表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/24

四ノ⑤

 参拝を終えて、広々とした境内を散策していると、この神社の関係者かと思われる人物に会えた。

「あれ、お客様ですか?」

 声をかけたのは、佳苗と彼方より二つ三つほどしか違わなさそうな、青年だった。しわ一つない糊の利いた学生服を着こなし、手には使い込まれた竹箒。背筋はぴんと伸びて、調査隊二人を確認するとこれまたぴんと伸びた一礼をくれた。動作一つ一つがきっちりとしていて、育ちのよさがうかがえる。

「こんにちは。あたし達は、地球から来ました、調査隊の者です」

 佳苗は勢いよくお辞儀する。

「この世界の調査を任されまして、さっき管理局に行ってきたとこです。えっと、お兄さんは、この神社の方ですか?」

「はい。この神社の神主をしています」

「調査の一環ってことで、この神社と、海に立っていた大鳥居を撮影したいんです。大丈夫ですか?」

「構いませんよ。でも海には気をつけてくださいね。異世界とはいえ、ここでも海は脅威になりえますので」

「あ、ありがとうございます!」

 青年は微笑も姿勢も崩さず、調査を後押ししてくれた。

「それと、この世界のシステムや構造などについても詳しくお聞きしたいのですが」

 彼方は舞い上がっている佳苗に代わり訊ねた。

「何でもお聞きください。答えられる範囲でしか協力できませんが、僕にできることなら」

 青年の言葉に、彼方は首をかしげる。異世界の調査において、世界の根幹となるシステムや世界観というのは創造主がすべて知っている。たぶん、青年の口ぶりからすると、この世界構造について詳しく話を聞かせてくれるのは、この青年だ。だが、答えられる範囲というのはどうもおかしい。

 彼が創造主ならば、世界観をすべて把握しているはずの創造主として矛盾する。もし創造主でないなら、創造主を呼べばいいだけだ。

「……あれ? 創造主にお会いさせてはくれないんですか?」

 彼方の抱いていた疑問を、佳苗が言葉にした。

「ああ、申し訳ありませんが、創造主はもう亡くなっておりまして」

 青年の微笑が、少し悲しげにゆれた。え、と佳苗は息を詰まらせた。

 ノートから創られた世界というのは、創造主がいなければ成り立たない。なぜなら、創造主はその世界の神にも等しい存在だからだ。その神がいなくなった世界は、程度の差はあれ自然に消滅してしまう。

「ですから、創造主の次にこの世界に深く関わっている僕が、代わりにお答えさせていただきます。申し訳ありませんね」

「いえ、それは構わないんですが……えっと、創造主はいつごろ亡くなったんですか?」

「かれこれ、三年ですかね」

「そんなに前に?」

 とすると、この世界はずいぶんと長生きだった。創造主のいなくなった世界は、調査隊の記録では最長で一週間ほど生き延びて消滅したとされている。

「創造主には、創造主のお考えがあったのです」

「考えか……。ところで、貴方は創造主にとっての、何なのですか?」

 彼方は聞いてみる。

「僕は、そうですね……恐れ多くも、分身、のようなものでしょうか。といっても、創造主と並ぶなんてとうていかなわないものですがね」

 青年はへりくだって言う。世界の創造主というのは、その世界で一番物知りで優れた存在だが、その創造主の代理を担うという彼も、相当の存在だろう。

「この世界のシステムについてはのちほどお話させてください。今は、あなた方のご用を優先するといいですよ」

「あ、分かりました。では行ってきますね」

 青年に後押しされ、佳苗はカメラをスタンバイし、境内をなるべく綺麗に写す。容量とバッテリーは出発前にしっかり充電しておいた。それがなくなるまで、佳苗の満足がいくまで、この世界をカメラに収め続けるだろう。神社を一通り撮影し終えると、青年に一言言って、本命の大鳥居を目指す。

「お嬢さん」

 鳥居をくぐる直前、青年に呼び止められた。何か粗相をしてしまったのだろうか、と日ごろの行いをしっかりと自覚している佳苗は少しだけどきどきした。が、それは杞憂に終わったようだった。青年はただ、ふわりとした微笑を保ち、「お気をつけて」と深く一礼しただけだった。佳苗は慌てて礼を返し、境内から外へと出て行った。

 一足先に浜辺についていた彼方は、遅れてきた佳苗を一瞥して少し顔をしかめた。

「え? あたしの顔になんかついてる?」

「そうじゃないよ。あの神主、なんか気に食わない」

 彼方の声色に若干敵意が込められている。

「な、なぜに? 礼儀正しくていい人じゃない」

「うん。それは俺も充分わかってる。ただね、なーんか、生理的に好かない」

「それって彼方君の一方的なこじつけだったりして?」

「あーそうかもね。あの人は本当によくできた人だと思うよ。だけど、対抗心燃やしたくなる兄ちゃんなのも確かだね」

「そうなの? あのお兄さんは素敵だけど、彼方君だって充分かっこいいよ?」

 佳苗は何の邪心も抱かず、そう答えた。彼方はぽかんとして、直後きびすを返した。

「……対抗心が一気に消えました」

「え⁉ 何で⁉」

「黙秘! 俺の心情の変化よりも、この世界の調査を最優先しまーす!」

 珍しく声を張り上げている。幼なじみはいつも腹立たしくなるくらい落ち着いているというのに、この変化は何なのだろう。佳苗は首をかしげながら、彼方の後を追う。

 潮が引いて大鳥居の真ん前に立つことができた。海を隔てて遠くから眺めても迫力がある。それを近くで見上げると、また違った荘厳さを覚える。

 この荘厳さ、なんともいえない美しさを、できるかぎり損なわないように気を配り、佳苗はカメラのシャッターを切る。

「……大鳥居」

「広島の厳島神社の大鳥居に似てるね」

 ぽつん、とつぶやいた佳苗に、彼方がそう返す。その言葉は、佳苗も同じく感じていたことだった。

「うん。どうしてその大鳥居が、ここにあるんだろう」

「今は亡き創造主が、好きだったんだよ。ノートの世界ってのは創造主の心をそのままそっくり映し出すからね」

「そうだよね。創造主は、日本人なのかな? ここは、日本のもので埋め尽くされてる」

「俺もそう思ってる。今となってはその創造主と会うことは叶わないけどね、残念なことに」

 カメラを下げて、佳苗はもう一度自分の肉眼でその大鳥居を見上げる。鳥居の向こう側に、八百万の神様がいそうな気がした。

「……会ってみたかったな」

 もっと早く自分が生まれて、この調査隊の仕事に携わっていたら、その創造主と会って話をしてもらえたかもしれない。初めて来た気がせず、既視感を通り越して懐かしささえ思い起こさせるこの世界は、佳苗にとって故郷と言っても問題ないほどの存在だった。

「ところでさ、ここ、俺たちは来たことない?」

 彼方は突然そんなことを聞いてきた。

「遠い昔にさ、君と俺と、こーちゃんもだったかな。みーちゃんは多分生まれてなかったころ」

「ずいぶん昔?」

「そのことをさ、中学校の頃、クラスメートに話したら笑われた。夢を見てたんだろうって。だけどさ、いくら夢でも、こんなにはっきり覚えてるのは、夢なのかな。それとも俺が、夢だって思いたくないがために頭の中で創った妄想なのかな」

「……きっと違うよ。夢でも妄想でもない。きっと、あたし達は、ここに来たことがあるんだ」

 佳苗も、家族に彼方と同じことを話したことがあった。しかし、孝太を除いて誰も信じてはくれなかった。当然といえば当然かもしれない。地球以外の世界が宇宙に複数存在するということが解明されて、まだ間もない時代だったのだから。

 だが、まだ幼かった佳苗は、そんな時代背景を理解することなんてできない。本当に見たんだという強い心が、彼女をかたくなにしていた。誰もが夢だと、空想だと言っても、佳苗はそれをずっと信じ続けていた。孝太も、彼方も、同じだった。

 この世界は佳苗たちの夢の集大成なのかもしれなかった。

 大鳥居を満足するまでカメラに撮った調査隊二人は、一旦神社へ戻って神主の青年に報告した。いかがでしたかと問う神主に、佳苗は瞳を輝かせながら大鳥居の美しさを語りまくった。青年は相変わらず微笑をくずさずいたが、佳苗に気に入ってもらえたことを理解すると嬉しそうにそうですかと相槌をうった。

 調査が終わるまで、この神社を宿代わりにしてもらった。ひっそりとしてはいるがこの世界で一番重要な位置を示す神社らしい。この世界にはいくつも神社がちりばめられているが、ここはそれらをまとめる役割を担っているという。そんな大それた神社なのだから、ここにつとめる住人もいるかと思ったらそうではなかった。この神社におつとめしているのは、この青年だけだった。こんな神社を一人でよく切り盛りできるものだと佳苗は感心した。

 寝室として使わせてくれる社務所には、客室があった。神社にそんなもんないだろと彼方は棒読みで突っ込みたくなった。が、ここは日本のものをふんだんに混ぜ込んだ異世界であることを思い出し、言葉にするのをとめた。

 出してもらった料理は、いずれも日本でよくある料理だった。白いご飯に豆腐とわかめの味噌汁、鮭の塩焼きに肉じゃが、ほうれん草の胡麻和え。食後には緑茶と最中。

 風呂は檜風呂。浴槽につかると、どっと疲れが流れ出ていくのが分かった。この世界に来てから、体力を多く消費するようなことはしていなかったのに、疲労は随分たまっているようだった。

 風呂から上がってくると、寝室にはすでに布団がきちんと用意されていた。もしかしなくとも、あの神主の青年が用意してくれたのだろう。泊めてもらっている場所は神社なのに、待遇は旅館だった。

 日本のどこかの旅館へ泊まっているのと、感覚が同じだ。ここは、異世界ということをつい忘れてしまうほど、佳苗と彼方にはしっくりとくる。異世界の調査というのは、地球との差異を比べて、そこから覚える違和感が醍醐味のようなものだ。それが感じられない、それどころか故郷とさえ錯覚してしまうここは、自分にとってなんなのだろうか。佳苗は、この感覚をどうとらえていいかわからなかった。

 翌日は、この世界の名所を案内してもらいながら、世界のシステムについて教えてもらった。

「ここでは、人間と妖怪が暮らしているんです。互いが互いを敬い、協力して生活しています。それぞれの特性を生かし、皆が皆の役割を担っています。例えば、河童なら川や湖の穢れを清めてくれます。天狗は、風を読んで天気を予測します。鬼は、人間と一緒にこの世界の防衛に携わっています。人間は、文字や文化を創り出しました」

 青年は住人達を捕まえては調査隊の二人にあいさつさせた。妖怪も人間も人懐っこく、客人に好奇心旺盛な瞳を向けた。見慣れないであろう服にぺたぺたと触ってきたりもする。

「お? お?」

 小さな河童が川から上がって、佳苗に抱きついた。川から上がりたてだから、当然巻き込まれた佳苗もびしょぬれになる。河童は佳苗の腰ほどしか身長がない。

「ど、どうしたんですか、この河童君?」

 創造主代理の青年に助けを求めんと目配せする。青年はその河童をちらっと見やると、ああ、と一人納得した。

「お嬢さんがここに来てくれて嬉しいんですよ」

「そーなんですか? それにしては熱烈な表現方法ですね……しかも見かけによらず力持ちですな河童君……」

 佳苗の腰に回している両腕の力は強い。見ている分にはじゃれた子供がだきついているだけだが、抱きつかれている佳苗は結構苦しかった。

 おや、と青年が声を漏らす。彼の視線を追うと、そこには随分老いた天狗がたたずんでいた。髪はすでに白く変わり果てているが、翼や目つきは少しも弱っていなかった。

「天狗爺様。お知らせくだされば、こちらからうかがいましたのに」

「何、まだそれほどもうろくしちゃおらん。若い天狗衆から地球の子供が来ていると聞いたもんでな」

 天狗爺様と呼ばれた老天狗は、いまだに抱きついている子河童とそれほど身長は変わらない。だが、それを相殺するほどの威厳をまとっている。自然と、佳苗と彼方の姿勢が正された。

「名はなんと申す?」

「はい。あたしは、桜井佳苗といいます」

「藤宮彼方です」

 うん、と老天狗は深く頷いた。そしてこちらへゆっくり近づいてくると、右手を空へと必死に伸ばす。

「すまん、お二人、かがんどくれ。届かん」

 頼まれた二人は素直に腰をかがめた。老天狗は、両手で二人の頭を優しく撫でた。

「うん。久しぶりだなあ」

「え?」

 初めましてではない、久しぶりだ、と老天狗は言った。その言葉は、佳苗にわずかながらの確信を抱かせるに充分だった。

「天狗爺……さま? えっと、あたしと彼方君を知ってるんですか?」

「そりゃ知ってるも何も。……うん? おい、お前、伝えていなかったのか?」

 老天狗は神主の青年を見上げる。何のことを聞かれているのかわかっている彼は、少し首を傾げて困ったような表情を浮かべた。

「ああ、そういえば、何も伝えていませんでしたねえ。てっきり、お二人ともご存知だとばかり」

「何の話ですか?」

 彼方は探るような目で神主を軽く睨み付けた。

「いえ、あなた方がここの調査に来たのも、何かの縁かと思っていたもので」

「どういうことですか? 俺、はっきりしないのは好きじゃないんです」

 彼方の声色に少しばかり怒気が含まれる。けんか腰になりそうだ、と佳苗はおろおろした。この状態の彼方をあおると、大変なことになるのは長年の付き合いから理解していた。

「彼方君落ち着いて? えーと、あたしたち、まったくの偶然というか、指揮官の指令によってこの世界の調査に来たんです。この調査に、あたし達の意志はあんまり関係ありません。それで、どういうことなのか、教えてくれませんか?」

 周囲の和を乱す彼方のしりぬぐいはいつものことだ。佳苗の弁解に老天狗は深く頷いた。

「なるほどなあ。いやいや、意志とかそういうことはあまり関係ないのだよ。ただねえ、懐かしくてね」

「覚えておいでではありませんか? あなた方お二人は、過去にこの世界へ一度だけ訪れたことがあるのですよ」

 答えをはっきりと伝えてくれたのは、微笑の美しい神主の青年だった。その言葉で、佳苗も彼方も、今まで覚え続けていた既視感や郷愁の念に、納得がいった。


終わりにだんだん近づいてきました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ