猫と幼女はこの世の癒し
1
まず、ネネルさんに千円を現金払いしたのは何故か僕だった。アレクさんの「今度返すから」ほど信頼出来ない言葉はない。
まあ、その話は置いといて。
その日の夜、夜中の十二時、僕とアレクさんは昼間に考えた作戦を実行することにした。
正直僕はこの作戦をあまり気に入ってはいないのだが、むしろ反対したのだが、アレクさんに「ならこの作戦よりも効率がいい作戦を考えろよ」と言われて、頭のキレが悪い僕は返す言葉がなかった。
現在、僕とアレクさんは電信柱の陰から狭い路地を覗いていた。路地には街灯なんてものはなく、街中のネオンと月の灯りがかろうじて行き届いている程度だ。
「もしれいかちゃんに何かあったら、僕はアレクさんを一生恨みますよ」
「大丈夫だって、心配するな。れいかには俺が指一本触れさせねーよ」
僕達の視線は、路地の中にぽつんと立っているれいかちゃんに向けられている。
作戦名「幼女囮作戦」
れいかちゃんに事情を説明したところ「アンブレシアが帰って来るなら、ぜひ協力させてください」と案外あっさり了承をもらった。真夜中にれいかちゃんを囮に使うなんて言ったあかつきには、彼女の両親から僕達が警察に通報されてしまいそうなので、れいかちゃんにはこっそりと家を抜け出して来てもらった。
作戦の手順としてはこうだ。
ネネルさん曰く、最近の轟木組はこの辺りで少女の誘拐を行っているらしい。そこで、れいかちゃんを囮に使う。可愛いれいかちゃんに目をつけた轟木組の組員が、れいかちゃんを連れさらおうとする。そのタイミングを見計らって、僕とアレクさんが一斉に畳みかける。そして僕が今持っている二本のロープでそいつを縛って、轟木組の本拠地を尋問で暴かせる。
奴らのアジトまで行けばあとはアレクさんがボスをやっつけて、全ての悪行を暴露させて終わり。轟木組は破滅を迎え「キャッツ愛」は閉店、アンブレシアは帰ってくる。
つまり「キャッツ愛」とあの肉抜きハンバーガーのファーストフード店の経営は、轟木組が並行してやっていると僕達は山を張っているわけだ。あの二つの店は表と裏で隣り合わせだし、何か妙に怪しい──と言っても、この推理はアレクさんの推理だ。正直当たっているかはまだ分からない。でも、確率はそれなりに高いと僕は思う。「キャッツ愛」とあのファーストフード店の外装は、そういえば奇妙な繋がり方をしていた。
「おい、風見鶏。構えろ。来やがったぞ」
アレクさんが小さな声でそう言った。
マジか! 本当に現れたよ!
れいかちゃんに、大きな人影が近づいて来ている。
そして、その大きな人影はれいかちゃんに触れようとする──
「確信犯だ! 行くぞ、風見鶏!」
「は、はい!」
アレクさんの掛け声で、僕達は戦闘部隊のごとく路地の中へと飛び込んだ。
「な、何者だお前ら!」
「お前が何者だこの変態野郎!」
まず男を捉えたのはアレクさんだ。男の真後ろへと華麗なステップで回り、後ろから両腕を封じる。
「風見鶏、出番だ!」
声がかかり、今度は僕の番がやってきた。
よし、こうなればもうやるしかない。
僕は気合を入れて、男の股間を思いっきり蹴った。「グエェッッッ!!」男が悲痛の叫び声と同時にその場にへたり込もうとする隙を逃さず、僕はまず一本目のロープを男の両足にぐるぐるぐるぐる。二本目のロープはアレクさんにバトンタッチ。両腕を封じていたアレクさんは、そのまま男の腕を固定するような形でロープを巻いた。
チェックメイト。これでこの男は芋虫状態だ。
作戦第一段階、無事成功。
「ふう……。初めての割には意外といいコンビネーションでしたね、僕ら」
「これが初めての共同作業ってやつだな」
「そのニュアンスで言うのは止めろ」
僕がいつもどおりささやかな突っ込みを入れると、れいかちゃんが僕に抱きついてきた。
「ありがとう、風見鶏さん。怖かった」
本当は今すぐにでもサンバを踊り出したいぐらい嬉しいんだけど、そうはいかなかった。
れいかちゃんの小さな身体が、小刻みに震えていたからだ。
無理もないか。れいかちゃんはまだ幼い子供だ。深夜の暗い路地に一人で入ることさえ怖いはずなのに、自分の二倍ほど体格の大きな男に襲われそうになったのだ。
これはますます、アンブレシアを取り返してやらなければ。
僕は震えるれいかちゃんをギュッと抱きしめて、言い聞かす。
「もう大丈夫だよ。よく頑張ったね」
それから髪を優しく撫でてやった。
僕に出来るのはせいぜいこのぐらいである。
「おい、お前。今から俺の言うことに『はい』か『いいえ』で答えろ? いいな?」
アレクさんは芋虫状態の男をギロリと見下ろして言う。
「は、はははい」
芋虫男のひどく震えた返事で、アレクさんの尋問がスタートした。
「まず、お前は轟木組の組員か?」
「そ、そうです」
「『はい』か『いいえ』で答えろや! 『そうです』なんかいらねーんだよ馬鹿野郎!」
「ひぃ! すいません!」
茶番かよ。
「まあいい。次の質問だ。最近この付近にオープンした『キャッツ愛』とかいう胡散臭い猫カフェは轟木組が経営している店か?」
「は、はい」
やっぱりか。
「じゃあその裏にあるファーストフード店もそうだよな?」
「はい」
「よし分かった。最後に、もう一つだけお前には仕事をしてもらう。上手くやれば俺達はこれ以上お前には危害を加えない。約束しよう。ただし──」
嘘をついたら、多分殺す。
2
アレクさんは芋虫男に轟木組のアジトまで道案内をさせた。ロープでずりずりと引きずりながら。
僕達が辿りついた先は「キャッツ愛」でもなければその裏にあるぼったくりファーストフード店でもなかった。
何だかよく分からない、廃墟の工場のような施設だった。
「ここが轟木組のアジトですか……?」
「こいつが言うんだからそうなんじゃね?」
「嘘かもしれませんよ?」
「嘘だったら殺すまでだ」
不意に芋虫男の方を見てみると、涙目でブンブンと激しく首を横に振っている。これは「殺されたくない」という合図だろうか? それとも「自分は嘘を言っていない」という合図だろうか? てか、別に口をガムテープとかで封じているわけでもないんだからしゃべればいいのに。
「まあ、とりあえず入ってみようぜ。入り口はどこだ?」
「そんな気楽な感じで行ってもいいんですか!? もし本当にここが轟木組のアジトだったら相当な人数がいそうですよ! いや、絶対にいっぱいいますって! この工場、ぼろいくせにデカいし! 警察に任せましょうよ!」
「何をいまさらビビってるんだよ。ここで行かなきゃいつ行くんだよ。作戦は最終段階へと入ろうとしているんだぞ。警察なんてあてにならん。そもそもこれは俺らが受けた依頼だ。俺らで解決しないと意味がない」
「……それは、そうかもですけど」
確かにアレクさんの言う通りなのかもしれない。
ここで引き下がったらさっきまでの苦労が水の泡だ。僕達が受けた依頼は僕達が解決してみせる。川崎アレクの診療所の信頼性を上げるためには、そういう考え方を持っていた方がいいのだろう。
そう考えれば、元々僕達に逃げるっていう選択肢はなかったわけだ。……お、我ながらカッコイイな、今の言い回し。
僕達は芋虫男をその場に捨てて、まずはこの廃墟工場の入り口を探すことにした。
「ところでアレクさん、推理ドンピシャでしたね」
工場の入り口を探索中、ふと僕はアレクさんに言った。
「ほら、今日の昼間にガラの悪い店長いただろ?」
「はい、石田店長でしたっけ?」
「あいつから悪のオーラがプンプンしてたんだよ。だから絶対に怪しい奴と思ってな。そんなときにたまたま轟木組の話を思い出して、まさかな、と思っていて、そんでネネルのあの話だ」
「悪のオーラ、ですか……。確かにあの人チョイ悪みたいなイメージでしたけど、僕は全然そんなの感じませんでしたよ?」
「こればっかりは元勇者でなくちゃ分からない感覚なんだよなぁ」
素直に「さすが元勇者!」とは言えなかったけど、単純に驚いた。この人、もしかしたら本当に元勇者だったりするのかな? ……なんてね。
しばらく工場の周りをうろついていると、
「ん? これじゃねーか?」
アレクさんが何やらそれっぽいものを発見した。
見てみると、確かに入口っぽい。いや、入り口だ。ドアノブがあるし。
「んじゃ、入りますか」
この男は暴力団のアジトに殴り込むというのに、どうしてまるで親戚の家の玄関を開けるような態度を取れるのだろうか? この心の持ちようはある意味本当に勇者だな。
アレクさんがドアノブを回し、錆びついたドアを一気に開ける。
「眩しっ!」
初め、あまりの明るさについつい目が眩んでしまった。外のネオンや街灯なんて比べものにならないぐらい明るい。天井から無数のLEDライトが発せられているのだ。
だんだんと目が光に慣れてくると──僕は目の前の光景にギョッとした。
そこには、いかついおじさんや若い男の人が大量にいたのだ。みなが揃って黒いスーツを身に纏っているので、僕の脳裏には一瞬だけ「蟻の巣」の光景が浮かび上がった。
この廃墟工場の中は学校の体育館ぐらいの面積があった。そして外見とは裏腹に壊れた機材などは一切置いていなかった。しかし空っぽというわけでもない。至る所にドラム缶が転がっており、轟木組の組員達はそれを椅子代わりに使用していたのだ。
「ア、アレクさん、やっぱりヤバくないですか、ここ……」
そうこう言っている間にも、轟木組の方々は僕らの方にぞろぞろと歩いてくる。鉄パイプを持っている組員もいれば、古風的にも木刀を持っている組員もいる。
「ア、アレクさんなら、き、きっと僕とれいかちゃんを守ってくれますよね……?」
僕が足をガクガク震わせながら横を見ると、
「……ん? って──アレクさん、どこ行った?」
あれ?
あれれ?
アレクさん?
僕は辺りを見渡す。しかし僕の視界に映る人物は、僕と手を繋いでいる小動物みたいなれいかちゃんと、狼のような轟木組の組員達だけだ。
れいかちゃんが僕の手を強く握って、呟くように言った。
「もしかしてアレクさん、逃げちゃったの……?」
「…………」
すると、僕の目の前にスキンヘッドの大男が立ちはだかった。
見たことのある顔──昼間、猫カフェで見た顔だった。
「よぉ、小僧。よくウチに遊びに来てくれたな。ここには猫はいないが、怖いお兄ちゃんならいっぱいいるぜ。へへへ。せいぜい楽しんでいけよ」
「…………」
僕はれいかちゃんを背中に隠し、強気に男を睨みつける。
「おいおい、年上に対してそんな顔をするなよ。俺は轟木組の組長だぜ。生意気なツラしてると真っ先にぶっ殺すぜぇ? あぁ?」
すると、組長は何かに気付いたらしく、
「ん? そういえばあの白衣の赤髪男はどこ行った? さっきまでそこにいたじゃねーか? あぁ? もしかして逃げたのか? はははははははは! 笑いもんだな! 今日の昼間はあれだけ威勢がよかったのに、俺らの本当の姿を見たらコレだよ! おもしれー!」
組長がゲラゲラと笑い始め、それは他の組員達にも伝染していく。
正直、イラッときた。
「……うな」
「は? お前、今何て言った?」
「……笑うな。あの人は、絶対逃げてなんかいない」
「はぁ? お前馬鹿なの?」
組長は凧糸のように細い眉を顰めて、僕の胸倉を乱暴に掴んだ。
そうだ。
あの人は、必ず最後まで人の気持ちに真っ直ぐと向き合う。
そんな人だから。
あの人が逃げたりなんかするものか。
そう、あの時だって。
僕がいじめられていた時だってそうだったじゃないか。
あの人は、助けてくれたじゃないか。
3
中学三年生の頃、僕は五人の男子生徒から陰湿ないじめを受けていた。
いじめはだんだんとエスカレートしていき、ある日、僕は自殺を決意した。
いじめは相談すれば解決される、とかよく言われているが、それはいじめを受けている当の本人からすれば所詮綺麗ごとに過ぎない。誰かに相談なんて出来るような人間じゃないからいじめの対象になるのだ。
僕はテンプレートどおりに、学校の屋上から飛び降りようと思った。
勿論死ぬのは怖かったけど、それよりも生きていく方が辛かった。
そして、飛び降りた。
案外、勇気はいらなかった。
しかし、僕が死ぬことはなかった。
「え?」
「テメーの命はテメーだけの命じゃねーんだよ、馬鹿野郎」
その時の景色は今でも鮮明に思い出せる。
空中で白衣のお兄さん──アレクさんにお姫様抱っこをされていたのだ。それまでずっと曇りだと思っていた空は、その瞬間から驚くほど明るい青になった。今思い返せば、あれは僕の心がまだどこかで死という恐怖を持っていたから起きた現象だったのだろう。命が助かると思った瞬間、恐怖が一気に引いたのだ。
アレクさんは僕をお姫様抱っこしたままグランドに着地すると、僕を降ろして言った。
「今日はたまたまだ。するめいか買うついでにたまたまお前を見つけたんで助けたまでだ」
「何で僕を助けたんですか……」
「何でって言われても……そりゃ助けるだろ、普通」
でもこの助け方は普通じゃないなと思った。
「ときにお前、どうして死のうと思った?」
不思議なことに、誰にも言ったことがなかったのに、何故かアレクさんには言えた。
「いじめられているからです」
「そうか」
アレクさんの反応があまりにあっさりで、少しイラついたのも覚えている。
「お前、いじめられるのは嫌か?」
「嫌に決まってますよ。当たり前でしょ」
「どれぐらい嫌か?」
「そりゃ、死にたいほど嫌ですよ」
「ふーん」
アレクさんは木で鼻をくくったような返事をして、踵を返した。
「最後に、ちょっと訊きたい」
「はい?」
「いや、な。俺、実は人をいじめる人間に多い名前ってのを調べるのが趣味でな。もしよかったら、お前をいじめている奴らの名前を全員分教えてくれねーか? フルネームで」
だから僕は、僕をいじめている男子生徒の名前をフルネームで教えた。
そのときは何もかもがどうでもよくてやけくそで忌々しい奴らの名前を言ったけど、後から冷静になって考えてみれば、そんなピンポイントな趣味があるはずもなかった。
次の日から、結局死ねなかった僕は結局いじめられていた。
それから二週間が経った。
何故かいじめがなくなった。
前から少しづつ僕をいじめる人数が五人から四人、四人から三人、と減っていたのだが、二週間でその数はついに0になった。
学校側でいじめ問題について注意があっただとか、先生がいじめに気付いただとか、そんなことは全然なかったはずなのに、不思議なことにいじめはなくなっていた。
おかしいと思った。
いじめが何もなく自然になくなるはずがないのだ。
ある日の下校中、偶然僕はアレクさんと会った。
「お。あの時のろくでなし小僧じゃねーか。どうだ? いじめはなくなったか?」
「はい」
「そうかぁ。そりゃよかったな」
「何かしたんでしょ、あなたが」
「そうさ。俺が何かしたんだ」
ぬけぬけと答えたアレクさんに、僕は怒鳴った。
「ど──どうしてそんなこと勝手にするんですか! これじゃあ、せっかく今まで僕がいじめられていることを隠し通してきたのに、みんなに、先生にもクラスメートにも両親にもばれちゃうじゃないですか! どうしてくれるんですか!」
僕が怒ったというのに、アレクさんは笑っていた。
「大丈夫だって。そんなこと言われると思って、お前がいじめられていたことが誰にも、正確にはお前の先生にもクラスメートにも両親にもばれないように工夫したからさ」
「え?」
「お前が前に教えてくれた五人の名前からそいつらの住所を調べて、んで、そいつらの両親に直接俺が言ってきた。『お前の子供はいじめをしている。いじめるのを止めさせろ』ってな。勿論、お前の名前は出してないし、大袈裟な事態にしたくはないから学校側にも連絡しないようにと言っといたぜ。両親もそうだが、いじめっ子本人にもいろいろ工夫してかなり圧をかけたから安心しな」
僕は驚いて、言葉を出せなかった。
名前という情報のみで顔も見たことない人の住所を探し出すことなんて、相当な苦労がいるはずだからだ。さらに、いじめを止めるように説得するのも大変に決まっている──いや、むしろどうしてそんな滅茶苦茶なことが普通に成功しているのかが不思議でしょうがなかった。この人は一体何者なんだろうか、魔法でも使えるんじゃないだろうか、そんなことさえ僕の頭の中には浮かんでいた。
僕は、どうして赤の他人である僕にそこまでしたのかをアレクさんに訊いてみた。
返ってきた言葉は、全然それっぽくもなく全然ひねりもなくごく単純なものだったけど──それはまるで川崎アレクという人物の真直ぐさを象徴しているかのような言葉だった。
「だってお前、死にたいほど嫌だったんだろ? そりゃ助けるさ」
4
僕は組長に胸倉を掴まれたまま、噛みつくように言った。
「来るって言ったら来るんだよ! あの人は!」
すると、組長はさすが暴力団の大将といった威圧を露わにして、怒鳴り返してきた。
「うるせーよ!! 黙りやがれ! 俺が逃げたって言ったら逃げたんだよ、あの野郎は!」
「違う! 逃げてない!」
「黙れって言ってるだろ!!」
「黙らない!」
「ああそうかい!! それじゃあ仕方ないな!!」
そしてついに、組長が僕に殴りかかろうとした──
「──待たせちまったな!!」
そのとき、その言葉で、組長の腕の動きがピタリと止まった。
そして組長も含めた轟木組の組員全員が、一斉に後ろを振り向く。
やっぱり来てくれた。信じていてよかった。
こちらとは真反対、向かい側の入り口に立っていた人物は──
「アンブレシア=デルマエロッサ、参上!!」
全身白猫の着ぐるみを着た、よく分からない人物だった。
いや、うん、分かるよ? あれアレクさんでしょ? だって声がそうだし。
もしかしてだけど、わざわざあの着ぐるみを着るためだけに僕達を置き去りにしたの?
そうだとしたらやっぱり最低じゃねーか、あの似非医師野郎。
「キャッッッッッッツの恨みは怖いぜ! 暴力団ども!」
次の瞬間、アレクさんが僕達の視界から姿を消した。
組員達は全員「?」といった顔をしている。
しかし、僕には分かる。あの人の常識破りの身体能力が。
そう。アレクさんはジャンプをしたのだ。ただのジャンプではない。二階建ての建物ぐらいなら、一度で屋上まで飛べてしまうほどのジャンプだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
空からの叫び声に、そこでやっと組員達がアレクさんの存在に気づいた。
もう遅いけど。
「元勇者究極奥義!! ファイナルジャスティストリプルアクセルブレイカー!!」
アレクさんが究極にダサい必殺技名を叫びながら、空中で高速回転を始めた。
回転に伴い発生した風はだんだんと烈風へと変化していき、竜巻となる。空気の奔流は塵や埃を上空へ舞わせ、地上にいる人達の髪型を見るに堪えないものにする。
竜巻のど真ん中にある残像は、紛れもなく川崎アレクの残像だ。
そう。
僕は今、川崎アレクの本気を見ているのだ。
そして、アレクさんが高速回転をしながら隕石のごとく地面に落ちた──刹那、荒波にも似た衝撃波が地上で巻き起こった。その音と威力はもはや爆弾に近い。爆心地の周辺にいた組員達はまるでポップコーンのように弾き飛ばされ、思いっきり壁に衝突。組員達は次々と気絶していった。
「な、何がどうなってやがる!! これは一体何事だ!!」
かろうじて生き残っていたのは、僕とれいかちゃんと共に隅っこに立っていた組長のみだった。当たり前ではあるが、この状況にかなり混乱している様子だ。
コンクリートの地面に出来上がった小規模クレーターの中心部から、白猫の着ぐるみを着たアレクさんがむっくりと起き上がった。驚くことに、あれだけの衝撃があったにも関わらず、アレクさんの着ぐるみは少しすり減っているだけでほとんど無傷だった。
アレクさんは、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
その飄々とした存在に恐れをなしているのか、組長の肩は小刻みに震えていた。
そして、アレクさんが組長の目の前で立ち止まった。
「今日の昼間に言ったよなぁ。必ず化けの皮を剥いでやるって」
「し、知らねーよ! てか、お前誰だよ!」
敵ながら、これにはごもっともだと思った。
「俺の名はアンブレシア=デルマエロッサ。お前らから連れ去られた猫の怨念的な何かだ」
これほどシュールな怨念的な何かも珍しいと思う。
「な、何を言ってやがる! 俺の店の猫は全部俺の猫だ!」
「証拠」
アレクさんのその一言で、組長のオラオラモードが解除される。
「ん?」
「証拠だよ、証拠。証拠がなきゃ、お前の猫が本当にお前のかなんて分からねーよ」
「な──しょ、証拠なんかいるか! 俺のって言ったら俺のなんだよ!」
「そうか。証拠はいらないのか」
「そ、そうだよ! 証拠なんてクソぐれーだ!」
アレクさんは腕組みをして「そうか、そうか、」と何回か頷いて、
「じゃあ、お前の店の猫がアンブレシアだっていう証拠もいらないな──要するに、」
アレクさんはいっぱいいっぱいに右腕を引いて──
「ぶっ飛べ!!」