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二ノ③

 佳苗は、ぱんっ、と両頬を叩く。切り替えるときは、こうするのが手っ取り早い。

「さて、指定された場所の撮影は終わったよね」

 彼方はカメラの画像をチェックしながら聞いてきた。

「うん。……あ、もうお昼だ」

 佳苗は右手首につけている腕時計で時間を確認した。この時計も調査隊の支給品で、その世界の時間に自動的に設定される。この世界は、二十四時間よりわずかに時間が長い。世界によっては太陽と呼べるものがなかったり時間の概念がなかったりするため、時差ぼけのようなものに見舞われることもしょっちゅうある。

「どっかで食べようか」

「うん。じゃ、その辺の食べ物屋さんで」

 この世界も比較的地球とよく似た形を成している。建物の構造は、円柱状のものだったり三角錐の形だったりと、日本人にとっては見慣れないものだが、根本的なつくりは地球とほぼ同じだろう。

 佳苗の指し示した食べ物屋から、淹れたてのコーヒーの香ばしい匂いがした。その匂いにつられた佳苗は、自然とその店に足が動いた。

 店の中はチョコレートを塗ったような彩りで、テーブルや椅子、その他の家具もほとんどが木製だった。カウンターはよく磨かれていて、ためしに指でこすったら指がきれいになりそうだった。当然のこと、店員は人間の肌にそれぞれまだらの模様をいろどらせていた。前回の迷宮の世界の人間は、みな地球の人と同じ形の人間だったが、今回の世界は、ほとんど同じ形といっても地球と明らかに違う特徴を持っていた。創造主というのは、だいたいもともとの出身が地球なのがほとんどなため、創造した世界に住む人間を生み出すとき、地球の人間を模している。こういった明らかな違いがあるのは、創造主の心に何かしらとっかかりがあるということだ。人間の肌に斑模様を浮かばせるほどの、とっかかりが。

 メニューは豊富で、地球の欧米料理に似たものが多かった。日本料理もあるにはあるが、寿司やすき焼きなど祝いごとにしか食べない料理ばかりが並んでいた。

「……肉じゃがとかカレーとかおそばとかないのかな」

 佳苗はメニューとにらめっこしながら、つぶやいた。

「確かに、日本料理で庶民的なメニューは見当たらないね。欧米の料理はそうでもないのに」

「でも、日本のも欧米のもそれほど高くないよね。もと、とれてるのかな」

「さあね。食材はこっちの世界の使ってるから間に合ってんじゃない?」

「うーん、じゃ、オムライスにしよ。彼方君は?」

「ホットドッグ。すいません、お兄さん、オーダーお願いします」

 彼方はカウンターの向こうにいた青年に声をかけ、メニューを頼んだ。青年は恭しく礼をしてキッチンへと消えていった。

 数分して出てきた料理は、見た目は美しかった。別世界でも地球と同じ料理が食べられるという奇妙な共通事項を見出しはしたが、やっぱりここは地球ではないらしい。オムライスに使われた卵は地球の卵とは違うものだし、ケチャップからチキンライスまで、食材が地球産のものではないから味も彩りもわずかに違う。

「うーん……」

 佳苗はスプーンをくわえたまま、固まった。

「まずかった?」

「ううん。おいしい。ただ、味が地球とは違う。こう、独特っていうか、すーっとするっていうか」

「まあ、言いたいことは分かるよ。俺なんかちっさいホットドッグを四つ出されたからね。正直、細長いのが一本出てくると思ってたんだけど、認識が甘かったよ」

「オーダー表に写真とか貼られてなかったの?」

「簡易料理だからなかった。でも、最初はびっくりするだけでおいしいじゃん」

「うん。もらった資料によるとね、ここの世界の食糧事情は結構しっかりしてるみたい。ほとんどこっちの世界でまかなってるみたいでさ、別の世界と貿易して輸入するってことはないんだって」

「知ってる」

 彼方は二つ目のホットドッグをほおばる。緩んだ表情をうかがう限り、好みの味なのだろう。

「食糧事情に危機はなし、っと」

 佳苗はズボンのポケットに突っ込んでいた手帳を引っ張り出し、ペンを左手に握り、走り書きをする。器用にも右手でスプーンでオムライスをすくって食べながら書いている。その一口を飲み込んで、佳苗はまたペンを走らせた。

「食事から建築物、町並みなどすべてにおいて地球に酷似していながらわずかに相違する、かな」

「行儀悪いよ、書くか食べるかどっちかにしなさい」

「あー、うん。ごめん」

 佳苗は手帳を閉じ、スプーンを左手に持ち直して食事に専念した。食べ終えたら、食後のコーヒーで一休みする。コーヒーはサービスらしかった。カウンターに戻っていた青年がコーヒーを出したとき、「注文したっけ?」と首を傾げたが、青年に無料だといわれ、二人はありがたく頂戴した。

「調査隊の方ですよね」

「ええ、地球の日本から来ました」

「時々、別の国の調査隊もこられるのですが、日本の方が訪ねてこられるのはこれが二度目ですね」

 青年は懐かしむように話してくれた。

「といっても、その人は調査隊じゃなくて純粋な旅行者でしたが。この世界は始まってまだ二十年と少しですし、当時は観光客に来ていただくほど完成していたわけではありませんでしたので」

「当時、というと、その観光客が来たのっていつくらいのことでした?」

 このことは、どういうわけか資料に載っていなかった。佳苗なら、資料に掲載されているいないにかかわらず、興味を持ったら聞くだろう。

「そうですね、だいたい十年ほど前でしたねえ。ずいぶんお年を召された老人で、まだ私が子供のころでしたが、今でもはっきり覚えていますよ。気さくな方でね、地球の故郷のことをよく聞かせてくれました。そのときは調査隊の現地調査員を同行しての旅行だとおっしゃっていました。十年前はまだ調査が行き届いていませんでしたからね、調査を兼ねての旅行だったんでしょう。……最後に、今度は家族を連れて来ると残されました。そういえば、その人は今どうしているんでしょうね」

 懐かしむように、青年は話してくれた。はっと我に返ると、慌てて何度もお辞儀した。

「ああ、すみません! 一方的に語ってしまって……」

 さっきまで実年齢以上に大人びている青年があたふたとしているのを、佳苗はくすっと笑って、「いいえ、とっても興味深いお話を聞かせていただいてよかったです」と答えた。

「ごちそうさまでした。今度は、観光客として来ますね」

 青年の話に出てきた老人観光客に影響されたわけではないが、自然と佳苗はその老人と同じことを口にしていた。青年は嬉しそうに顔を綻ばせて、「心からお待ちしています」と明るい声で返してくれた。

 外に出ると、彼方から釘を刺された。

「不確実なことは約束するもんじゃないよ」

「う。いや、あたし割りと本気で観光に来るつもりだったんだけど」

「調査隊の仕事で来るのは駄目なの? 調査っつっても、指定された任務をこなせば空いた日数は自由に使えるでしょ」

「それはそうだけどさ、やっぱり、旅行はしたいんだ。調査とか仕事とかでじゃなくてさ、この世界をあたし個人が自由に楽しむのを」

 彼方は佳苗の答えを聞いて肩をすくめた。

「もう十年くらい君の幼なじみやってるけどさ、やっぱり君の考えてることってよくわかんない。こーちゃんが苦労するのも分かる気がするよ」

「さりげなく馬鹿にしてない? むしろあたしがお兄ちゃんに苦労してるんだよ」

 こーちゃんというのは、佳苗の兄で、彼も調査隊メンバーに所属している。

 のんびりと街道を歩いているところ、二人は一人の人物に自然と目がいった。というのも、その人物がこの世界の住人なら誰しもが持っているはずの斑模様を、持っていなかったからだ。では観光客かといえばそれも違う。まだらの世界行きの宇宙列車は一日に一本しかないし、佳苗と彼方の乗っていた列車には、二人以外の乗客はいなかった。

 佳苗は思わず、その人物の手をつかんでいた。

「あ、あの!」

 振り向いた人物は、佳苗よりも背の低い華奢な少年だった。透き通るような銀髪は丁寧にそろえられていて、新緑の色をした瞳が際立つ。肌は病的なほどに青白く、まだらの世界の人間が持つものを持っていなかった。この世界基準でも今の季節はまだ肌寒いというのに、彼の服装はやたら簡素で涼しそうだ。地味な色をした服装だが、生地は高価だ。

「はい?」

 まだ声変わりしていない。何の疑いをも抱きそうにない瞳は、佳苗を見上げている。

「あ、えーと、あなたは……」

 佳苗は少年の目に少したじろいで訪ねるはずの言葉を一瞬詰まらせた。「どうかしましたか?」という彼の声で我に返り、次にはちゃんと確認のための言葉を出すことができた。

「あなたは、この世界の創造主ですね?」

 少年は一瞬だけ目を見開いたが、それ以上の動揺は見せず、あっさりとうなずいて見せた。この一連をあきれながら見守っていた彼方は、少し驚いた。

「君、創造主を見分ける能力でも持ってんの?」

「いや、そういう力はないよ。ただなんとなくそう思っただけで」

「よく分かりましたね。あ、でも、肌でだいたい予想できちゃいますね」

 少年は自分の肌をぺちぺちと叩く。

「あなた方は、調査隊の人たちですよね? こっちの管理局の人から、お話は聞いてます。どうぞごゆっくり楽しんでいってください」

「あ、わざわざどうも」

 少年は軽くお辞儀した。佳苗もそれにつられてお辞儀する。その傍らで、彼方は持っている資料をじっくり凝視していた。

「何してるの?」

「見りゃ分かるでしょ。資料確認してんの」

「いや、それは分かるからさ。何で見てんのかってことをあたしは聞きたかったわけで」

「創造主さん、ちょっとお尋ねしますが」

「あれ⁉ あたしの質問は無視ですか⁉」

 彼方は佳苗を差し置いて小さな創造主に質問してきた。

「さっき、こちらの管理局を通して俺たち調査隊が来るのを知ったと言いましたよね?」

「はい。それがどうかしましたか?」

「調査隊から直接聞いたわけじゃないんですね?」

「はい。地球の調査隊の皆さんは、創造主が誰なのか分かりませんから」

 なるほどね、と彼方は一人納得した。佳苗は不機嫌そうに彼方を睨んだ。さほどきつくもない視線を、彼方はため息ひとつで流した。

「資料にはね、創造主が誰なのかが書かれてなかったんだよ」

「え?」

「普通、俺たち現地調査員がこっちに来るときは、オペレータが調査する世界の基本的な資料をまとめて渡してくれるのは分かるよね。創造主もその基本的な事項に含まれるはずなのに、この資料にはそれがかかれてなかった。ってことは、現在の調査ではこの世界の創造主がどんなんか突き止められてなかったってことですよ、君」

「あー、なるほどー」

「とするとさあ、ひとつ気になることが出てきちゃうんだよね」

「何?」

「まあ、確認からとしましょうか」

 彼方は一旦佳苗との会話を切り、創造主である少年に問うた。

「ある住人から聞いたんですが、以前誘拐されたというのは本当ですか?」

「あれ、そんなことまでご存知なんですか? 本当ですよ。幸い、被害はありませんでしたけど」

 なるほど、と彼方は納得した。まだ混乱して首をかしげている佳苗に、ちゃんと説明した。

「この世界はまだ小規模だけど地球から観光客を募る程度には地球に知れてる。でも公式的な記録には、今まで創造主が誰なのか分かってなかった。なのに、誘拐犯さんはこの子が創造主であることを知っていた。とするとですよ、誘拐犯はこの世界を調べ上げられる立場と権限を持ってる人に限られるよね」

「てことは、その誘拐犯って、あたしたちと同じ調査隊?」

 彼方は満足そうにうなずいた。また創造主に向き直って聞き出す。

「あなたを誘拐した者は、今どこにいます?」

「お恥ずかしい話ですがわからないんです。実は、調査隊が来られたらその方たちに捕えて地球へ送還していただこうと思っていたんです」

「そうでしたか。では、俺たちの上司に連絡しておきます。あなたは念のため、身の回りには充分用心してください」

「分かりました」

 彼方は、今後の自分達のすべき行動を瞬時に導き出した。

 この世界の創造主は、地球での公式ではまだ分からないということになっている。公式発表が地球で出される前に創造主のノートを奪って自分が創造主だと名乗ればたとえ偽者でも創造主となってしまう。佳苗と彼方がここに滞在する間は、相手側に時間的な猶予が与えられている。二人が帰る前に向こうが地球に向かって発信すれば、たとえそれが公式的な発表でないにしても、そう認識されてしまうのだ。これは調査隊の失態にもつながるし、その後の世界秩序が大きくゆがんでしまう。

 調査隊の仕事は、地球と異世界をつなぐこと。そのためには、物騒な手段に頼ってでも創造主を守る必要も出てくる。命にかかわることだってある。

「俺たちは誘拐犯を地球に送還するのと調査を終えるまでは、あなたの身辺警護をします。多少狭苦しく感じるかもしれませんが、せめて俺たちが帰るまでの辛抱ですので受け入れてもらえませんか

「いいですよ。僕、結構どんくさいんでご迷惑をかけちゃうと思いますが」

 少年は何の拒否もせずあっさり受け入れた。それどころかこっちへの気配りまでする余裕すらあった。創造主の許可が下りたところで、二人は調査の間は必ずどちらか一人が創造主につくことになり、もう一人は世界の調査に足を運ぶこととなった。


きりのいいところで区切ります。

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