猫の国3
「誰かに与えられた名前?」
「……」
人語を解す街猫は多くを語らなかった。
ただ。
「風を感じているときが一番幸せなんだよ」
と達観した口調で言う。
ただ、それだけだった。
それはどこか寂し気だった。
「百万回生きたというのは本当ですか?」
勇気を出して聞いてみた。
「君がそう思うのならそうなんだろう」
今度は風間のしゃべる番だった。
「ヒトは夢を見て生きている、夢の中で生きていると言った方が無難か」
眼鏡が似合いそうな知的な一重のきりりとした瞳にどきどきする帆咲だった。
「帰れ、街人よ。もう、話すことはない」
「貴方にはなくても僕にはあります」
思い切って聞いてみた。
「貴方の夢は何ですか?」
「私の夢は世界を知ること、いや知りたいと言ったほうが良いかな」
「なら、僕と一緒に来ませんか?」
「私は一銭も持っていないぞ」
「それでもかまいません」
「……」
躊躇いがちに下を見る風間。
「貴方は僕たち人間みたいに嘘をつかない。そこに惹かれたのだ、と今気づきました。是非、一緒に来てください」
押してみた。
さあ、もう一声。
「僕と一緒に世界を見ましょう」
百万回生きたであろう猫は少し考えて、
「いいだろう。君と一緒に行く」
そういって百万回生きたであろう人語を解す街猫は帆咲の肩に乗った。
とんっ。