転移した先、サマエルの感想
「ここは。・・・ついたのかな?」
「そのようですね」
魔法陣によって旅だった僕とサマエルさんは、現在森の中に立っている。
「ここって、何処ですかねサマエルさん?」
「ちょっと待ってくださいね。・・・どうやらここは、ビギナの森という場所のようです」
サマエルさんは、虚空を見つめた後にそう教えてくれた。
「へぇー、ここってビギナの森というんですか。どんなところですか?」
「それはですね」
それからは、サマエルさんの説明タイムとなった。
現在僕達がいるビギナの森は、【ユーミル】にあるハインド大陸と呼ばれる大陸のちょうど中心部に位置していて、北側にはボレアース山脈と呼ばれる山々。東側にはアナトレー渓谷と呼ばれる谷間。南側にはジャヌーブ海と呼ばれる海原。西側にはザーバド砂漠と呼ばれる砂漠がそれぞれ存在している。にも関わらず、この森は気候も穏やかで、自然や魔力も豊富に存在している土地に広がっている。住んでいる生物は魔物のが中心ではあるが、自然や魔力が豊富なので、餌を奪いあう必要がなく、危険性が高い魔物は余り存在しないらしい。さらには、珍しい動植物に鉱物の類いが多数存在していて、この世界の人間達にとってはまさに宝の山だそうだ。しかし、その宝の山を手にすることは容易ではない。先程も言った山脈、渓谷、海、砂漠という四つの難所がこの世界の住人達とビギナの森の間には立ちはだかっているからだ。
この難所を乗り越えることが可能な人間は、この世界では三桁もいないらしい。
どれだけ危険な難所なんだという感じだ。
とりあえず、サマエルさんの説明でこの森が安全だということはわかった。逆に、この森の外は危険がいっぱいだということも理解出来た。当初の予定なら、転生先の近くにある村や街で過ごすつもりだったが、この状況では無理だろう。
周囲全てが死亡フラグの山だ。とてもではないが、人里に行くことは叶わないだろう。となると、この森で一生を過ごすことになる。
そのことについて考えを巡らした。
まず生活環境だが、自然が豊富なので食料の心配はない。次に、衣服などだが環境が穏やからしいので、こちらもあまり心配はいらないだろう。洗濯は小まめにすればいいし、衣服の作成はやってやれないことはないだろう。最後に住む場所だが、目立った外敵がいないいじょう、こちらもゆっくりと探せばいい。
生活環境の衣食住に問題は無いと結論をしていいだろう。
次に、自分の目的の確認だ。僕としては、安全重視の安定生活が希望している。生活環境の問題は無いし、話相手はサマエルさんがいる。
僕としてはここで暮らすことに問題は無い。
サマエルさんの方はどう思うだろうか?
「サマエルさん」
「なんですか?」
「僕は、サマエルの説明を聞いた結果、ここに定住しようと考えています。サマエルさんは、どう考えていますか?」
「私ですか?私は、夜天竜星さんが天寿をまっとう出来るようにサポートするのが役目です。ですので、私は基本的にあなたの行動を補佐します。あなたがここに定住したいのなら、私は喜んでご一緒いたしますよ」
「そうですか。わかりました。ここに定住する方向でいきましょう」
「わかりました。私も、その方向でサポートいたします」
それから僕とサマエルさんは、今後の行動について話し合った。
その結果、次のように決まった。
まず第一に水と食料の確保。食料の安全性などはサマエルさんの知識で判断する。ちなみに、毒とかあってもサマエルさんの使用可能な聖属性魔法の《キュア》(治癒)で解毒は可能だそうだ。次に水。こちらの涌き水や川などの水質なども不明だが、聖属性魔法の《パーフィケーション》(浄化)で飲料水として使えるように出来るそうだ。
第二に居住空間、拠点の確保。これについては、食料探しのついでに洞窟などを探すことになっている。とりあえずは、雨風を凌げれば問題は無いはず。こちらの安全性確保は、僕の称号にある■■■の盟友効果。モンスター敵対値(中減少)で敵対する相手の数を減らし、サマエルさんの聖属性魔法(護符)によって簡易結界を張る予定である。これによって、ある程度の安全性は確保出来るはずだ。
第三に、戦力確保。このビギナの森自体は安全でも、周囲は難所とそこに棲息しているモンスター達に囲まれている状態。いつ危険なモンスターが迷い込んでくるのかわかったものではない。なので、僕とサマエルさんのLevel上げなどをしていく予定だ。
とりあえず決まったのはこの三点。
「さて、では水と食料を探しに行きましょうか、サマエルさん」
「はい、夜天竜星さん」
「・・・」
僕は、サマエルの返事に微妙な気分になった。
「どうかしましたか?」
「サマエルさん。僕の呼び方は、フルネームじゃなくていいですよ。これから一緒に生活するのに、他人行儀でちょっと」
「そうですか。では、名前と名字ならどちらが良いですか?」
「そうですねぇ?・・・名前でお願いします」
「わかりました。今からは、竜星さんと呼びますね。それから、私のことはマールと呼んでください」
「マールさんですか?」
「はい。親しい人からはそう呼ばれていますから、竜星さんにもそう呼んでいただきたいのです」
「わかりました、マールさん。それでは改めて、これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします、竜星さん」
僕達は、心の距離を縮めると森の探索を始めた。
まずは南側、海に向かって足を進めた。理由としては、他の三方よりは安全そうだからだ。海の生物なら、遭遇しても両生類のようなやつぐらいという単純な想定でしかないが。あとは、海の幸が目当てだ。美味しい魚が手に入ると嬉しい。特に鮭がいるといいなぁっというのが僕の本心である。ちなみに、マールさんに確認してみたところ、モンスターとしてなら鮭はこの世界にいるらしい。ただ、その強さについてはマールさんも知らないとのこと。たしかに、位階剥奪前のマールさんには必要なさそうな知識なので、これはしかたがないだろう。
がさっ、がさがさ
そんな呑気なことを考えていると、前方の藪が揺れだした。
ゲームだと、モンスターが出る合図だ。
「マールさん!」
「はい、竜星さん」
僕とマールさんは、藪から距離をとった。武器もないのにどうやって戦えというのか。
僕達が様子を見ていると、藪から何かが飛び出して来た。
エンカウントである。
藪から飛び出して来たのは、額に角の生えた茶色い毛並みのウサギだった。
「あれは、ホーンラビットというモンスターです」
「ホーンラビットですか?けど、これってモンスターなのですか?」
僕には小さな角のあるウサギにしか見えなかった。
「一応分類上はモンスターです。けれど、こちらが刺激しなければ問題はないはずです。ホーンラビットは、草食ですから」
「そうですか」
それなら一安心だ。と、一瞬そう思った。が、すぐに不安になった。
「ねぇ、マールさん。あのウサギ、様子がおかしくないですか?」
「そう、ですね」
なぜなら、ホーンラビットの息が荒く、目も血走っていたのだ。明らかに普通の状態ではなかった。
「これって逃げた方が良いかな?」
「そうですね。竜星さんの戦闘力は未知数ですし、初期状態の私にもろくな攻撃手段がありませんから」
「了解です。それじゃあ、さっさと逃げましょう」
「けれど、ホーンラビットは追いかけて来ませんか?」
「その可能性はありますよね。何かあのウサギの注意が他所に移ってくれればいいんですけど」
「目眩ましなら出来ますよ」
「それです!マールさんの目眩ましと同時に、全力で逃げましょう」
「わかりました。それではカウントいきます」
「お願いします」
マールさんが僕の正面、ホーンラビットの正面に移動して手を前に突き出した。
「3.2.1.《フラッシュ》(閃光)!」
そして、カウントが0になった瞬間、マールさんから強烈な光が放たれた。
僕達はそれを合図に、脱兎の如く逃げ出した。
「はあっ、はあっ」
走って走って、もう走れなくなるまで走って、僕達は地面に倒れこんだ。
「はあっ、はあっ、逃げ切れ、ましたか?」
「はあっ、はあっ、大丈夫、みたいですよ?」
僕達は、頭だけで来た方向見て、ホーンラビットが追いかけて来ていないか確認した。
少なくとも、目視出来る範囲にホーンラビットの姿は見つけられなかった。
「あのホーンラビット、いったいなんだったんだ?」
「おそらくですけど、何かの状態異常にかかっていたのではないでしょうか?あの様子だと、混乱か狂化辺りが怪しいと思います」
マールさんは、顎に手を当てながらそう呟いた。
「その可能性が高そうですね。けれど、想定が甘かったですね」
「そうですね。この森に危険なモンスターはいないはずでした。いえ、モンスター自体はそれなりに危険ですが、その生態を知っていたから大丈夫だと判断してしまったんです。しかし、状態異常などでその生態が狂ってしまえば、襲ってくることもあることを失念していました」
「そう、ですね。けど、今回はマールさんのおかげで助かりました。今回は失敗しましたけど、今回の失敗を次に活かせば問題ないですよ。ねっ?」
僕は、落ち込んでいるマールさんをそう言って慰めた。実際のところ、怪我一つしていないのだから、マールさんがそう気にやむ必要はない。僕だって想定が甘かったんだし。
「そうでしょうか?」
「そうですよ」
「そう、ですね。まだ致命的な失敗をしたというわけではありません。同じ失敗を繰り返さなければいいんですよね」
「そうですよ」
僕達は、それで話をまとめた。その後は、自分達の戦闘力の確認を始めた。どれくらいの強さのモンスターを相手にできるか知っておかないと、この先危ないからだ。とりあえず最初は、能力が把握出来ているマールさんの戦闘力について教えてもらった。
「私のステータスは、魔法使い型です。魔力や精神の値が高く、筋力や耐久力の値が低くなっています。現在使用可能な能力は、聖属性魔法の《ヒール》や《キュア》などの回復系と、光属性魔法の《フラッシュ》などの補助系魔法です」
「つまり、僧侶型ということですか?」
魔法使い型ステータスの回復系魔法持ち。能力構成的には、そのタイプですね。
「その認識で良いと思います。竜星さんのステータスはどうですか?」
「僕のステータスも、どちらかといえば魔法使い型ですね。能力については、検証してみないとなんとも・・・」
「そうでしたね。では、一から検証していきましょう」
「うん!」
僕達は、僕の能力を実地で調べはじめた。まず始めに、能力についてのレクチャーをマールさんにしてもらうことになった。
なんせ、現在の僕は能力の発動のさせかたさえ知らない。
「では最初は、能力がどういうものかについて説明いたします」
「お願いします」
「能力とは、世界が存在に与える恩恵です。この恩恵の種類は千差万別。誰もが持てる物から、あなたが持っている能力のようなオーダーメイドのような一点ものまで幅広くあります」
「へぇー、能力って恩恵なんですか。能力って、どうやって手に入れるものなんですか?」
「基本的には世界が設定している条件を満たすことですね。ものによっては、他者から譲渡される場合もあります。本来あなたが受け取ったはずの加護も、分類上はこれになります」
「たしかにそうですね」
「次に能力の種類です。これは、分類上の範囲が広すぎるので、大きな括りだけ教えますね。一つは常時発動型、こちらは条件を満たしていると自動発動し続けるタイプです。もう一つは、任意発動型です。こちらの方は、所有者の意思によって発動します。私の持っている聖属性魔法や光属性魔法はこちらのカテゴリーに分類されます」
「へぇー、そうなんですか」
能力の分類とかは、ゲーム知識が参考になりそうかな?
「そうなると、僕の星属性魔法というのも任意発動型ですか?」
「多分そのはずです。魔法は、呪文や魔法陣が必要なものですから」
「じゃあ、この能力の発動方法は、見当がつきますか?」
「ええ。他の魔法と変わらないはずですから、初期魔法なら魔法名を唱えれば発動するはずです」
「初期魔法。魔法名って、どうやって調べるんですか?」
「魔法名は、ステータスカードの星属性魔法に意識向ければ、感覚的に判るはずですよ」
「わかりました、やってみます」
僕は、ステータスカードをポケットから取り出して、星属性魔法の部分を注視した。すると、星属性魔法のところにゲームのメニュー画面みたいなものが見えてきた。そして、それには短い単語が一つ表示されていた。
「マールさん。たぶんこれかな?っていうのが見えました」
「では、次にその魔法名そのものに意識を向けてみてください。それでどんな魔法なのかが、大まかにわかるはずです」
「わかりました」
僕は、マールさんに言われたとおりにやってみた。
「ええっと、魔法名は《オリジン》。源初って意味の魔法ですね。それで効果の方ですけど、星力?っていうのを増やす魔法らしいです」
「星力ですか?聞いたことのない力ですね。これが、星の持つ力とかならわかるんですけど・・・」
「そうですよね、星力とか言われても何のことなのか。とりあえず、使ってみましょうか?」
正体がわからないのなら、とりあえず現物を見て判断した方が良いだろう。
「そうですね。魔法効果が、その星力?というのを増やすだけなら、使ってみるのが早いでしょう」
「じゃあいきますね。《オリジン》」
僕が魔法を発動させると、身体の中に力が漲ってくる感じがした。
「どうですか?」
「全身に力が漲ってきた気がします。今のところ、これといった違和感は感じません」
「そうですか、それなら一安心ですね。しかし、結局星力って何なんでしょう?・・・そうだ!ステータスカードに変化はありませんか!」
「あっ!確認して見ます」
僕は、持っていたステータスカードを再度見た。すると、ステータスカードには変化がおきていた。
「どうでしたか?」
「一部の内容が変化してます」
「どう変化しているんですか?」
「まず、魔力が30減っていて、魔力容量が100から101に増えてます。次に、魔力の下に新しく星力という項目が追加されました。あとは、体力などのステータスの右横に、かっこつきで+2とか表示されてます」
僕は、見たままをマールさんに報告した。
「そうですか、わかりました。だいたい察しはつきますので、解説してもいいですか?」
「はい。よろしくお願いします」「では、竜星さんが報告してくれた順に解説していきます。まず減っていた魔力ですが、こちらは普通に《オリジン》発動で消費した魔法でしょう。ですが、消費魔力がかなり多いですね」
「そうなんですか?」
30の消費って、そんなにいうほど多いのかな?
「ええ。私の場合ですと、光属性の初期魔法の《フラッシュ》で5。聖属性の初期魔法の《ヒール》で6です。およそ5倍消費魔力が違いますよ」
「それは、たしかに多いですね」
最初の魔法で普通の5倍?じゃあ、新しい魔法が増えたとして、消費量はどれほどに膨らむんだ?
その増加量を想像して、汗が噴き出した。
・・・今考えるのはやめておこ。
「次は魔力容量の増加についてですね。こちらは、魔法を使ったので増えた可能性と、《オリジン》で生成した星力の影響。二つの可能性が考えられます。そして、新たにステータスカードに追加された星力という項目ですが、これは私が持っている天力と同じようなものでしょう」
「天力ですか?」
「ええ。私達天使には、天力という力が宿っています。私のステータスカードには、魔力の下に天力という項目がありますので、この項目は星力という力が竜星さんに宿ったことを示しているのでしょう」
「へぇー、そういう処理をされるんですか」
「そうですよ。他の力だと、神力、霊力などがあります。そちらについても、持っているとステータスカードに項目が表れますよ」
「なるほど、わかりました」
「最後は、ステータス横のプラス表示についてですね。これは、単純に補正を表示していますね」
「補正ですか?」
「はい。称号や能力によって補正がはいっていると、このように表示されます。上昇補正が+、減少補正が-であらわされます」
「この+2っていうのは、どこからきた数字なんでしょう?」
「たぶん、称号の世界を渡った者の補正ですね。補正倍率でいいますと、微上昇などで基本値の1%の上昇。これが小上昇で5%、中上昇で15%、大上昇で30%、特大上昇で50%と上がっていきます」
「そういうものなんですか。けど、最大の値でも100程度なのに、+2はおかしくないですか?」
マールさんの話で考えると、補正の値が1多い。
「そうですねぇ、考えられる原因としては、称号以外の補正が加わっている可能性があります」
「称号以外の可能性ですか?ですけど、補正表示があるのは称号以外ないですよ?」
「そうですよね。別に能力などは増えていないんですよね?」
「はい。さっき言った箇所以外に変化した点はありません」
「そうですか。では、これについては保留にしましょう。現状では、情報が足りていませんから」
「そうですね、わかりました」
「では最後に、能力の星遊戯盤を使ってみるとしましょう」
「わかりました。けど、名前と簡易情報からだと、戦闘能力というより遊びやイカサマようの能力って感じですけど」
なんせ名前が遊戯盤。能力内容が、一定範囲で駒を動かせることだもんなぁ。
僕は、この能力が戦闘の役に立つようには思えなかった。
「竜星さん、名前などで判断するのは早いですよ。能力の中には、くだらない名前なのに効果が強力なものがいくらでもありますから」
「へぇーそうなんですか。じゃあ、ちょっとは期待しておきますね」
「それがいいですよ。では、星属性魔法と同じように意識を向けてみてください。それで、起動の仕方と発動条件が大まかにわかるはずです」
「わかりました」
僕は言われたとおり、ステータスカードに意識を向けた。そして、起動と発動条件がわかった。
「どうですか?」
「一応わかりました。今からやってみます」
「わかりました。離れていた方が良いですか?」
「そうですねぇ?一応離れておいてもらえますか」
「わかりました」
マールさんは、僕からある程度離れて立ち止まった。
「この辺りで大丈夫でしょうか?」
「たぶん大丈夫です。それじゃあいきますよ、《アウェイク》(起動)」
僕は、マールさんの位置を確認して、さっき確認した能力発動の言葉を宣言した。
僕が宣言すると、変化はすぐに起こった。まず最初に、自分から光の波が自分を中心に円形に広がっていった。光の波は離れてもらっていたマールさんを通過して、少し進んでわっかを形成して停止した。それと同時に、僕の身にも変化が起きた。なんと、視点が増えたのだ!一つ目の視点は、今までと同じ僕の視点。増えた視点は、一つ目の視点の僕や離れた場所のマールさん。ひいては、僕達が今いるビギナの森の一部を含めて上から見下ろしている俯瞰視点だ。知識を引っ張り出して表現するなら、VRMMOをしている自分を画面越しに見る感じだろうか?まあ、そんな感想は今はおいておこう。とりあえず今優先することは、マールさんの状況確認だ。
「マールさん、大丈夫ですか!」
「ええっと、何がですか?」
「何がって、今の光の波を受けてなんともないんですか?」
「光の波、ですか?すみませんが、私には何のことかわかりません」
「つまり、マールさんにはあれが見えていないということですか?」
「はい、何も見えませんでした」
「そうですか・・・」
「能力を発動させた時に何かあったのですか?」
「はい」
僕は、先程起こったことと、今の自分の状況を説明した。
「なるほど、そういうことでしたか。それでしたら、先程の質問の答えはなんともありません、です」
「そうですか。よかった」
「ですが、それでこの状況の理由がわかりました」
「どういう意味です?」
「現在、この辺り一帯をあなたの魔力が包み込んでいます。近いところで結界でしょうか?それがおそらく、あなたの星遊戯盤の効果範囲です」
「へぇー、そういうことですか」
なら、この光の中で駒を動かせるってことなのか。けど、駒なんて持っていないから、これいじょう確認のしようがないな。・・・うん?
そう思って検証を終えようとしたら、気になるものが目についた。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんか視界にいろいろと移ってきていて」
「いろいろ?例えば何が見えているのですか?」
「ええっとですね、まずは俯瞰視点の方で見ている僕達の姿に、アイコンがついて見えます。それと、そのアイコンに名前が表示されているんですけど、何故か僕の名前が【アバター・アイディアル】ってなっています」
マールさんの方はちゃんとサマエルとなっているのに、なんで僕の方だけ違ってるんだろう?
「アバター・アイディアル。直訳すると、理想の化身ですね。化身?ひょっとすると・・・」
そう言うとマールさんは、僕の腕に触れてきた。
「なっ!ど、どうかしたんですか、マールさん!?」
僕は、マールさんのその行動に驚き、慌てた。マールさんみたいな美女にそんなことをされると、恥ずかしい。
「やっぱりですか」
「やっぱり?どうかしたんですかマールさん?」
「ええ。こちらの竜星さんは人形。いえ、能力の内容ようでいえば駒です」
「ええっと、この僕が駒?あっ!ほんとだ」
アバター側の自分に手を当ててみた。すると、いつもの肌に触れた感じではなく、何か硬いものに触れた感じがした。
「はい、今触って確認しました。こちらのあなたは、少なくとも生身ではありません」
「そうみたいですね。けど、なんでこんなことに?」
「たぶんですが、星遊戯盤という能力名ですから、その内容もボードゲームに類似している可能性があります。それなら、視点がプレイヤー側の俯瞰視点と、駒側の通常視点の二つに増えた理由にも納得がいきます」
「たしかに、その可能性が高そうですね」
駒のアイコン以外にも、そう考えると納得がいく部分がある。
「先程言っていたアイコンの理由は、この仮定でいいでしょう。他に目についたことはどんなものですか?」
「それはですね・・・」
他の気になった部分をまとめて羅列していった。
「ふむ。それですと、やっぱり星遊戯盤という能力は、ボードゲームに似た特徴があるようですね。しかし、他の駒がないと確かめようがありませんね。駒の入手方法はわかりませんか?」
「すみません、わかりません」
「そうですか。では、次は駒やこの空間について調べてみるとしましょうか?」
「そうですね」
僕達は、思いつく限りのことを試していった。
「こんなところでしょうか?」
「そうですねぇー、駒が【アバター・アイディアル】一個だけですし、この辺が限界でしょうね」
あれから2時間。僕達はだいたいの検証終え、そう結論を出した。とりあえず星遊戯盤という能力は、戦闘で十分使えそうだということがわかった。あとは、Level上げをしながら様子をみることになった。
「じゃあ、そろそろ本来の予定をしにいきましょうか?」
「そうですね。そろそろお腹も減ってきましたし、食料を探しにいくとしましょう」
「はい!」
僕達は、ホーンラビットがいた場所を迂回するようにしながら、南側に向かって移動を開始した。
移動を開始して少し。森の中を歩きながら私サマエルは、目の前を歩く少年について考えた。
私が彼と初めて出会ったのはつい先程。私が魂運用局の仕事で、彼の担当となったのがその理由だった。本来の彼の担当は、ミラエルという天使のはずだった。しかし、急遽ミラエルが別世界の事件で他所に派遣されてしまい、代わりを私が務めることになったのだ。私の階級はセラフィム。魂運用局を運営する幹部であり、組織のナンバー2だ。本来であれば私が彼を担当するようなことはあるえなかった。だが、私はミラエルの代わりに彼の担当となった。それは何故かというと、自分でもわからない。あえていえば直感であり、一目惚れが理由だといえるだろう。初めて彼を見た時、私は彼から目を離せなくなってしまったのだ。
私は、あの時のことを振り返った。
外見は、身長が175cmくらいで、中肉中背。黒いシャツとズボンをはいていて、身体つきは平均的な十代後半の少年の体格をしていた。髪と眼の色は黒く、顔立ちはそれなりに整っていて、見た目はそれなりだった。辺りをキョロキョロしていて、現状を理解していない様子だった。これはまあ、当たり前のことだ。死者があの世に来て、現状をすぐに理解した例など、有史以来二桁にも満たないのだから。それでも、彼は冷静な方だった。あの時彼の周囲の人達は、動揺している割合の方が高かった。そして、ルシフェル様が登場した後の様子は少しあれでしたね。ルシフェル様に見とれていたのはしかたがないとしても、少し嫉妬してしまいました。その後すぐに顔を青くしていたので、想像力が豊かなんだろうとも思いましたね。ルシフェル様の説明が終わると、すぐに彼のもとに駆け寄りました。早く会話したかったんですよね。
あの時の感情を思い出して、顔がほてった。
けれど、すぐにそんな気持ちではいられなくなってしまったんですよねぇ。
接触後のあれこれを思い出して眉間に自然とシワが出来た。
まず最初の問題は、彼に記憶がなかったこと。これが死因に関する部分だけだったのなら、防衛本能で思い出せなくなっていることはよくあります。しかし、全ての記憶が無くなっているなんてことは普通ありえません。なぜなら、記憶喪失とは脳に関するものだからです。ですが、魂運用局に来ているのは全て魂だけの存在。脳が無いいじょう、防衛本能以外で記憶を思い出せなくなっていることなどありえません。一応、彼の生前の資料に目を通しもしましたが、防衛本能が働くようなひどい一生ではありませんでした。なんで記憶喪失になっているのか、原因がさっぱりわかりません。
その次の問題は、名称が伏せられていた称号、■■■の盟友でしたね。
あのステータスカードに表示されたいじょう、あの称号は世界に認められているはずです。にも関わらず、なぜか伏せ字表示。誰かに見られると困るような名前なのでしょうか?
しかし、誰に?こちらもそれなりに調べてもらいましたが、生前の竜星さんに高位存在との接触した痕跡は発見出来ませんでした。はっきり言って、出所不明な称号で少し不気味ですね。
あちらで見た残りの問題は、先程確認した星遊戯盤と星属性魔法ですか?
星遊戯盤と星属性魔法、どちらも聞いたことのない能力でした。まあ、能力にはユニークスキルのようなものもそれなりにあるので、竜星さんが持っていてもおかしくはありませんでしたけど。ただ、それは星遊戯盤の方の話。星属性魔法については、少し事情が異なっているんですよねぇ。そもそも属性魔法は、単一魔法とでは範囲が異なっています。例えば火魔法ならそのまま火だけを扱う魔法です。これが火属性魔法になると、熱などにも範囲が広がり、間接的にとはいえ氷魔法も扱うことも出来るようになります。さらには、属性魔法には概念的な内容もわりと反映される、汎用性の高さもあります。
この為、属性魔法はその自由度が恐ろしく高い。当然、複数の概念を孕んだ属性なら、その自由度もさらに広がります。
この事実をもとに星属性魔法について考えると、その行使出来る魔法の範囲の広さが容易に想像出来ます。私も長い時を存在してきましたしが、今だかつてこれ程の範囲をカバー出来る可能性を持った属性は見たことも聞いたこともありません。
しかし、現実に星属性は存在している。
この未知数な星属性魔法も、称号と同じ存在が関係している可能性は十分ある。けれど、私達には答えが出せなかったんですよね。
私は、情報が足りない竜星さんのステータスに、不安を覚えている。
だから、ある意味現状は都合が良いんですけどね。
私は、流れるようにここにいる経緯も思い出していく。
ミリエル。あの子はいったい何をしていたのでしょう?
そして、ミリエルのことを思い出して微妙な気持ちになった。
竜星さんに渡すはずの加護を奪われたのは私の失態ですが、そもそも何故あの二人は私達の方に突っ込んで来たのかも、私達は把握していないんですよね。まあ、竜星さんに同行する口実が出来て、私には好都合でしたけど。
感謝と疑念。二つの感情がわいてきて、微妙な心境ですね。
あと他には、何かありましたか?・・・そうそう、竜星さんのステータス値!あれにも違和感がありました!
私は、先程話の中ででた竜星さんのステータス値のことを思い出した。
まずは基準の確認。この世界でのヒューマンの普通の成人男性のステータス値はだいたい一桁台。これが冒険者や戦闘が絡む職業で二桁台。その中のさらに一部、達人や天才と呼ばれる者達でようやく三桁台に届くかどうか。そして、三桁台から四桁台のステータスを持つ者は、勇者に魔王、転生者の類いしかいない。五桁台は、よほど飛び抜けた転生者か、禁呪のような正攻法以外の方法で力を得た者達。六桁台以上は、ヒューマンのスペックでは到達不可能なのでこの先は不用。
そのことを踏まえて竜星さんのステータスを比較してみると、かなり高スペックであることがわかる。資料を見た限り、竜星さんに戦闘、喧嘩の経験はなく、身体を鍛えているという情報もなかった。にも関わらず、10とはいえ二桁に達している箇所がいくつもあった。さらには、魔力は100を越えていた。魔力量だけなら、訓練や修練を積んだ達人。一握りの天才と溜めをはれるだろう。これだけでも驚きなのに、これが素の状態なことがそれに拍車をかける。
これが加護を与えられた転生者ならば、三桁台、四桁台が普通なので、逆に低いということになりますが、そうではないですからね。
私は、それからもいろいろなことを考えていった。
「わっ~!!」
私達が歩いていると、前方から小さな子供の悲鳴が聞こえてきた。私は、その悲鳴を聞いてすぐに走り出していた。