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二ノ⑤

 フーマ・コーラルは、もともとは地球に住んでいた。家は裕福で、運輸業を営んでいた。フーマは一人っ子だったため、いずれは家を継ぐことになっていた。両親は比較的甘く、フーマのやりたいことを自由にさせてくれた。

 フーマ本人は、少し気弱で大人しい性格の少年だった。学校でも一人で本を読んでいる時のほうが多かった。本当は誰かと遊びたかったが、体が少し弱いのと、引っ込み思案なのが手伝ってフーマの欲求が叶うことはなかった。

 そんな時、出会ったのがキョウ・ライネスだった。キョウは秋ごろにフーマの住む町に引っ越してきた。少々乱暴で強引だが、明るくて頼りがいのある彼はすぐに周囲の同年代の人間と打ち解けた。もちろん、フーマとも。

 会話を重ね、一緒の時間をすごしていくうち、二人はかけがえのない親友になった。まだまだ内気な性格から抜け出せないフーマではあったが、キョウと会話している時は明るくなれた。キョウに面白い本を薦めたり、学校での勉強を教えたりして、毎日が少しずつ楽しくなっていった。時として、自分で描いた空想をキョウに話して、二人でその空想にひたることもあった。

 ただ、気になることがあった。キョウは、肌の露出を避けていた。とてつもなく暑い日だというのに、長袖を着て、水泳の授業は必ず休んだ。着替える時は絶対に人目のつかない場所を慎重に選んでいた。変だとは思っていたが、まだ初等学校に通う小さなフーマには、それが何を意味するのかまったく分かっていなかった。

 キョウの少し奇妙な行動の理由を知ることになるまで、それほど長くはなかった。ある日、キョウが珍しく学校を休んだ。学校で配られた手紙を渡すよう、フーマは先生に頼まれた。フーマはそれを快諾し、先生からもらったキョウの住所を書いたメモを頼りに、キョウの家へ向かった。フーマの家で二人が遊ぶことはよくあったが、その逆は一度としてなかった。

 キョウの家は、学校からかなり遠く離れていた。フーマの地元は学校が少ないから、そこに暮らしている子供の通う学校は一校だけだ。別におかしいことではない。家のベルを鳴らそうと玄関に立つと、中から何かをたたく音と、甲高い女の耳障りな声が聞こえてきた。少し怖くなったフーマはあとずさったが、中が気になって庭へまわり、窓から中を確認した。

 キョウがあれほど肌を隠す理由が、判明したのはその時だった。

 キョウは、両親から虐待を受けていた。あれだけ乱暴なキョウも、所詮は小さな子供に過ぎない。親に歯向かうことなど、できるわけがなかった。

 それを目撃してしまったフーマは、手紙を郵便受けに入れてそのまま走って帰った。キョウに手を上げるあの女の形相が、本で読んだどんな怪物よりも恐ろしかった。その晩は、自分を恨んだ。大切な親友を助けず逃げ出した自分が憎くてしょうがなかった。

 それからしばらくして、キョウは学校へ戻ってきた。前よりも、ずいぶん服を着込んでいた。キョウはフーマが家に来たことを知らない。いつも通り快活に接してくれている。フーマは、キョウに虐待のことを聞き出すことがためらわれた。親友を助けたいと願う気持ちに嘘はない。だが、どうすればいいのかわからなかったフーマには、何をすることもなかった。

 ある日の放課後、フーマは学校図書館で本を吟味していた。そのとき、偶然担任の先生とばったり会った。

「フーマ君も、本探し?」

「はい」

「じゃあ、先生に何か面白い本をおしえてくれないかな」

 若くて経験は浅い女性ではあったが、担任の先生はフーマにとっていい先生だった。勉強を教えるのも、社会や学校を教えるのも上手な先生は、もしかしたらフーマが何を見てきたのかわかっていたのかもしれない。そうでなければ、放課後はほとんど教室にいる先生が、学校図書館に来るはずがないのだから。

 フーマは先週返却した本を先生に渡した。先生はそれを受け取ると、急に真剣な表情になって、フーマの目線に合わせるようにしゃがんだ。

「フーマ君、正直に答えてもらいたいんだけど、いいかな」

「何をですか?」

「キョウ君のことなんだけど、彼に関することで何かあったのかな?」

 問い詰めるわけではない、優しく諭すような口調で、先生は尋ねた。フーマはどきっとした。悪いことをしているわけではなけれども、フーマは落ち着かなかった。そんなフーマを気遣うように、先生は図書館の椅子に促した。

「フーマ君の言ったことは、フーマ君が内緒にしてほしいならそうするし、何もないならそれに越したことはない。だからね、正直に答えてもらいたいんだ。お願い、できるかな」

 この先生なら、何を話しても大丈夫だろう。フーマはそれがわかっていた。必要以上に誰かに喋らないでほしいと強く念を押し、フーマはキョウの家で見たことを、なるべく詳しく話した。先生もフーマと同じく、キョウの受けている仕打ちが虐待だとわかってくれた。

 話しているうちに、フーマは目から涙をぼろぼろこぼした。キョウは大切な親友なのに、置き去りにして逃げてしまった自分が情けなかった。先生はそんなフーマを責めるでもなく、優しく胸に抱きしめた。

「つらかったね。よく話してくれた。偉いよ、フーマ君。何も、自分を責めちゃいけない」

 そのあとの先生の対応は迅速だった。フーマに事情を聞いたその日、フーマを家に送ってからその足でキョウの家へ向かい、確認した。どうやら、向こう側は虐待を隠すつもりらしい。近所からは、毎晩のように奇声と人をたたく音が響くという苦情があるのに、それが虐待の音だと一切認めなかった。キョウに会わせてほしいと頼んだが、追い出された。

 先生はキョウを助けるために尽力した。それを周囲にあからさまに話したりはしなかったが、フーマはその背中に尊敬の念を抱いた。その背中を見ていたフーマは、自分もキョウを助けるために何かしたいと強く願うようになった。それを先生に相談したら、真剣に考えてくれた。

「いい子だ、フーマ君。今、君にできることはね、キョウくんと一緒に遊ぶことだよ」

 子供の自分にできることなんて限られているが、それでもフーマはできることをやろうとした。先生は先生で動いていて、校長先生と相談し、児童相談所のような施設に駆け込むことを検討していた。

 キョウは、また学校を休んだ。あの家に一日中閉じ込められて、親から暴力を受けていると思うと、フーマは授業に集中するどころの話ではなかった。その日も先生に頼まれ、学校の手紙を届けにキョウの家へ行った。この時は、先生と一緒に行った。

 案の定、奇声とたたく音は消えていなかった。ドアはカギがかかっていない。フーマは先生に止められるのも聞かず、そのまま家へ入った。

 間近で、親友が暴力を受けているのを見た。父親と母親から一方的な痛みを受け、うずくまってことが過ぎるのを待ち続けているキョウが、苦しそうで見ていられなかった。

 この時、フーマは何も考えていなかった。ただ、親友を助けたいという強い願いしか持っていなかった。理性よりも、本能が働いた。だっと走って、虐待している二親を突き飛ばした。キョウの手をつかんで、そのまま家から逃げ出した。この後どうするかなんて、考えてもなかった。家を出て少しの距離のところで、先生の車が二人に追いついた。

「乗りなさい!」

 フーマは優秀なほどに順応し、車にキョウを押し込んだ。行先は、先生の家だった。

 キョウはしばらく先生の家で面倒を見ることになった。相談所には話をつけていたらしく、キョウの保護を約束してくれた。この日の夜は、フーマもキョウと一緒に先生の家に泊まることにした。フーマ家に連絡したら、くれぐれも先生に迷惑をかけないようにと、それから、キョウともども体に気をつけるよう言われた。

 キョウから、肌を見せてもらった。体中、赤紫とたまにどす黒く変色したあざがのたうっていた。フーマはそれをみて悲しくなった。また泣いた。

「気持ち悪いもん見せてごめん」

「違うよ……。僕、自分が嫌い。もっと早く、先生に話してたら、キョウは痛い思いしなかったのに」

「別にいいって。慣れてる。現に、こうして助かったんだ」

「ごめん。ごめんね、キョウ。僕、弱虫で」

「泣くなって。あざはいつか消えるから」

 おかしな光景だった。痛い思いをしていたキョウが、フーマを慰めてくれている。よけい情けなくなって、しばらく泣き止まなかった。

「キョウ、ごめん。僕、もう弱いままにならない。キョウに助けてもらうだけにならない」

 ぐいっと、涙をぬぐう。

「もっと、強くなる。キョウを守れるくらい、もっと、強くなる」

 まだらの世界は、フーマのこの心がもとになって、生まれた。


またも区切ります。

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