初戦闘、村の集会
「わっ~!!」
僕達が森を進んでいると、突然そんな甲高い悲鳴が聞こえてきた。
この声は子供?
僕はそう思い、マールさんにどうしようかと意見を聞こうと思い、マールさんの方を振り返った。
「えっ!?」
すると、視界を何かが横切って行った。慌ててその横切ったものの方に視線を向けると、悲鳴が聞こえた方に駆けて行くマールさんの背中が見えた。
「マールさん!」
僕は急いでマールさんを追いかけた。マールさんを追いかけて行くと、開けた場所に出た。僕は、マールさんを探して視線を巡らせた。すると、すぐにマールさんは見つかった。マールさんは、僕の現在地から見て左奥、小さな男の子を背に庇うように立っていた。そして、そんなマールさんの正面に、敵がいた。
僕の普通の視点と、星遊戯盤の俯瞰視点では、そんなマールさんに対峙している相手がよく見えた。
通常視点では、茶色い毛並みのウサギの姿。俯瞰視点の方では、それに加えてその上にカーソルやアイコンが見えた。
ホーンラビット Level1
ホーンラビット Level1
ホーンラビット Level1
僕達が先程逃げだした相手であるホーンラビットが、三体もそこにはいた。
「マールさん!」
僕はその光景を見て、急いでマールさんと男の子を庇う位置に移動した。
「竜星さん!」「マールさん、一人で先に行かないでください。それから、このホーンラビット達の様子。さっきのホーンラビットと同じ症状ですか?」
僕を見て嬉しそうに声を上げたマールさんを僅かに見て、すぐにホーンラビット達に視線を固定した。そして、荒い息遣いと血走った目をしているホーンラビット達の姿を見ながら、マールさんの見解を確認した。
「ええ。高い確率で同一の症状だと思います」
「一匹ならともかく三匹も。この森では、今この状態異常が流行っているんですかね?」
僕は、冗談のつもりでそう言った。
「そうだよ、おにいちゃん」
しかし、その冗談は肯定されてしまった。
「どういうことですか僕?」
マールさんは、その冗談を肯定した相手。僕達が今後ろに庇っている男の子にそう尋ねた。
「あのね、おねいちゃん・・・」
「来た!」
男の子が何か話そうとしたちょうどその時、ホーンラビット達が動いた。
ホーンラビットが二匹、僕達の方に突っ込んで来た。
「ええっと、こうかな?」
僕はどうしようか一瞬迷ったが、武器も無いのでまだ威力のありそうな攻撃を選択した。僕は一歩前に踏みだして、突っ込んで来るホーンラビット目掛けて足を蹴り上げた。
「キュウ!」
足は、射程範囲に入っていたちょうど跳ねたホーンラビットの下側に滑り込み、上空に蹴り飛ばすことに成功した。
蹴り飛ばされたホーンラビットは、動かなかったもう一匹の傍に落下していった。
僕はそのことを俯瞰視点で確認すると、すぐにもう一匹のホーンラビットの様子を探った。
もう一匹のホーンラビットは、僕の反撃に驚いたのか、僕達から距離をとっていた。
僕は、今の攻撃で自分の言葉がホーンラビットに通用することがわかったので、そのホーンラビットに向かって駆け出した。
「駄目です、竜星さん!」
マールさんが警告してくれたが、僕はホーンラビットを攻撃しようとしているところだった。
「えっ!?」
僕はマールさんの突然の呼びかけに驚き、足を空振りさせた。
ホーンラビットは、その僕の隙を見逃さず体当たりしてきた。
「うわっ!?」
僕は、ホーンラビットの体当たりを受けて、尻餅をついた。
俯瞰視点で【アバター・アイディアル】を見ると、いつの間にかHPバー。いや、この場合は体力バーが出現していて、体力が12から10に減っていた。どうやら、今のホーンラビットの攻撃で2ダメージを受けたようだ。自分の称号の【死を経験した者】のダメージ補正を考えると、ホーンラビットの今の攻撃の元々の威力は1らしいことがわかった。
そうダメージの理由を予想をしていると、わずかな違和感を覚えた。なんでダメージを受けたのに、こんなに冷静に考え事をしているんだ?と。
僕は理由を少し考えた。僕の体力は【アバター・アイディアル】も、俯瞰視点側も同じように減っていた。けれど実際にダメージを、痛みを感じたか?
そんな疑問がすぐに出て来た。
それが新たな隙になった。
ホーンラビットは、再び僕に体当たりを仕掛けて来た。
僕は、遅れてそのことに気がつき、条件反射的に手を前に伸ばした。
僕の伸ばした手は、体当たりの為にジャンプしていたホーンラビットの耳を見事にわしづかみした。その結果ホーンラビットは、僕の目の前で宙ぶらりんの状態になった。
「こら、暴れるな」
耳を掴まれたホーンラビットは、手足をばたつかせて必死に攻撃を仕掛けてきた。しかし、そこはウサギの手足。リーチがかなり短く、僕に届くことはなかった。
さて、このウサギどうしようか?
今度は不意をつかれないように、俯瞰視点で残るホーンラビット達の様子を監視しながらどうするかを考えた。
とはいえ、選択肢は多くはない。このまま捕まえた状態で地道に攻撃するのが一つ。けど、これは弱い者イジメっぽくて自分の心情的には避けたい。もしやることにしても、マールさんやあの男の子が見てないところでやるべきだろう。
二つ目は、さっきのホーンラビットを蹴り飛ばしたように、このウサギも蹴り上げること。
どちらもあまりしたくない。
先程から暴れ続けるホーンラビットと目を合わせた。
血走った正気ではない目がこちらを見返してきた。
ホーンラビットのその目を見て少し冷静に考えると、状態異常っぽい原因で暴走している小動物を倒すのは、躊躇われた。
だが、ではどうするのか?という問題が出てくる。
もとが大人しい草食動物型のモンスターだとマールさんからは聞いていたので、この状態をなんとかしてあげられるなら、その方が心情的には良い。
過去の記憶が薄く、対応の為の引き出しが少ないが、考えるだけ考えてみた。
その結果、一つの方法を思いついた。僕は、その思いつきを実行する為、ホーンラビット達を視界に納めつつ、マールさん達の方にゆっくり移動した。
「マールさん!」
「竜星さん、大丈夫なんですか!?」
「はい。ダメージの方はたいしたことありません。それよりも、このウサギにキュアをかけてもらえませんか?状態異常さえ治れば、おとなしくなると思うんです」
僕は、心配してくれているマールにホーンラビットを掲げて見せながらそう尋ねた。
「わかりました、やってみます《キュア》!」
マールさんは、即座にホーンラビットの脇腹を掴み、治療魔法を発動してくれた。
最初はホーンラビットも抵抗した。しかし、マールさんの《キュア》で状態異常が治まっていくと、だんだんとおとなしくなっていった。最終的には、荒い息遣いは落ち着いたものになり、血走っていた目も普通のウサギの草食動物の目になっていた。
「成功です」
マールさんの治療魔法が成功したと聞いた僕は、ホーンラビットの耳からそっと手を離した。
ホーンラビットは、マールさんに持たれた状態で、あちこちをキョロキョロ忙しなく見ている。
その様子から、僕もホーンラビットが正常になったと安堵した。
「どうやら、マールさんの治療魔法でもとに戻せるみたいですね」
「ええ。ホーンラビットにかかっていたのは、状態異常で間違いありません。けれど・・・」
「けれど?」
マールさんは、ホーンラビットを治せたことが嬉しかったようだが、すぐに表情を曇らせた。どうしたんだろう?
「どうかしたんですかマールさん?」
「いえ、まだ確証がありません。あと何匹か治療すれば確証が得られる思うので、それまで待ってください」
「わかりました。それじゃあ、残りのホーンラビット達も生け捕りにしてきます」
「お願いします。それと、無理はしないでください。《ヒール》」
マールさんはそういうと、僕の体力を回復させてくれた。マールさんの《ヒール》を受けた僕の体力バーは、満タンになった。
「ありがとうございますマールさん。行ってきます」
「おきおつけて」
「はい!」
僕は、残るホーンラビット達に向かって駆け出した。通常視点と俯瞰視点でホーンラビットの様子を観察してみると、先程蹴り上げたと思われるホーンラビットの体力バーが半分になっていて、地面に横たわっていた。どうやら、落下の衝撃で気絶しているようだ。これなら、残る相手は一匹だけで済む。
僕は、視線残った一匹に固定した。
どうやって生け捕りにすればいいかな?・・・さっきと同じパターンでいいか。僕は、ホーンラビットが体当たりを仕掛けてくるようにゆっくりとホーンラビットに近づいて行った。
僕がある程度近づくと、ホーンラビットは僅かに後ずさり、その後すぐに僕目掛けて駆け出した。
予想通り、体当たりをしてくれたようだ。僕は手を構え、ホーンラビットがジャンプするのを待った。
助走がついてスピードが出ているホーンラビットは、こちらの狙い通りにジャンプした。
「げっ!」
ただし、先程のホーンラビットより速かったので、僕は慌てて回避した。
ホーンラビットは、僕がいた場所を駆け抜けて行った。
それからは、闘牛士のまね事となった。ホーンラビットは僕に体当たりを仕掛け、僕はそれを回避する。しばらくの間それが繰り返された。
そして、いつの間にかホーンラビットの体力バーが半分を切り、最初よりも息が荒くなっていた。それに対して僕の方はというと、体力バーは満タン。息もいたって平常である。
これは、生物と人形の違いだろうと思った。けれど、ダメージは共有しているのに、疲労が共有されていないというのは、変な話だ。それとも、人形が疲労するわけないから共有されないだけだろうか?
そんなことを考えていると、ホーンラビットはついに倒れてしまった。
「これって、僕の勝利と言えるのか?」
そんな感想が思わず口からこぼれたが、とりあえず戦闘は終了したので、気絶したホーンラビット達を回収してマールさん達の所に戻ることにした。
生け捕りにしたホーンラビット達をマールさんに渡し、マールさんが順に治療していった。その様子を、僕、男の子、先に治したホーンラビットが見守った。治療後、無事に元気になったホーンラビット達は、仲間達と喜びあい、はしゃぎまわった。
その様子を、僕達はしばらく見ていた。
さて、この後どうしようかと考えて、二つ、いや三つ聞いておかなければならないことがあることに思い到った。
「ねぇ、二人共ちょっと良いかな?」
僕は、ホーンラビット達を暖かい目で見ていたマールさんと男の子を手招きした。
「どうかしましたか竜星さん?」
「なあに、おにいちゃん?」
「さっきは戦闘中で話が途中だったでしょう。その話の続きをしようと思って」「ああ、そういうことですか。たしかに、私の方も今の2匹の治癒で確証をえましたから、後でお話をしようと思っていました」
「あっ!ぼくのおはなしきいてくれるの?」
「ああ、きみはホーンラビット達が暴れていたことについて何か知っているんだろう?だったら、そのことをお兄ちゃんとお姉ちゃんにお話してくれないかな?」
「うん、いいよ!」
「マールさんの方の話は、この子の後でいいですか?」
「ええ、私はそれで構いません。ただ一つ良いですか?どうしてあなたのような小さな子供が一人でこんな森の中にいたの?お父さんやお母さんは一緒じゃないの?」
マールさんは、しゃがんで視線を男の子に合わせて優しくそう聞いた。
僕もそのことが気になっていたので、マールさんと一緒に男の子の答えを待った。
「あっ、それはね」
そうして男の子は、話始めた。
小さな子供の話なので、順序が微妙だったが大まかなことはだいたい把握出来た。
男の子の話をまとめるとこうなる。
男の子の名前はカインズ。このビギナの森にあるエスト村に住んでいるそうだ。そして、あのホーンラビット達の状態についてだが、あのようになっているのはホーンラビット達だけではないらしい。ことの起こりは今からおよそ一週間前に遡る。それまでは、この森のモンスター達はマールさんの話通りおとなしく、ビギナの森はすこぶる平和だった。しかし、事態は突如変化した。モンスター達が急に狂暴になったのだ。ここは森の中、モンスター達のテリトリーである以上、モンスター達が狂暴化すれば普通の村ならいっかんの終わりだ。が、幸か不幸かここはビギナの森。この森にいる大人の村人達は、その大半が森の難所を越えて来た猛者ばかり。この森のモンスター達を退け、村を守ることは難しくなかったそうだ。
ちなみに、この部分についてはかなりはしょってまとめている。なぜなら、カインズくんが目をキラキラさせながら村の大人達の活躍をいっぱい話てくれたからだ。かなりアレなものもあったが、そこは異世界、逆にありえそうだった。まあ、それは今はおいておこう。
モンスター達が突如狂暴化したこと。
エスト村は現存していること。
この二点が理解出来ていれば問題ないだろう。
そして、モンスター達が狂暴化した理由については、村の大人達もまだ把握出来ていないそうだ。
それで二つ目の疑問の答え。なんでカインズくんが一人で森の中にいたかについてだが、小さな子供らしい発想が原因だった。
昨日、村を普段以上の数のモンスターが襲撃してきた為、現在身重で本来なら戦闘には参加してはいけないカインズくんの母親もカインズくん達小さな子供達を守る為に戦ったそうだ。モンスター達は無事に撃退出来たが、それが原因で母親が体調を崩して寝込んでしまった。カインズくんは、お母さんの為に何か出来ないかを考えて、薬草をとって来ることを思いついたそうだ。その後大人の目をかい潜り、こっそり村を抜け出して無事に薬草を手に入れた。しかし、帰り道でホーンラビット達に遭遇してしまった。すぐに悲鳴を上げて、マールさんと僕が駆け付けて今に到ったそうだ。
母親を思って行動するのは良いと思うけど、最終的に心配させてしまうところは小さな子供だな、と思った。
「そういうことか。それなら、すぐに君を村まで送っていった方が良いね。マールさん。マールさんの話は、村についてからでもいいですか?」「ええ。私の話は、村の人達も一緒に聞いてもらった方が良いと思います」
「そうですか。じゃあカインズくん、道案内を頼めるかな?」
「うん!まかせてよおにいちゃん!」
そう言うとカインズくんは、僕とマールさんの手を取って歩き出した。
「「「キュウ!」」」
背後から突然そんな鳴き声が聞こえてきた。僕達が振り返ってみると、先程治癒してあげたホーンラビット達が僕達に駆け寄って来ているところだった。
「どうかしたの?もう治ったんだから、森にお帰り」
僕は、来た方向を指差しながらホーンラビット達に言い聞かせた。
「「「キュキュウ~!」」」
ホーンラビット達は、揃って首を横に振った。
「ひょっとして、私達と一緒に行きたいのですか?」
「「「キュウ!」」」
マールさんがホーンラビット達に尋ねると、今度は首を縦に振った。そして、ホーンラビット達は僕達に擦り寄って来た。
どうやら、マールさんの言うとおりのようだ。何故僕達について来たがるんだろう?ウサギの恩返し?それか、森の中に危険があって僕達と一緒にいた方が安全ってこと?けど、
「村にモンスターを連れて行っても大丈夫なのかな?」
もとに戻ったこのこ達を連れ歩くのは、ある意味ペット感覚で僕的には問題ない。けどこれからカインズくんの村に行くのに、モンスターを連れて行くのはマズイと思った。
「だいじょうぶだよおにいちゃん!」
僕が悩んでいると、カインズくんがそう言ってきた。カインズくんを見ると、いつの間にかホーンラビットの一匹を抱き抱えていて、カインズくんは連れて行く気満々のようだ。
「本当に大丈夫なのですかカインズくん?」
「うん!だって、むらのなかにはすくないけど、モンスターたちがいるもん!」
カインズくんは自信満々にそう言った。
「どういうことでしょう?」
村の人達は、全てのモンスターを排除しているわけではないようだ。
「わかりません。しかしこの子達はもう大丈夫ですから、連れて行っても問題ないと思います」
「そうですね。じゃあ、一緒に行こうか?」
ホーンラビット達を一遍してそう尋ねた。
「「「キュウ!」」」
ホーンラビット達は揃って頷き、僕達の前を先行するように歩き出した。僕達も、歩くのを再開した。
それから村にたどり着くまでの道中、何度も狂暴化したモンスター達に遭遇したが、ホーンラビット達にしたのと同じ手順で正気にしていった。その都度モンスター達が同行していきた。
その日、ビギナの森のエスト村では大きな騒ぎが起こっていた。
長い赤い髪に、明るい碧の瞳をした、今年二十歳になる鍛え上げられた身体をしたヒューマンの青年、アークはいつの間にかいなくなっていた息子を探して、ビギナの森中を走り回っていた。
アークは、エスト村の生まれではなく、外から難所の一つを越えてやって来た強者である。
しかし、今そのアークの顔には常の自信ではなく、不安の色が濃かった。
事の原因は昨日の戦闘であった。ここ最近、ビギナの森ではモンスター達の狂暴化が起こっており、村はたびたび襲撃を受けていた。その日は、今までに倍するモンスター達の襲撃を受けた。さすがにそれだけの数のモンスター達に襲撃されると、いくら村人の大半が難所を越えられる程の実力者達とはいえ、村の防衛にそこまでの余力はなかった。アークの妻は妊娠八ヶ月の身重の身。本来ならば戦闘をするわけにはいかなかった。しかし、村の防衛が薄くなった結果モンスター達の村への侵入を許してしまったのだ。アークの妻は、現在いなくなった息子のカインズや、村の他の子供達を守る為に無理をして戦った。その後モンスター達は無事に撃退出来たが、無理をした結果アークの妻は現在寝込んでいる。その母親を心配したカインズは、村人に内緒で薬草を探して森の中に出かけていったのだ。
アークがこのことを知ったのは、カインズの友達から話を聞いたからだ。アークは、寝込んでいる妻の代わりにカインズの子守をしようと、カインズを探していた。村人にカインズを見ていないか聞いて回ったところ、カインズの友達からカインズが森に入って行ったと聞いたのだ。
アークは、慌てて村人を集めてカインズ捜索を手伝ってくれるように頼んだ。村人達はこれを喜んで引き受けてくれた。特に、アークの妻が守った子供達の親達が、積極的に動いてくれた。
カインズの捜索を開始して数時間。今だにカインズ発見の報告はない。本来ならアークも森にカインズを探しに行きたいが、寝込んでいる妻のこともあり、他の村人達に止められてしまった。
今のアークには、カインズが無事に発見されることを祈ることしか出来なかった。
「アーク!」
アークが不安にかられているなか、突然扉を開けて誰かが家の中に入って来た。
「アビス」
入って来たのは、カインズを探してくれているメンバーの一人。ワーウルフのアビスだった。
「アークすぐに来てくれ!」
「カインズが見つかったのか!」
アークは、アビスに詰め寄ってそう聞いた。
「ああ。まだ保護まではいっていないが、シルフィーネがカインズを見つけたとベネラの奴が言っている」
「そうか、よかった。それで、カインズは無事なのか!」
アークは、アビスからのカインズ発見の報告に安堵した。そして、次に気になるカインズの無事を確認した。
「ああ、ベネラの話だと元気な様子で村に向かっているらしい」
「そうか」
アークの顔から、不安の色が薄れた。
「ただな」
「どうかしたのか?カインズは無事だったんだろう?」
アークは、アビスの様子を訝しんだ。
「ああカインズの方は問題ない。カインズの方はな」
「カインズのこと以外で何かあったのか?」
「そうだ。カインズの奴、誰かと一緒に行動しているとシルフィーネが言っているそうだ」
「さっきの話からすると、そのカインズの同行者は村の奴ではないよな。外から新しく来た冒険者とかか?」
アークはこの村の立地を考えて、可能性がもっとも高いものを言った。
「たしかに可能性としてはそれが一番高いよな。だがなぁ」
「まだ何かあるのか?」
「シルフィーネの確認した限りだが、どうやらそいつらは四方の難所のどれも越えてないそうだ」
「それはありえないだろう。この森の上空は彼らの領域だし、地下も彼女の領域だ。空からも地面からもこの森に入ることは出来ない。だからこの森に入る為のルートは正攻法で四方の難所を越える以外ないはずだ」
アークは、この村と協定を結んでいる者達のことを思い浮かべ、アビスの言葉を否定した。
「まあ、普段ならそうだ」
「そもそも、カインズと一緒にいる同行者というのは、どんな奴なんだ?個人か複数かもまだ俺は聞いていないぞ?」
「おお、そうだった。スマン、忘れてた。それで、カインズの同行者についてだったな?」
アビスはアークにすぐ謝り、その後質問内容を確認した。
「ああ。それで、息子と一緒にいるのはどんな人物なんだ?」
「それはだな・・・」
コンコン
アビスが話始めようとしたちょうどその時、新たに扉をノックする誰かが来た。
「誰だ?」
「私よ」
「なんだベネラか」
アークが新たに来た人物に問い掛けると、二十代前半に見える淡い金髪をしたエルフの女性が部屋に入って来た。
「私じゃ悪かったかしら?」
「いや、そんなことはない。それでどうしたんだ?アビスの話だと、カインズを見つけて見ててくれていたんじゃないのか?」
アークは、ここにベネラが来たことに疑問を抱いた。
「ええ。今もちゃんとシルフィーネを通じてカインズ君のことを見てるわよ。ここには、長老の命令であなた達とソフィアを呼びに来たのよ。アビスがなかなか貴方を連れて帰っていし」
「長老の命令?それに、俺達はともかくソフィアもだと?」
アークは、カインズの父親である自分が呼ばれたことは理解出来たが、なぜ寝込んでいるソフィアまで呼ばれるのかがわからなかった。
「その理由は集会場で話すわ。アビス、ソフィアをベッドごと持ってきてちょうだい」
「わかった」
アビスは、ソフィアの寝ている隣の部屋に向かっていった。
「ちょっと待てアビス!」
「悪いけど時間がないのアーク」
アークは、アビスを止めようとしたが、ベネラに止められた。
「ほら、さっさと行くわよ」
ベネラは、アークを引っ張って家の外に出た。
「ベネラ待ってくれ!」
「駄目よ。もうすぐそこまで来ているんたがら」
「来ているって、カインズ達がか?」
アークは、ベネラの言葉にすぐにピンと来た。
「そうよ。カインズ君達が帰って来る前に話し合いをしないといけないの。だから急いで!」
「わかった」
ベネラに強く言われたアークは、今度はベネラの指示に従った。
その後、ベッドを担いだアビスも合流した。アーク達三人と一人は、村の集会場に移動して行った。
アーク達が集会場に到着すると、そこにはすでに大人の村人達全員が席に着いていた。
「遅かったのうお前達」
集会場に着いたアーク達に最初にそう声をかけたのは、集会場の一番奥の席に座っていた老人だった。
「長老、俺達だけではなくソフィアまでなぜ呼び出した!?」
アークは、妻にたいする命令の理由を怒りながら聞いた。
「まあ、落ち着けアーク。理由は今からちゃんと説明するからのう。それと、儂は長老ではなく村長じゃ!いつも言うとるが、一番年上の長老はあっちじゃ!」
アークに問い掛けられた老人。エスト村の村長、ズメウ(竜人)のエニグマはアークをなだめた後、すかさず隣の席を指差して抗議した。エニグマが指差した先では、三十代前半の見た目をしたロント(龍人)。フェイスがまたかと苦笑していた。
「ああ、すまない。ついな」
アークは、エニグマの抗議に素直に謝った。
「まったくお前達は、毎回毎回同じやり取りをさせおって。じゃが、今はそんなことは後回しじゃ。話し合いを始めるぞ」
エニグマはぶつぶつ文句を言っていたが、すぐに表情を引き締めてそう指示した。
その指示を聞いたアーク、アビス、ベネラはそれぞれ自分の席に座った。ソフィアについては、皆の顔が見える位置にベッドごと置かれ、そこからの参加となっている。
「さて、皆が集まったので話し合いはじめたいと思う。まず最初に、今回話し合う内容の確認じゃが、これは現在この村に向かっているカインズの同行者達についてじゃ。ベネラ、説明を頼む」
「わかったわ」
エニグマに促されたベネラは席から立ち上がった。
「まずはシルフィーネが確認して伝えてくれた情報の共有から行うわ」
ベネラの言葉に、集会場にいた全員が頷いた。
「私は、アークからカインズ君の捜索を頼まれて、すぐにシルフィーネに森を探ってもらったわ。その結果、カインズ君の気配を村から北側の位置で補足することに成功したわ。ただ、その時カインズ君はホーンラビット達に襲われていたの」
「なんだと!」
「そんな!」
ベネラの報告に、アークは立ち上がって怒鳴った。ソフィアも、ベッドの上で悲鳴を上げた。
「座りなさいアーク。ソフィアも落ち着いてちょうだいよ。カインズ君は大丈夫だったんだから。カインズ君が襲われてすぐに、今一緒にいる同行者の人達が駆け付けてくれたから、カインズ君は傷一つおってはいないわ」
「そ、そうか」
「よかった」
ベネラの次の言葉に、アークとソフィアの二人は安堵した。アークは席に座りなおし、一息ついた。
「それで、次はその同行者達についてよ。同行者は二人。十代後半の見た目はヒューマンの男女よ。ただ・・・」
「どうかしたのかよベネラ?」
言葉を途中で切ったベネラの様子を訝しんだアビスが尋ねた。
「ええ。私が直接見たわけじゃないんだけど、シルフィーネの話だとその二人はヒューマンではない可能性が高いそうなの」
「風の精霊であるシルフィーネがそう言うのなら、そうなんじゃろうな。しかし、ヒューマンでなかったとして、それの何が問題なんじゃ?」
エニグマのこの疑問に、集会場にいた他の村人達も頷いた。
「まあ、普通はそう思うわよね。私だって人から今の話を聞いたらそう思うだろうし」
ベネラは、皆の反応に共感した。
「ただね、該当する種族がいないのよ」
「該当する種族がいない?それはどういう意味だ」
アークの言葉に、皆も揃って首を傾げた。
「言葉どおりの意味よ。この世界に古くから存在しているシルフィーネをもってしても、その男女の種族がわからないそうなの」
「なんじゃと!」
ベネラの返答に、村人達は驚いた。それも当然だ。ベネラの契約しているシルフィーネは、この世界の始まりから存在する古き精霊の一体。その上、広範囲からの情報収集に長けた風の精霊でもある。彼らの、いや、この世界の人々の認識では、風の精霊が知らないというのはありえないことなのだ。
「それは本当なのか?」
村人達を代表して、フェイスが確認した。
「ええ、間違いないわ」
「そうか・・・」
ベネラの答えに、村人達の顔が暗くなった。とくに、その種族不明の二人の傍に息子がいるアークとソフィアの顔色は酷いものだった。
「ちょっとちょっと!みんな、そんなに心配することはないわよ」
ベネラは、そんな村人達をはげました。
「それはどういうことだ?」
「シルフィーネの話だと、種族は不明だけどその二人からは嫌な感じはしないそうよ。むしろ、男性の方からは強い親しみを感じるらしいわ」
「シルフィーネが親しみを感じる?つまり、その男性の方に精霊使いの素質があるということか?」
アークは、ベネラにその可能性を聞いた。
「それよりももっと強い親しみらしいわ。下手をすると、この世界よりも親しみをを覚えるほどに・・・」
「「「なっ、!?」」」
ベネラのこの言葉に、村人達は皆絶句した。
「まあ、驚くわよね。この世界から生まれた精霊が、世界よりも親しみを覚えるなんて異常だし」
「その男性は、創造神の系譜に連なるものなのか?」
フェイスは、一つの可能性を示唆した。
精霊が、世界以上に親しみを覚える存在。その正体が、この世界を存在した神の関係者である可能性は高い。
「いえ、それは違うそうよ。どちらかといえば、もう一人の女性の方がその可能性が高いらしいわ」
「と、いうと?」
「シルフィーネの話だと、その女性からはかなり強い神気に類する残り香がするらしいわ」
「ふむ。・・・それで、結局のところシルフィーネの見解はどうなんじゃ?」
村人達がベネラの話で一喜一憂していると、エニグマが核心に触れる質問をした。
「シルフィーネいわく、心配はいらないと思うそうよ。シルフィーネでも正体がわからないとはいえ、彼らから感じられる気配に不穏なものは無いし、彼らの行動から見ても善性は高いみたいだし。私も、彼らの行動を聞いてみるに良い人達みたいだと思うの」
「彼らの行動?それはカインズを助けてくれた行動についてかのう?しかし、それだけではそう思う根拠としては弱くないかのう?」
エニグマを筆頭に、ベネラの言葉に懐疑的だ。
「もちろんそれだけが理由というわけじゃないわよ。彼らはね、カインズ君を襲っていたホーンラビット達を殺さずに生け捕りにしていたの。そして、女性の方は治癒術師みたいでね、ホーンラビット達を治療して元に戻して行っているの」
「ほうっ、それはたしかに善人そうだな。だが、元に戻して行っている?現在進行系なのか?」
アビスは、ベネラの言葉からそう判断して確認した。
「ええそうよ。今彼らはカインズ君の案内でこの村に向かって来ているけど、その道中で何度も戦闘になっているわ」
「おいおい、大丈夫かよそれ?」
「今のところ問題は無いわよ。もし危なくなっても、シルフィーネに助けてもらうしね」
「まあ、それならいいか」
村人達は、ベネラの言葉に一度は首を傾げたが、皆一つ頷いて納得した。
「ふむ、状況説明はこのくらいで良いじゃろう。さて皆の衆、ベネラの聞いた上でそれぞれの意見を聞きたい。儂らエスト村は、カインズの同行者達にどうすれば良いと思う?」
一息ついた村人を見て頃合いとみたのか、エニグマが皆にそう問い掛けた。
「普通に歓迎すれば良いんじゃないのか?」
アビスの言葉に、村人の何人かが頷いた。
「むろん、村の子供であるカインズを助けてもらったんじゃ、礼はするつもりじゃ。じゃが、今儂が聞きたいのはその後の付き合いについてなんじゃ」
「それは、そいつらと話て見てから決めればいいだろう」
「まあ、最終的にはそうなるんじゃが、村としての方針を最初にある程度決めておきたいんじゃよ」
「そうか。それなら俺は、カインズを助けてくれた分は協力や手助けをしてやるつもりだ」
アビスの意見に、また何人かの村人達が頷いた。
「俺達の方もそうだな。息子を助けてもらったんだからな」
「ええそうね、アーク」
アークとソフィアの二人もアビスの意見に同意した。
「ふむ。私としては、研究対象として興味があるな。精霊でさえも知らない未知の種族。是非その二人と話をしてみたい」
今まで発言していなかった村人の一人。青白い顔をしたウ゛ァンパイアの女性。カミューラが好奇心を抑えられていない声音でそう発言した。
「おいおい、カイ坊の恩人達に何をするつもりだよ」
ドワーフのベルグは、呆れたようにカミューラにそう言った。
「そんな酷いことはしないさ。私はクレインの奴と違って、倫理は守る主義だからな。許可もなく他人を私の実験の被験者になぞしないさ。それはお前も知っているだろう、ベルグ?」
「まあな」
「そういうお前はどういうスタンスなんだ」
「俺か?俺としては、今は判断は保留だな。俺達ドワーフは、相手を見てから仕事をするか決める種族だしな」
「まあ、それでいいんじゃないか」
ベルグの言葉に、カミューラは頷いた。他の村人達の何人かも、ベルグと同じ意見のようだ。
「ほうっ。みんなわりと友好的じゃな。反対や否定の意見は誰かないのかのう?」
意見交換を見守っていたエニグマが、そう一投を投じた。
だが、反対や否定の意見を言うものはいなかった。
「ふむ。反対意見などは無しか」
エニグマは顎に手を当てて頷いた。
「村長、みんなの意見がこうなるのはある意味当然だろう」
「まあ、この村の住人ならそうじゃな」
「なんせ、ここにいるのはビギナの森の周囲にある難所をほぼ単独で越えた猛者達と、その猛者達が共同で育てた子供世代達だ。たいていの出来事には十分対処出来る。それに、ここにいる種族はバラバラ。俺達に、外の国の連中のような種族差別をするような奴は一人もいない。そいつらの気になる点は、どうして、どうやってこの森に来たのかが一点。どんな人物、種族なのかが一点。計二点、どれも会っても会話もしないのに、否定や拒絶をするようなことじゃないだろう?」
「そうじゃな。というよりも、そのスタンスこそがこの村の住人の証と言えるじゃろうな」
村長たるエニグマの言葉に、集会場にいた村人全員が大きく頷いた。
「それでは、村の方針は友好路線ということでよいな」
皆が再び頷いた。
「ではこれにて集会は終了じゃ。カインズ達を出迎えに行こうかのう」
「「「おうっ!!」」」
村人全員が肯定の意思を示して、エスト村の集会は終了した。
村人達は集会場をそれぞれ後にして、カインズ達を迎えに行く者達。歓迎会の準備をする者達と別れていった。
最後まで残ったのは、村長であるエニグマと長老であるフェイスの二人だった。
「お前さんは行かんのか?」
「いや、お前と少し話たら行くつもりだ」
フェイスは、真剣な表情でそう言った。フェイスのその表情を見たエニグマは、気を引き締めた。
「話?何か気になることでもあるのかのう?」
「そのカイ坊の同行者達についてだ」
「先程意見を言わなかったのに、今言うと言うことは皆には聞かれたくない話かのう?」
「いや、そこまで悪い話ではないのだが。いや、むしろ良い話だ。が、先にお前さんに伝えておこうと思ってな」
「そうか。それで、具体的にどうしたんじゃ?」
「その同行者達がいる辺り一帯の魔力などの安定性が上がっている」
「どういうことじゃ?」
「言葉どおりの意味だ。このビギナの森に充満している魔力や地脈といった、自然エネルギーの流れが全て安定期の状態。いや、その状態よりもさらに安定している」
「それは、たしかに悪い話ではないのう。しかし、おかしい話でもある。わかった、心に留めておく」
「そうしてくれ」
話が終わると、二人も集会場をあとにした。