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客観的な意見
俺が小学校へ入学すると、俺の頭の中で、父の不器用さが更にはっきりと認識された。それは、俺自身が器用な性格である事を、この時期に自覚したためであった。
父と俺を比較する事で、父の性格を、より鮮明に捉える事ができる様になっていた。
また、小学校の同級生が、父の事を馬鹿にしていたため、嫌でも客観的な意見を聞かされる状態であった。俺は同級生に対し、淡々と反論するだけにとどめていた。だが内心は、父を認めてもらえないもどかしさと怒りでいっぱいだった。
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