使い魔という魔術
王立中央学院の学生で冒険者としても登録されている少年、ロド。
彼が王立中央学院の図書館で見つけた中で、使わない魔術がある。
正確には、当初使おうとしたが実情を知って躊躇っているものだ。
その魔術は《使い魔》。
任意の生物と意識同調し、自らの手足の如く使役するものである。
本来入り込めない狭い場所や水中、地中、空中などで活動が出来、
「怪しまれることなく人知れず情報を得る」という面で有用な魔術。
にも拘らず、ロドはそれを使おうとせず、覚えただけに留めた。
まず、同調が出来る生物は限られていそうな事。
書物の理屈の上ではあらゆる生物で出来る、とされているのだが、
例えば昆虫類や植物のようなものでは行った例は見当たらない。
記録がないものは使用時の危険度も高い。
次に、使用したと思われる人物の手記にあった記述。
その人物はカエルを使ってみたが、同調してすぐ吐いたようだ。
別生物の感覚器官は違いがあり過ぎて受け付け難いのだろう。
視界がほぼ全方位になり、目の焦点はぼやけ、味覚が変化して、
昆虫類への食欲が一時的に増したそうだ。あと肌がひりついたと。
同調した生物の感覚が一気に上書きしてきて嫌悪感が半端ないと。
思うに感覚だけでなく、本能や記憶も術者に流れ込むらしい。
使った生物がイヌやネコならばまだましだったかもしれないが、
それでも普段と異なる感覚の違和感は相当なものになるだろう。
また関連して、小動物は捕食されやすい事。
手記の人物は気持ち悪さを我慢してカエルを動かしてみたらしい。
しばらく確認した後、目の前が急に暗くなり全身に激痛が走った。
のたうち回り泡を吹き、同調を慌てて切った後に目にしたものは、
同調していたカエルを咥えて弄んでいた屋根の上のカラスだった。
しょっちゅう死ぬような思いをするのはさすがに御免である。
大型の動物ならそうそうなかろうが、隠密行動はやりづらい。
決定打は、諜報目的なら代替可能な魔術がある事。
《放たれる視界》《放たれる聞耳》などにより諜報活動は出来る。
さすがに直接触れられないので触覚だけはどうにもならないが、
情報が必要なだけならその二つの魔術で事足りてしまう。
魔術の同時使用は、ロドにとっては最早手慣れたものだ。
そんな理由から、多分使う事はないだろうな、とロドは思っていた。
◆
そして現在、ロドは使わないと思っていた《使い魔》を使っていた。
対象はまさかの人間である。
王都の冒険者組合窓口にて、受付嬢と見慣れない人物が揉めていて、
どうやら服装を見るに、王国と直接交流を持たない国の者らしい。
王国周辺諸国の場合、言語は方言程度の違いしかないのだが、
この人物、三十ぐらいの女性は相当遠国の出身の様子。
王立中央学院で学んだ帝国語とも違うし、南方の首長国語とも違う。
何を訴えているのかも分からない。ほとほと困っている受付嬢に、
ロドは手を貸そうと相手の女性に割り込んだ。
見れば黒髪黒目、顔かたちはロドによく似た感じの人物である。
女性は最初ロドを睨みつけたが、顔を見て少し落ち着いた。
身振り手振りで、ロドは彼女を近くの椅子へと誘導する。
帝国語と首長国語で話しかけてみるが、相手は困惑するばかり。
駄目で元々、最近学び始めた古代文明語を使ってみる。
『あら、言葉がわかるのね?』
少し発音は違うものの、これは通じたようだ。
しかしロドもまだたどたどしく、意思の疎通が難しい。
意を決してロドは女性に提案してみた。
『あなたのこと、つたえられるまじゅつ、できるかも』
◆
女性はスイレンという名前だそうだ。年齢三十歳。
彼女の母国で犯罪を犯した者が都市国家同盟で身分証を偽造して、
王国へと逃げ込んだと判明したので確保して欲しいらしい。
本来王国へ持ち込むべきだが、表沙汰に出来ない理由があって、
消去法で冒険者組合へ来たのだが言葉が通じなかったそうだ。
《使い魔》でスイレンと同調し、記憶を読ませてもらったロドは、
事のあらましを共通語に翻訳して受付嬢に説明している。
今王都にいる冒険者の中で、古代文明語を使える者は生憎いない。
必然的に首を突っ込んだロドがスイレンに付き添うことに。
幸い件の犯罪者の人相も、同調した際把握出来たので描いている。
図書館の書物を資料にするため作った自作魔術《画像複写》で。
スイレンは『こんな魔術初めて見るよ!』とはしゃいでいた。
人相書は、遠隔通話器と遠隔視聴器を使って王国各地に送られ、
発見と捕縛は割と早かった。随分北の方まで逃げていたらしい。
数日後に王都へ下手人は連行され、スイレンへと引き渡された。
犯罪者がらみという事もあり、今回ロドへの報酬は多かった。
『機会があれば我が国にも来るといい。歓迎するよ』
とロドとの別れ際にスイレンは告げた。彼女は身分ある人物だ。
古代文明語が使われている国なら新たな知識が得られるだろう。
ロドは頷き『いつか、かならずいきます』と返答する。
しかし。
役に立った《使い魔》だがあまり使いたくないな、と呟いたロド。
性別が異なると身体感覚も異なっていたのだ。いろいろと。
これがきっかけでロドは魔術《翻訳》を開発することになる。
後日、これを機にスイレンの母国と王国は国交を結んだ。
読ませてもらった記憶だと、かなり大きな島国だそうだ。
スイレンの母国はまだ書くつもりはありません。
こちらの脳内設定がまだユルユル過ぎて。
遠隔通話器と遠隔視聴器は「伝達塔の人達」で触れております。
電話と音無しテレビ電話みたいなものと思っていただければ。




