聖女様は旅立たない
私の考えうる全ての聖女系の要素を詰め込んでみました。
わざと言葉を崩してありますので悪しからず。
「ーーお前との婚約は破棄だ!私は聖女ミソノと婚約する事を此処に宣言する!」
ハ?
どうしてこうなった?おい、誰か答えろよそこの騎士さん貴方でいいからって目逸らしてんじゃねえぞ!
……ごほんっ、失礼。
あたし、聖女。
突然どうしたとか頭おかしいのかとか色々言われそうだけど、事実なんだから仕方無い。
簡単に説明すると、だ。
高校からの帰り道、友達と別れて、てくてく1人で歩いてたら視界がホワイトアウト、気付けば時代錯誤なローブ集団と甲冑集団、キラキライケメンとかそんな感じの面子に囲まれていた。まあ、ほら。ぶっちゃけ驚き過ぎてあんまりあの場に居た人とか詳細に覚えてないんだよね。
何事かと思ったら「聖女様!この世界をお救い下さい!」ときた。
全くもって意味が分からなかったので詳しい話を聞くと。
曰く、この世界には瘴気とかいうものが存在し、数百年に一度、浄化しないと凝って大変な事になるらしい。どう大変なのかは知らない。
そして、瘴気を浄化する為には、異界より聖女を招き、5つの大国に存在する5つの神殿を巡らねばならないんだそうな。何じゃそりゃ。
他の世界から拉致した人間が居ないといけないってそれ世界として大丈夫?地球は何とかやっていけてるよ?いや、この世界が欠陥世界だからってどうにかするつもりもないし出来もしないけどさ。
日本から拉致されて事情を捲し立てられて、あたしがまず聞いたのは、『元の世界に戻れるか』だった。
答えは『否』。歴代聖女達は全員、貴族だか王族だかと結婚してこの世界に残ったんだってさ。
ふ、ざ、け、ん、な?
あたし、行きたい大学も決めて、模試の結果も結構良くて、ちょっぴり口煩い母さんと少しだけ頼りないけど優しい父さんに愛されて、明るい未来を思い描いてたんですけど?
「JKでいられるのもあとちょっとだから、後悔無いように色んな事しようね」って友達と笑い合ったのついこの間なんですけど?
あたしは即座に宣言した。
「帰る方法が見つかるまで仕事はしません」
今考えれば短慮だったなと思う。下手したら殺されて次の聖女召喚しようとかいう話になってたかもしれないし。
でもあたしはどうしても帰りたかった。来たばっかりで親しい者もいないこの世界に愛着なんてこれっぽっちも無かったし、拉致で成り立ってるような世界なんて滅んでも仕方無いんじゃないかと思ってた位だ。
幸い、聖女召喚はそう易々と出来るものではなかったので、宮廷魔術師達が、あたしが帰る為の手段を編み出してくれる事になった。
およそ半年で目処が立つだろうと言われ、安心すると同時に何故今迄取り掛からなかったんだと怒りが湧いたがそれはそれとして。
城の中の限られた場所のみ移動を許され、何処に行くにも護衛(という名の見張り)が着いてくる現状にうんざりしながらも、慣れ始めた頃ーー。
さらなる受難の時があたしを襲った。
「ミソノ、君の闇よりも深い色の髪は本当に美しいね」
「あー、はぁ(黒染め濃くし過ぎたかな)」
「そのつれない返事……やはり、そこらの媚びる事しか知らない女共とはお前は違う」
「あー、はぁ(何だコイツJKの手にキスしおった、セクハラで通報すんぞ)」
「ミソノー、構えよー」
「あー、はぁ(いい歳して頭撫でられて喜ぶ男って……)」
「ミソノさん、こちらに」
「あー、はぁ(引っ張るなよ似非紳士)」
何だろうね、やたらキラキラしい男共が入れ替わり立ち替わり休む間も無く押し入って来るんだよね。
聞いてもいないのにベラベラ喋るこいつらは王子だの騎士だのらしいから、最初の内は失礼にならない程度に相手してたんだけど、当初『聖女だから』って理由で構ってるのが丸わかりだったのに、あたしが靡かなかったのが気に入らなかったのか何なのか。露骨にボディータッチだの愛を囁いたりだのやたら高そうな貢ぎ物送られたりだのされるようになった。
「彼氏居るんで困ります」って言ってものらりくらりと躱される、だからあたしは塩対応に徹する事にした。あんまり効果無いけど。
……そうやって受け身でいたあたしが悪いのかもしれない。
つらつら現実逃避代わりに回想していたが、現状は変わらず。
何やらパーティーに引っ張り出されたあたしは、王子と騎士といういつも部屋に上がり込んで来る8人に囲まれ、華やかなドレスの、超が付く美女と対峙していた。
「それで、殿下?貴方はそちらの聖女様と婚約すると仰る?」
目が痛くなるような美女は、扇子で目から下を隠しながら確認するように問う。
やだーもーこの人めっちゃいい声してらっしゃる。艶と張りのある、良く響くけど嫋やかな感じの声。やっばい、お友達になりたいな。あーでも無理かな、あっちからしたら婚約者を奪おうとしてる泥棒猫だし。
「そう言っているだろう!」
「あのー、一つ言わせてもらっても?」
本来なら王子とその婚約者という身分激高な方々の会話に割り込むなんて、物理的に首が飛ぶレベルらしいが、あたし、聖女ですから。
聖女って王子とも結婚出来るし、神殿のトップの更に上らしいから、よっぽど酷い振る舞いをしない限りセーフらしい。
「なんだい?ミソノ?」
あたしを取り巻く男達の中で、一際キラキラしいのが、甘ったるい声と蕩けそうな笑みを向けて来た。
やめてくれ王子、婚約者さんが射殺しそうな目を向け……てない?何だろう、観察されてるような?
「先ず言わせてもらうと、あたしがあんたらと婚約ないし結婚する可能性は、無い」
タメ口は無礼すぎたかな?でもあたしだって鬱憤が溜まってるんだ。
「ミソノ?」
「何を言い出すんだ」
「落ち着いて」
「あたしは落ち着いてる」
男達はあたしを窘めるように、仕方のない子とでも言いたげに、声を掛けてくる。
……そうやってあたしを尊重してるふりをして、人間として扱わずに愛玩動物を愛でるように甘やかすお前らが大っ嫌いだ。
「あたしはもう直ぐ出来る帰還用の魔法陣で元の居場所に帰る。家族も友達も彼氏も待ってるんだから、そこにあんたらが付け入る隙は1mmたりともない!」
あたしが高らかに言い放った言葉の効果は……
無いに等しかったようだ。
男達は慈愛すら感じられる、聞き分けのない子供を見るような目であたしを見ている。
……どうして。どうしてそんな目であたしを見るの?あたしは間違った事を言ってない筈なのに。
「ミソノ……」
王子が何か言おうと口を開いた時だった。
「いい加減になさいませ」
扇子をパチンと閉じて、婚約者さんがあたしと男達の間に美声を滑り込ませる。
たった一声なのに、泣きたくなる程の安心感を感じた。
「聖女様がお望みになって貴方方が侍っているのかと思ってみれば……こぞって束縛して、挙句話も聞かずに聖女様を泣かせそうになって。人の話を聞かないのは貴方の欠点だと、陛下も嘆いておられましたわよ、殿下」
「煩い。お前は黙っていろ」
「埒があきませんわね……。では聖女様、今のままでいるのと魔術師派と共に旅に出、一刻も早く元の世界にお戻りになられるのと、どちらをお望みですの?」
魔術師派とか、意味が分からない言葉もあったが、あたしの答えなんて最初から決まってる。
「早く、帰りたい!」
あたしが召喚されて帰りたがってから、元々あった派閥の『騎士派』と『魔術師派』の争いが激化して、そのまま『聖女を帰さない派』と『聖女を帰す派』に分かれたらしい。
魔術師達は帰還用の魔法陣の開発に勤しみ、騎士達はハニートラップであたしをこの世界に縛りつけようとした。いや、もっと生産的な事しろよ。道理で色んな種類のイケメン揃ってるなと思ったよ。
「聖女様の御意志を無視するのは問題だろうと、比較的魔術師派と仲のよろしい王妃様が魔術師派の肩を持って下さって、貴女の部屋の騎士や殿下の立ち入りを規制なさったのよ、ミソノ」
「いやー、ホント有り難いわ」
マカロンを口に放り込むあたしの無作法に眉をひそめる事もなく、優雅に紅茶を飲むのは婚約者さんことアデーレ。彼女、公爵令嬢らしいです。
結局あたしが拒否った事で婚約破棄云々は有耶無耶にっていうか無かった事になったので、アデーレは婚約者のままだ。
あたしはアデーレと友達になって、専ら魔術師達の所に入り浸ってる。たまにアデーレとお茶したりしながらね。
「そうそう、ミソノが激励の言葉を掛けるから皆張り切って、そろそろ帰還用の魔法陣が完成するみたいよ」
「マジ!?やったあ!」
思わず諸手を挙げて喜ぶが、アデーレの生温かい視線に気付いていそいそと手を降ろす。
「ミソノと会えなくなるのは寂しいけれどね」
「あー……うん、それはね、あたしも寂しいな」
アデーレにはとても良くしてもらった。アデーレは、世界を救う事が恩返しになるって言ってたけど、やっぱり何も返せずに帰るのは心苦しい。
「せめてアデーレの幸せを祈るよ。こんなんでもあたし、聖女だし!」
「え!?それって……」
神殿で教わった通りに、目を閉じて手を組み、邪念を追い出してひたすらアデーレの為に祈る。
アデーレが幸せになりますように、アデーレが強くなりますように、アデーレが賢くなりますように、アデーレが……。
「ミ、ミソノ!充分!充分ですわ!もう!」
「へ?」
アデーレの焦ったような声に思わず目を開けると、何やら白い光がアデーレの中に吸い込まれる所だった。
「何を祈ったのかは知りませんが、魔力が激増していますわ……ミソノは本当に聖女様ですのね……」
「え〜、やだぁ疑ってたの?アデーレ」
「そういう訳では御座いませんが、やはり実感が……」
そしてこのあたしの無責任な祈りの結果、アデーレは元々ハイスペックだったのが超人じみた力を手にしてしまい、魔術師派筆頭とか呼ばれてあたしの旅に同行する事になるのだが、それはまた別のお話。
俺たちの戦いはこれからだ!