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三ノ④

端的に言えば、そこはなんだか暗がりだった。真夜中のような暗闇ではないが、昼のような明るさを持ってもいなかった。

 そこは、黄昏時の町だった。コンクリートや石畳ではない土がきれいにならされているのが、靴越しにわかる。ふっと見上げれば、街灯がぽつぽつとともり始めている。住民はまばらで、すれ違う者たちが滞ることなく歩いていた。

 彼方は無意識に、武器を突っ込んであるポケットに手を添えたが、幸い武器を用いる必要はなさそうだった。この世界の住人の一人が、佳苗と彼方を好奇心旺盛な目で見ながら近寄ってきた。

「およ? お二人さん、ひょっとして人間っすか?」

 その住人は、背格好が少し奇妙な少女だった。両端が猫の耳のようにぴんと尖っている帽子を目深にかぶっていて、腰まで届く長い金髪がそこからこぼれ出ている。服は黒一色のワンピースで、首も手首も膝も隠れる衣装だ。

「はい、あたしたちは、地球からきた調査隊で……」

「うっひゃあー‼ ひっさびっさの人間だあー!」

 佳苗が言い終えるのも待たずに、少女は歓喜の奇声をこれ以上なく張り上げた。しかもそれだけでは足りないらしく、両手を天に仰いでぴょんぴょん跳ねる。なんだこいつ、と彼方は怪訝そうに彼女をにらんだ。

「いやあ、ほんと、何年ぶりっすかねえ。ウチらが地球に行くことはあっても、その逆はもう滅多にありませんから。で、調査隊ってのは、アレっすか? 地球以外の世界を調査して回るとゆー」

「はい。地球の日本という国から派遣されてきました。あの、もしよろしければ、この世界で一番偉い人に謁見させてもらえませんか? 資料が少なくて、事前の連絡もできなかったので……」

「あい、がってんしょーちっす!」

 少女は大げさな身振り手振りをしながら会話するようだった。少なくとも、この少女は佳苗や彼方ら部外者に好意的だ。彼女についていけば、それほ危険な目に遭うことはなかろう。

「あ、申し遅れましたけど、ウチはマーシィ・デーヴィスっていいまっす。お二人さん、お名前は?」

「あたしは桜井佳苗といいます。こっちは……」

「藤宮彼方」

「ほほー。どっちも『かな』がつくんすね。略してカナカナちゃん? あ、ウチのことは気軽に『まーたん』と呼んでください」

「初めていただくあだ名ですね」

 彼方はマーシィのなれなれしさに辟易しながら、それでも平常心を保とうと必死だった。こう、態度で振り回す性格は、彼方にとっては苦手だった。

 連れて行ってもらった場所は、地球にもありそうな洋館だった。豪奢なつくりではなくむしろ質素で、五人家族が生活できる程度の屋敷に思える。この世界で一番偉い人の住む場所というくらいだから、彼方はてっきりもっときらびやかなものを想像していた。

「さっ、つきましたよぉ。案内しますね」

 マーシィは友達の家感覚で呼び鈴を鳴らす。数秒して、土か何かで汚れまくった黒いエプロンを来た長身の男性が応じた。

「あ、マーシィ」

「どーもお疲れ様っす。魔王様に謁見したいって人間がお二人いらっしゃるんすけど、魔王様はご在宅で?」

「いますよ。居間でおくつろぎ中です。僕はこんな格好ですから、マーシィが案内してさしあげなさい」

「うーす」

 そういうとエプロンの男性は現地調査員二人に軽く一礼して、屋敷を去って行った。

 気になる単語が、あの二人の会話の中に潜んでいた。『魔王』と、言っていた。それが、マーシィやさきほどの男性のような人の形をしているのか、それともおとぎ話によくあるような怪物めいた姿をしているのか、彼方には想像が膨らみすぎてかえって見当がつかない。もし、気性の荒い性格だったら、という考えにいたり、彼方は胸ポケットの緊急コールに手を触れた。いつでも逃げられる準備はしておかなければならない。

 ちらっと、横をうかがう。わくわくと期待を含んだ目を輝かせた幼馴染がそこにいる。

(危ないってことわかってないんだろうなあ)

 彼方は気づかれないようにため息をついた。この幼馴染は、ずいぶんとお気楽だ。それが悪いとは言わないが、危機意識に欠けるのは致命傷だ。彼女の欠点が、彼方の庇護義務をかきたてる。

 赤じゅうたんの敷かれた廊下を、しずしずと歩いていくと、ふいにマーシィはチョコレート色のドアの前にぴたっと止まる。

「さ、つきましたよ。なにぶん、この世界で一番偉い魔王様っすから、失礼はダメ、絶対っすよ」

 マーシィはここでようやく真面目な表情を見せた。おちゃらけた者が急に真面目になると、落差の分だけ真面目さがこちらにも伝染する。調査隊二人はごくっと息をのみこんだ。それを確認したマーシィは、軽くノックした。

「魔王様ー、地球から調査隊の方が見えましたよお」

 ドアの向こうから、「お通しして」という若い男性の声がした。マーシィは静かにドアを開ける。

 つやのある木製の椅子にゆったりと腰かけている、二十代くらいの男性が、魔王だった。

 魔王は、見目麗しい容姿をしていた。透き通る銀髪は後ろで適当にまとめていて、灰色のYシャツは胸元が少しはだけている。そこから、金色のアクセサリーが二つ三つちかちかと己の存在を主張している。袖口が、指の付け根まで覆っている。色素の薄い肌には、その真っ赤な瞳はよく映える。

「きれい……」

 佳苗は思わずそう言葉を漏らした。これには彼方も同意した。この男性が、魔王なのだ。その美しさには、魔王だというのに、魔性のものは一切入っていない美しさだ。

「こんにちは、人間のお二人さん」

 姿が美しければ声も美しかった。佳苗はどきどきしているのをもろに全身で表現してしまう。「へうっ」とわけのわからない間抜けた感嘆詞をこぼし、飛び上がりそうになる体を必死に抑えているようにうかがえる。態度に出すぎだ、と突っ込みたくなったが、彼方も表に出さないだけで結構動揺している。

「はっ、初めまして、魔王様! あたしたちは、地球から派遣されてきました、調査隊のもので、今回は、こちらの世界の調査をいたしたく、お願いにまいった次第でございますのですなのです」

「落ち着けっての。声裏返ってるし」

 魔王は佳苗の緊張ぶりにくすと笑む。美しいものというのは、何をしても絵になるらしい。

「落ち着いて。魔王って言っても、人間界でいうところの首相とか大統領クラスのもんだから。皇帝にはとても及ばない」

(いや、それでもかなりのクラスだろ)

 彼方は反論したくなる口をぐっと結んだ。

「なんにせよ、人間がこの地に訪れてくれたのは本当に久しぶりだからね。心から歓迎するよ。調査なら、いくらでもどうぞ。知りたいことがあったら、遠慮なく私に聞いて。この世界を、どうぞ心から楽しんで行ってね」

「は、はひっ!」

 緊張がいまだ解けない佳苗を横目に、彼方は再びため息をついた。

 魔王は名前をレイモンド・ローレンツといい、この世界を取り仕切る役目を担っている。素晴らしいのは容姿だけでなく実力もしかり、適切な人材を適切な場所に置くのがうまかった。それは訪問客にも同じで、調査隊二人を適切な宿に案内した。そこは宿というより、新婚夫婦の家で、二人は居候というかたちでそこにお世話になることとなった。

「まあまあ、人間だわ。こんなにかわいらしいのね。多感な時期の息子と娘って、こんな感じかしら」

 フローレンスと名乗った夫人は、子供っぽくはしゃいで佳苗と彼方の顔や髪の毛をいじくりまわした。

「あのー、あたしたち、滞在中、ここにとどまっていいんですか? ご夫婦のお邪魔になりません?」

「いいのよ。家族が増えたみたいで、歓迎するわ。私、賑やかは大好きよ」

 フローレンスは腕まくりしてキッチンに向かう。彼女から、やる気のオーラがとてつもなくにじみ出ている。

 その後、豪勢な夕食が食卓に並ぶ頃、フローレンスの夫エドガーが帰宅し、こちらからも熱烈な歓迎という名の抱擁を受けた。四人で囲う食卓は、地球の食卓と変わらないほどにぎわった。

 彼方はムニエルをもくもくと口に運びながら、物思いにふけっていた。思えば、自分の家では、こんな賑やかな食卓を囲った記憶がない。佳苗の家で夕食をごちそうしてもらったときは、いつでも楽しかったのに。なんだか、少し胸がいたんだ。

 食事だけでなく、入浴も寝室も、何から何までフローレンスの世話になりっぱなしだった。明日には、二人で本格的にこの世界の調査をするつもりである。世界の案内役は、マーシィが買って出てくれるとのことだった。

「なんだか、至れり尽くせりだね。拍子抜けした気分」

 佳苗はベッドに深く座り込んで、彼方に話しかけた。寝室は一人一部屋も借りた。

「うん。それどころか、俺にとっては地球よりも居心地がいいかもしれない」

「えー、それはちょっとさびしいなあ。そりゃあたしが彼方君にあげたものってろくなものないけど、地球の居心地が悪いと思われるのは心外だなあ」

「別に、君と一緒にいるのがやだって言ってるんじゃないんだよ。たださあ、俺の家庭事情ってやつがね」

「ああ、そっちかあ」

 佳苗は納得してくれたようだった。

「俺の家、かなり厳しいから、あんなふうに楽しい食卓ってのとは無縁なんだよ」

「あー、それであたしんちでご飯食べるとき嬉しそうにしてたんだね」

「そういうこと。何より、この世界は地球の人間に対してそれほど排他的じゃないから、ほっとした。明日はきっちり調査するからね、今のうちにぐっすり寝ときな。じゃ、お休み」

「うん。おやすみ」

 彼方は部屋を後にする。彼方の寝室は、佳苗の向かいで、十秒足らずで届く距離だった。

 干されてふかふかのベッドが、肌に心地いい。彼方は食事程度で感傷に浸ってしまった自分を叱咤し、無理やり瞼を閉じた。嬉しいことに、眠気はすぐにやってきてくれた。どうやら、自分も相当疲れているらしかった。


区切ります

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