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コリント魔法武術学校にある、高等部校舎と初等部校舎を繋げる位置にある、中央の大きな城のような建物。
そこの長い長い階段を登って行き、最上階の廊下を進んで一番奥にある部屋。
ここは教師陣達が寝泊まりしたり、学校の財産や授業用の道具、また世界でも有数しかないほどの貴重なものを保管してある、『中央棟』と呼ばれる場所だ。
俺はそこの最上階にある一番奥の部屋、『校長室』の前まで来ていた。
傷一つなく、それどころか光沢すらある程綺麗な純白の両開きの扉を、二、三度ほどノックする。
「失礼します」
俺がそういうと、「どうぞー」という、女性の声が聞こえた。
俺はその声を聞くと、両開きの扉に手を当て、キイィと音を立てながら開けて中に入る。
部屋の中も扉と同じ白塗りで、中央にテーブルと、それを挟むように大きな二つの黒のソファーが向かい合っている。
周りを見ると、壁には大きな木製のタンスがずらりと並び、少し上に視線を伸ばすと、そこには歴代の校長達の顔写真が、額縁に入れられて飾ってある。
そして、部屋の最奥には、一際大きな机に、背もたれのある大きくて豪奢な椅子、そしてそこに鎮座する、若々しくも美しい女性の姿があった。
肩まで伸ばした、雪のように真っ白な髪。
サファイアのように綺麗なその瞳は、見るものを虜にしてしまいそうなほど綺麗だ。
髪と同じく、白くみずみずしい肌に、人形なのではと疑ってしまうほどの、美しくもほんの少し幼さを残した整った顔立ち。
そして目を引くのが、彼女の顔の両側から生えた、尖った耳。
「やあ、元気にしていたかい? みっくん」
その女性は、俺が入って来ると、その整った顔に柔和な笑みを浮かべてそういった。
「ええ、お久しぶりです。アムピナクス校長」
対して、俺も言葉を返すと、んもう、と呟いて口をすぼませた。その顔は何処かいじけているようだ。
「今は二人しかいないんだから、昔のようにステネ伯母さんでもいいんだよ?」
校長はそんなことを言ってくるが、俺も流石に成長したし、いくら親族だからといってあまり馴れ馴れしくするのも不味いのではないかと思って、やんわりと断る。
断られた校長は、いけずー、などとよくわからないことをぼやいてやはり不満気だ。
彼女の名前は、ステネ・アムピナクス。
このコリント魔法武術学校の現校長であり、歴代最高の魔術師と呼ばれるほどの超有名人であり、そして………俺の母さんの姉、つまり伯母の位置に当たる。
母さんと彼女は姉妹にあたるが、実質種族的には全くの別だ。
母さんは人間で、彼女はエルフである。母さんの両親は共に人間族だが、ごく稀に、遥か昔に交わったことのある種族の遺伝子が子孫に宿り、別の種族が産まれてくることがある。
母さんの家系にはエルフの遺伝子が混ざっていたようで、それによってステネ伯母さんは完全なエルフとして産まれてきたのだ。
俺の母さんが人を癒す力に長けていたとすると、彼女はその正反対で、攻撃魔法の使い手として右に出るものはいないとまで言われていた。
そんな彼女は、生きている間にかなりの功績を世に残している。
全ての攻撃魔法の習得。ありとあらゆる傷を癒し、不老不死にまで届くと言われた万能薬、『エリクシール』の調合成功。完全にオリジナルの魔法の開発
また、彼女の最も偉大な功績といえば、『精霊魔法』の完成だろう。
当時不可能とまで言われていた精霊との契約、しかし、それを彼女は誰の手も借りず一人でこなしてしまった。
数々の彼女の行いはもはや伝説的とも呼べるほどで、『ステネ・アムピナクスにかなう魔法使いは未来永劫現れることはない』とまで言わせしめたほどだ。
そんな凄い彼女だが、中身はただの寂しがり屋の女性で、たまに俺の事を呼び出しては話し相手として使われている。
「それで、今日はなんで呼び出したんですか?」
理由などわかりきっているが、取り敢えず建前として俺は彼女にそう尋ねた。
いつまでもふくれっ面でそっぽを向いていた彼女は、声を掛けられたのがよほど嬉しいのか、「ああ」と言いながら、顔に先程のような笑みを浮かべてこちらに向き直る。声色を聞く限り嬉しそうだ。
「いやなに、君とは一ヶ月ほど話していなかったからね。寂しかったんだよ? ガラティンはまともに付き合ってくれないし」
はぁ、とため息をつき、眉根を下げる校長。コロコロと表情が変わって忙しそうな人だ。
「いや、俺も進学してからいろいろと大変だったんですよ。高等部に入ってから色々と授業の難易度が上がってきましたから」
「そう、そこだよ! 私は進学したてほやほやの君と語らいたかったのに、君は全然私のところに来てくれないし!」
「いやだって、ようもないのに校長室いっても変じゃないですか」
「そんなこと言わないで来てくれよぉ〜。本当に暇なんだから〜」
おいおい、とわざとらしく泣く校長。
とは言っても、話す事なんてほとんど思い浮かばないんだけどな……。
「なんでもいいんだよ。悩んでることとかでもいいし。私に打ち明けてよ〜」
「悩み……ですか」
悩み……となると結構出てくるが、彼女に話してもいいのだろうか。
しかし、いまこの人と二人だから聞かれる心配はまずないし、それに向こうは超一流の冒険者だ。結構いい案があるかもしれない。
「そうですね、実は……」
俺は今までのことを踏まえて話した。
パーティーに入れたはいいものの、お互いの連携があまりうまくいかないこと。
俺を含め、パーティーに欠点があり、それもあってかあまり実力が出せないこと。
「ふーむ……なるほどねえ」
すべて聞き終わると、校長は指を組んで机に肘をつき、真面目な顔でこちらを見据えた。
「なにか……俺たちの改善点とかないでしょうかね。これじゃあそれぞれの役職の強みが生かせないというか……」
「……うーん。そうだね。まあ、私から言えることは、少しくらいならあるかな」
おお、まじか。
俺はその言葉に少しばかり期待する。
しかし、校長が言った言葉は、俺にはよくわからなかった。
「いいかい、本当にいいパーティーにしたいなら、他人を『本当に良く見る』ことが大事なんだよ」
「……よく、見る?」
よく見るもなにも、一ヶ月も一緒にいるから俺は仲間のことはよく見ているつもりだった。
ソフィアは頭はいいけど、型にハマりすぎていて、コレットは自由奔放、ドラケンは怖がりで、ティターニアはあがり症だ。
ほかにもっとアドバイスがないのだろうか。
そう思って、俺は再度問いかけようとした時だ。
「おっと、もうこんな時間かい。早いね」
そう言って校長は腕時計を見る。
俺は校長室の壁掛け時計をみると、時刻はもう9時を過ぎていた。
「さあ、今日はこれで終わりにしようかな。もうお休みなさい」
「いや、……はあ」
聞きたいことはまだあったのだが、確かにあまり遅いと明日響くと思い。俺は渋々と扉の方へと向かった。
「それじゃあおやすみ。学校生活、頑張ってくれ。また悩んだらここに置いで」
そんな彼女の言葉に、俺は「はい」と答えながら部屋を後にした。
彼女の言葉の意味を考えながら。
◇
「……よし、行きましょう」
ソフィアの言葉を聞いて、俺たちは一斉に歩き出す。
俺たちが今いるのは、学園の所有する森林地帯だ。
午前中の授業も終わり、昼食を食べて腹を満たした俺たちは、午後に一昨日授業で来ていた森に、狩りに来ていた。
午前中の授業は必修だが、午後の専攻別の訓練は必修ではない。流石に一回も受けないのは駄目だが、毎日毎日訓練に通う生徒はごく稀である。
コリント魔法武術学校は、優秀な冒険者を育てるため、何よりも力を入れているのは実戦演習だ。
この森はその為に学園側が領地を買い占めた場所で、冒険者達にとって比較的対処しやすい魔物ばかりが溜まっている。
学園の裏手にある、国の裏門を抜けた郊外にあるこの森は、学園関係者のものしか立ち入ることはできず、また学園側——主に校長——が貼ってくれた結界のおかげで、裏門から国内に責められることもない。
従って、見習い達にとっては手頃な魔物達を狩ることによって、実践による対処の仕方や、戦闘技術を高めようとする方針だ。
それに、森で取れた戦利品は基本的に自分のものとなるし、学園側に戦果を報告することで、その分だけ成績に加えられる。
俺たちはこの森に、1日か2日置きに来ることにしていた。早く実践慣れして、強くなろうというみんなの意志からだ。
足元の草木を踏みならしながら、俺たちはかれこれ30分は探索をする。
この森は無駄に広い。そのくせいるのはだいたいがゴブリンだ。奥のほうに行けばもっとたくさんの種類がいるが、奥に行けばそれだけ難易度が上がるし、まず今の俺たちじゃ対処できない。
よって俺たちは、手前の方で細々とゴブリンを狩って、地道に力をつけている。
「……いたにゃ」
その後も歩いて20分ほど経過きた頃だ。
耳をピクピクとさせて、コレットがそう言いながらある一点を眺める。
俺らもコレットの視線の先を見つめると、ゴブリンが五匹ほどいた。一昨日より若干多い。
「いきます、みなさん戦闘準備を」
ソフィアの言葉に、皆がうなづく。
ソフィアはそれを確認すると、目を閉じて目の前に何かを虚空に描き始めた。
空中で指をなぞっていくと、その指の動きに合わせてオレンジ色の光がなぞられて、一つの大きな紋章になった。
「大いなる自然よ、我に燃え盛る炎の力を」
ソフィアの声を聞くや否や、オレンジ色の紋章はひときわ強く光り輝いた。
「『火炎玉』っ!!」
そしてソフィアはそれに手をかざしてそう叫ぶと、その紋章から人の頭ほどの大きさの火球が二連続で射出された。
風の如く空を切り、空気を焦がしながら突き進む二つの火球は、今もなお別方向を向いているゴブリン達に直撃する。
直撃したゴブリンはニ体で、それぞれ腕と顔にあたったようだ。
顔に火球が直撃したゴブリンは、そのまま音もなく倒れこむ。
もう一体は倒れなかったが、どうやら片腕が使えないらしい。
しかし、いまの一撃でゴブリン達も気づいたようだ。
全員、突然奇襲を受けたことに気が付いて、火球が飛んできた方向に顔を向ける。
それと同時に、俺、ドラケン、そしてコレットも走り出す。
「んにゃー!!」
コレットはまず腕を怪我したやつから奇襲を仕掛けるらしい。
事実、コレットのナイフによる攻撃に、腕を怪我したために対処ができず、ゴブリンは首元にナイフを突き立てられた。
「あぎゃっ、がぁっ!」
ゴブリンは苦しそうに声を上げて、必死に抵抗しようとするが、その前にコレットは首を掻っ切ってしまう。
首から血を噴き出しながら、ゴブリンは奇妙な声を出して膝から崩れ落ちる。
その間に、俺は一匹のゴブリン、ドラケンは残った二匹を引きつける。
コレットはすぐに気を取り直し、ドラケンについたゴブリンの内一匹をまた引き剥がした。
今度はゴブリン達のさらに奥の方へと駆け出して、またもやカバーできない位置まで遠のいてしまったが、こちらも構ってはいられないので相手に集中する。
今回は長い槍を持ったゴブリンで、なかなか間合いに近づきにくい。
「くっ……!」
ゴブリンの突き出した槍が、俺の剣を滑って顔のすぐ横を突き抜ける。
あと少しずれていれば、確実に大怪我を負っていたであろう。その事実に恐怖心が湧き上がる。
しかし俺はその気持ちをぐっとこらえて、思い切って一歩を踏み出した。
いまゴブリンは槍を突き出した状態だ。当然、手元は隙だらけ。
俺は昨日教わった通りに、ゴブリンが槍を戻す前に右手首を叩っ斬った。
「ぎぎゃあっ!」
あまりの激痛に、ゴブリンは槍を落とし、斬り落とされた手首を押さえる。
俺はその隙を逃さなかった。
「せあっ……!」
足を一歩踏み出し、剣を上段に構え、それを一気に振り下ろす。これもまた昨日ガラティン先生に教わった『斬撃』だ。
渾身の力で振り下ろされたその剣は、ゴブリンの肩口から食い込み、鎖骨を折って、胸のあたりで止まった。
ゴブリンは叫び声すら上げずに倒れこむ。
「よしっ……!」
なかなかにスムーズに倒せた。
というか、いままでで一番良かったんじゃないか?
「最後にゃー!!」
残りはドラケンと対峙しているゴブリンだけだが、先ほどの奥へと引っ張っていったゴブリンを倒したコレットが、ドラケンが引きつけているゴブリンを後ろから刺し殺す。
これで全てのゴブリンを倒した。
今までで一番スムーズに倒せた。
「……あ、れ? もう、おわった、の?」
ドラケンが周りを見渡しながらそういった。
「……もう気配はなさそうにゃー」
続いてコレットも、耳をピクピクとさせながら言う。
みんなの顔を見ると、やはり俺と同じ気持ちだったのだろう。
スムーズに終わったことに気がつき、目をパチクリさせていた。
「おわり、ました、ね」
「……はい。そうですね」
ティターニアとソフィアが呟いた。
まるで信じられないといった感じだ。
「そういえば、アーミック。凄かったですね、あの攻撃」
「あー、それ私も思ったにゃ。ゴブリンをズガーンッ! って、一撃にゃ」
不意に、ソフィアとコレットが、俺の放った『斬撃』に対してそう言った。
「いや、まあ、昨日教わったからな」
普段落ちこぼれたのなんだの言われてきた俺にとって、褒められるというのは中々に慣れないもんだ。
結構照れくさい。
「どうする? まだ空明るいよ?」
ドラケンは空を見上げながらそう言う。
確かに、空はまだ明るい。いつもなら空は茜色に染まってしまうのに。
「……あと一回だけ、やってみないかにゃ?」
コレットは周りを見る。
まあ、確かに今なら後一回くらいはできそうだ。
みんなも悩んでいるみたいで、特にソフィアは、うーんと唸っている。
「……そう、ですね。後一回くらいは」
しばらくすると、ソフィアも肯定した。
ドラケンも首を縦に振り、ティターニアも僅かながら首を縦にふる。
「ああ、良いと思う」
俺もみんなに習って頷き返す。
今日はなんだかすこぶる調子がいいようだ。というか、いままでの成果が現れてきたのだろうか。
「良し、いっくにゃー!」
コレットの言葉で、俺らは再び歩き始めた。
それからおよそ10分足らずで、もう一つのゴブリンの集団を見つけた。
四匹ではあったが、最初のファイヤーボールで誰も倒れなかったので、結局さっきと同じかもしれない。
「ぐあっ……!」
俺は剣持のゴブリンとやっていたが、それがなかなか強くて、多分さっきのやつよりも強いゴブリンは、俺の肩を持っていたナイフで刺した。
刃渡りは短くて、思い切って刺してもあまり深くはならなかったが、まともに食らった俺は少し怯んでしまう。
だが、俺は先ほどのゴブリンと同じように、痛みに耐えながらもなんとかゴブリンの手首に向かって剣を振り下ろす。
「ぎっ…!」
剣はゴブリンの左手首を捉える。
ゴブリンの手首は完全には斬り落とせなかったが、もう皮一枚で繋がっているようなものだ。
「もういっか……って、うおっ…!」
しかし、俺が再度踏み込もうとすると、なんとゴブリンは、自分の手首を千切って俺に投げ込んできた。
それに気を取られた俺は、向かってくる手首をなんとか剣でいなすが、その間にゴブリンは逃げてしまった。
中々に頭いいゴブリンだ。
「待て…!」
「いいえ、待つのはあなたです」
俺が追いかけようとすると、ソフィアがそれを止める。
「追いかけたところで、あの速さじゃ追いつきませんよ。そして、いまはあなたを治療する方が先です」
そう言って、ソフィアは俺の肩を指した。
確かに、あれじゃあ追いつけないな。
逃したのは惜しいが、いまはソフィアの言う通りにしておこう。
すると、ソフィアの後ろからティターニアが近づいて来て、俺の近くにしゃがみ込んだ。
「では、失礼します」
「ああ、頼む、ティターニア」
彼女は俺の肩に右手を手をかざすと、もう一方の手で胸元に六芒星を描く。
「癒しの光を、我が友にお与えください。……『治療』」
彼女が呪文を唱えると、かざした手のひらに光が灯り、俺の傷を急速に癒してくれる。
数秒と経たないうちに、俺の傷は閉じてしまった。痛みもない。
「ありがとう。ティターニア。……それにしてもすごいな、これ。『治療』って傷口を完全に塞ぐのには最低でも十秒はかかるんだろ?」
「どういたしまして。……これが戦闘でも使えればいいんですけれど」
はあ、と頬に手をあて溜息をつく。
こればかりは本人の問題だからどうしようもないよな。
しかし、ティターニアは腕は一流なんだよな。上がり症さえなければ本当にいい神官だけれど。そこは文句を言ってもしょうがない
腕を治療した俺たちは、そろそろ暗くなる森を抜けて、学園へと帰って行った。
◇
後日、俺たちはまたもや森に来ていた。
やはり昨日調子が良かったのが嬉しかったのだろう。夕食を食堂でとっていた時に、コレットが提案した。
みんなも概ね肯定で、ソフィアさえも渋らずに頷いた。事実、俺も昨日は嬉しかった。
気持ちも気合も十分で、俺たちは昨日の森をぐるぐると歩き回っていた。
「……ん、見つけたにゃ」
コレットがそうつぶやくのを聞いた。
場所は昨日戦っていた場所とさほど変わらない。
いるのは四匹程度。これも同じだ。
ゴブリン達はキョロキョロとせわしなくしている。
「では、いきますよ。準備を」
そう言いながら、魔法陣を描くソフィアにしたがって、俺らはそれぞれ武器を構える。
少ししたら、ソフィアの準備も完了した。
いよいよだ。
「…『火炎球』っ!」
魔法陣から二つの火球が飛び出す。
二つの火球は物凄いスピードでゴブリン達に向かっていく。
しかし、火球が打ち出される瞬間、キョロキョロと辺りを見回していたゴブリン達は一斉にこっちを向いた。
「……っ!?」
視界に火球をとらえたゴブリン達は、一斉に横に飛んで、その二つの火球を避けた。
「く、避けられましたか!」
……偶然、避けられたんだよな。
だが、俺には今のは予測されていたように見えた。
もちろん、気のせいだろう。それ以前にそんなことは気にしてられない。
避けられたということは、全員無傷。昨日よりも難しいはずだ。
俺は頭の片隅にモヤモヤを残しながらも、走り出すドラケンやコレットに続いて駆け出した。
「いくにゃ!」
まずコレットは、いつもと同じように石を投げて、ゴブリンに当てようとする。
それは避けられたが、ゴブリンは武器を振り回して近づいていこうとする。
ゴブリンはコレットのことを、昨日と同じように奥の方へと追いかけた。
……昨日と同じだ。
なんだろう。すごく嫌な感じがする。
コレットが遠くに行き過ぎることなんていつものことだが、なんだか今のはそうするように仕向けられたような。
……いや、そんなわけない。所詮相手はゴブリンだ。考えるのはよそう。
俺は目の前の敵に集中だ。
「ぎっ!」
すると、俺の目の前に一匹のゴブリンが躍り出てきた。
そいつは出てくるなり片方の手に持ったナイフをめちゃくちゃに振り回し、突撃してくる。
「んなっ、この、くっ…!」
俺は何とか攻撃をさばく。
一見勢いに押されそうになるが、ただ武器を振り回しているだけで、当たる気がしない。
いや、当てようとしていないのか?
俺は思考にそんなことが浮かび上がるが、剣とナイフが一度打ちあう音を聞いて我に帰る。
……ちがう、勘違いだそんなの。
俺は気を引き締め、闇雲にナイフを振り回すゴブリンの攻撃を受け流しながら、隙を窺う。
「……っらぁ!」
そして、俺はゴブリンのナイフを弾き飛ばし、一歩を踏み出して『斬撃』を放った。
「ぎゅいっ」
剣は肩口にめり込んで、ゴブリンはそのまま絶命した。
そして、俺は見てしまった。
ゴブリンが少し笑っているのを。
そして、そいつの左手がないことを。
「……はっ、……はっ」
息継ぎが激しくなるのを感じる。
ドクン、ドクンと、脈の音が妙に大きい。
……なんだ、これ。嫌な予感がする。
俺は激しくなる動悸を無視しながら、未だ剣戟の音がするこの場所を見渡す。
ドラケンは必死にゴブリン二体を押さえ込んでいる。早く助けに行かないと。
コレットは更に奥で、逃げ回るゴブリンに苦労しているようだ。
そして、中衛がいなくなったことにより、前衛と後衛の間はとても広く、そして隙だらけに見えた。
ふと、視界の端にキラリと光るものを捉える。それは木の上から見えたような気がした。
急いで視線を上空に向ける。
そこには、いままで気づかなかったが、一匹のゴブリンが矢を番えていて、何かを射ろうとしていた。
そして、その射線の先には————。
「——ソフィアっ、ティターニアっ!! 避けろ!!」
俺はそう叫んで、二人の元に駈け出す。
しかし、
「え?」
ひゅんっ、と何かを視界が横切る。
早すぎて見えなかったが、それはドスッと音を立てて、ティターニアの腹に突き刺さった。
矢だ。
それは、先程まで木の上で隠れていたゴブリンが放った矢であった。
「………え?」
ソフィアが、硬直する。
他のみんなも、ゴブリンと闘っているのにもかかわらず、視線を一点に向けていた。
時が、止まったような気がした。
しかし、それは本当に気がしただけで、現にティターニアはゆっくりと崩れ落ちいく。
ドサリ、と。
ティターニアは静かに、腹に矢を突き立てながら、凹凸のある地面へと倒れこんだ。
3話です。
例の如く、誤字脱字のなどがありましたら申しつけください。
では。