初めての歌の披露
8話目です。
そして…
学園祭が行なわれる1ヶ月前に体育館でアイドルコンテストのプレイベントが執り行われた。
コンテストに参加する予定の女の子たちの顔見世が始まったのだ。
ステージには尾山先輩を初め北澤さん、芳村さん、平松さん。荒戸さん、小南さん、小金山さん、中牟田さん、そしてメルカの計9人が勢揃いした。
司会の宮本生徒会長の話しの後に、9人の人たちが順にPRも兼ねた自己紹介とコンテスト参加への豊富を述べた。
どの人もマジ、真剣みたい。
目がギラリと光って、勝負に臨む熱い思いが伝わって来るぐらいチョー真剣なのだ。
もちろん、メルカだって真剣そのものである。
「学園祭の単なる余興なのになぁ…、そこまで真剣になる必要ないのに」
こう呆れ返るのは担任の山宏拓海先生。参加者たちの真剣さに圧倒されいるのだ。
自己紹介の後、順に歌や踊りの披露が行なわれた。
どの人も凄く上手だ事。
一ヵ月後の本番での審査は相当、困難が予想されると私は見た。
尾山先輩の番である。
北澤さんに負けず劣らずキレイな人で、大人っぽい雰囲気なところがステキである。
イントロが流れ始めた。
最近は女優としてドラマとかに出演している若手実力派の菅野美里が5年前に出した曲で、今でも人気がある『君に振り向く』と言う曲である。
さーすが尾山先輩。歌がとても上手。
バラード調のこの曲をジックリと歌いこなしているのだ。
北澤さんの番が来た。
曲はもちろん、サヤカのスラッシュ。
今日の本番の為に、北澤さんは佐貫さんと一緒に曲を少しアレンジしたって言うから、何かしらこだわりが有るのかな?
よく耳にするお馴染みの曲がどんな風に歌われるかちょっと楽しみな気分になっちゃう。
イントロの後、北澤さんが歌い出すと会場から驚きの歓声が沸き起こった。
「すっごーい!」
「彼女、プロ並みだぜー!」
「かーっこイイ!」
私の周りから北澤さんに対する評価と驚きの声が上がる。
予想以上に、こんなに関心が高まるなんて思ってもみなかったな。
恐らく尾山先輩を抜いているかもしれない。
北澤さんはパワフルに且つ華麗に歌い続ける。
その彼女を見て、本物の歌手だと錯覚しちゃうのは私だけかな?
「北澤さん、これだけ歌が上手いんだから歌手デビューしちゃえばイイのにねぇ。このままフツーの女の子でいるのは勿体無いような気がする」
美穂の方も、北澤さんをフツーの女の子として見ていないようだ。
そんな北澤留琉奈をライバル視しているのが、我らが木之元芽琉香である。
他の人たちと同じようにステージ後方で椅子に座ってるメルカはずっと、北澤さんに釘付けになっている。
手で握りこぶしを作り、唇を噛み締めたまま見つめているのだ。
怖い目をしちゃって。
北澤さんに対して、相当なライバル意識を持っている様子が伺える。
別に芸能界デビューの為のオーディションじゃないんだから、そんなに力まなくてもイイと思うんだけどね。
北澤さんの熱唱は終わった。
今までより一番、大きな拍手と歓声が湧く。
さーすが実力者!
これほど多くの観衆の心を引き付けちゃうなんて大したものである。
目を輝かせ、明るい笑顔の北澤さん。
マイクを手に喋り始める。
「サンキュー、サンキュー! イェーイッ!」と片手を高く上げてパフォーマンス!
「イェーイッ!」
両手を上げながら奇声を発するのは殆ど男子ども。
アイドルコンサートのノリだよね。
「みーんな、私の歌どうだったーッ!?」と、会場にマイクを向けて耳を澄ます北澤さん。
会場から一斉に声援が湧く。
「ウォーッ!! サイコー! サイコー!」
「パワフルな私の歌声を聴いて元気になってくれたら、すっごく嬉しいなぁ! 一ヶ月後のコンテストでは、この私が学園アイドルになっちゃうからねー! みーんな、宜しくぅー!」
「オーッ!!!」
ったくもう…
もう自分がアイドルになった気でいる。
北澤さんって、それだけ自信を持ってるって事だろう。
ノリノリ気分で自分の席に戻る北澤さん。
マイクを手にした司会者が次へ進む。
「さーって、最後はエントリー№9番! 2年D組のきのもとめるかー! 北澤留琉奈に負けないで、頑張ってねー! レディーゴーッ!」
ドラムの演奏曲が流れ始めた。
メルカがマイクを片手にステージ中央へと出て来る。
何だか、緊張しているって言う表情をしている。
私たちはチョット、心配になって来ちゃった。
しばしの沈黙が流れる。
そして!
「あ、ワーン、トゥー、スリー、フォー!」
メルカの掛け声と共にイントロ曲が流れ始めた。
踊り始めるメルカ。
曲の方は速いテンポのポップス系かな?
最近、テレビや何かで耳にした覚えの有るメロディーだし。
メルカ本人としては真剣だと思うけど…
何となく…
ぎこちないって感じに見えちゃってる。
メルカの歌い出しを聴いて、私の隣に座ってる女の子2人がささやき合った。
「この曲って、チェミーのメタリックハートじゃねー?」
「レディースQのメンバーの1人…八木智恵美のだよ。去年の夏に出たアルバムの中に収録されていたチェミーのソロ曲だったかな?」
「木之元ってコ、随分と難しい曲をセレクトしたもんだよね? 素人じゃ、カラオケでも簡単に歌いこなせないって言うのに」
「そうだよねぇ? 歌も上手じゃなさそうだし、踊りも下手っぴ」
2人はメルカをけなしていた。
本人は一生懸命にやっていると言うのに失礼千万だけど、残念だけど私は怒る気が出なかった。
だって2人が言ってる事は間違いじゃないのだから。
伴奏に合わせて歌ってるメルカだけど、どうも安心して聴けるような感じではなかった。
緊張のあまり、歌詞を忘れちゃってるみたいだし踊りも変な感じ。
佐々木が思わず舌打ちする。
「馬鹿なヤツだ! 無理してるじゃねーか!」
佐々木がハラハラするのも無理もないぐらい、メルカの歌う姿は見れたものじゃないのだ。
追い討ちを掛けるようにマズイ状況が起きてしまった。
「キャッ!」と声を上げて、メルカは転倒してしまったのだ!
会場からどよめきが湧いた。
山宏先生やイベントスタッフの人たちが急いでメルカの傍に駆け寄った。
床に座り込んでしまったメルカに話しかける山宏先生。
メルカは足首を手で押さえたまま痛そうな表情をしている。
何とか立ち上がろうとするけど、痛さのあまり直ぐには立てないみたい。
スタッフの2人の女の子たちに両脇を抱えながら何とか立つ事が出来たのは幸いである。
メルカはそのまま、ステージの袖へと引っ込んで行った。
突然のアクシデント発生で慌しく中断したプレイベントも、どうにか無事に終了した。
終了直前、メルカを除く参加者8人はステージの中央へと集まった。
司会者が再び喋り出す。
「エントリー候補の皆さん、お疲れ様でした。来月の学園祭での本番では各自、大いに力と魅力を出し切って頑張って下さいね。御健闘、祈りまーっす!」
会場から一斉に拍手と歓声が湧いた。
深く頭を下げる8人。
今度は山宏先生がステージに姿を見せた。
司会者からマイクを受け取った山宏先生。
「はいはいどぉーも! エントリー候補の皆さん、今日は素晴らしいステージを見せてくれてありがとう! サンキュサンキュー! 今度のコンテスト本番ではきっとね、かなりの熱戦になると思いまーす! 美少女揃いで、歌も上手な人たちばかりですからね! 審査する人たちもきっと、目や耳の保養に困って頭を抱え込んじゃうでしょう! 学園のアイドルを選ぶだけだから、気軽にやっちゃえば良いのにと先生は思ってるんだけどね! でも皆さんの方は歌の上手さにもこだわってるみたいだから、いつの間にか新人アイドルのオーデションみたいな雰囲気になってるんですよねー!
もうココまで来たら、徹底的に勝負致しましょう! 先生も応援しちゃうし、会場のみんなも大きな声援を送っちゃおう! だから皆さん、頑張ってね!」
「…」
8人は何も言わず頭を下げた。
これが気に入らないのかな? 山宏先生はハッパを掛ける。
「返事が無いぞぉ、君たちぃッ!? 頑張ってねーッ!!」
「ハーイッ!!」と8人は大きな返事をした。
会場からは溢れんばかりの大きな拍手が。
メルカったら、緊張と焦りのあまり失敗しちゃったよね!
果たして彼女、どうなる!?
続きます。