新学期のワクワクって初日だけよな
1
ここは、たくさんの人で賑わう街、佐美市。
僕こと風見鶏 慶は、この街で一人暮らしをしている高校一年生である。
見た目普通、学力普通、運動能力普通、もし普通人間№1を決める国際競技があれば普通三冠で日本代表になれたかも知れないほどごく普通の高校生である。
しかし、こんな普通過ぎる僕だけど、実は唯一普通じゃないことがある。
僕には、絶対誰も持っていないであろう、とてもとても奇妙な人間関係がある。
この物語は、そんな、とてもとても奇妙な人間関係の中心にいる人間の、生活の一部に過ぎないのである。
2
特に何もすることなく、強いて言えば川崎アレクの診療所と一人暮らしのアパートを往復してたぐらいで、基本毎日だらだらと過ごしていた春休みもあっという間に終わり、気付けば新学期が始まっていた。
つまり、今日から晴れて僕は高校二年生となる。
僕の通っている私立佐美高校の校門前の長い坂道は、満開の桜に包まれていた。この坂道は通称「サビ坂」と言われていて、名前に似つかず全国的に桜の名所として有名なんだとか。それ故にこの時期はたくさんの花見客やカップルで賑わう。今日は天気もいいし、僕の周りにもちらほらと見受けられる初々しい新入生達は、この満開の桜の下でとても気持ちのいい初登校となっただろう。
そんな春風が何とも心地よい朝に──どうしてなのだ?
もう一度言う──どうしてなのだ?
どうして、僕は新学期早々から尾行されているのだ?
しかもバレバレ過ぎる。もはやこれは尾行と言えたものではない。僕の真後ろを金魚の糞のごとくついてくる、ただそれだけなのだ。僕が走れば走り、急ブレーキをかければ少しびっくりしつつも急ブレーキをかける。まさに愚者の極みとも言えるクッッッッソ下手くそな尾行。
しかも僕はこの女子生徒のことを一切知らない。
これ、本人はバレてないとでも思っているのだろうか……いや、まさかそんなはずないよね。
僕は前方を向いたまま、ふと足を止め、
「…………おい」
ひと声かけると、ビクッ、と効果音が聞こえそうな反応が背後から。
「…………バレてるぞ」
もうひと声かけると、ビクッ、
「…………まさか、バレてないとでも?」
ビクッ、ビクッ、
どうやら、本気でバレてないと思っていたらしい。
僕は大きな溜め息を落とした。
新学期そうそうとんでもないアホによく分からないが目を付けられてしまった。どうして僕の周りには変な奴が多いのだろうか。(主に元勇者と元僧侶)
とりあえず僕は振り返り、アホな女子生徒の顔を見てやることにした。
「──!?」
その瞬間、僕は目を疑った。
そこには、同じ人間とは思えないほどの美少女がいたからだ。
反則的な可愛さだった。身長は僕の胸元ぐらいまでと丁度良く、そのポテンシャルはアイドルクラス。黒髪ロングは清楚感、其れ即ち大和なでしこ感を漂わせ、雪のような肌と吸い込まれてしまいそうなほど大きな瞳は何ともキューティ!! 制服の上からでもはっきりと分かる、絶対にコイツ貧乳だと言い切れるほどの小さなおむねぇ!! まさに僕好みだぁぁぁ!!
「は!! はあ……、はあ……、はあ……、なんだ、この胸の高鳴りは!!」
くっ……、こんな感覚は二度目だ。心臓がいつ破裂してもおかしくないぐらい高鳴ってやがる。
僕は一体どうなっちまったんだ?
うっ! ヤ、ヤバイぞ!
このままでは、僕は犯罪者になってしまうかもしれない!
僕の全身が、この満開の桜の下で思いっ切り天使に抱きつきたいと疼いてやがる!
「……これ、読んで」
僕が煩悩と戦っていると、美少女が手紙らしきものを渡してきた。
「?」
とりあえず受け取り、どういうことだと考えている内に、美少女はサビ坂を駆け上がって行ってしまった。
何だかよく分からなかったけど、僕から逃げるようにサビ坂を駆け上がる美少女のスカートの中が一際強い春風のお陰で拝めたので、今年は何だかんだで多分いい一年になるんだろうなと思うのであった。
3
「桜田里香、26歳、独身、趣味はアニメと野球観戦とホモビデオ鑑賞。今日からこの二年F組の担任よ。よろしくね」
新しいクラスとは、テンションの上がるものである。
仲の良かった友達と別のクラスになり落ち込んでいる生徒の姿もちらほらと見受けられるが、特別仲の良い友達がいるわけでもない僕からすると(勘違いしないで欲しいが、友達がいないわけではない)これから訪れるであろう素晴らしい出会いに期待感マックスなのであった。
担任の先生は変態っぽいけどいい人そうだし、周りの人もリア充っぽい人多いけどヤンキー系はいなさそうだし。
いや~、ほんと、ヤンキーいなくて良かった~。神様ありがとう~。
ただ、一つだけ。
とてつもなく不安な点がある。
今朝僕のことを尾行していた美少女が、同じクラスだったということだ。
しかもさっきからめっちゃ見てくるし。
もはや睨んでるし。
僕はこの朝のHRが始まる前に、彼女からもらった手紙を読んでいた。
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我の名前は佐藤メシア。
元魔王軍最強悪魔ダークネスネオプリンセスの生まれ変わりである。
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この時点で読むのを止めようかなと思って手紙を閉じたんだけど、恥ずかしながら若干続きが気になる自分がいたのも事実で、僕はこの中二病心に満ち溢れた手紙をもう少し読み進めてみることにした。
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興味本位でこの世界の「JK」たるものに生まれ変わってみたのはいいものの、なんと退屈なことである。
この世界には勇者も魔王様もいない。
我は一体何と戦って、何のために生きればよいのか。
我は考えた。
来る日も来る日も、この世界での自分の居場所・在り方について考えた。
そこで、我は一つの答えを導き出した。
それは、高校で演劇部を作って、勇者と魔王様の熱い戦いを表現することだ。
JKならではだろう、はっはっはっ!
ちなみに我はもちろん魔王軍最強悪魔ダークネスネオプリンセス役である。
我は君みたいに友達のいない退屈そうな人間を今まで探していたのだ。
君のことは一年生の時から目を付けさせてもらっていたぞ、ふふふ。
さあ、我と一緒に素晴らしい演劇部を作ろうではないか。
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最悪の高校二年生の始まりだった。
4
今日は丸一日睨まれ続けて疲れているというのに、彼女は放課後に本気を出してきやがった。
帰りのHRが終わり、速攻で教室を出たはずなのに、校門前で僕は魔王軍最強悪魔ダークネスネオプリンセスの生まれ変わりに捕まってしまった。
教室を出たのは明らかに僕の方が早かったはずなのに……くそっ、どんなマジックを使いやがったんだ。
「今朝渡した手紙はちゃんと読んでくれたかの……?」
上目遣いでそう言ってくる彼女の見た目は究極的に可愛い。
しかし僕は知っている。
彼女の正体は元魔王軍最強悪魔ダークネスネオプリンセスの生まれ変わりだということを。僕に友達がいないと勝手に思い込んでいて、自己満足のための演劇部に誘ってくることを。
「ごめんけど、僕は演劇には興味ないんだ。ほんと、申し訳ない!」
と両手を合わせ、僕は頭を下げた。
すると、彼女は少し寂しそうな表情で、
「……そうか。興味がないなら、まあ、仕方ないか……」
「ごめん。でも、新入生も入ったばっかりだからさ、呼び掛けすればきっと部員は集まると思うよ」
「……アドバイスどうも」
会話はそれだけで終わり、彼女は「それじゃ、また明日」とバイバイの手を振ると、夕焼けに染まった桜景色をゆっくり下って行った。
うーん……。
なんか、拍子抜けだったな。
僕はそんな生意気なことを頭の片隅で考えながらも、サビ坂を下る彼女のスカートの中が一際強い風で見えないかなーと思うのであった。