も皆、本当にうるさいよ。




