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5.霞が関にて
沢村洋士は、途方に暮れて歩いていた。
昨日も、一昨日も、この街中をさまよっていた。
どだい、ムリなことだったんだ……。
なぜ、こんな無茶なことをしなければならなくなったのだろう。
沢村は純粋な日本人だが、住んでいるのはアメリカだ。とある銃器メーカーで働いている。
スミス&ウェッソンやコルト社、サーベラス・キャピタルに買収されたレミントン・アームズ社などのメジャーメーカーよりは、だいぶ落ちる。本国でも、名前を知っている人間はそれほどいない。
そんなマイナー企業の起死回生を狙った戦略が、日本への売り込みだった。とはいえ、日本の一般市民は銃器を所持できない。そこで開発されたのが、銃型のスタンガンだった。
これまでにも銃型のスタンガンはあった。ワイヤーでつながれた電極を銃弾のように飛ばす、俗に言う『テーザー銃』だ。射程は、そのままワイヤーの長さと同じになる。六メートルほどしかない。
最新のものはワイヤレスで、弾丸自体が電流を発する仕組みになっており、射程が六〇メートルもある。が、ショットガンから撃たなければならないので、銃器が違法の国では、そもそも販売ができない。
ちなみに日本では、ワイヤー式のテーザー銃も、銃刀法に抵触してしまう。沢村の会社では、そんな国でも販売できるように開発をすすめた。
で、完成したものが、現在、洋士の抱えているアタッシュケースに保管されている。
弾丸や、それにかわる電極などを発射するタイプではない。空気中に電気を通し、ターゲットめがけて電流だけが飛んでいく、新機軸のスタンガンだ。ロックオン式を採用しているために、誤射もない。付属するスコープ(サングラスのようなもの)を装着することで、夢のような操作が実現できるようになる。
それらを制御するスタンガン本体のグリップ内部は、まるでスーパーコンピューターのように精密だ。指紋および静脈認証がついているので、奪われて逆に使用されるという危険もない。また、モバイルPCのように4G回線で管理コンピュータとつなぐこともでき、射撃したデータを記録できるようになっている。登録制にすれば、犯罪に使われるケースもないはずだ。
自分の会社が造ったとはいえ、沢村にも信じられないほどSFチックなものだった。
そんな未来的そのままの外見をもつ近未来タイプと、旧来のリボルバーを模したクラシックタイプの二種類の試作品を用意した。
たび重なる安全チェックもクリアし、規制の厳しい日本でも販売できるものが出来上がったと自負している。
だがそこで、問題が持ち上がった。
一挺のコストが、異様に高くなってしまったのだ。
護身用とはいえ、個人で買えるような手軽さはなかった。
そこで作戦を変更し、一般人ではなく、公の組織に売り込むことになった。一週間前、警察庁へプレゼンしてこい、と命令され、日本行きのチケットを渡された。会社から警察庁への根回しなどは、嘘のようにまったくなかった。
とりあえず、警察庁の受け付けに大まかな内容を伝え、担当者をお願いします、と告げたのだが、門前払いだった。
あたりまえだ。会社に結果を報告したが、どうにか話を聞いてもらえるまで帰ってくるな、と言われた。
これでは、帰るに帰れない。
そもそも、洋士がアメリカの会社に就職できたのも、本場の人間より丁寧な語学力のたまものだった。
外人と会話をすると、必ずといっていいほど、ビックリされる。自分よりも英語がうまい、と。どうやら、とても高貴で紳士的に聞こえるらしい。日本語でいうところの、宮中言葉のようなものだろう。
しかしこの日本では、当然ながら日本語で話をするので、その最大の武器も役に立たない。
いまになって沢村は、うがった見方をしてしまう。
この日本への出張は、自分の首を切りたいからではないのか?
会社は、今回なんの成果もあげられなかったことを理由に、レイオフするつもりなのだ。
卑怯だ、と思う反面、これも温情の一つなのではないか、という考えも浮かんでくる。アメリカの企業はクビに対して、日本とはくらべられないほどに冷酷だ。ある日、突然サバサバと契約解除を切り出される。日本では、事前にさりげなくリストラすることをほのめかすものだ。最近の国内事情は、よく知らないが……。
きっと自分が日本人だから、そういうまわりくどいことをしているのだ。これも、会社のやさしさなのだろうか。
今年で二九。むしろ、いま切られることは幸運なのかもしれない。まだ一応は、二〇代だ。次のステップを踏み出すことに、抵抗感はそれほどない。
(そうなったら、日本に帰ってくるか……)
虚ろに想像をめぐらせていたら、ふいに衝撃をくらった。
ドンッ、と腹にまで響いた。
だれかが、ぶつかってきたのだ。
「イタ……ッ!」
何者かは謝罪の言葉もなく、なにかに追い立てられるように歩道を走り去っていく。あっという間のことだったので、人相も記憶できなかった。
「なんなんだよ……」
つぶやきが、足元の舗装路に吸い寄せられていた。そこに、あるモノが落ちていた。
いまの人物が落としていったものだろうか?
A4版の封筒だった。すぐに拾って追いかけようとしたが、落とし主の姿は、もうどこにもなかった。
「どうしよう……」
面倒なことになったな、と憂鬱になった。
(警察に届けるか)
いや、もしかしたら、この封筒のなかに、いまの人物につながるものが入っているかもしれない。うまくいけば、連絡先とか住所とかが記してあるのではないか。本人のものはなくても、知り合いの電話番号が書いてあるかもしれない。
封筒のなかに手を入れた。数枚の書類と、写真が一枚。
ガードレールに腰をおろして、書類に眼を通していく。
「朝霧流介に関する報告事項……?」
そう題がふられていた。
写真には、不精髭を生やしたガラの悪そうな男が写っていた。
いまぶつかってきたのは、この人なのか?
走り去っていった何者かは、すぐ街に溶け込んでしまったので、断定はできない。
そうであるにしろ、ないにしろ、この写真の男が『朝霧流介』という名前なのだろう。
「ん?」
封筒には、まだなにかが入っていた。
取り出してみた。
手のひらよりも小さなビニール袋。
なんだろう?
そのなかには、結晶体を砕いたような半透明の固形物が……。
恐ろしい想像が、脳裏をよぎった。
「まさか、これ……」




