二ノ④
創造主は、フーマ・コーラルといった。フーマがこの世界を創造したきっかけは、ある友人を守るためだったらしい。誘拐の件が解決したら、詳しく話してくれるようだった。
二人はフーマの家で寝泊りすることになった。案内された家は、この世界基準の観点からすれば異質だった。地球の洋館のような小さな建物で、地球人からすれば普通なものである。中身も同じだった。出してもらった食事も貸してくれた寝室も、ここだけ地球から切り取られたかのような地球ものだった。
「なんか、ここだけ価値観が地球だね」
「だねえ。ま、いいんじゃない。見分けやすくてさ。今回はそれを逆手に取られたわけだけど」
「変ですか?」
一階の居間でのんびりとお茶を飲みながら創造主の近辺について聞いていたところ、そんな風に佳苗は感じ、フーマに聞かれた。
「いえ、いいと思うなあ。慣れてない地球人のための休息所みたいで、フーマ君の心遣いが見えます」
「ありがとうございます」
「こっちには、一人で住んでるんですか?」
「いいえ、友人と二人で暮らしてます。もう帰ってくると思いますが……あ、かえって来たかな」
フーマは何かを感じ取って玄関に直行する。ドアを先制して開けると、その友人とやらが立っていた。
思わず、佳苗はあっと声を出してしまった。比較的冷静でいた彼方も、少しだけ固まってしまった。
その友人は、佳苗を閉じ込めて脅したあの少年だったからである。
「おかえり」
「ただいま、……ってあー? なんでこいつらがここにいんの?」
「え、知り合いなの?」
「知り合いも何も、昼前に会った。んで脅した。俺が」
「お、おどした? 何してるのキョウ! ごめんなさい、身内が迷惑かけたみたいで」
当事者ではないのに、フーマは申し訳なさそうに佳苗と彼方に頭を何度も下げた。
「あー、大丈夫ですよ。用心してたみたいですから」
「刃物突きつけられるのも用心の範囲内? アレは過剰防衛って言うんだよ」
「すみませんすみません‼ 本当にすみません! 僕からきっちりきつく言っておくので許してやってください‼」
「いや、もう大丈夫ですって。ていうか彼方君も追い討ちかけないの!」
「だって頭来たから」
変な構図だ、と佳苗は思いながらフーマをなだめていた。ちらっと当事者を見やると、どこ吹く風のようだった。
「フーマ、もう和解してんだから、みっともなくそうぺこぺこすんなって」
「君のせいだろおおおが‼」
「でっかい声出すなって」
五分ほど時間を費やし、ようやくフーマをなだめて本当に和解した。
お茶の席にて、佳苗に刃物を突きつけてきた子の少年がフーマの友人で、一緒に暮らしているということだった。彼は、キョウ・ライネスと名乗った。
夕食を済ませてのんびりする時間に、佳苗はキョウに話を伺っていた。彼方はというと、フーマの護衛をしている。佳苗は、キョウに二階のベランダまで案内してもらった。夜空は雲ひとつなく晴れていて、緑色の満月が明るく街を照らしていた。
「……本当に悪かったな」
キョウは帽子を無造作にかぶり直し、佳苗にそう投げかけた。佳苗は一瞬何のことか分からなかったが、五秒ほど考えて、あああれか、と納得した。
「いいよ。もう気にしてないから」
「お前の相棒はいまだに根に持ってるみてーだったがな」
「まあね。でも気にしないで」
「だいぶ、お前のことを大事に思ってるんだろーなあ。あんだけ睨まれたの初めてだよ」
「睨んでたの?」
「さっき、目が合ったとき、警戒したし武器構えようとしてた」
よく見てたなあ、と佳苗は感心した。キョウが戦いやそういった場に慣れているのか、それとも自分が周囲に対してあまりに鈍感なのか、分からない。分からないが、後者であると認めないようにした。そうなるとあまりに自分が馬鹿すぎる。
「なあ、お前」
「うん?」
「あいつとお前は、どういう関係なんだ?」
唐突に聞いてきた。しかもキョウは至極真面目な顔をしている。これは茶化さずに答えるべき問いなんだろうと思うが、佳苗はとっさに答えが出てこなかった。
「うーん、何だろうね……小さいころからずっと一緒にいた友達で、今は仕事の相棒かな。あたしにとってはとっても大切な人だよ。向こうはどう思ってるかわかんないけどね」
「恋人じゃないのか?」
佳苗は飛び上がりそうになった。この少年は、意外と遠慮がなくストレートにものを聞いてくる。物言いが素直で直球なところが、彼方に似ていた。
「違うよっ‼」
「大切な人っつうたらそういうものだろ」
「違うったらちっがう‼」
佳苗は必要もなくむきになって言い返す。顔を真っ赤に染めて涙目寸前になってする反論は、もはや反論とは言いがたい。
「そんなんじゃないよ……。あたしが彼方君とって、……ない! 絶対ない!」
「すげえ全否定だな……聞いてるこっちがむなしいよ」
「聞いてきたのはキョウくんじゃないか。あのね、男女間での大切な人って恋人だけじゃないでしょ。父と娘とか、母と息子とか、男友達とか女友達とかいっぱいあるでしょ。っていうかなんでいきなりそんなこと聞くの」
「ああ、まあなんとなくな」
キョウは手すりに寄りかかる。
「大切な人がいるってのは……どの世界でも同じなんだな」
「どうだろうね。あたしが見てきた世界は少ないから、すぐにそうだとは言えないけど。そうだといいね」
キョウは緑色の月を見上げた。佳苗も、つられて見上げる。
「ねえ、今度はこっちから聞いていいかな?」
うん? とキョウは目線を佳苗に向けた。
「フーマ君が誘拐されたって聞いたけど、それ、詳しく教えてくれないかな?」
キョウの表情が、厳しく引き締まった。バルコニーに添えていた手に、自然と力がこもっているのが、分かった。
「少し前にな、こっちの世界じゃない人間が、フーマを誘拐しようとした。たまたま俺が近くにいて助けたけど、結局まだつかまってないんだわ」
「どういう人だった?」
「肌はお前らと同じ。明らかにこっちの人間じゃないってことは確かだよ。あと、俺らより年上の野郎だったな。目つき鋭くて、図体だけはいっちょまえ。俺がこいつで脅したらフーマ置いてすぐどっか逃げてった。度胸は草ほどもなかったよ」
キョウは腰に刺している武器を佳苗にちらっと見せる。
「俺が知ってるのはこれくらいだな。悪いな」
「ううん。ありがとう」
佳苗は緑色の満月をぼんやり眺めながら、創造主誘拐について考えをめぐらしていた。事前にもらっていた資料には、少年が誘拐されたという記述が、確かあった。創造主と書かれていなかったのは、誘拐されたフーマが創造主だと知らないからなのもわかった。キョウの話によると、刃物をちらつかせたらすぐに逃げていったという。刃物を突きつけられて身の危険を感じたら、誰だって恐怖に支配される。だが、誘拐犯はキョウよりも年上だ。体つきも悪くはない。その気になれば、キョウを振り切ってそのまま誘拐を遂行することだって可能だ。なのに、相手はそれをしなかった。与えられた情報と事前知識から、佳苗はひとつの結論にたどり着く。
(思ったほど、たいした誘拐犯じゃないのかも? もっとも、油断はできないけど)
「そろそろ入ろう。体冷やしちまう」
キョウに手招きされ、佳苗は部屋に戻る。
がん、という窓を無理やり打ち砕いた音が、部屋に響いた。佳苗は驚いてどう動けばいいのか分からなかった。が、キョウがすかさず音のしたほうへ大またで向かうのを尻目に確認して、ようやく自由に体を動かせた。
ガラスの割れたのは、予想通りフーマの寝室だった。割ったのは、今フーマを拘束している男だろう。佳苗はどうしてだか、そいつが一目で地球人だと気づいた。
「彼方君!」
佳苗はフーマの近くで倒れている相棒に向かって叫んだ。左手で右腕を痛そうなくらい握っている。怪我をしたのだろうか。
「動くな」
彼方のほうへ駆け寄ろうとした佳苗を、そいつは牽制した。相手もそれほど馬鹿ではない。刃物をフーマの顔に突きつけ、こちらの動きを封じる。フーマは気を失っているようだった。男は舌打ちして、フーマを担ぎ窓から逃走した。佳苗は窓から誘拐犯を確認したが、それよりも彼方の安否が気になって仕方がなかった。
「彼方君! 怪我してるの⁉」
「大丈夫、かすり傷だから」
彼方は思うように動かない体を必死に起こす。傷口はそれほど深くはなさそうだった。佳苗はほっとした。応急処置をして、これからのことを考える。
「てめえ、なんでフーマを守れなかった」
キョウの低い声が、調査隊二人の腹の底に響いた。彼方の胸倉を無造作につかむ。二人は創造主の護衛を担っているにもかかわらず、結局守りきれなかったのだ。キョウの怒りも、もっともだった。
「完全に俺の不手際だった」
彼方は自分の失敗に言い訳をしない。素直に役立たずを認めた。キョウは舌打ちして、手を離した。
「俺たちの責任はあとでいくらでも追及してよ。今はまず、創造主を助けることが先。俺が言うのもなんだけどね」
「いや、そのとおりだな。フーマを助けねえと。あいつに何かあったら、俺……」
「やめよう、悪いほうに考えると、ろくなことがないよ」
「……ん」
キョウは帽子を手でいじくってそこにどかっと座り込んだ。
今なら走れば追いつくだろう。しかし相手に見つかったらフーマに何をされるか分からない。佳苗は両頬を手でぱんっと叩いて、気持ちを切り替えた。彼方の負傷で動揺していた心も、落ち着いてきた。
「何で、あいつはフーマを誘拐したんだろう」
彼方は根本的な疑問を投げかけた。
「そりゃ創造主にとって代わるためだろう。最初に会ったとき、そう言った」
「そっか」
「早くしねえと、フーマが創造主の座を奪われちまう」
「ううん。大丈夫」
キョウの不安を、佳苗はいともあっさり打ち消した。すっと立ち上がり、フーマの机の引き出しから、一冊のノートを見つけ出した。ぱらぱらとページをめくり確信した。このノートこそ、この世界を創ったノートなのだ。
「君、何でそこにあるって分かったの」
「いや、なんとなく。ねえ、キョウ君。これって、やっぱり創造主のノートだよね」
「ああ、分かる。ことあるごとに見せてもらってたからな。けどそれが何だってんだ?」
「世界は、一冊のノートから始まるってことがよくあるの。この世界もそう。このノートから始まったの。つまりね、このノートの持ち主がこの世界を創ったってことになるんだよ」
「んなこた分かってるよ」
「逆に考えるとね、このノートの所有者がフーマ君である限り、あの誘拐犯はいくらがんばってもこの世界の創造主に成り代わることはできないの」
「それを奪われたら、終わりってことだね」
彼方の言葉に、佳苗はうなずいた。
あの誘拐犯はノートを奪うつもりだった。ノートの居場所を突き止めるには、持ち主である創造主を問い詰めればいい。だが、フーマはそれをしなかった。彼方が近くにいたし、創造主は気絶するし、すぐに佳苗とキョウが駆けつけた。その場でフーマを問い詰めるのは無理だと悟った男は、一旦場を移したのだ。
「けど、なんにせよ早くしないと、フーマが危ねえ」
「大丈夫。万一のために、発信機つけといた」
彼方はポケットから機械を取り出した。画面に、赤い点が点滅していた。その点が、フーマのいる場所なんだろう。
キョウはすっと立ち上がる。帽子をかぶり直し、腰に刺している剣をぐっと握り締めた。
「フーマを助けろ。それで責任はチャラにしたる」
「そりゃありがたい」
彼方と佳苗も立ち上がり、発信機を頼りに、フーマと誘拐犯を追う。
またも区切ります。




