戦乙女追放劇
初投稿です。
反応が良かったら連載にするつもりです。
────俺達がその子供を見つけたのは偶然だった。
遥か昔よりこの世に無数と存在する『ダンジョン』の中の一つ。まだ駆け出し冒険者になったばかりの俺達が冒険者ギルドより勧められた駆け出し冒険者用ダンジョン、通称『初心者の洞窟』を探検していた時だった。
「少し先に人影を一つ発見。恐らくゴブリンの可能性が高い。全員注意」
斥候役としてパーティの先頭に居るカロスが何かを見つけたらしく、俺達に注意を促す。
「了解。カロスはそのまま周囲の警戒しつつ下がってくれ。代わりにゼノスはカロスの前へ出てくれ。シェムルはモンスターからの奇襲に備えて攻撃魔法の展開を頼む。メンリは逃走用の煙幕を準備しつつ矢を番えていつでも攻撃出来るようにしてくれ。それと、各自怪我をしたら直ぐに報告するように。俺が治癒魔法で治すからな」
「了解、後ろへ下がる」
「あいよ、リーダー」
「ふん、アンタ何かに指示される必要は無いわ」
「了解だよ、アンクお兄ちゃん!」
カロスからの報告を聞いてパーティのリーダーである俺が全員に指示を出すと、流れるようにして全員が指示通りに動く。
俺達のパーティは歳が違ったりするものの全員が同じ村で生まれた仲間。世間的に言うなら幼馴染である為、連携なんかを取る時はスムーズに出来る。
しかし、此処に居る全員は自分のことだけでなくパーティメンバー全員のことを知り尽くしていることから、俺の指示無しでも無言で連携を取れたり出来るのだが、パーティリーダーなんだから指示は出せという謎の理由によって毎回俺がこうして指示を出すことになっている。
何回も指示を出すのって何気に疲れるから嫌なんだよなぁ、と思いつつ前方を注意深く観察する。
この『初心者の洞窟』に出てくるモンスターは専ら駆け出し冒険者でも倒せるスライムかゴブリン。
たまに他のモンスターも現れたりするらしいが、それはかなりの低確率だそうだ。
となると前方にある人影はゴブリンの可能性が高いが、俺達と同じ冒険者という可能性もある。
はてさて何が出るかと注意しながら近寄ってみれば────そこに居たのはゴブリンでも冒険者でもなかった。
「子供……?」
そこに居たのは見るからに痩せ細った金髪の子供。服装はボロボロになっている布1枚しか着ておらず、武器らしき物は何も持っていないようだ。
その子供は地面へと座り込み、生きてるか死んでるかも分からない目を俺達へと向けていた。
「どうして子供が1人でダンジョンの中に……?」
「そんなことは後で考えればいいでしょ!?今は助けないと!」
「「「「っ!!」」」」
呆然となった俺達の中でいち早く我を取り戻したシェムルが慌てて子供へと駆け寄り、それにつられて我に返った俺は幼馴染達に指示を出す。
「カロスとメンリはモンスターが近寄らないように周囲の警戒と索敵を!あの子供がもしもミミックのような何かに化けて襲ってくるモンスターだった場合を想定してゼノスは俺と来い!」
「「「了解!!」」」
斥候役であるカロス、遠距離攻撃役であるメンリは目が良い。二人ならモンスターの接近に直ぐ気付けるだろう。
盾役であるゼノスはとにかく頑強だ。可能性は低いかもしれんが、あの子供がもしもモンスターだった場合は俺とシェムルだけでは心許無いがゼノスが居るなら安心出来る。
間違った判断はしていないと自分に言い聞かせつつ、俺とゼノスはシェムルに続いて子供へと近付く。
「どうだ?」
「大丈夫、この子は紛れもなく人間よ。脈も薄いし呼吸も浅いけど、紛れもなく生きてるわ」
子供のことを調べたシェムルの言葉を聞き、ひとまずホッとする。
これで死んでましたとなっては、俺達が殺人者として誰かに疑われるかもしれないからだ。
「ひとまずこの子を連れてダンジョンを出よう。ここに居たらモンスターに襲われる」
俺の言葉に全員異論は無く、俺達は子供を連れて速やかに『初心者の洞窟』を脱出した。
そしてそのまま冒険者ギルドへと駆け込み、子供を冒険者ギルドの職員に保護してもらった後に子供についての情報を一つも隠すことなく話した。
すると、俺達の話を聞き終えた職員は悲しそうな顔を浮かべた。
「恐らく、その子は誰かが意図的にダンジョンの中に置いて行ったんでしょうね」
職員の話によると、身寄りの無い、もしくは面倒を見切れなくなった赤ん坊や子供をダンジョンに置き去ることは昔からよくあることで、全国的に見ても珍しいことでは無いらしい。
置いてかれた者は運が良ければ冒険者に出会って保護されるが、大抵は誰にも見つかることなくモンスターの餌食になることから今も続いており、俺達が見つけた子供もその1人だったのだ。
「なによそれ、ふざけんじゃないわよ!!」
その説明を聞いた瞬間、シェムルがブチギレた。
シェムルは昔から子供が好きな奴だ。世に居る何処かの子供達がそんな不当な扱いを受けていることに、そして実際に子供を捨てた相手に対して怒らずにはいられなかったのだろう。
だが明確な怒りを抱いていたのはシェムルだけでなく、俺も、カロスも、ゼノスも、メンリも、間違いなく子供を捨てた顔も知らぬ誰かに対して怒りを抱いていた。
「アンク、あの子を私達のパーティに引き取りましょう。あの子を捨てた馬鹿な奴に、お前が捨てた子供は今こうして立派に成長しているぞって見返してやる為に」
シェムルの言葉を聞いて、俺達の中から異論を出す者は誰も居ない。
全員、シェムルと同じ気持ちだったからだ。
「決まりだな。あの子供を俺達で引き取る。そして、何としてでも立派に成長させてみせるぞ!!」
「「「「了解!!」」」」
こうして、その日から俺達のパーティにはメンバーがもう1人加わることになった。
そして数年の月日が経った今────
「アンクさん、雷竜を狩って来ました。これでまた有名度が上がりますね」
俺達がシェンリと名付けた子供は立派な……それはもう全世界で見ても五本の指には入るような立派な一流冒険者へと成長していた。
☆☆☆
大陸随一の領土の広さを誇るアムステリア王国。
その中心都市である王都セパリア。その中にある、とある一つの大衆酒場にて5人の人物が沈痛な面持ちをしながらテーブルに座っていた。
「────シェンリをパーティから追放する」
周りがどんちゃん騒ぎで喧しい最中、まるで誰かの葬式のように静寂に包まれている空間を破ったのは、白いフード付きのマントを身に纏った黒髪の青年だった。
「アイツは俺達のような凡人とは比べものにならない才能を持っている。それをこのまま腐らせる訳にはいかない」
青年はそう言い、自分の周りに座っている仲間達へと目を向ける。
「……確かにそうだな。アイツは才能の塊みたいなもんだ。俺の教えた盾スキルを一度見ただけで全部使いこなせるからな」
黒い鎧を身に纏った赤髪の青年は何とも言えないような苦笑いを浮かべた。
「索敵術や隠密術、その他の斥候に必要な術は全部教えた。もう教えることが無い」
上下の服装、そして顔を覆うマフラー全てが黒一色で統一されている青髪の青年は残念そうに肩を落とす。
「まぁ、私の教えた攻撃魔法を全部使えるどころか、魔法を組み合わせて新しい魔法を作り出すような子だものね……」
魔女帽子を被る茶髪の女性が呆れたようにため息を吐く。
「私の方が長年やってるのに、私よりも遠くの獲物を弓で狙撃出来るんだよ?教えた側としては嬉しいけど、あの子のお姉さんとしては恥ずかしいよぉ……」
銀色の狼の毛皮を被っている緑髪の女性がテーブルに突っ伏した。
「俺もお前達と同じだ。シェンリは上級治癒魔法どころか蘇生魔法まで使えるようになっている。俺はつい最近ようやく上級治癒魔法が使えるようになったにも関わらず、な」
そして最後に黒髪の青年がそう言い、自分達が如何にとんでもない人物を生み出してしまったのかを認識した。
「もう俺達にはシェンリへ教えられることは何も無い。である以上、あの子をもっと高みへと登らせる為には別のパーティへ託すしかない」
「嫌よ!それだけは絶対に嫌!!」
黒髪の青年の言葉に、茶髪の女性が強く反対する。
「シェムル……」
「あの子は私達が拾い、育て上げた大切な子なのよ!?それを実力が上だからって見ず知らずのパーティに明け渡すなんて絶対に認められないわ!」
「それには俺も同意だな」
シェムルと呼ばれた女性に続き、赤髪の青年が口を開く。
「ゼノス……」
「いくら強いパーティでも、ちゃんと探りを入れてシェンリが入っても大丈夫かどうか確かめてからじゃないと俺も賛成出来ない」
「同じく」
ゼノスと呼ばれた青年の次は青髪の青年が口を開いた。
「カロス……」
「シェンリは強い。生半可なパーティだと直ぐにあの子に着いていけなくなる。精神的にも実力的にも強いパーティを見つける必要がある」
「私もシェムルお姉ちゃんやゼノスお兄ちゃん達と同じ意見だよ」
そして最後に、カロスと呼ばれた青年の後に緑髪の女性が口を開いた。
「メンリ……」
「実力もそうだけど、やっぱり精神面は大切だよ。あんなに綺麗で可愛いシェンリに寂しい思いはさせたくないよ」
「「「「それになにより……」」」」
メンリと呼ばれた女性がそう言い終えるや否や、黒髪の青年を除いた全員が立ち上がる。
「「「「シェンリに恋人が出来るかもしれないから嫌だ!!」」」」
拳を握り締めながら強く言い切った仲間達を見て、黒髪の青年は頭を抱えた。
「どんだけ親バカなんだよお前ら……」
「だって!こんなに小さい頃から面倒を見てきたのよ!?もう我が子も同然に決まってるじゃない!!」
「そうだそうだ!そんな俺達の愛しい子供がどっかのパーティで彼氏なんて作ってみろ!俺ならシェンリを誑かしたクソ野郎を絶対にボコりに行くね!!」
「地獄すら生温いと思えるような罰を必ず与える。慈悲は無い」
「お姉さんである私より先に女の幸せを手に入れるなんて絶対に許せないんだよ!私なんてこれまで彼氏が出来たことなんて1度も無いんだから!うわぁ〜〜〜ん!!」
口々に言葉にする愛娘兼妹分であるシェンリへの愛情。それを耳にした黒髪の青年の額に青筋が浮かぶ。
「黙れ!!そうやってお前達が過保護にするからシェンリも親離れ出来ないんだ!もうあの子は飛べない雛鳥じゃない!立派に成長した美しい鳥なんだよ!!なら、いつまでもこんな所に縛り付けてないで、大空へ自由に羽ばたかせてやるべきだろうが!!」
「「「「嫌だ〜〜〜〜!!」」」」
駄々を捏ねる幼い子供のように、決して譲ろうとしない4人の態度に黒髪の青年の堪忍袋の緒がブチッと切れる。
「シェンリはパーティから追放する!それは決定事項だ!!俺がリーダーである以上、その決定は絶対に変えん!!」
「そんなの横暴よ!!」
「そうだそうだー!!」
「職権乱用ダメ絶対」
「アンクお兄ちゃんずるいよ!!」
「黙れ馬鹿共!!異論は受け付けん!!」
アンクと呼ばれた青年がそう言い放った直後、耳が痛くなる程騒がしかった酒場が一気に静寂に包まれる。
その場に居る多くの客の視線は酒場の入口へと向けられており、周りの様子から何事か判断したアンク達は口論を止めて他の客同様に入口へと目を向ける。
多くの人々の視線の先に居たのは1人の人物。軽装な鎧を身に纏い、腰に1本の細剣を差した金髪の少女だ。
視線に晒される中、少女は何事も無いかのように酒場の中へ入ってきて、優雅さを感じさせる歩みで足を進める。
そしてアンク達が居るテーブルまで来るや否や、少女はテーブルの上へと片手を突き出し────
「《オープン》」
次の瞬間、テーブルの上に血だらけのドラゴンの生首が出現し、瞬く間にテーブルを真紅に染め上げた。
「アンクさん、雷竜を狩って来ました。これでまた有名度が上がりますね」
少女がアンクにそう告げるや否や、酒場の至る所からざわざわとしたざわめきが聞こえてくる。
雷竜と言えば冒険者の中でも1握りの実力者でしか討伐出来ないような幻のドラゴンだ。
それをこの見るからに華奢な少女が倒したというのは俄には信じ難いが、しかしこの場に居る全員は間違いなく少女が倒したのだと確信していた。
何故なら彼女こそが───
「《戦乙女の騎士団》こそが1番強いSランクパーティ。そう呼ばれるのも時間の問題ですね」
世界最年少でSランク冒険者へと登り詰めた《戦乙女》シェンリ・クロイツなのだから。
「「「「「うおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
先程までの静かな空間が嘘であるかのように、突如としてあちこちから歓声が湧き上がる。
幻の雷竜。死体であってもその実物を見れただけでも冒険者にとっては非常に幸運なことである。
それに何よりも、今この瞬間に新たな伝説が生まれたのを目撃出来たことに人々は歓喜を覚えずにはいられなかった。
「すげぇ!すげぇよ《戦乙女》!!」
「この前は無限の蛇を狩って来たのに、今度は雷竜か!!」
「よっ!我らが英雄シェンリ・クロイツ!」
酒場のあちこちから湧き上がるシェンリコール。それを受けている当の本人は無表情であるものの何処か嬉しそうな瞳をしている。
この場にシェンリが成した偉業を喜ばない者は居ない────たった1人を除いて。
「……シェンリ」
「何ですか、アンクさん」
傍から見たら無表情をしているシェンリは喜んでいないように見えるが、長年共にしてきたアンクにはもしもシェンリに尻尾が生えていたら確実に歓喜しながらブンブンと揺らしているであろうことが手に取るように感じ取れた。
だからこそ、アンクは一瞬だけ言葉を詰まらせ────それでも告げることを決意した。
「お前を……俺達のパーティから追放する」
刹那、酒場は再び静寂に包まれた。
「……今、なんて言いました?」
「お前をパーティから追放する。これは……俺の一存だ」
「ち、違っ!?」
静かな空間に響き渡るアンクの言葉。それを否定しようと仲間達が声を上げようとしたが、アンクは無言の視線を向けて黙らせた。
「恨んでも構わない。だがこれは既に決まったことだ。もうこのパーティにお前の居場所は無い」
悲痛に叫ぶ心を強引に抑え、アンクはあくまで冷たく言い放つ。
最初、シェンリは何を言われたのか分からず呆然としていたが、次第に何を言われたのか理解したらしく、常に無表情だった顔を珍しく崩して目を見開いた。
「何故……ですか……?」
「何故?そんなこと、お前なら言わなくても分かってるだろ?」
震えた声で呟かれたシェンリの声を聞き、アンクの胸に大きな罪悪感が生まれるが、それでもなおアンクは演技を貫く。
「俺達とお前じゃ実力が違う。これから先に待っている冒険の数々には絶対に着いていけなくなる」
凡人である自分達ではシェンリの足枷になってしまう。折角どこまでも飛べる翼を持っているのに、自分達の存在がシェンリを飛び立たせようとしない。
そんなのは絶対に嫌だ。だからこそ、この選択は決して間違っていないのだとアンクは自分に言い聞かせる。
「俺達との冒険はここまでだ。今までありがとうな」
さぁ、別れの挨拶は終わった。辛いし、悲しいし、寂しくもあるが、シェンリが幸せになれるなら充分だ。
これで本当におしまい────アンクはそう思っていたのだが。
「やっぱり……私程度の力じゃ、アンクさん達の足でまといだったんですね」
「え?」
呟かれたシェンリの言葉に、アンクは目を丸くする。
てっきり恨み辛みでも言われるかと思っていたのに、全く別の言葉が出てきたからだ。
「分かりました。私はパーティを抜けます。ですが、今よりもっと力を付けて必ず帰って来ます」
「いや、えっと、シェンリ?力不足なのはお前じゃなくて……」
「何も言わないでください、アンクさん。自分でも薄々分かっていたことなので」
話が段々ややこしい方向へ向かい始めたことに気付き、アンクが慌てて止めようとするもシェンリは止まらない。
「時間はそんなに掛けません。だからアンクさん、冒険に出るのは少しだけ待っていてもらえますか?」
「う、うん。いや、そうじゃなくてだな……」
動揺のあまり言葉が出てこないアンクを他所に、シェンリは言葉を続ける。
「ありがとうございます!では、今から修行してきます!!」
そう言い終えた瞬間、シェンリの足元に魔法陣が突如出現し、瞬きをするよりも速くシェンリの姿が消えた。
一瞬で消えたのは転移魔法陣によるものだ、と脳裏で判断するが重要なのはそこではない。
「俺、やっちまったか……?」
その問い掛けに、仲間達が無言で首を縦に振った。