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四ノ①

 

 四、探していた世界 「君に会うためにもう一度生きようと決めた」


 悪魔の世界でお世話になったバートン夫妻に深く礼を述べた調査隊の二人は、地球と悪魔の世界をつなぐドアをくぐって帰ってきた。そこで始めに目に入ったのは、カフェのカウンター席に突っ伏してぐうすか寝ている如月指揮官だった。その背中にはややぼろの毛布が掛けられていて、如月の周りにはいくつもの空っぽの瓶が開けられていた。飲んでいたのだろうか、それは確かなのだろうが、酒の類ではなさそうだった。

「おー、おかえり、二人とも」

 厨房の奥からエリーが顔を出してきた。今は休日ですでに七時を回っている。身支度が不完全な彼方と佳苗と違って、彼の身だしなみに死角はなかった。

「おはようございます、エリーさん」

 佳苗はぺこっと頭を下げる。整い切れていないセミロングの髪が、ばさっと揺れる。

「こっちで朝食食べていくといいよ。そのあとは如月に事務所まで連れてってもらいな」

「もとからそのつもりですよ」

 彼方はさも当然のように言い放つ。そして加えた。

「ところで、如月さんはバーでもないこのカフェで飲んだくれてたんですか?」

「いやあ、そうじゃないんだよ。キミらの帰郷命令が下ってすぐにこっちきてね。キミらがいつこっちに戻ってきても大丈夫なように、こっちに泊まり込んでたの」

「あたしたちを待っててくれてたってことですか?」

「そそ。別に驚くことじゃないよ。こいつはガキの頃からこんな奴だから」

 エリーはそれだけ言い残してまた厨房に引っ込んだ。佳苗はカウンター席にちょこんと座って、左隣で突っ伏して熟睡している上司を見つめた。昔から、そうだったのだろう。さりげなく下の者を思いやる心遣いが、この男性には自然としみこんでいるのだ。理解のある先輩、間抜けどころかどこかが確実に抜けているが子供のころからずっと頼りにしていた兄、物心ついた時から一緒で少しばかりひねくれた同僚。佳苗は、自分がずいぶんと恵まれた職場にいるとしみじみ感じた。

 ぼーっとそう考えていると、厨房から香ばしい匂いと調理器具を扱う音が聞こえてきた。待っている間、佳苗は手帳を見直した。走り書きではあるが読めない字ではない。これをもとに、調査した世界の資料を作成し、如月に提出する。

 世界は、思ったほど怖くはない。少なくとも、佳苗は地球でまともに勉強していたためか、そう感じている。知れば知るほど、恐怖は薄れていくものだ。中学校時代の恩師が、そう教えてくれたのを思い出した。

「彼方君、悪魔の王様と、何を話して来たの?」

 ふいに思い出して、右隣で頬杖をついている同僚に聞いてみた。彼方は一瞬しかめっ面を浮かべたが、またすぐにいつもの呆けた表情に戻った。

「別に。取るに足らないことだよ」

「そっか」

 佳苗はそれ以上聞かなかった。

 ほどなく、エリー特製の朝食が運ばれてきた。ほこほこと湯気を上げているごはんと味噌汁が、佳苗の食欲を引き出した。

「いただきます」

「どうぞおあがり。……おい、如月。起きろ。オレの料理の匂いかいでもまだ寝てるとはどういう非常識だ」

「うー……違う、そうじゃない。それは避けて対処するんだ……」

 エリーに無造作にゆすられ、如月はうなりながらおかしな寝言をつぶやいた。

「わけのわからんゲームをするな。起きろ如月。起きなきゃ俺が息の根止めてやる」

(なんだか物騒なこと言い出した‼)

 エリーはいつの間にか持ってきていた布団たたきで、容赦なく如月を叩く。三度ほど叩かれ、如月はようやく目を覚ました。

「ん。あ、エリー、サイダーおかわり」

 まだ寝ぼけているのか、グラスをつまんでエリーに差し出す。エリーは、また容赦なく布団たたきで如月の背中をたたいた。そこで如月は覚醒した。

「あ、もう朝? 嘘。俺いつの間にか時差ボケしてた?」

「炭酸ばっか飲みまくっていつの間にか寝てたんだよアホ。しかも炭酸のおともにって俺に近くのコンビニまで甘いもの買いにパシらせて。その分建て替えはきっちりいただきましたからね」

「ああ、そうだったっけ。なんてこった。俺はどんなに眠くてもちゃんとした布団とかで寝るのがポリシーだったのに」

「そんなアホなポリシー今すぐ捨てちまえ」

 がりがりとぼさぼさの髪を掻きながら、如月は伸びをする。

「おお、調査隊二人お帰り」

「ただいまです、如月さん」

「おはようございます、如月指揮官」

「指揮官はやめろナタ坊。せめてお兄様と呼びなさい」

「寝ぼけているのでしたら俺からも眠気覚ましをさせていただきますが?」

「結構です。……エリー、ちょいとコーヒー入れてくれないか」

 エリーは片手を適当に振って返事に代えた。

 男性三人のやりとりを横目に、佳苗は左手に持った箸で鮭の塩焼きをひたすらつついていた。会話にかかわらずに黙々と食べていたにもかかわらず、食べ終わるのは彼方よりも遅かった。

 それでも黙々と咀嚼して、ようやく食べ終えて食後のほうじ茶にありつくころには、男性陣はみなそれすらすんでいた。なんだか納得いかない感覚にさいなまれながらも、佳苗は手帳を開き、お茶をちびちびと飲んでいく。

「お、悪魔の世界のメモ? どうだったよ」

 如月はコーヒーのお替りをエリーにねだり、隣にちょんと座っている佳苗の手帳を覗き込む。佳苗は嫌な顔一つせず、むしろ嬉々として見せた。

「時差ボケのようなボケになりそうな世界でした。でも悪魔って名前がつく割にはそんなに怖くなかったですし、とてもいいところでしたよ。住人の悪魔たちは、地球の人間に好意的です。向こうの研究論文も、わざわざ人間の言葉で日本語と英語のを持ってきてくれました」

「へえ。人は見かけによらないってのは、世界規模でも同じなんだなあ。いや、この場合は悪魔?」

 そういうと如月は彼方のコーヒーを取ろうとしてぴしゃりと手を叩かれた。

 佳苗は調査した世界について重要と判断した事項は必ず手帳にメモする癖がついている。そして読みやすいように、走り書きでも雑な字にならないよう配慮してある。読み返すときになって、後で自分が解読できるようにというのもあるが、誰かに見せる場合も考えた上での彼女の特技だった。

「ふーん……」

「ところで、調査期間はまだあったのに、急に帰還命令なんて何かあったんですか?」

 これらのメモはいずれ、提出する調査報告書を書く際の貴重な資料となる。内容はどうせ正式な書類でまた見る。佳苗は手帳を胸ポケットに仕舞い込んだ。

「いやあ、それがねえ、大阪の方の調査隊が、後は替わるって言ってきたんだよ」

「なんですかそれ」

 不満そうに声を上げたのは、彼方の方だった。

「いや、別に俺たちの手柄を横取りしようってわけじゃないのよ?」

 彼方の声色の意味を察した如月はすぐに弁解した。

「たださ、こっちは大阪よりも人数とか予算とかずいぶん少なくて俺たちだけじゃ充分な調査ができないだろ? その辺考慮して、俺が勝手に独断で大阪の協力要請をしちゃいました、ってわけよ。もちろんお前らの分け前は相応の分払うよ? ナタが心配する大人の事情はないから安心して次の世界の調査にいってきてくれ」

「大阪がねえ……」

 大阪は、埼玉よりも人数や予算が多く割かれており、事務所も埼玉のような小さな建物ではない。調査隊としての調査は埼玉よりも充分環境が整っており、人材もみな、優秀なものばかりだ。

 しかし、その恵まれた環境から、他国の調査隊からそれを逆手に取られ、多くの世界の調査を強いられていた。早い話が、優秀な人材と豊富な機材を持っていた大阪は、外国の舎弟として扱われていたのだ。

 このことを重く見た日本支部責任者である宗像は、大阪の調査隊に助言をして、これ以上外国の「お願い」という名の使い走りをやめさせた。この事態は総長にまで知れ渡り、日本以外の国の調査隊の醜態があらわになった。まともだったのは、台湾とドイツくらいだった。この二国は、総長の抱く調査隊としての誇りを忘れずにいたため醜態自体なかった。

 その大阪が、呪縛から解放されてからというもの、よく埼玉と連携して調査にあたるようになったというわけだった。

 事情を一通り聞いた彼方は、長く息を吐いて理解した。

「まー、それがさ、お二人さんが調査に行ってる最中のことだからねえ。知らんのも無理はない。……つーことで、悪魔の世界の現地調査は大阪の方に頼んで、お二人さんにはもう一つの世界に行ってもらいたいのよ。実はそのために無理やり帰郷させたから」

 割と重要なことをさらっとやってのける如月だった。

「つっても、次の調査は来週の木曜からな。今日は休日だし、家でゆっくり休みな。事務所に置いてある荷物は孝太に持たせるから」

 立ち上がった如月は、ぐいんと伸びをし、カフェを出て行った。それを追うようにして、二人の未成年現地調査員もついていく。如月が、家まで送ってくれるようだった。

 佳苗はエリーに「ごちそうさまでした」と深く頭を下げ、急いで彼方の後を追った。



四章突入!

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