その1「HとLの出会い」
黒髪の少女が、タブレットPCで無心にタイピングをしている。
ピンクカーディガンの袖に半分包まれた手が、軽やかに動き続ける。
モニタには、延々と続く縦書きの文字列。
画面上部の欄には、『著者:夢乃函』と書かれていた。
キーを叩く音がパチパチ響いたかと思えば、ときおり手を止めて頬杖をつき、ほっぺたをぷくっと膨らましたりする。シルバーフレームの眼鏡に指先が触れて位置がちょこっとズレるが、気にする様子はない。
桜色のくちびるを尖らせて、小声で独り言つ。
「ここの台詞、難しいな……えっと、『さっきの時空だったら、あの子はここにいて、笑いながら振り向いてくれたのに』、かな。……違う、なんか足りないよぉ」
斜め上、店内の天井に下がるレトロな照明を視界に収めながら、眼鏡の奥の瞳をくりくりと動かす。やがてその眼球がぴたりと制止し、モニタを凝視する。
「ん……よし。『ここにいたあの子は笑顔をこぼしながら私へと振り返ってくれたのに』でいこっと」
少女が拳をぐっと握り、口元を緩めた。肩上までするんと垂れる髪を左手でそっと梳いて耳にかけてから、再びタイピングを始める。
初夏、休日の昼下がり。
二人がけの小さなテーブルの半分にパソコンと手帳を広げて。パチパチ、パチパチ。
手元にある緑茶は半分ほど残ったまま、湯気をあげるのをやめていた。
「えーっと、次のシーンでは主人公が……」
パチパチ、パチパチ。
ここは、自称・篤志家の老人が営む自称・私立図書館『気ままな本棚』。都内の外れにひっそりと佇む、知る人ぞ知るブックカフェだ。
陽光がほんのり差し込む木造の内装、使い込まれた調度品。漂うコーヒーの香り。
いくつも並ぶ本棚に差し込まれた本はジャンルも配置もめちゃくちゃで、並ぶ背表紙は大小さまざま、色とりどり。一つ一つを眺めていくだけで退屈しないが、目的を持って本を探すことには至極不向きである。
だが、その機能的でない店内の不思議な居心地が、いろいろな客を惹きつけるらしい。
ここで執筆している黒髪の少女も、そういう常連の一人だ。
「ねっ。この席、いいかな?」
「…………はい?」
黒髪の少女が自分の世界に没入していたところに、声が突然降りかかってきた。少女は随分遅れてから返事をし、上目遣いで、眼鏡のレンズ越しにそーっと見返す。
「あ……気づくの遅くてごめんなさい。どうぞ、です」
「えへへ、さーんきゅ!」
相席を求めてきたのは、同じ年頃の――金髪の少女だった。
見回すと、普段は物好きが数名いるだけの店内が、年配の女性陣や疲れたサラリーマン風の男性で珍しく混んでいて、彼女の向かいだけが空席のようだ。
金髪の少女が、紅茶とモンブランの載ったトレーをテーブルに置き、茶色のショルダーバッグを「んしょっ」と椅子に引っかけてから、すとんと腰を下ろした。そして、
「集中してるところを邪魔してごめんなさい。どうぞ、続けてっ」
ぺろっと舌を出して笑い、掌を品良く差し出しつつ、黒髪少女の作業再開を促す。
「あ、えっと……ありが、とう、ございます」
頷きつつも、少女の視線はモニタへと向かわなかった。しばらく、眼前に現れた金髪少女を見つけていた。
黄金色のくせっ毛は後頭部で品良く束ねられている。ライトグリーンの七分袖ブラウスとデニム生地のショートパンツ姿が、彼女のすらっとした身体に映える。
「ん、なに?」
彼女は、碧い瞳の目を細めて人懐っこく笑った。ゆったり流れ落ちる金髪と色白もち肌の頬が、淡い店内照明で色味をほんのり増している。
黒髪の少女はその光景にぽかんとしてから、
「いえ、なんでもないですっ」
慌ててお辞儀をちょこんと返した。
二人の目と目が合うこと、ほんの数秒。片方が逃げるように視線を画面へ落とし――再び、タイプ音がパチパチと鳴り始める。キータッチが先ほどまでに比べて落ち着かない様子で、何度もバックスペースキーを叩いたりしていたが……やがて、タイピングが軽快さを取り戻していく。
金髪の少女はその様子を物珍しそうに眺めてから、ショルダーバッグに片手を突っ込んでスマートフォンを引っ張り出してテーブルに置いた。最新型で、片手にやっと収まる大型のものだ。
紅茶を傾けつつ、スマホでなにかを読み始めた。二十秒に一回くらいのペースで細指が画面をしゅっとスワイプし、ページを繰っていく。ときどき思い出したようにフォークを持ち、モンブランを口に運ぶ。
パチパチ、パチパチ……
しゅっ、しゅっ……
どれくらいの時間が経っただろう。
ちょうど、紅茶とモンブランの皿が空になった頃合い。
「よぉ……し。今日の分、完成――っと」
黒髪の少女が、大きな動作でエンターキーを押下した。そして、すっかり冷たくなった緑茶の湯飲みを両手に持ち、おばあちゃんのような仕草で飲み始めた。
「ふふっ」
その一連の動きを盗み見て笑みを漏らすもう一人だったが、スマホの画面がなにかの新着を示したために、視線を急いでそちらへと落とす。金色の後れ毛が一房、頬の辺りへ、はらりと分かれ落ちた。
「おっ……夢乃函さんの小説、ちょうど更新された!? ラッキー、続きを読める♪」
金髪の少女がスマホを突っつきながらつぶやいて、
「え、ええっ!?」
黒髪の少女が、小動物のように肩をびくうっと波打たせた。
二つの視線が再び絡み合う。今度は、より長い時間。
「今の反応、もしかして」
「えっと、あうぅ……」
碧い瞳は、絶好の獲物を捉えたかのように輝いていて。
銀縁眼鏡は、マンガみたいにズレていた。
「なるほど。もしかしてあなたが。そうか、こんな女の子が」
にこにこ笑顔の金髪少女がおもむろに立ち上がり、
「ちょっと待っててねっ」
「えっ?」
そのままオーダーカウンターへと向かってしまった。
黒髪の少女は立ち上がろうとして座り直し、きょろきょろするも得るものなし。
彼女は結局、テーブルの下で黒のプリーツスカートから覗く膝を揃え、その上にちょこんと両手を載せ、背筋を伸ばして座り、待つことにしたようだった。
〝ちょっと〟の時が過ぎてから。
金髪の少女は、トレーを両手で持って席に戻ってきた。妙に畏まった姿勢で待つ黒髪の少女を見て、苦笑を禁じ得ない。
テーブルに置かれたのは、抹茶ケーキと、緑茶と紅茶のおかわり。
「これは……私に?」
黒髪の少女が、銀縁眼鏡の向こうの目を白黒させる。
「イェス!」
肯定の返事をした主は歯を見せて笑い、言い放つ。
「あなた、夢乃函さんでしょ! わたしからささやかなお礼。連載してる『少しだけ時空のズレたここ、あの日』、いつも楽しみに読んでるんだっ」
バチッとウインクのおまけつき。彼女の容姿だからこそ様になる強烈な一撃に、黒髪少女は――微動だにしなかった。石像みたいに固まっている。
「あれ、もしかして人違いだった? それとも抹茶ケーキは嫌いだったかな? えっと、もしもーし?」
黒髪少女は随分遅れてゆらゆら動き始め、眼鏡の位置をちょいちょい直して、ようやく言葉を返した。
「あの、すっごく嬉しい、です。ありがとう……!」
小鳥のような声で。はにかみ笑顔を添えて。
初めて見せられた笑顔に、今度は金髪少女の方がほんの一瞬だけ、固まったようだった。
そのわずかな隙に、黒髪少女は名前を告げていた。
「ペンネームは夢乃函だけど……私、本名は羽鳥はこって言います。えっと、ペンネームで呼ばれるの、なんだかくすぐったいから、その……」
言葉の後半は尻すぼみに、もじもじと目線も一緒に下がりながら。
その様子に、金髪少女の硬直は完全に解けた。代わりに満面の笑顔を咲かせる。
「教えてくれてありがとう。わたしは東風レティシア。みーんなレティって呼ぶけどね。よろしく、はこちん!」
「は、はこちん!?」
「だって本名もはこちゃんなんでしょ? 実は夢乃函さんのことをわたしの中ではこちんって呼んでたんだ。だから、そのまま呼ばせて!」
「そ、そんなあ」
「せっかくだからちょこっとお話ししていい? いいよねっ」
なし崩し的に、レティが会話を始めた。
レティ兄の薦めで小説投稿サイトを見るようになり、新着作品を適当に見ているうちに、はこの作品がお気に入りになったこと。レティの兄はゲーマーでオタクで、日本人の父は作家で、フランス人の母は服飾デザイナーで、家には本や服やたくさんの物が溢れていること。
レティは、おかわりの紅茶を瞬く間に空にして、なお話し続ける。
はこは頷きながら、少しずつ抹茶ケーキを口に運ぶ。
「飽和したような毎日の中で、はこちんの書く『少しだけ時空のズレたここ、あの日』は、穏やかで平凡で……なのにどうしようもなくキュンと胸が痛くなるお話で、わくわくするんだ。ヒロインが好きだった小さな男の子、突然いなくなっちゃったけど、この後どうなるの? まさか死んじゃった?」
「えっと……きょ、今日書いた続きをお楽しみに、かな」
はこは、指先だけピンクカーディガンから出した両手で緑茶を持って飲みながら、小声で返す。口元で対流する湯気と、ほんのり火照った頬。
「りょ~かい! えへへ、著者本人とこういうお話をするのって、すごく新鮮! あ、でも強烈なネタバレを喰らっちゃうこともあるよね。まだ書かれていない続きを聞いてみたいけど、やめとこっと」
表情をくるくる変えながらマシンガントークを続けるレティに、はこが言葉をそっと挟む。
「つ、続きはほとんど考えてない、かな。手帳にちょこっとメモしてるだけで、あとは書きながら考えてる感じなの」
「そうなの!? 向こう何十話分のプロットや構想があるんじゃないの!? うちのパパも実は作家なんだけどね、一年かけてノート何冊も構想を書き殴って、その半分くらいの厚みの本がやっとできるんだよね。それじゃ全然お金にならないってママはいつも愚痴ばっかり。……そっかぁ、はこちんは天才作家の卵なんだ!」
「そ、そんなことないよぅ、なにも考えてないだけで」
「またまたぁ! 五話の急展開とか、あんなの簡単に思いつかないよっ」
レティが10しゃべってはこが1話して、またレティが10しゃべるかのようなトークラリー。
なのに、レティの勢いは衰えるどころか、増すばかり。
一方のはこは身体がしおしおと萎み、ただ頬にさす朱だけが赤みを次第に増しているように見えた。
「あの、レティさん……」
「お、やっと名前呼んでくれたね。でも〝さん〟は要らないよ、レティでおっけー!」
「う、うん、わかった。じゃなくて、その……」
「ん?」
止まらないレティのトークを制するかのように、はこがレティの袖の端をつまんだ。はこの指先がレティの腕に一瞬だけ触れた。
「えっと……そろそろこのお店、出よ?」
「えっ? う、うん」
レティが周りを見回す。店内は少し減って空席ができているくらいで、新たな来客のために気を遣って退店する必要はなさそうだ。
それでも、はこの顔は上気していて真剣だった。
だからレティは従って、二人一緒に会計を済ませて、店をあとにした。
*
『気ままな本棚』を出てからも、はこは無言で、最初だけレティの袖をくいっと引いてから、どこかへ向かって歩き始めた。
「はこちん、怒ってる? わたし、いろいろ失礼しちゃったかな?」
「お、怒ってない。でも、はこちんはちょっと……」
レティが、はこの顔を斜め後ろから覗き込むように見上げる。はこは少しだけ顔を逸らしながら返事をする。
都内の外れの住宅街、細い路地へと入っていく。
「やっぱり怒ってる? はこちんって呼ばれるの、嫌だった?」
「それもちょっと違う……」
「どこに向かってるの? わたし、注文の多い料理店に連れて行かれて食べられちゃうのかな」
「そんなことしないよぅ。……えっと、着きました」
「ほぇ? ……あ」
眼前の風景が、急に開けた。
二人は、小高い丘の上に設けられた公園に辿り着いていた。住宅地の端っこ、遊具はブランコがひと組と滑り台だけ。小脇に、屋根つきの休憩所のような場所があった。
小さな、静かな。
世間の喧噪から切り離され、時が止まったような場所に、二人きり。
フェンスの遠く向こうには、下方へなだらかに団地が続き、その風景は新しい家や高層マンションへとグラデーションのように遷移し、海で終わっていた。
オレンジ色の太陽が海を暖め、色を少しずつ紅へと寄せていく。
「すっごい……すぐ近くに、こんな景色を眺められるところがあったんだ!」
「ここは私の、とっておきの場所なの」
「はこちん、まさかこれをわたしに見せようと連れてきてくれたの?」
レティは、フェンスにしがみついて風景にしばし張り付いた後、はこへと上半身だけ捻って振り返った。後頭部で束ねられた金髪がふわりと靡く。
彼女の金髪と細い肢体が、逆光の夕陽でキラキラしていた。
はこは、随分遅れて返事をする。
「そ、それもあるけど、違うの。えっと、さっきのお店でレティさんが……」
「レティ〝さん〟じゃなくて、レティ!」
「れ、レティ、が……私のことを褒めて、作品の感想をいっぱい聞かせてくれて、続きが気になるって言うし、大体、人前で自分の作品の話を誰かとするのなんて初めてで……」
一つ一つ、はこが言葉を紡ぎ出す。
タイピングで文章を叩き出すより、ずっとゆっくりと。
レティはフェンスから離れてはこへと歩み寄り、次の言葉を待った。
「すっごく嬉しくて、ものすごく恥ずかしくて、もっとレティとお話ししたかったけど、あそこだと全然落ち着かなくて、だから……」
レティは、自分の表情がむくむく変化していくのを我慢して押しとどめているようで、逆に面白い顔になっていた。
「急に歩かせちゃって、ごめんなさい。でも、そうでもしないと私、どきどきが落ち着かなくて……あと、ここだと、周りの人とか気にせず話せるかなって」
不安そうな上目遣いを向ける。
「だから、場所を変えてもうちょっとお話しできたらなって……。ね? ダメ?」
レティのなにかが限界突破した。
「ああもう、我慢できない! 『ね?』『ダメ?』じゃないよ、なんなのこの生き物は! 私がはこちんを食べたくなってきた! おりゃー!!」
「え? ひゃ、ひゃああっ!?」
レティが獲物に飛びかかるライオンのように、はこへと抱きつく。その黒髪を抱き寄せてうりうりと撫でた。そんなレティの顔は、ゆるっゆるに緩んだ笑顔をしていた。
*
「はこちんは、ここで本を読んだり、執筆したりもするんだ?」
「うん。外で一人になりたいときは、重宝するの」
「なるほどね。はこちんの作品の公園も、ここがモデルでしょ? わかるわ~」
二人は、木で作られた屋根の下にいた。
子ども用につくられた椅子は、はこやレティのおしりにもちょっと小さいし、近い。肩が触れ合うような距離で、でもなんとなくギリギリ触れない座り方で、二人は話し込んだ。
「主人公たちの学校も、はこちんの学校がモデル?」
「ん、大体そう。でもそのまま真似したらバレちゃうから、校舎の配置とかちょこっと変えてる」
「へー。あ、つまりはこちんは主人公たちと同じ高校生なわけで……はこちん、何年生?」
「今年、二年生」
「うぇっ!? はこちん、先輩だったんだ……やばい。タメ語で話してた」
「気にしなくていいよぉ。じゃあ、レティは一年生? まさか中学生じゃ、ないよね?」
「もし中学生だったら?」
「そのスタイルで年下ってだけでずるいのに、中学生だったら……私は落ち込んで穴に入りたくなっちゃう」
「ごめん、はこちん! わたし、四月生まれの高校一年生だから! そんなにずぅーんって落ち込まないで!」
「そっかあ、私は三月生まれの高校二年生だから、年の差は一ヶ月だね。だったら、私が童顔でレティが美人さんでもしょうがないよね」
「はこちん、言葉にトゲがあるよぅ!」
「ときに、はこちん。彼氏はおるかい?」
「きゅ、急になにを!? いないよぉ。むしろ、男の子の友達もいないかな」
「へえ~。わたしもそうだね。中学からずーっと女子校だし」
「男の子って、どういうこと考えてるんだろうね?」
「ねー。エッチなこととか? はこちんの小説でもそういう男子いたよね! モデルあり?」
「い、いないよぉ。全部妄想」
「はこちん、赤くなった! はこちん、赤い赤い! 怪しい!」
「妄想だからっ! あと、はこちんはこちん連呼しないでっ! 人前では絶対ダメだよ!」
「なるほど。そういう感じで、はこちん呼びが嫌なんだ?」
「い、嫌じゃなくて……あだ名つけてもらったの、初めてで、嬉しいし。でも、恥ずかしいかなって。だから、人前じゃなければ」
「……あーもう、この生き物はなにか? そういう不意打ちが反則かわいいな?」
「不意打ち? なにが?」
「レティは女子校ってことは、通ってるのは駅前のあそこ?」
「お、当たり!」
「じゃあ、私の学校とは逆方向だね。私の高校はここからちょっと行った高台の……」
「あ、セーラー服が可愛いとこじゃん」
「地味だよぉ。レティのとこのブレザーの方が、すっごく垢抜けてる」
「じゃあ今度、制服交換しようよ! 着せ合いっこ」
「え、それはちょっと恥ずかしいかも」
「このくらいで恥ずかしがるはこちんには、ママがいーっぱい持ってるいろんな服を着せて遊びたいね!」
「レティ、実はいじわるでしょ」
「えへっへー」
いつの間にか、日が沈んでいた。
「暗くなっちゃったね」
「うん」
「…………」
「…………」
「また、会いたいな。ね?」
「もち! えへへ、今更になっちゃったけど連絡先交換だねー。あ、そだ、あのサイトを開いて待っててよ」
「小説の? いいけど」
はこが、タブレットPCを取り出してスリープを解除する。
その間にレティがスマホに指を走らせる。無駄のないフリック入力をしばらく続けてから、タップ。直後、はこの画面に変化があった。
「ここのメッセージ機能で送ったんだね。なんでわざわざ? ……あ」
はこは、新着メッセージの送信者名に、目を大きく見開いた。
「えへへっ、はこちんだけ身バレしちゃってるのもアレだし? わたしも教えちゃおうかなって」
はこの目が潤む。
「もう。レティってば、やっぱりいじわるだよぉ。いきなり、こんな」
はこは、銀縁眼鏡を邪魔そうに外してから、目をごしごしと擦った。
「感想をいつも送ってくれてたの、レティだったんだ」
ぬぐってもぬぐっても、はこの涙は止まらない。
「ちょっ、うわ、え? そんなに泣かないでよ、はこちん!?」
「だって、書き始めた頃は、私が書いてる小説は面白くないのかなって、誰もまともに読んでないんだろなっていつも思ってた。そしたらこの人が感想をくれて。それから、更新するたびに感想をくれて。……だから、続きを書くのがどんどん楽しくなって」
「そうなんだ……プレビュー数は結構あるし、みんな感想書いてるのかなって思ってた」
「こんなことしてくれるの、レティだけだよぅ。ずっと、支えられてた」
「そう言われると、照れますな」
レティが、金髪を指にくるくる巻いたり、解いたりし始める。
「ありがとう、レティ。ね?」
「その上目遣い、反則だから! 眼鏡外してやると威力上がってるから!」
「?」
「あー、もう! はこちんは、なんでもかんでも無意識に倍返ししてくるんだからっ!」
「もがっ!? く、くるひいよぉ……」
レティは、はこの頭に腕を回してプロレス技のように抱き寄せて、今の空気を強制終了させた。
*
「じゃ、またね」
「ん!」
二人は、次に会う約束をして別れた。
今度は学校の制服で。
約束の場所は、『気ままな本棚』。
お読み頂きありがとうございます!