非日常
「夜の國」本編です。
夜の國(無印)は本作品の前日譚として、主人公・鎌田 和成が一生背負うことになる苦悩と葛藤、そしてとある能力について語ることになります。
どちらから読んでいただいても構いません。
よろしくお願いします。
7月中盤。夏休み。
夏休みの長期休暇は、基本的には学生にとっては嬉しいものだろう。僕もその例に違わず、夏休みに対してある程度期待していたのだけれど、今に限って言うならば、地の底を這うような最悪の気分だった。蝉の声が周囲に響き渡る。
青空晴れやかな炎天下の中、鬱屈した気分で僕は人気の少ない歩道を歩いていた。
そう、僕だ。鎌田 和成である。
制服のワイシャツが汗で体にぴったりと張り付いて気持ちが悪い。
なぜ僕がこんな夏休みの途中に、制服を着て学校へ足繁く通っているのかと言うと、まぁ察しの良い人ならお気づきの事だろう、補習を受けた帰り道なのだ。
実のところ、僕は元々あまり成績がよろしくない。
中の下というか、まあそこら辺だ。そのくせして、5月中旬に"諸事情"で10日間程学校を欠席してしまったので、勉強に対する苦手意識とかにいよいよ拍車がかかってしまっている。
"諸事情"。
僕はあの5月、暑くなり始めたあの頃に、一度死の淵を彷徨ったのだ。そしてそのまま彷徨い続けて、1度死んでしまった。
文字通り、死んでしまったのだ。
まあ、紆余曲折を経てそこら辺の問題は大方解消し、今の僕は平穏無事な学生生活を送っているわけなのだが…。
──いや、解消してないか。
僕はずっと、この問題を抱えたまま生きると決意した。
"解決した"なんて思い込みは、そういう思い違い、或いは思い上がりは、あまりにも無責任すぎる。
「・・・・・はぁ、今日こそ真面目に課題と向き合ってみようかな・・・分からなければまあ、先生に聞くとして・・・。」
尋常ではない暑さも相まって、僕の鬱屈した気持ちは余計にテンションが下がる。下がりまくりだ。
「そうそう溜め息をつくもんじゃないよ、鎌田先輩」
僕と並んで歩いていた小柄な少女、江花 綾は僕にそう語りかける。彼女は僕の1つ下の後輩で、たまによく僕の教室に用もなしに遊びに来るのだ。上級生の教室に一人で遊びに来るのって、結構プレッシャーかかると思うんだけどなあ…。
そんなことは気にしないタイプの少女なのだろうか。とにかく僕によく懐く(?)、可愛い後輩だった。
「溜め息をつくと、幸せが逃げちゃうからね」
僕をビシッと指さして、彼女はドヤ顔でそう言った。
「ははは、僕はもう一生幸せになれないな…。」
若干自嘲気味に僕は言う。江花は元々病弱な女の子で、出席日数の不足を理由に補習を受けていた。うちの学校は部活に熱心な方で、各部の活動で教員不足のために、2人共同じ教室でプリント学習に励んでいたのだ(江花は眠っていたが。なんなんだ、アイツ?)。
そうして江花とアスファルトで舗装された道を歩いていると、少し離れた位置に、見覚えのある姿を見つけた。
「おーい、咲。」
「あ、カズくん。おかえりなさいっ。暑い中で勉強大変だったでしょー。はい、これ。」
井上 咲。
僕の大切な想い人で、僕の他に、唯一"僕の秘密"を知っている人間。
言うのも照れてしまって恥ずかしい話だが、僕と咲は付き合っている。5月下旬あたりから交際を始め、今ではそこそこ時間も経過している。
そんな彼女は僕を労う言葉と共に、500mlの麦茶のペットボトルと、氷水でよく冷やされたタオルを僕に差し出した。
なんか、気遣いはもちろんありがたいけれど、優しすぎるってのはこいつの問題点のような気がしてならない。
うーん。
咲はその後に、初対面の人に対して黙り込んでいる江花(かなりの人見知り)を見てから快活に笑って挨拶をした。
「あらら、この子、カズくんの友達?後輩かな?こんにちは、私は井上 咲って言うの。よろしくね。あなたの名前は?」
小さい子供を相手にするように、屈んで目線を江花に合わせる咲。
江花が結構な低身長で、咲が結構な高身長だから、結構シュールな絵面だった。そんな子供扱いに拗ねたように目線を伏せ、江花は挨拶を返す。
「・・・・・コンニチハ、井上サン、私ハ江花 綾デス」
────めちゃくちゃカタコトだった。人見知りにも程がある。
相当に緊張している江花の言葉をイマイチ聞き取れず、「?」という顔で首を傾げてしまっている咲に、僕の方から江花の事を紹介した。僕にはとことん懐くのに、知らない人にはとことん人見知りなんだから、こいつ…。
僕の教室に遊びに来れたのが不思議で仕方がない。
ともかく、3人で他愛ない雑談をしながら、とりあえずは僕の家に向かった。これから皆で勉強会をしよう、という話になっていた。
午後13時。
僕の家が目と鼻の先にあるにも関わらず、そういう距離にあるにも関わらず。
僕たちは誰一人として、その足を踏み出そうとはしなかった。
僕の家の目の前に設置されているポストの上に、男が立っていたからだ。
その男は奇妙なナリで(いや、ポストの上にいる時点で相当奇妙だ。不審者レベル。)、黒いスーツに身を包み、襟足が首あたりまでありそうな長さの長髪を、後ろで一纏めにしており、また前髪は片目を出すように分けている。
その体幹は一切ブレずに、男は綺麗な一直線のままでそこにありつづけていた。
僕ら3人は顔を見合わせて、こう言った。
「「「誰?」」」
『夜の國』続編です。
5月のあの死闘は、およそ前日譚という位置づけになり、ここからが彼らの"命の物語"の始動なのでしょう。
よろしくお願いします。




