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第三話 勇者パーティの凋落、あるいは終わらないゴミ拾いの始まり

「燃え尽きろ! 『ヘル・インフェルノ』ッ!!」


轟音と共に、灼熱の業火がダンジョンの通路を埋め尽くした。

視界を覆うほどの猛炎が、目の前に立ちはだかる巨大なトロールの群れを飲み込んでいく。断末魔の叫びと共に、巨体たちが炭化し、崩れ落ちていく様は圧巻の一言だった。


「ひゃっはー! 見たかよ俺の火力を! これぞSランク級の大魔法だぜぇ!」


煤けた顔で狂喜の叫びを上げるのは、新メンバーのゲイルだ。

赤いローブに身を包み、攻撃魔法に特化した魔法使いである。アレンを追放した後、攻撃偏重のパーティ構成を目指したレオンたちが、高額な契約金で引き抜いてきた「即戦力」だった。


「さすがだな、ゲイル。アレンみたいな役立たずとは雲泥の差だ。この殲滅力があれば、攻略スピードは倍になる」


勇者レオンは、眼前の光景に満足げに頷いた。

確かに火力は上がった。以前なら前衛のレオンが削り、後衛のルーカスがトドメを刺すという手順が必要だったが、ゲイルの加入により、開幕から広範囲殲滅魔法をぶっ放すという強引な戦法が可能になったからだ。

一見すれば、パーティは強化されたように見える。

しかし――。


「……ちょっとゲイル! また巻き込みそうになったじゃないですか! 私の聖壁サンクチュアリがなかったら、レオン様まで黒焦げですよ!」


聖女マリアが、焦げ臭くなった法衣の裾を払いながら金切り声を上げた。


「あぁ? 細かいこと気にすんなよ聖女様。敵が死ねば問題ねーだろ?」

「魔力消費も考えろよ。まだ三十階層に入ったばかりだぞ? そんな大技連発してたらガス欠になる」


元々のメンバーである魔法使いのルーカスも、不満げに眉をひそめる。

火力馬鹿のゲイルは、魔力効率や連携を一切考慮しない。おかげでマリアは防御魔法と回復魔法に追われ、ルーカスはゲイルの撃ち漏らしを処理する尻拭いに奔走させられていた。


「ちっ、うるせぇなぁ。勝てばいいんだよ、勝てば。……ほらレオン、ドロップ確認だ。トロールの上位種ジェネラルだぜ? こいつの角は高く売れる」


ゲイルに促され、レオンは舌打ちをしながらトロール・ジェネラルの討伐地点へと歩み寄った。

戦闘の粗さは目立つが、勝ちは勝ちだ。

アレンを追放してから一週間。

なぜか最近、ドロップ運に見放されている。雑魚敵からは「石ころ」や「雑草」しか出ない異常事態が続いていた。

だが、今回は違うはずだ。

トロール・ジェネラルは中ボス級のモンスターだ。通常ドロップでも数金貨の価値がある素材を落とすし、レアドロップなら『再生の指輪』などの高額装備が期待できる。


「見てろよお前ら。俺の豪運が火を噴くぜ。今日までの不調は、このための溜めだったんだ」


レオンは自信満々に、消滅しつつあるトロールの残骸に手を突っ込んだ。

指先に硬い感触がある。

来た。

レオンの口元が自然と歪む。


「っしゃあ! 大当たりだッ!」


彼は勢いよくそのアイテムを天高く掲げた。

パーティメンバーの視線が一点に集中する。


しかし。

そこに握られていたのは、輝く宝石でも、魔力を帯びた指輪でもなかった。

それは――ひどく悪臭を放つ、茶色く干からびた「何か」だった。


「……は?」


レオンの笑顔が凍りつく。

全員の時が止まった。


「な、なんですか……それ? トロールの糞……ですか?」


マリアが鼻をつまみながら、心底嫌そうな顔で尋ねる。

レオンは震える手で鑑定スキルを使った。


『トロールの腰布(激臭・使用済み)』

【解説】トロールが長年愛用していた腰布の切れ端。洗濯されていないため、強烈な悪臭を放つ。肥料としても使用不可。価値:なし。


「ふ、ふざけんなぁぁぁッ!!」


レオンは叫びと共に、その汚らわしい布を地面に叩きつけた。

ベチャ、と湿った音が響く。


「なんでだ!? なんでゴミしか出ねえんだよ!? ジェネラルだぞ!? ドロップ率100%のボーナスモンスターじゃねえのかよ!?」

「お、落ち着いてくださいレオン様! きっと、たまたまハズレ個体だったんですよ」

「たまたまだと!? この一週間、ずっと『たまたま』じゃねえか! 石ころ、木の枝、古びた骨、そして使用済みの腰布だと!? 俺たちゴミ拾いに来たんじゃねえぞ!」


レオンの怒りは頂点に達していた。

無理もない。

彼らの装備は、連日の激戦で限界を迎えていた。

レオンの鎧には無数の傷が入り、ルーカスの杖は魔石にヒビが入っている。マリアの法衣もボロボロだ。

修理費、ポーション代、食料費。そして新メンバーであるゲイルへの高額な報酬。

支出は雪だるま式に増えているのに、収入はほぼゼロに近い。


「おいおい、冗談だろ? Sランクパーティってのは、もっと儲かるんじゃなかったのか?」


ゲイルが不満げに鼻を鳴らす。


「俺は高い報酬が貰えるって聞いたから入ったんだぞ。こんなゴミ拾いパーティなら、話が違うぜ」

「誰がゴミ拾いだ! 口を慎め!」


レオンが食って掛かるが、ゲイルは肩をすくめるだけだ。

パーティ内の空気は最悪だった。

かつてアレンがいた頃は、彼がムードメーカーとなり、殺伐とした空気を和ませていた。戦闘後には温かい食事とお茶が用意され、丁寧に手入れされた装備が渡された。

そして何より、戦闘が終われば必ず「宝の山」が待っていた。

それが当たり前だと思っていた。

だが、その「当たり前」が失われた今、彼らに残されたのは疲労と徒労感だけだった。


「……とりあえず、戻りましょう。これ以上潜っても、ポーションが尽きています」


ルーカスが疲れ切った声で提案する。

彼の顔色は悪い。マナポーションを節約するために自前の魔力を限界まで絞り出しているせいだ。


「ちっ……撤退だ。くそっ、なんでこんなことに……」


レオンは悪態をつきながら、地面に落ちていた「ただの石ころ(アレン追放後のコボルトドロップ品)」を蹴飛ばした。


          ◇


王都、冒険者ギルド。

夕暮れ時のギルドは、クエストを終えた冒険者たちでごった返していた。

酒の匂いと笑い声、肉の焼ける香ばしい香り。

成功者たちの祝杯の喧騒の中、一際暗いオーラを放つ集団が、買取カウンターの前に立っていた。

『金色の獅子』の四人だ。


「……えー、本日の買取金額ですが」


受付嬢が困ったような顔で、トレイに乗せられた硬貨を差し出す。


「合計で、銀貨五枚と銅貨三十枚になります」


静寂が落ちた。

周囲の冒険者たちが、聞き間違いかと耳を疑うような金額だ。

Sランクパーティが一回の探索で持ち帰る額ではない。Fランクの駆け出し冒険者が、薬草採取で稼ぐような端金だ。


「……おい、姉ちゃん。計算間違ってねえか?」


レオンが低い声でドスを利かせる。

こめかみには青筋が浮かんでいた。


「い、いえ、間違いありません。お持ちいただいたのは『ひび割れた魔石』が数個と、『ただの獣の皮』、あとは……判別不能なガラクタばかりでしたので、ジャンク品としての買取になります」

「ジャンク品……? 俺たちが命がけで倒したトロールが、ジャンク品だと……?」


バンッ!

レオンがカウンターを拳で叩き割る勢いで殴りつけた。

受付嬢が「ひっ」と悲鳴を上げる。


「なめてんのか!? 俺は勇者レオンだぞ! 俺が持ち帰った戦利品に、そんな安値がつくわけねえだろ!」

「も、申し訳ありません! ですが、規定は規定ですので……!」

「レオン、やめろ! 衛兵を呼ばれるぞ!」


ルーカスが慌ててレオンを羽交い締めにする。

ギルド内の視線が彼らに突き刺さる。

それは、かつて彼らに向けられていた称賛や羨望の眼差しではない。

「落ちぶれたな」「何やってんだあいつら」「ダッセェ」という、嘲笑と憐憫の視線だった。

それが、レオンのプライドを何よりも傷つけた。


「くそっ……! なんでだ! なんで俺だけこんな目に遭うんだ!」


銀貨をひったくるように受け取り、レオンたちは逃げるようにギルドを後にした。


          ◇


ギルド裏の路地。

四人は重苦しい沈黙の中で立ち尽くしていた。


「……で、どうすんだよこれ」


ゲイルが不機嫌そうに口を開く。


「今日の稼ぎ、銀貨五枚だろ? 俺の日当、金貨一枚って約束だったよな? 全然足りねーじゃん」

「ま、待ってくれゲイル。今回はたまたま運が悪かっただけだ。次は必ず……」

「次? またそのセリフかよ。俺は慈善事業やってんじゃねーんだ。金が払えねーなら抜けるぜ」


ゲイルが背を向ける。

慌てたのはマリアだ。


「待ってください! あなたに抜けられたら、火力が足りなくなります!」

「知るかよ。……あーあ、前のパーティのほうがマシだったぜ。Sランクって言うから期待したのによ」


ゲイルは唾を吐き捨て、去っていこうとする。

それを繋ぎ止めるために、レオンは苦渋の決断をした。


「わかった、払う! 貯金を切り崩してでも払うから、明日も来てくれ!」

「……ちっ、しゃーねえな。前払いだぞ?」


レオンは懐から、虎の子の貯金袋を取り出した。

アレンを追放した時、彼から奪った装備を売って得た金や、これまでの蓄えが入っている。

だが、連日の赤字補填と、装備の修理費で、その中身は驚くほど軽くなっていた。

金貨をゲイルに手渡すと、袋の中にはもう数枚しか残っていない。


「……これで、文句ねえだろ」

「へいへい。毎度あり」


ゲイルはニヤニヤと笑いながら金貨を受け取り、夜の街へと消えていった。

残されたのは、疲れ果てた三人だけ。


「レオン……私たち、どうなっちゃうの?」


マリアが不安げに呟く。

彼女の聖杖も、先端の宝石が欠け、輝きを失っていた。修理に出したいが、その金がない。


「うるさい、弱音を吐くな!」


レオンは怒鳴りつけたが、その声には以前のような覇気はなかった。


「……アレンがいれば」


ふと、ルーカスが禁句を口にした。


「あいつがいれば、少なくとも荷物持ちを雇う必要はなかったし、食事や野営の準備も完璧だった。ポーションの在庫管理も、装備の簡易修理もあいつがやっていた。……俺たち、あいつに頼りきりだったんじゃないか?」

「黙れッ!!」


レオンがルーカスの胸ぐらを掴んだ。


「あんな無能の名前を出すな! あいつはただの寄生虫だった! 俺たちの足を引っ張るだけのゴミだったんだ! 俺たちはあいつがいなくなって清々したんだよ!」

「だ、だけど現実は……!」

「現実は、俺たちの運が一時的に落ちてるだけだ! 実力はある! 明日だ、明日こそデカい獲物を狩って、一発逆転してやる!」


レオンは自分に言い聞かせるように叫んだ。

だが、その目には明らかな焦燥の色が浮かんでいた。

彼は気づいていたのだ。

アレンがいなくなってから、歯車が狂ったのではない。

アレンという「歯車」があったからこそ、自分たちは回っていたのだと。

しかし、高すぎるプライドがそれを認めることを拒絶していた。


「……今日はもう解散だ。明日は早朝から高難易度クエストを受けるぞ。ドラゴンだ。ドラゴンを狩れば、一気に借金を返せる」

「ド、ドラゴン!? 今の装備状態で無理ですよ!」

「やるんだよ! やらなきゃ破産だ!」


レオンは仲間の制止も聞かず、一人宿屋の方へと歩き出した。

その背中は、かつての英雄のそれではなく、ギャンブルに負けて熱くなっている敗北者のそれだった。


          ◇


一方、その頃。

王都の一等地にある高級レストラン。

そのテラス席で、アレンは夜景を眺めながら優雅にグラスを傾けていた。

向かいには、見違えるように美しいドレスに身を包んだエルザが座っている。


「アレン様、乾杯しましょう。今日の売上、過去最高でしたよ」


エルザが頬を紅潮させ、嬉しそうに報告する。

テーブルの上には、最高級の料理が並んでいる。一食で、今のレオンたちが一ヶ月かけても稼げない金額だ。


「ああ、エルザのおかげだ。君の鑑定眼と交渉術があったからこそ、適正価格……いや、それ以上の値がついた」

「いえ、商品が良いからですわ。……『双頭竜の逆鱗』に『古代王の王冠』。こんなものをポンポン持ち込まれたら、市場価格が壊れてしまいますよ」


エルザは呆れたように笑うが、その表情は充実感に満ちていた。

彼女の店『白百合の鑑定所』は、今や王都で最も注目される店となっていた。

「幻のアイテムが並ぶ店」として、貴族や王族からの招待状がひっきりなしに届いている。


「ねえ、アレン様。噂で聞きましたよ? 『金色の獅子』が最近、ひどい状態らしいって」


エルザが声を潜めて言った。

アレンはグラスの中の赤ワインを揺らし、フッと冷ややかな笑みを浮かべた。


「そうか。まあ、関係ない話だ」


興味すらない、といった風にアレンは切り捨てた。

だが、その内心では確信していた。

自分のスキル【ドロップ確定】が彼らから離れた結果、彼らがどうなるか。

それは予想通りの、いや、予想以上に滑稽な喜劇だった。


「彼らがどれだけ足掻こうと、手に入るのは『無価値な石』だけだ。……俺が今まで彼らに与えていた恩恵の大きさを、身を持って知ればいい」


アレンはワインを一口飲み干した。

芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。

それは、勝利の美酒の味がした。


「さあ、明日はどのダンジョンに行こうか。君が欲しがっていた、幻の鉱石が採れる場所があったね」

「はいっ! ぜひお願いします! アレン様となら、どこへでも!」


月明かりの下、二人の笑い声が響く。

どん底へと転がり落ちていく勇者たちとは対照的に、アレンたちの夜は、希望と輝きに満ちていた。

そして運命の歯車は、翌日、両者を決定的な形で交錯させることになる。

彼らがすれ違う時、本当の「ざまぁ」が幕を開けるのだ。

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