医師じゃないのに診療所なんて開くもんじゃない
1
ここは、たくさんの人で賑わう街、佐美市。
僕こと風見鶏 慶は、この街で一人暮らしをしている高校一年生である。
見た目普通、学力普通、運動能力普通、もし普通人間№1を決める国際競技があれば普通三冠で日本代表になれたかも知れないほどごく普通の高校生である。
しかし、こんな普通過ぎる僕だけど、実は唯一普通じゃないことがある。
僕には、絶対誰も持っていないであろう、とてもとても奇妙な人間関係がある。
この物語は、そんな、とてもとても奇妙な人間関係の中心にいる人間の、生活の一部に過ぎないのである。
2
川崎アレクの診療所は、この街の中心部にあるアパート「サビビル」の三階にある。
白紙に「川崎アレクの診療所」と黒ボールペンで書かれた、文化祭の模擬店の看板よりもテキトーな看板が張り付けられたドアを開けると、六畳ほどの和室が現れる。
と言っても、この部屋はとても汚く、和室と呼べたものではない。
ゴミ屋敷と言った方が正しい。
辛うじて歩くスペースはあるものの、部屋の中は見るに堪えない。
つい一週間前に大掃除したばかりなのに、もうこの始末である。
口から思わず溜め息がこぼれた。まあいつものことなので、あまり気にはしないけど。
「お~い、アレクさ~ん。来ましたよ~」
僕が呼ぶと、呼ばれた本人が返事をした。
「お、その声は風見鶏だな!」
そう言って、ゴミの中からひょっこり顔を出した。どうやら今までゴミに埋まっていたらしい。
そう、彼こそが川崎アレクの診療所の経営者兼医師の川崎亜烈紅である。
本人曰く元勇者であり、元ラーメン屋の店主であり、元凄腕占い師であり、元戦場カメラマンであり、そして現在の職業は医師である。
川崎アレクの詳しい経歴を知るものは数少ない。実は僕もあまり知らない。彼自身は自分のことを二十一歳と言っているが、それさえも本当か嘘か分からない。
僕が彼について知っている主な情報は、僕よりも年上であること、髪の毛が赤いこと(たぶん染めている)、いつも大きなアホ毛が立っていること、毎日白衣を着ていること、学校には通っていないこと、だらけた性格であること、するめいかが大好きであること。
正直、この人が本当に医師なのかは怪しい。前職も前々職も前々々職も前々々々職も本当なのか怪しい。
実は、僕は過去にこの男から命を救われた。
だから恩返しとして、それ以降僕は彼の仕事の手伝いをしている。
と言っても、まだまともな仕事は一切していないけど。定期的に部屋を掃除したり、たまに差し入れを買ってきたりしているだけである。
「いつも思うけど、これ、絶対自分で掃除する気ないだろ……」
見慣れたゴミ山に文句を吐く僕。確かに僕は人より少し潔癖な方だけど、これは相当ひどい散らかりようだ。
「ほら……くちゃくちゃ……ホモミドリ……くちゃくちゃ……お前も早く……くちゃくちゃ……こたつに……くちゃくちゃ……入れよ……くちゃくちゃ……」
アレクさんがするめいかを汚らしく噛みながらそう言ってきた。どうやら、このゴミ山の下にはこたつが存在するらしい。
因みに、明確な理由は不明だが、アレクさんの中で僕のあだ名は非常に心外なものとなっている。(どうせこの人のことなので、特に意味はなく、僕の名前である「カザミドリ」をもじって「ホモミドリ」にしたんだろうけど)
「前から言ってますが、僕の名前は風見鶏です。あだ名で呼びたいならせめて『カザ』とか『ミドリ』とかにしてくださいよ」
「くちゃくちゃ……でもそれ繋げたら……くちゃくちゃ……結果『カザミドリ』じゃん?」
「じゃあもういっそ普通に『カザミドリ』って呼んでください」
「いや……くちゃくちゃ……お前は……くちゃくちゃ……ホモミドリだ」
いや、だからどうしてホモミドリなの? 何でそんなにこだわるの?
これ以上アレクさんを説得していても何も解決しそうにないので、とりあえず僕はアレクさんと向かいの座布団(空のゴミ袋)に腰を下ろした。アレクさんは依然として口をくちゃくちゃと言わせながら、二本のするめいかを器用に取って追加で口に放り込む。
「てか、アレクさん、いつまでこたつ出してるんですか?」
現在の季節は春。そして今は春休み。今年の春はとても暖かい。
「あのなぁ」
アレクさんはそう言いながら、転がっていたテレビのリモコンを手に取った。電源ボタンを押すと、ピッと音がなってからしばらくして二十四インチのブラウン管テレビが起床する。お世辞にもあまり大きいとは言えない画面には、お昼の情報番組が映っていた。
「ホモミドリよぉ」
「もういい加減にしてください。するめいか全て燃やしますよ?」
「あ、あのなぁ、風見鶏。こたつは年中無休が基本だろ? ははは」
焦ってするめいかのパッケージを回収し始めるアレクさん。
あんまり言ったら可哀想だが、アレクさんを脅すのにはするめいか関連の言葉攻めが一番効率がいい。彼はするめいかが主食と言っても過言ではないのだ。
僕はこたつのくだりに呆れて、溜め息を落とした。
「はあ……、こたつは年中無休だなんて意味の分からないことを言わないでくださいよ。ゴミで覆われていてよく見えませんが、どうせそのこたつ電源入ってないんでしょ? 置いていても狭い部屋をさらに圧迫するだけです。僕も手伝いますから、さっさとしまってしまいましょうよ」
するとアレクさんは、僕を小馬鹿にするように肩を竦めた。
「おいおい、何言ってるんだよ。分かってねーな。本当に分かってねーよ。お前はそれだから友達がいないんだよ。いいか? こたつは『暖まる』ためにあるわけじゃねーんだよ。『和む』ためにあるんだ。ほら、アレだよ。キャッッッッッッツみたいなもんだよ」
「すいません。僕には理解出来ないです。あと僕友達いますんで」
「いやいや~、お前冷めた顔で何意地張っちゃってんの? お前が俺以外の奴と会話しているところ見たことないんですけど~。それにお前毎日ここに来てるじゃん? イコール暇人じゃん? イコール友達いないじゃん?」
「な! ち、違いますよ! 僕はアレクさんにお礼をするためにここに来てるんです! 別に友達がいないからじゃありません! どうせアレクさん僕の私生活知らないんでしょ? ここからほとんど出ないんだから」
「出てます~。俺、外に出てます~。昨日だって外に出ました~」
「ふん、どうせするめいかを買いに行っただけでしょ?」
「違います~。コカ・ゴーラも買いました~。残念でした~」
「…………」
あまりにも幼稚な発言にうんざりして僕が黙り込むと、アレクさんは腕を組んで「勝った」と言いたげのどや顔を僕に向けて、
「ふふん、あとオプションとしてザイダーも買ったけど何か?」
正直殴りたかった。
恐らくアレクさんの精神年齢は高校生の僕よりも低い。この数少ない会話で察してくれたと思う。
ただ、アレクさんの体つきは確かに大人である。本人曰く二十一歳だということなので、僕は社会的なマナーとしてこの人に敬語を使わざるを得ないのである。
それに、命を救われたという事実もある。年上で命の恩人──言葉にしてみたら、僕は絶対にこの人を尊敬しないといけない立場なのだ。
と言っても、私生活において僕はこの人を尊敬したことはない。
「──で、アレクさん。今日もお客さんは来ないんですか? まあ、分かりきってることですけど……」
「まあな。最近は元気な子が多いからな。いいことじゃないか」
「でも、それってやっぱり医師としては暇じゃないですか?」
するとアレクさんは屈託のない笑顔を僕に向けると、ビシッと親指を立てて、
「暇が一番幸せだろ?」
あんたはニートの鏡だよ。
でもまあ、これはこれでいいのかもしれない。
こんなほぼ百パーセント医師の免許を持っていないただのニート男のところに診療に来るお客さんがいないということは、それだけで平和なことだろう。というか、もしアレクさんが医師としての仕事をしたらそれはもう犯罪ではないだろうか。いやいや、そもそも医師の免許を持っていない人間が診療所を開くだけでもアウトだろ。
そんなことを思いながら、僕はふとテレビの情報番組を見た。
「ご覧ください! こちらが最近オープンした『キャッツ愛』です! 流行りの猫カフェですよ! さっそく店員の方にお話を伺いたいと思います! 奥の方に入って行きますよ!」
お昼の情報番組で定番の女性アナウンサーの姿が目に入ってきた。今日の特集コーナーは「猫カフェ」らしい。
猫かぁ。猫は癒されるなぁ。そこにいるだけで心を洗ってくれる存在だよ。猫飼いたいけど、色々とお金がかかるらしいし、学生一人暮らしの身分では無理かな。
「キャッッッッッッツ!! そう、キャッッッッッッツだ、風見鶏!!」
発狂したように、アレクさんがこたつから勢いよく立ち上がった。
「いきなりどうした」
驚くことに、いつもだらけている瞳は今はやる気の炎で満ち溢れていた。
「マンネリ化した毎日を乗り切るためにはキャッッッッッッツに限る! こんなに愛らしいキャッッッッッッツがいれば毎日和む生活が送れるぞ!」
血管が浮き上がるぐらい力強く拳を握るアレクさんに、僕は冷たい一瞥を送って、
「……和むにはこたつがあるんじゃなかったんですか」
「何を言う、風見鶏よ! こたつと言えばキャッッッッッッツだろ! こたつとキャッッッッッッツがあればダブル和みコンボが成立するのだ! オラ、燃えてきたべ!」
「はあ……」
何となく畏まる僕。
一体何を言ってるんだ、この人は。ついに頭が逝ったか?
てか、この人こんなに猫好きだったっけ?
「そうと決まればさっそくキャッッッッッッツを買いに行くぞ、風見鶏!」
首をぐいっと伸ばして僕の顔を覗き込んでくるアレクさん。近い。唾飛んで来たし。しかもよく見ると、熱血高校球児なんて比じゃないぐらい瞳をメラメラに燃やしてやがるよ。
僕は露骨に嫌な顔を作って、アレクさんの顔をパーでぐにょっと押し返した。
「何をする風見鶏よ」
「猫買うなら一人で行ってきてくださいよ。僕は留守番してるんで」
するとアレクさんは一人で妄想の大地に降り立ち、妄想で澄み切った青空に向かって、
「留守番などいらぬ! キャッッッッッッツが俺達を呼んでいる限り、俺達もそれに応えなくちゃいけないんだべ! さあ、風見鶏よ! 早くペットショップに行くべ!」
別にキャッッッッッッツは俺達を呼んでなんかねーよ。てか、さっきからだけど、あんた気合入ったらどうして中途半端になまるの?
僕はちょっとだけ眉間に皺を寄せると、ああもう面倒くさいなという意思を込めて、
「はあ……、アレクさん、ちゃんと考えてからそういうことは言ってくださいよね。僕とアレクさんが二人ともここを出たら一体誰が店番をやるんですか?」
そうだ。僕がここに残っていなければ「すいません。本当はここ診療所なんかじゃないんです。だから診察も出来ないんです」と訪れた患者さんに頭を下げることが出来ないじゃないか。
まあ、そもそもこんな馬鹿げた診療所に来る人なんていないとは思うけどさ。
「大丈夫大丈夫~。どうせ誰も来ないって~。事実、まだお前しかまともに来たことないしさ~。ははは」
「あんたがそれ言ったらお終いだな」
これだからこの人は尊敬出来ないのである。
僕はさもどうでもよさそうに、
「でもアレクさんお金あるんですか? 猫って結構な値段しますよ? 僕は諦めた方がいいと思いますけど。どうせ飼ったところで世話出来ないんですから」
「何だと! お前は俺がキャッッッッッッツの世話も出来ない愚者と言いたいのか!」
「まあそんなところです」
「よし分かった! 戦争だ! お前の軽率な発言のせいで高校が一つなくなるのだ! それでもいいのか!」
どうやらこの似非医師は僕の高校を囮に使うつもりらしい。随分とスケールの大きい脅しだな。相変わらず滅茶苦茶な考えだよ。馬鹿馬鹿しい。
……でも、この人なら本当にやりかねないんだよなぁ。
「はいはい、すいませんすいません。さっきの発言は撤回します。でも、お金がないのは本当なんでしょ?」
「くっ……、痛いところを……っ!」
ところで今のあんたは一体どういうキャラ設定なの?
「──す、すいませ~ん!」
それは突然だった。
玄関の方から、幼い女の子の声が聞こえてきた。
あまりに唐突で、僕はびくりと肩を上げた。
僕は唖然としたまま、ゆっくりと玄関の方を見た。
玄関のすりガラスには、ドアの半分ぐらいしかない小さな人影が映っていた。
「え? え!? えー!? ちょ、ちょっとアレクさん、来ましたよ! お客さんですよ!」
僕は慌ててアレクさんに呼びかける。
アレクさんもお客さんが訪れたことには気づいているだろうけど、少女の愛らしい一声で僕の頭の中は噴火した火山のごとく混乱して、意味がないと分かっていてもついつい客の訪れを強調してしまっていた。
僕がここまで取り乱すのは、勿論のことながらこの川崎アレクの診療所に僕以外の人間が初めて訪れたからである。先ほどアレクさんが言っていたように、ここには今まで、少なくとも僕がここに通い始めてからは、僕以外の人間が訪れたことはないのだ。
「え? え? そそそれはいいことだね、か、かかか風見鶏くん。う、うううん」
アレクさん、ガチガチになってやがるよ。
「ちょ、アレクさん! しっかりしてくださいよ! あなたが緊張してどうするんですか! 早く対応をお願いします!」
「お、おおお俺が? か、風見鶏たたた頼むよよよ」
僕が激しく肩を揺すってみるが、アレクさんの冷凍状態は一向に回復の兆しを見せない。
駄目だコイツ。初めての患者さんなのは分かるけど、どうしてここまで緊張してるんだ? 人見知りすぎるだろ。それとも、医師の免許を持っていない故の緊張か? 多分後者だな。まあどちらにしても、こうなるならはなから診療所なんて開くなよっていう話である。
「すいませ~ん!」
ドア越しに、再び女の子の声がこちらを呼んだ。
「あ~もう! アレクさん、僕が玄関開けますよ!」
「ちょ、ちょい待ち。まだ心の準備と言い訳の準備が……」
「そんなの今さらですよ!!」
僕はアレクさんに一喝すると、立ち上がって、玄関まで急いで足を運んだ。
何だかんだ言っても僕も緊張している。
いつもは踏むことなんてないのに。
玄関で、ぐしょり、と大きなゴミ袋を踏みつけてしまった。足裏に生ものの気持ち悪い感覚が伝わってくる。どうやら地雷を踏んづけてしまったらしい。なんてついてない。しかも……く、くさい。何だこの腐った牛乳を思わせる異臭は! あ~くそ! ゴミ袋が破れてやがる!
「はいはい~、今開けますからね~」
しかし僕はあくまで優しいお兄さんを演じる。初めてのお客さんにみっともない姿を見せるわけにはいかない。
僕は片方の手で鼻をつまんで、もう片方の手でドアノブを回した。
玄関を開ける。
「あ、開いた……。なんか、くさい……」
「──!?」
瞬間、僕は目を疑った。
そこには、同じ人間とは思えないほどの美幼女がいたからだ。
反則的な可愛さだった。黒髪ツインテールがここまで似合う子が現実にいたなんて。
「は!! はあ……、はあ……、はあ……、なんだ、この胸の高鳴りは!!」
くっ……、こんな感覚初めてだ。心臓がいつ破裂してもおかしくないぐらい高鳴ってやがる。
僕は一体どうなっちまったんだ?
うっ! ヤ、ヤバイぞ!
このままでは、僕は犯罪者になってしまうかもしれない!
僕の全身が、この天使に抱きつきたいと叫んでやがる!
「あ、あの、わたし、このチラシを見て来たんですけど……。って、だ、大丈夫ですか?」
僕が身体を雑巾のようにくねらせて自己の煩悩と格闘していると、天使が恐る恐る一枚の紙を差し出してきた。
僕はねじまがったままの態勢で、出来る限り天使を直視しないようにそれを受け取った。
見る。
『川崎アレクの診療所 小さな診療から小さな相談事まで、どんな依頼も幅広くこなします! 住所は○×○×○×サビビル三階! お問い合わせは○×○×○×! 詳しい場所については地図↓をご覧ください』
3
「意外と頑張り屋さんだったんですね、アレクさん。少しだけ感心しました」
「まあな。チラシの一つもないとお客さんなんて絶対来ないし」
「まあ、このチラシ見る限りでは診療所ってとこはほとんど関係ないですけどね」
「皮肉ならこの依頼が終わったあとに聞こうか、ロリミドリくん」
「お前ちょっと黙れ」
というわけで、小さな天使を迎え入れた僕とアレクさんは、とりあえずお互い落ち着いて、今はこたつに二人並んで座っていた。もちろんこたつの上のゴミは処分した。
似非医師&ごく普通の高校生と向かい合って座っている女の子──名を、鈴屋れいかちゃんと言うらしい。なんて可愛い名前なんだ。そしてなんて可愛いれいかちゃんなんだ。
一日中抱きしめていたい。「あ~ん」とかしてご飯を食べさせてあげたい。ずっと頭のにおいを嗅いでいたい。ずっと体温を感じていたい。一緒にお風呂に入りたい。お着替えさせてあげたい。抱きしめたまま一緒に寝たい。毎日それの繰り返しで──
「おいこのロリミドリ。よだれ垂れてるぞ、よだれ」
妄想にふけていた僕の意識が、アレクさんの言葉ではっと帰還する。
「あ、す、すいません」
僕は慌てて服の袖でよだれを拭き取った。
すると、珍しくアレクさんが僕を軽蔑の眼差しで睨んできた。
「まさかお前が正真正銘のロリータコンプレックスだったとは……。ホモでロリコンですか? あん?」
「ホモは違います」
「ほお、ホモ『は』違うと。それはロリコンを認めたということかな?」
「…………」
くそ、言い返せない。言い返したところで説得力なんてないだろう。さっきから証拠が積み重さなっているし。
僕は「え~、ゴホン」とわざとらしく咳払いをして無理やりこの話を終わらせると、じろっと横目でアレクさんを睨んだ。
「さっきから僕ばっかり攻撃されているようですが、アレクさん、あなたも妙に緊張していたじゃないですか? なんです? もしかして診療所開いているくせにまともに他人と会うことが出来ないんですか? 情けないですよ、まったく……」
するとアレクさんは「ああ、そのことか」と照れ笑いして、次に軽快な口調で、
「いやいや~、警察だと思っちゃってさ~。最近の警察は恐ろしいからな~。小さな女の子まで囮捜査に使ったりするから。ゲスの極みだぜ、あいつらは」
ゲスはお前だ。あと、最近の警察も昔の警察も小さな女の子を囮になんて使わねーよ。
「あ、あの~、さっきから何の話をしてるんですか……?」
ここでれいかちゃんが口を開いた。
「あ、ごめんごめん。変な話を聞かせちゃったね」
僕が優しく応答すると「いえ、別にいいですよ」と微笑むれいかちゃん。なんて礼儀がなっている子なんだ。アレクさんとは大違いだよ。
すると、アレクさんが妙に慎重な面持ちで、
「おい、れいか。さっきの話はほとんど忘れろ。正確には風見鶏がロリミドリだったことは忘れなくてもいいが、むしろ身の安全のために覚えておいた方がいいが、警察に対しての俺の反応は脳からデリートだ。オーケー?」
やはりこの男はゲスである。
れいかちゃんは少し怯えた様子を見せたが、アレクさんの真剣な眼差しを察したらしく、
「は、はい……」
じゃあとりあえず、といった感じで首を縦に振った。やっぱりこの子は賢い。
「あ、ところでれいかちゃん、今日はどんな用件でここに来たの?」
思い出したように僕が訊く。
このゲスのせいで、一番話さないといけないことが後回しになってしまっていた。
4
「ふむふむ、つまり、れいかの飼っていたキャッッッッッッツが行方不明だと」
アレクさんが腕組をして依頼内容を確認すると、れいかちゃんはコクリと頷いた。
「いつもは勝手にお外に出て、夜になると勝手にお家に帰って来るんですが……一昨日の夜は帰って来なくて、次の日の朝には戻るかなと思ったんですが、やっぱり帰って来なくて……」
しゅんとなるれいかちゃん。今すぐにでも抱きしめてあげたい。
どうやら、僕達に課せられた初めての依頼は「猫探し」らしい。もはや診療所という肩書は全く関係ないな。
そうと決まれば、まずは情報を集めないと。
「ねえ、れいかちゃん。その猫の毛は何色なのかな?」
僕が柔和な表情で訊ねると、
「白色です。名前はアンブレシア=デルマエロッサと言います」
「うん、分かった。ありがとう。デルマエロッサは白猫なんだね」
「はい。しかもアンブレシアはとても毛並みが綺麗なんですよ」
あ、「アンブレシア」の方が愛称なんだ。こういうミスってなんか恥ずかしいな。
僕が内心赤面していると、次はアレクさんが情報取集を買って出た。
「アンブはいつもこの辺りをうろついているのか?」
いきなり変な略し方してんじゃねーよ。
「はい、レシアはいつもこの辺りをうろうろしてるんです」
あ、略す場合は「レシア」って略すんだ。これはアレクさん恥ずかしい。
「あ、そ、そうなんだ。レシアはやっぱり路地とかがお好きなのかな、ははは……」
めっちゃ顔赤いし。
その時、テレビの女性アナウンサーが一際高い声を出した。
「あらまあ!! これは素晴らしい猫ちゃんですね! こういう言い方もアレですが、他の子達とレベルが違いますね! この子はやっぱりお店のナンバーワンですか?」
テレビ画面いっぱいに映し出されたのは、神々しいほど美しい一匹の白猫。
ここまで容姿が完璧な猫だと「可愛い」というよりかは「美しい」という感想を持ってしまうな。もはや一つの芸術品みたいな感じがする。
僕とアレクさんがテレビ画面に見入っていると、突然、れいかちゃんが立ち上がった。
そのアクションより、発言に驚いたのは僕もアレクさんも同じだった。
「アンブレシア!! どうしてそんなところにいるの!!」