5月 理事会
怖い。
これが小柳社長の本性か。
酔い潰れ作戦の筈が本当に酔い潰れて面白い話対決は免れた俺だったが、野島さんがそのまま放置してくれるわけもなく、不戦敗により副委員長は俺に決定したと告げに来た。
そして追い打ちをかけるように理事会なるものにオブザーバ出席しろと言う。
理事会?また新たな会が出てきた。
オブザーバって何だ?調べると、会議などで発言権はあるが議決権がない、または両方ないとある。
議決権って何だ?オブザーバにはない権利だからいいけど、発言権はあるかもしれないんだろう?ということは何か話さなくてはいけないということ?絶対に無理だ。
しかし、あの野島さんに無理ですは通用しない。
さあ、どうする。俺とて引き篭もり&人見知りを生まれてこの方ずっとやってきたんだから、それなりの内側に閉じ籠る方法、人を避ける方法というのは身に付けてきているんだ。
なのに、これまではJCの異様さと皆の押しの強さに圧倒されて俺らしさが全く発揮できていなかった。JCに入会して四ヶ月、今のところは変だと感じながらも、かろうじて精神的苦痛で済んでいる儀式や何やらが今後、肉体的苦痛も伴うようにでもなったら大変だ。
なにせ副委員長を押し付けられてしまったのだから。
そこで、今こそ俺は俺らしく、とことん内に籠りつつ皆に無能さを見せつけ、副委員長なんてできる器ではないということを証明しないといけない。
その結果、指方さんが副委員長となり、俺はひっそりとスパイ活動を行えるだろう。
無能な俺がまさかスパイだとは思わないだろうから正に一石二鳥の作戦だ。
問題は俺が本当に無能だということだが、四十歳まであと十九年もあるのだから焦らず気長にやっていこう。
あんなに嫌だった島外での学校生活も、島で静かに生きていく為だと言い聞かせて五年間も踏ん張れたじゃないか。
色んなことから逃げてきた俺だけど寿島からだけは逃げたくない。というか、ここが俺の唯一の逃げ込み場所なんだ。
島の行事に参加もせず、島民とも最低限の付き合いしかしない俺が自分の為とはいえ、こんなに寿島の未来を心配して行動しているなんて誰も思ってないよな。
普段は引き籠り。しかし、その実態はスパイ&島を守るヒーローってわけだ!
よし、理事会なるものを調査しに行こう。
公民館には指方さんも来ていて、オブザーバは俺だけではなかったと心底ほっとした。
今までは人見知り&俺なんかが近くにいたら女性は嫌がるだろうと、指方さんや野島さんの姿を見ることも苦痛だったのだが、今日は指方さんの存在がこの上なく頼もしい。
小柳社長と中川さんが並んで座り、その正面に野島さん。その後ろの机に俺ら二人という配置なんだけど、謎のおじさんが小柳社長の隣に座っている。
JCって四十歳までしか活動できない筈じゃなかったのか?
謎のおじさんはどう見ても五十歳位だ。
新たな謎だなと思いながら、野島さんの後ろに隠れるように座ってみた。
これで前の三人から隠れられるし、スパイ活動もやりやすくなる。
総会と定例会の時は、野島さん、指方さん、俺が並んで座り、小柳社長と中川さんは俺達の右側の壁に沿って座るから俺は隠れる場所がなかったけど、今日は指方さんだけを気にしておけばいい。
それにしても、定例会と理事会では机の配置や飾り付けも違うのは何でだろう?
何にでも意味があると野島さんは言っていたから勿論あるんだろうけど、五人しかいないのに(今日は六人だけど)いちいち配置換えするなんて面倒臭くないのかな?
いちいちと言えば、国旗が飾ってある時は、部屋の出入りをする際に必ず入口で国旗に一礼しなくてはいけないというのも面倒臭いんだよな。
普段意識していなくても私達が日本人で、日本という国の伝統、文化、風土で生きていることは間違いない。
だから国を象徴する国旗があれば、そこに相対する際には一礼するんだよと教えられたけど、実は国旗と見せかけてJCの旗に礼をさせられてるんじゃないだろうな?
今度、皆がどこに一礼しているか観察しておかないと。
いつもの呪文が始まった。俺以外は何も見ないで呪文を唱えてる。
怪しい呪文なんて唱えられなくて別にいいんだけど、これって結構疎外感があるもんだな。
スパイとしては覚えて溶け込むべきなのかな。
皆が順番に何か話してる。メモを取らなくては。
毎回初めて聞く単語が多くて、聞いた通りをメモしてるけど聞き違いや漢字の間違いも多いんだろうな。分からないままにしておいてはスパイの意味がないから、どうにかしないと。
野島さんは恐いし、小柳社長には近づきたくないから、中川さんに聞こうかな。
今日も相変わらず不思議な服を着ているけど、今まで会話した感じではまともそうだったし、懇親会でそれとなく話しかけてみよう。
野島さんが資料の説明をしだした。指方さんと俺は資料を紙で貰ったけど、おじさんも含め四人はノートパソコンを使っている。
理事会にはパソコンが必要なのかな?だとしたらパソコンなんて使えない俺は理事会も無理だ。
しかし今後JCのデータをこっそり盗む必要が出てきた際にはパソコンが使えないっていうのは致命的だな。家にパソコンはあるから親父に教えてもらうか。
「考えが甘いね。」
そうか。親父に教えてもらったら、俺がパソコン使えることがJCに筒抜けになるもんな。
こっそり独学で学ぶしかないか。
「無理な計画だと気付かない?」
俺は馬鹿だから無理か。
え?何?顔が隠れる位置に座ってるのに、それでも分かるの?
俺が何でも表情に出るっていうのは嘘で、小柳社長は人の心が読めるのか?
それとも俺は独り言を無意識の内に言ってるとか?
「野島委員長、説明を。」
中川さんの口調も厳しい。
野島さんは俺を監視、洗脳するのが役目なのに失敗じゃないかと責められているのか?
「はい。背景、目的において・・・」
肺系木敵に追い手?木があると肺に悪いから追い手を?何の話だ?
うわっ!指方さん何?近づかないで!そのペンで何する気!刺し殺す気か!
えっ?資料のこの部分?ああ、背景、目的・・・
この資料ってJCがやっているという寿島まつりの計画書だよな。
自分達で作ったまつりなのに何で小柳社長も中川さんも文句を言うんだろう。
しかも、そんな厳しい言い方で。こんなに立派な資料があるのに。
「そもそも、この資料が不完全だね。」
この資料駄目なの?これだけ大量にあるのに。野島さんも一生懸命に説明してるじゃないか。
「今の説明は議案のどこにあるの?そして、どうやって実現するのか説明して。」
偽餡?絵に書いた餅的なこと?偽の餡子を本物にしろと?
寿島の人は餡子が好きだから、諺を餅じゃなくて餡子に変えちゃったんだな。
「中川専務はこの議案を確認したの?」
仲間割れ?中川さんまで責められだした。
皆、仲間だろう?
小柳社長もそんなに厳しく問い詰めるばかりじゃなくて、自分もアイデアを出して助けてあげれば良いのに。
中川さんが野島さんを助けてる。そうそう、皆で助け合ってさ。
ぎゃっ!小柳社長が怒鳴った!
何が起きたんだ?内部分裂?トップと意見が食い違い、新たなJCが発生するのか?
だって中川さんも野島さんもあんなに怒鳴られたのに全然引かないもの。
謝りつつもまだ何か説明してるよ。
小柳社長、次は手が出るんじゃないか?
中川さんなんか、もの凄く細いんだから小柳社長から殴られたら死んじゃうよ。
謎のおじさんは最初に何か一言話しただけで何も言わないけど、何の為にいるんだよ。
おじさんが一番年配なんだから止めてあげて!そうそう、おじさんが立ち上がって。
おじさんまで野島さんを責めている!
「では以上の点を修正して次回理事会にて。」
あれ?纏めだした。理事会終わり?
「皆様、お疲れ様でした。では懇親会へと!」
あんなに激しく言い合っていたのに懇親会って無理があるだろう。
野島さん、顔が強張ってるじゃないか。懇親会は必ず出席って言ってたけど流石に今日は無理だろう。
「お疲れ様でした!」
野島さん「しま」に来てるよ。挙句、小柳社長の隣に座って笑いながら話してる。
一体どうなってるんだ?それと懇親会は必ず出席の筈なのに謎のおじさんが来ていない。
一体あのおじさんは何だったんだろう?
皆、新年祝賀会の時には年上の人達に物凄く丁寧な対応をしていたのに、今日の理事会中は、おじさんそっちのけで喧嘩なんかして。
まるで、おじさんなんかいないかの様に・・・
そもそも、おじさんなんかいなかった?
でも理事会の最初と最後に何か発言していたぞ。
最初は「間違いありません。」みたいな短い一言で、最後は結構話していたけど、皆の喧嘩に驚き過ぎてメモを取り忘れてしまったから、野島さんを責めてるなとしか。
ひょっとして、あのおじさんはJCをスパイしている内に消された人の霊なのか?
不意打ちで殺されてしまったので誰から殺されたのか分からなかったが、霊として彷徨っている内に犯人が今日の理事会に来るメンバーだということが分かってやって来た。
確か、おじさんは小柳社長が何か言った後に「間違いない。」と言った。
俺を殺したのは、こいつに間違いないということか!
すると最後の発言は小柳社長を責める呪いの言葉!
皆には見えないが、JCをスパイしている同志の俺にだけはおじさんの姿が見えて・・・
「エント、初理事会はどうだった?」
「うわっ!な、中川さん。お、俺、れ、霊!か、感じ・・・」
「令監事?新年祝賀会の時に会ってるよね。今日、もう一度紹介しようと思ったのにエントは時間ギリギリに来るから。今度からは三十分前には来ないと駄目だよ。仕事の都合もあるだろうけどさ。」
新年祝賀会の時に霊と会ってる?しかも紹介しようと?JCって心霊系の宗教団体だったのか!
「令監事は、明日、早朝から用事があるからってもう帰られたから、次回の理事会で改めて紹介するよ。」
霊に早朝からの用事って何だよ。それはともかく霊を紹介なんて恐ろしいことは止めてもらわないと。
「あ、あの、お、俺、こ、怖いのは・・・」
「理事会怖かった?今日もずっと心配してくれてたよね。」
「お、俺、な、何か言ってましたか?」
「言ってないけど、表情と態度でわかったから。」
そうか。座った位置からは隠れていても立ったら見えるのか。
俺って誰から見ても感情が丸わかりなんだな。
「エントが顔に出やすいっていうのもあるけど、理事会に初めて出席した人の感想は大体怖いだと思うから、確認してみたんだ。」
「な、中川さんもですか?」
「僕が初めて理事会に出席した時?僕はちょっと例外かもね。シーサーも例外タイプだよね?どうだった?」
「勉強になりました。」
わあっ!指方さん隣にいたんだ。本当に気配がなさ過ぎだって。
指方さんも実は霊なのかもしれないな。
「エント、次回の理事会では審議だから委員会をしないとね!副委員長としての初仕事の説明するからこっち来なさい!」
神技?何?野島さんまで止めてくれ!
「アイラ。エントはさっきの理事会での恐怖でひどく震えていてね。そちらまで歩けないと思うよ。」
確かに怖かったし、野島さんの近くには行きたくないけど、震えて歩けないほどではない。
でも、そう見えるのならそういうことで。
「相変わらずジョーのジョークはブラックね。」
ジョーのジョークだって。野島さんも親父ギャグを言うのか。
「エント。私は親父ギャグを言ったわけじゃないわよ。でも、これで震えが止まったんじゃない?はい、隣にどうぞ。」
行くしかないか・・・
「委員会を開催するから、日程調整とメンバーの招集をお願いしたいのだけど。」
委員会の日程調整?メンバーの消臭?日取りの良い日にお清めでもするのか?
「わからないことは聞きなさい。そして必ずメモを取りなさい。」
「しょ、消臭?」
「次回の理事会は六月一日だから、その前に開催するけど、何でもギリギリは駄目よ。明日は定例会だから、それ以外の日で私とエントとシーサーが集まれる日時を決めてね。場所は公民館でも良いけど、予約は一週間前までにしなくてはいけないので注意して。委員会は必ずしも公民館でしなくても良いけど、机、照明、コンセントは最低限必要ね。」
招集か・・・
「エントはノートパソコン持ってる?」
「い、いえ。も、持ってないです。」
「じゃあ委員会前に私の事務所のパソコンで次第を一緒に作って、司会の練習もしましょうね。早速、明後日はどう?」
私大を作る?寿島まつりじゃなくて大学を作るっていう話だったのか?
そりゃ実現が難しいって言われるのも当然だよ。
そして歯科医の練習?歯科大学なのか?
それを、なんで俺が練習しなくてはいけないんだ?
挙句、今日の理事会、明日の定例会、明後日の謎の歯科医の練習と三日間も続けてJCに参加しなくてはいけないなんてきついじゃないか。
「あ、明後日・・・み、みっ。」
「己の刻が良いの?えーとね、明後日の午前中は仕事があるから夕方からでは駄目?」
身の酷?いや、きついのが良いわけないじゃないか。午前中?明後日が「朝って」と聞こえたのか?
そして勿論NOは受け付けませんというその顔。
「明後日、私も次第作成に参加しても良いですか?」
うわぁ!指方さんまた隣にいたの?いつから?
俺と一緒に来てた?移動する時も気配がないんだな。
「勿論よ。じゃあ何時にする?委員会もそのまま開催しちゃいましょうか?」
そして、そのあと俺は何も言うことができず、次の日は定例会、次の日も野島さんが家に迎えに来て強制的に三日間連続のJCとなった。
「狭くてごめんね。どうぞ座って。」
事務所って野島さんの自宅のことだったんだ。
「エントは、パソコンはどれ位できる?」
「ま、全くできません。」
「シーサーは?」
「一応、一通りのことはできます。」
「指方先輩直伝かな?頼もしいわね。では、このデータをこういう風に書き換えるのをエントに教えてもらえる?私は子供を迎えにいくので。制限時間は三十分。戻ってきたらすぐ司会の練習だからね。」
ああ、また俺達だけをおいてどこへ?
えっ?子供?結婚してるんだから子供がいてもおかしくないけど、野島さんってお母さんって感じがしないからびっくりした。
「猿渡くん。」
「は、はい!」
「携帯電話持ってる?」
え?俺の番号を知りたいのか?でも携帯電話の番号もメールアドレスも書いてある名刺を既に渡してあるのになんで今更?携帯でスパイチェック?それともミクシィとかでお友達になりましょう的な?
「そんなにパソコン操作を不安がらなくても携帯を使えているなら大丈夫だから。まず、この部分を・・・」
スパイチェックを疑うのは良いとして、お友達になりましょう的なことってなんだよ。
女性と二人きりで俺は舞い上がってるのか?まてよ、これはハニートラップか?
しかしハニートラップを仕掛けるにしては指方さんには女性の要素が欠けてる気がするな。
でも、こんな邪心だらけで馬鹿な俺に指方さんは凄くゆっくり丁寧に教えてくれて。
こんな風に優しくされたら知らず知らずの内にハニートラップにかかるのかもしれない。
やるな指方さん。
高校、専門学校でパソコンを操作することはあったけど、授業に必要なことをやるだけで、それ以上は学ばなかったのが今になって悔やまれる。
学生時代にパソコンをマスタしておけば、みすみすこんな罠にかかることもなかったのに・・・
「ただいま。できたかな?はい、OK。じゃあ、次は司会の練習ね。台所へどうぞ。」
歯科医の練習をするのに台所?
「こんばんは。」
「こんばんは。お邪魔しています。」
「あ、あの・・・こ・・・」
野島さんのお子さん?野島さんに似ずに凄く可愛い女の子だな。
「息子の「しゅう」よ。女の子によく間違われるけどね。はい、これが司会の台本。エントはそこに立って読んで。シーサーは晩ご飯の手伝いをお願い。しゅうは宿題ね。」
司会か・・・
でも、晩ご飯を作る後ろで司会の練習?どちらにしても無理だろう。
「はい、どうぞ。後ろ向きで悪いけど、ちゃんと聞いているから大丈夫よ。」
料理しながらちゃんとは聞けないだろう。まあ、その方が俺も緊張しなくて済むから良いけど。
「て、てい・・・さ、さだ・・・」
「定刻。小さな声でぼそぼそ喋っても聞こえないわよ。分からない言葉は遠慮なく聞きなさい。シーサーはこれ洗って。」
「て、定刻となりましたので・・・」
定刻ってどういう意味だろう?「ていこく」っていったら帝国って漢字しか浮かばないぞ。
「エント、定刻の意味分かるの?」
「い、いえ。」
「意味が分からないまま言葉を使わないように。相手に伝わらないし、説明を求められた時に困るわよ。定められた時刻。決めていた時間になったってことよ。ちなみにエントは、「ていこく」は国のことだと思った?」
またばれてる。でも、普通はそうだろう?
「国の方の帝国の意味は分かる?」
意味?国ってことだろう?
あれっ?でも全部の国が帝国というわけでもないし。改めて聞かれると分からないな。
「それは自分で調べておいてね。では、続きをどうぞ。」
俺の声が小さくなったり読み間違える度に野島さんから料理の手を休めることもなく突っ込みが入り、唱和をお願いしますと言うと野島さんと指方さんが唱和をする。
最初は台本を読むだけで精一杯だった俺だが、本当に二人はこの儀式を完全に暗記しているのかという意地悪な気持ちもわいてきて、二回目、三回目の時は俺の読み間違いにチェックが入るか、唱和の言葉が間違ってないか確認しながら読む余裕も出てきた。
「はい、練習終了!ご飯もできたわよ。」
凄い量だ。野島さん宅は十人家族なのか?
「しゅう、ご飯よ。はい、二人はここに座って。」
四人しかいないな。
野島さんは何でいつも、こんなに大量のご飯を頼んだり用意したりするんだろう?
「お母さん、今日も張り切ったね。」
「そうそう。二人とも細過ぎるから沢山食べて体力つけてもらわないと。勿論しゅうもね。」
「そういえばお母さん、理事会はどうだった?次が審議だよね?」
こんな小さな内から既にJCの洗脳済み!
「家でJCの話をよくするから自然とね。」
理事会の時から「ぎあん」とか「しんぎ」とか謎の言葉を皆が普通に使っていて、俺だけ話についていけてない感が半端なかったけど、ここでもか。
分からないことは聞けと言われたけど、何をどう聞いて良いかすら分からないんだよ。
「ご飯食べたらエントはこのJC用語集を読んでね。JC用語と言っても一般で使われている言葉と違うわけではないんだけど、会議や書類上でしか使わない言葉が多いから。いきなり全部は大変だから、今日はマーカーで印をつけている所だけで良いわよ。シーサーは洗い物をお願い。私はしゅうとお風呂入ってくるので、シーサーはエントが覗かないように見張りもよろしくね。」
覗かないから。
それにしても男女差別しないと言った割には料理とか片付けとかは、やはり女がするんだな。
「エントが男だから家事を手伝ってもらわないわけではないわよ。今後の準備が必要だから今は特別なだけで、基礎学習が終わったら何でも手伝ってもらうから宜しくね。因みに、このJC用語集を作成してくれたのはシーサーのお父さんなのよ。シーサーも小さな頃からJCのことをよく知っていたけど、うちと同じ感じだったのかしら?」
「いえ。旅館の若女将で忙しい母の代わりにコンピュータプログラマの父が私の面倒を見てくれたのですが、読み聞かせてくれたのはJC関連かプログラムコードばかりだったのでJCのことについて自然と覚えてしまいました。」
凄い洗脳の仕方だ。
それに比べて俺の親父はJCの話なんて一切しなかったけど何でなんだろう?
俺を洗脳から守ってくれたのか?
いや、それなら今JCに入らされている意味が分からない。帰ったら聞いてみないと。
それにしても結構な量があるな、この説明書。
「議案。一般的には会議において討論、議決する為に提出する原案のことであるが。JCにおいては日本語や文章、物事の手順というものを再勉強でき、今後の様々な文章作成に役立つ修練グッズの一つでもある。コピー&ペーストや短時間で形だけ取り繕った議案に対しては容赦なくゼロベースの制裁が加えられる。」
これ用語の説明になってるのか?混乱が深まるだけだよ。ゼロベースって・・・
「ゼロベース。一般には物事をゼロの状態からやり直すこと。JCにおいては「ねえ、日本語読める?運営方針もう一回読んで。根本から違うからね。最初から全部やり直し。」を一言で言い表したもの」
怖い。指方さんのお父さんは野島さんより怖い人かも。
「審議。一般的には会議において議題の可否を決定すること。JCにおいては審議可決後が本番とされ、計画倒れや変更までもが許されていない。世の中には不測の事態が付きものであり、あらゆる不測の事態を想定しつくされた議案のみが審議可決を勝ち取れる。毎年行っている事業だから、不備はあるけど今回、審議可決されないと間に合わないから、などという事例は根絶すべし。」
なんだ、この厳しさは。
次の理事会で審議って言ってたけど、こんなに厳しいんじゃ駄目な可能性もあるんだよな。
「お待たせ。読めた?委員会始めるわよ。では猿渡副委員長お願いします。」
「て、定刻となりましたので委員会を・・・」
「じぇ、JCIクリード並びに・・・」
「い、委員長挨拶・・・」
「本日はお忙しい中、お集まり頂きありがとうございます。」
強制的に集めたのに何でそんな白々しいことを。でも、審議の為に必死なんだろうな。
「三日間連続でのJC活動ですが、これをどう捉えてもらえるかというのは委員長の腕にかかっていると思います。嫌だ、大変だ、きつい、これは何の意味があるのかとネガティブな気持ちにさせるか、大変な思いをした分、得るものがあった、または楽しかったとポジティブに捉えてもらえるのか。勿論、後者であるように頑張りますので納得いかないことはどんどん聞いて下さい。何度も言いますがJCにおいて返事はYESorはいのみ。活動しないという選択肢はないので、どうせ逃げられないものなら楽しんでほしいと思います。気持ちの持ち方、考え方一つで物事は変わってくるので。Let‘sポジティブシンキング!」
なんだよ。その変な振り付け込みの最後の言葉は・・・
「こ、寿島まつり事業計画書な、並びに予算案について。」
「修正した議案がこれです。前回からの修正部分は赤字ですので。」
理事会で貰った時も大量だったけど、更に増えて赤字もいっぱいある。
理事会から二日しか経ってないけど、これ、いつ作ったんだろう?
昨日の夜は定例会で懇親会にも勿論来ていたし、お酒も沢山飲んでいたから昼間しかないだろうけど。
社長は仕事はしなくていいのかな?
親父も仕事で外出と言いながら実は遊んでるのか?
「今日見てもらいたいのは誤字脱字がないかと、この議案の内容が理解できるか、分かりやすいかということ。本来、委員会では事業の内容を理解した上で改善点や何か見落としがないかまでを一緒に考えていくものだけど、今年一年はあえてその部分はしてもらいません。なぜかというと二人はまだJCが何なのか、どうあるべきなのかというものを体感していないから。二人に基礎は教えたけれども知識で知っているということと身に付いているというのは大きな差があるの。だから今年は実際の活動や理事とのやり取りを通してJCをしっかり身に付けてもらいます。その為には意味が分からないでは済まないのでどんどん質問してね。誤字脱字を見てもらいたいのは人間のすることには必ずミスがあるから。何事においても確認作業は大切よ。では宜しくお願いします。」
この大量の資料を読んで理解しなくはいけない?
指方さんはもう何か質問してるよ。俺は読み終わるのだけで明日の朝までかかりそうなのに。
誤字脱字だって俺みたいな馬鹿が見ても分かるわけないし。
でも適当にしていたらまた野島さんに本当に分かっているのかと突っ込まれるからちゃんと読むしかないか。
ええと、背景。
寿島というこの場所で、この季節だから、こういう理由でまつりをやるってちゃんと意味があるんだ。
まつりやイベントってその季節になると自動的に行われるものだと思ってて、それにどんな意味があるかなんて考えたこともなかったけど、考えてみたら準備とか色々大変なのに意味もなくするわけないよな。次が目的。
あれ?二つある。
対内。寿島まつりの準備を地域と協働で行うことによりJCと地域の連携を促進するって、これは洗脳を促進するってことかな。
もう一つが対外。
寿島の伝統文化を継承する場であると共に、新たな寿島の魅力を発見、発信する場として寿島まつりを開催し、それにより島民の郷土愛を育み、寿島の未来をより豊かなものにすることを目的とする。
なるほど、対外が表向きの目的で、対内が真の目的というわけか。
そうとも知らず俺は小学校低学年頃までは行っていたから、少し洗脳されていた恐れがあるな。
寿島まつりって、どんな風だったっけ?
出店の匂いやまつり場のざわめき、神秘的な光の中で行われていた伝統芸能(今思えば普通の照明なんだろうけど)過去の記憶が次々に蘇ってきて・・・
「副委員長!副委員長は何かありませんか?」
「えっ?あ、あの俺?い、いえ・・・」
「誤字脱字はあった?」
「い、いや、あ、あの・・・」
「今年の試みは面白そうだと思う?議案を読んで寿島まつりに行きたいと思った?」
「ず、ずっと行ってなくて、で、でも、よ、読んだら思い出して・・・」
我ながら質問に全く答えてない。野島さんに切れられるな。
「この議案を読んで、寿島まつりを思い出してくれたの?そう、良かった。」
笑ってる!あの答えで大丈夫だったのか?
「では、以上の点を修正して次回の理事会に臨みます。今日は遅くまでありがとうございました。副委員長締めて下さい。」
「こ、これをもちまして、い、委員会を終了いたします。み、皆さまお疲れ様でした。」
「お疲れ様でした。さて、送っていきましょうか。」
「ただいま。」
「あら、おかえり。たった今、委員会が終わったのよ。」
「こんばんは。お邪魔しています。」
「こ、こんばんは。」
旦那さん?だよな。
小柳社長と同じくらいでかい人だけど、毎日あの量のご飯を食べていたらそうなるか。
「私は二人を送っていくから。」
「アイラは最近全然寝てないだろう。俺が送っていくから、もう寝なさい。」
「ジョーは優しいわね。ではお言葉に甘えて。気を付けてね。」
何だこの新婚みたいなノリは。そしてお互いの呼び名が!
でもジョーは中川さんのJCネームじゃなかったっけ?
「中川専務のジョーはJCネームだけど、旦那は本名よ。酒屋の息子だけあって醸と書いて「じょう」と読むの。旦那が「じょう」で息子が「しゅう」だから結構呼び間違えるわね。」
なんでそんな紛らわしい名前をわざわざ付けるんだよ。
「なんでそんな紛らわらしい名前を付けるんだと思った?」
旦那さんも心が読める!
「アイラはね東京でお笑い芸人を目指していたんだ。だから、ついつい何でも笑いのネタになるように、なるようにとね」
「まあ、その傾向は否めないけど、しゅうは寿と書くの。だから郷土愛もたっぷりよ。」
お笑い芸人!
小柳社長が花見の時に言ってた、東京で再開した二人がどうとかっていうのは野島さんがお笑い芸人を目指して上京していた時のことだったんだ。
それで野島さんはあんなにわけの分からない一人ノリ突っ込みや動きをするのか。
しかし、あれではお笑い芸人は無理だよな。
「アイラはお笑いは大好きだけど全然向いてなくてね。芸能事務所に所属していたものの仕事はモデルばかりで。」
モデル?何の?
「そうよ。やりたくもないモデルの仕事ばかり。でも食べていくには仕方なくて。でも醸と再会できたから良かったわね。」
旦那さんは広告会社に勤めていたって言ってたな。しかし何のモデルだよ?
「再会した時ビックリしたね。小さな頃から綺麗だったけど更に綺麗になっていて。勿論今でも綺麗だけどね。」
綺麗?野島さんが?
母さんも野島さんはミス寿島だったとか言ってた気がするけど、昔は痩せていたとも。
そうすると俺の初恋の人は本当に野島さん?
俺は混乱しながら野島さんの旦那さんに送ってもらい、親父に何で家でJCの話をしなかったのか聞くのも忘れて倒れこむように寝てしまった。
なにせ三日間も連続だったもんな。




