終章
久しぶりに、祖父の家へ訪れたその日は、雨が降っていた。祖母は成長した孫とその幼馴染が来てくれたことを喜び、あれこれとお菓子を出したり、しゃべったりしていた。祖父に線香をあげる。
「おじいちゃんの世界に行ってきたんだ。今はもう、ないけど」
「そっかそっか! いいとこだったでしょ? おじいちゃんの創ったものはみんないいもんだからねえ!」
祖母は声量三割増しだ。もともと快活な人だ、これくらいの声量がなければかえっておかしい。
「うん。すっごくいいとこだった。もう一度行けて、よかった」
「うんうん!」
出してもらったお菓子は家で分けるか事務所の人たちにおすそ分けするとして、持ち帰りとなった。お気に入りの傘をさして二人並んで帰り道、雨は強くはなくとも静かに振り続けていた。
佳苗は、空を傘越しに見上げる。顔に数滴、滴が当たる。
「そういえば、さ」
「うん?」
彼方はお菓子の入ったビニール袋を持ち直した。
「おじいちゃんが死んだ日も、雨が降ってた気がする。お通夜とか告別式とか、そういう時はずっと雲行きが怪しかった」
「あー、そうだね。あの人、雨男だったんだろうね」
「うん。きっとね、お天道様も雨を降らして悲しむくらい、おじいちゃんはすごい人なんだよって、お兄ちゃんが言ってた」
「さすがこーちゃん」
彼方は傘をぐるぐる回す。
「事務所に戻ったら、こーちゃんにあったかいココアでも入れてもらおうか」
「そうだね。事務所そっちのけでおじいちゃん家行っちゃったんだよね。如月さんは構わないって言ってくれたけど」
「まあ、いいんじゃないの。俺たちは調査隊の宝にもなりえた世界をひとつ失った。でもそこから得るものは数えきれない。その得るものをくれた人に感謝をささげるのも仕事の一環でしょ」
「うん」
雨は降りやまない。おそらく、少なくともここ三日はずっとこの天気でい続けるだろう。
調査隊にかかわりのない人間にとっては、はた迷惑この上ない天気だろう。だが、調査隊の人間には、当たり前の天気だ。
一冊のノートから描かれた世界が、また一つ、消滅した。それを天は悲しんだ。
佳苗は、もう一度空を見上げた。相変わらずの雨だが、強くない。恵みの雨かもしれない。
「あたし、がんばるよ」
「具体的には?」
そうつぶやいて帰ってきた問いは、結構意地悪だ。佳苗はうーとうなりながら彼方をにらむ。
「とにかくがんばるの!」
「はいはい」
おじいちゃんの世界が、好きだった。
でも、その世界は、もうない。
最後まで美しく飾ることを忘れず、潔く、桜のように、花火を咲かせて、散った。
これは悲しいことだった。でも、その悲しみはいつか癒えた。
あの憧れの世界の消滅は、別れと同時に、新たな出発でもある。
宇宙にあまた存在する異世界を調査し、双方の繁栄と平安のために尽力する。それが、調査隊。
桜井佳苗、十五歳。
また新たに、一歩、踏み出す。
完結です! ライトノベル新人賞に応募してもののみごとに落選した作品でした。形はどうあれ、おもてに発表できてよかったです。ここまでのながいおつきあい、ありがとうございました!




