第4話 日米合併
一
瀬戸大翔二等陸佐には息子と娘がいた。
息子が第一子で、名は、正といい、高校生だった。
第二子の娘の名は、グン。まだ小学生だった。
2人に母はいなかった。
「パパ、なんでパパが行かねばならんの?」
と、グンは言った。
「現場の指揮官はオレだった。仕方がないんだ」
と瀬戸大翔はゴハンに納豆をかけてかき込んだ。
「しかし、あれは事故だったんじゃないのかい?」
と、正はあきらめきれずに言った。
「んまあ、民間人をあの場に入れたのはオレの判断ではないし、その民間人が想定外の行動をしたのは事故ではある。だが、あのネモリンという少年の参加を許可したのはオレなんだ」
「それで、いつ帰ってくるの?」
「わからん。とにかく、オレが行かないと日米間のミゾが埋まらないらしい。合併の話も先にすすまないらしい」
食器を洗い終わった瀬戸二等陸佐は、正とグンの肩を叩き、
「カネの心配はいらん。国が保証してくれてる」
と言い残し、玄関を出た。
正とグンにとって、父の姿を見たのはこれが最後となった。
二
「すまぬ」
と、田中第一空挺団団長は瀬戸に頭を下げた。
瀬戸は直立不動の姿勢をとり、短く敬礼し、肩の力を抜いて数歩前進した。
そこは橫田基地であったが、すでにきれいにかたづけられていて戦闘の痕跡はなかった。
エプロンにはC-40というボーイング737型の航空機が駐機しており、タラップの手前には米軍のMP(Military Police)3名が待ち構えていた。
瀬戸がその3名の前まで行くと、中央にいた中佐が前に出て、
「我々はあなたを軍人として尊重します。不必要な拘束を望みません。輸送中に逃亡や抵抗をしないとあなたの名誉にかけて約束できますか?」
と静かに英語で問うた。
「約束する」
と、瀬戸は日本語できっぱり応えた。
エスコート役の2名は瀬戸に敬礼し、瀬戸とともにタラップを登った。その左腕にはMPの腕章をつけていた。通常であればパッチですませるのだが、瀬戸は政治的にも重要人物であったため、敬意を表して腕章をつけていた。
機内には軍服を着た女性のフライトアテンダントが1名いたが、笑顔はなく、
「何をお飲みになられますか?」
というのが、唯一の言葉であった。
3時間ほどすると、C-40は着陸態勢に入った。
瀬戸は自分がグアムのアンダーセン空軍基地に降りるのだと理解した。
グアムは米国領だが米国ではない。
米国の面子、米軍の面子、ローハン司令官の遺族の心情、国民感情、それらすべてをすみやかに終わらせるには、グアムでなければならなかった。
瀬戸がタラップを降りると、
中佐が瀬戸に立ち止まるよう合図した。
瀬戸が立ち止まると、エスコート役だった兵士が瀬戸の肩に手をかけた。
階級章がはずされた。
瀬戸は自衛官ではなくなった。
ロビーに入ると、軍法務官が待っており、
「あなたには軍法会議を求める権利があります」
と無表情に通達した。
瀬戸には意味がわからなかった。
すると、軍法務官は言った。
「裁判を求めますか?」
瀬戸は、
「Of course I do.」
と英語で答えた。
しかし、軍法務官は、
「わかりました。でも、この件は特別手続きで処理される可能性が高いです」
と、メモをとる仕草をしながら言った。
が、そのペンは動いていなかった。
・・・・・・あっ、
と、瀬戸は気づいた。
正とグンの顔が浮かんだ。
田中団長が申し訳なさそうな顔をしていたことにも合点がいった。
そして、ネモリンの顔が浮かんだ。
瀬戸が神田錦町の雑居ビルでカニ型ロボットを撃ったとき、撃ち込んだロケット弾は命中しても破裂せず、鈍い音を立てて床を転がった。
ネモリンがいたから瀬戸はそれまで生きてこられた。
・・・・・・そういうことか、
と瀬戸は思った。
三
そのとき、ネモリンはオーディションを受けていた。
日本を舞台にしたアメリカ映画が企画されており、素人ばかり千人ほどが丸の内のラグジュアリーホテルに集められていた。
「おまえ、姉さんに似て顔がいいし、ちょっと参加してみろよ」
と、奈良間に言われたネモリンは、あまり気乗りしなかったがルカも勧めるので参加することにした。
映画のタイトルはまだ未定だったが、監督は巨匠と呼ばれていた。
「次の方」
と言われて、ネモリンは最上階のスイートルームに入った。
数名のスタッフが気ぜわしく動いており、そのうちのひとりがネモリンにロケットランチャーを渡した。
「構えてみたまえ」
と、通訳のおっさんが言ったので、ネモリンはランチャーを構え、銃口を監督らしきヒゲの男に向けた。
監督らしき男の背後の窓の外には皇居跡のメモリアル公園が見えた。
キャンテのことが思い出され、次に瀬戸自衛官のことが思い浮かんだ。
「そこのテーブルを蹴って、てめえ、このやろー、って言ってみてください」
と言われ、ネモリンはローハン司令官を撃ったときのことを思いだした。
テーブルを蹴ると、テーブルは監督らしき男にぶつかりそうになった。
「このアメリカヤロー、ぶっ殺すぞ!」
と言って引き金を引いたネモリンの顔にはキャンテの怨念が籠もっていた。
迫力があった。
その場のスタッフたちは一斉にネモリンをふり返った。
ヒゲの男は一瞬真顔になったが、すぐに笑顔になった。
パチパチと拍手も聞こえた。
ヒゲの男が通訳に何か告げると、通訳は、
「では、キスシーンをしてもらいます」
と言った。
女優の代役の白人娘がネモリンの横に立った。クチビルにはラップフィルムが貼り付けられていた。
「荒々しくキスしてみてください」
と、通訳は言った。
ネモリンにはそのラップフィルムが気色悪かった。
他の応募者もこのフィルムにキスしたんだろうと思ったのである。
それで、さらりとそのフィルムをはがし、白人娘の顔を両手でつかんでクチビルを吸った。娘は驚いて抵抗した。が、ネモリンは抵抗されてもひるまなかった。
「おい、おい、おい」
と、通訳が声を発したので、ネモリンはキスをやめた。
ネモリンはさらに、セリフをいくつか言わされた。
うまくはなかったが、雰囲気があった。
部屋を出ようとしたとき、キスした白人娘がネモリンの肩をつかんだ。
ネモリンがふり返ると、
「You are good」
と、言われた。
ネモリンは白い歯を見せた。
監督らしき男は部屋の奥からじっとその様子を見ていた。
四
瀬戸が立たされた法廷は古びたホテルの大ホールであった。
傍聴人は1000名を超えた。ほとんどがアメリカ人だった。
窓の外には娯楽施設やプールがあり、ヤシの木が見え、蝉の声がうるさかった。
瀬戸の目の前には特別に設営された法壇があったが、ステージの上に多数のデスクを置いただけのものだった。
裁判官は5名で、そのうちの1名は日本人だった。5名ともグレーのスーツを着ており、法服は着ていなかった。4名のアメリカ人は官僚らしかった。1名の日本人は国連職員だった。
テレビカメラは12台設置されてあり、レポーターは6名で、すべてアメリカのテレビ局から派遣されていた。
・・・・・・これは、大戦後の東京裁判と同じだな、
と瀬戸は思った。
「この裁判は国際刑事裁判所の法廷に準ずるものですが、国際刑事裁判ではありません」
と、アメリカ人の裁判官は言った。
ネクタイが曲がっていた。
その官僚らしき男は、起訴状を読み上げた。
内容はローハン司令官の殺害についての責任を問うものであった。
「ミスター・セト、今読み上げた起訴内容を理解しましたか?」
と、問われた瀬戸は、
「理解しました」
と、日本語で言った。
すると、裁判官は、
「有罪を認めますか?」
と言った。
「No, I don't」
と瀬戸は英語で答えた。
カメラマンたちは一斉に瀬戸の顔をズームアップした。
裁判官は検察側に証人尋問をはじめるよう命じた。
検察官を称する者は米国軍人で、最初の証人も米国兵だった。
瀬戸の弁護人は日系人であったが、これも肩に米国軍人の階級章をつけていた。
五
監督からネモリンに電話がかかってきたのは、ちょうど瀬戸が罪状を否認したときであった。
「よろしくお願いします」
と、ネモリンは言った。
その様子を見たルカは自分の息子が別人になったのを感じた。
その映画が公開されたのは翌年のクリスマスだった。
観客動員数は世界で3億人を超え、日本圏だけでも2千万人を超えた。
ネモリンは主役ではなかったが、世界中の若者たちがネモリンの顔と名前を覚えた。
そして、ちょうどその頃、瀬戸の裁判が結審した。
「ローハン殺害の実行犯はだれなのか?」
という点が最後まで問題視され、検察側も弁護人も瀬戸のクチから名前が出ることを期待したが、瀬戸はネモリンの名前を言わなかった。
判決は、
「死刑」
であった。
刑は即日執行された。
瀬戸大翔の享年は42となった。
遺骨は米軍兵士によって正とグンの元へ運ばれた。
瀬戸の裁判は日本圏ではほとんど報道されなかったため、ネモリンが瀬戸の死を知ったのはその2年後だった。次の映画の撮影のためにロサンゼルスに滞在し、そこで耳にしたのである。
ネモリンは動揺したが、それは瀬戸に対する感情が動いたのではなかった。自分の過去があばかれることを怖れたためであった。
その年、奈良間の父親も死んだ。
このため、奈良間は次の選挙に立候補することとなった。
ただし、その選挙は衆議院選でも参議院選でもなく、上院議員選挙だった。
選挙区は南関東州で、定数は2となり、任期は6年だったが、次の選挙で当選するのは1名となっていた。上院は2年ごとに選挙を行い、全体の3分の1づつ改選されるようになっていた。
日本圏には南関東州の他に北関東州、北海州、東北州、北陸州、中部州、近畿州、中国州、四国州、北九州、南九州、沖縄州がつくられ、全部で12州となっていた。米国圏の50州と合わせると62州となる。これが、
USAN、
という国であった。奈良間は同時に行われる下院の選挙や大統領選挙にもかかわることとなっていた。
「たのむよ、一条さん」
と、奈良間がネモリンに応援演説をたのんだのは2039年の春であった。
「わたしには政治のことはわかりませんから」
と、ネモリンは逃げ回った。
新作のハリウッド映画で主演が決まったところだったこともあり、選挙などにかかわってイメージが悪くなるのが怖かったのである。
が、1本の電話が状況を変えた。
キャラウエイ大統領からの電話であった。
「ミスター・イチジョー、お願いがあります。明日、ミスター・ナラマと一緒にわたしの演説会に来てもらえないかな?」
このとき、ホワイトハウスと国会議事堂はロサンゼルスに移転されていた。
日本圏との距離を考慮したためと公式にはなっていたが、そこにはウォール街の投資家たちが2派にわかれたという事情があり、
「日米合併を解消させようとする投資家たちと距離を置くためだろ」
と、政治評論家などは語っていた。
尚、キャラウエイ大統領は3期目の大統領選に臨んでいた。
3年前の選挙は日米合併という驚天動地 の案件をすすめることで米国民を不安のどん底に叩き落とし、
「未経験者にこの難局は乗り切れない」
という主張をくり広げて民主党の反対派候補を抑えた。
その選挙は日米合併に賛成する者と反対する者との激突であったが、
「合併すれば米国債のデフォルト状態をクリアできる」
というレジスレイターの提案を信じる者がわずかに多かった。
大統領職は本来ならば2期目で終わるはずだったが、USANにとっては最初の大統領選挙となるため、それまでの2期はカウントされないこととなり、キャラウエイは新人候補という位置づけになっていた。
実際、キャラウエイは日本圏においては新人候補であった。
「わかりました! 明日、お伺いします!」
と、ネモリンは大喜びで大統領に返答した。
政治のことがなにもわかっていなかったのである。
六
その頃、金字塔とユンさやかも選挙の準備に忙殺されていた。
金元幹事長は奈良間と同じ南関東州の候補予定者で、ユン前総理は北関東州の候補予定者だった。ともに民主党からの立候補となっており、ウォール街の支援を受けていた。
ウォール街はドルからDENへの切り換えで救われた。
買い手がつかなくなっていた米国債がドル立てからDEN立てになり、これによって米国債を買う投資家が一気に増えた。だが、それでも、世界の基軸通貨はユーロになっていた。が、日米合併が成立すると、DENが世界の基軸通貨となった。
ただ、これによって大きな損害を被った投資家もいた。
値崩れした米国債や日本国債を売り払ってユーロを買った者たちである。
それらは日米合併の解消を期待していた。
ちなみに、それらの投資家たちはFRB(連邦準備制度理事会)の主役でもあった。が、USANではFRBが国有化され、連邦準備銀行は100パーセント政府資本の中央銀行となり、名称もUSCBと変更された。それまでのFRBの構成員となっていた12の連邦準備銀行は通貨の発行権を失い、ただの民間金融機関となった。役員たちはUSCBの中に形だけのポストを与えられたが、世界経済の実権を失った。
金字塔とユンさやかは、瀬戸を米国に差し出すことで日米合併をまとめたわけだが、事が成就してみると自分たちには何の利益もないことがわかった。日本圏の国民からは期待した支持が得られず、キャラウエイ政権の中ではさしたるポストが得られなかった。金やユンは日本ハンナラ党を勢力基盤としていたわけだが、USANは共和党と民主党の2大政党の国であり、合併が成立すると日本ハンナラ党は消滅した。所属議員がそれぞれ共和党や民主党に引き抜かれて行ったのである。
金もユンも、
・・・・・・USANの中で高い地位を得て強固な基盤をつくる、
という目論みをもっていたわけだが、それは水泡に帰した。
そして、
「我々はキャラウエイ大統領に騙されたのです!」
という主張を掲げ、日米合併の解消を公約にして再起をはかっていた。
「一条ネモリンが共和党側についたようです」
と、言ったのは金の秘書のひとりだった。
「それはまずい! 共和党が小僧をつかうならこちらは大物女優だな・・・・・・」
と、金は言った。
ユンさやかは元々芸能人だったわけだが、その美貌はすでにない。
「アニャ・テイラー=ジョイはどうでしょう?」
と、秘書が言うと、
「もうババアだろ」
と金は言った。
ちなみに、その民主党の大統領候補は黒人女性で、ハーバード大学のロースクールを卒業した弁護士であり、カリフォルニア州の州知事をしていた。名は、
アリソン・キャンディ、
といった。
「勝負はトォキオ!」
と、アリソンは毎日何十回も演説していた。
尚、知性派を称するハリウッドスターのほとんどは民主党を支持していた。
で、ハリウッドスターたちは本業を忘れて日本票の獲得に乗り出していた。
ネモリンが新作の主役を得たのは大物スターたちが出演を断ったという事情もあった。
東京に来たキャラウエイ大統領の初日の演説会は5箇所におよんだ。
新宿駅の西口と南口、渋谷ハチ公前、秋葉原駅前、大手町サンケイビル前、の5箇所である。
「世界を救ったのは日米合併です! 日本もアメリカも見事に復活できたのです!」
というのが大統領の演説内容だった。
その演説は大手町ではウケたが、秋葉原ではしらけた。
応援に来たハリウッドスターはメル・ギブソンやシルベスター・スタローンなどの後期高齢者ばかりで、若手俳優はネモリンひとりだった。このため、ネモリンがマイクを握ると割れんばかりの拍手となり、演説の内容はほとんど聞こえなかった。
が、それがよかった。
ネモリンに演説は無理だった。
動画を撮られて様々なメディアに流されたが、恥をかかずにすんだ。
同日、時間帯を少しずつづらせて同じ場所でアリソンの演説会が開催された。
ハリウッドの若手人気スターがどんどん顔を見せ、会場は凄まじい雰囲気となった。アリソンの演説には力が入り、
「日本は日本! アメリカはアメリカ! それぞれ別々の国なんです!」
というフレーズを何度も英語でくり返した。
が、英語の演説はあまり伝わらなかった。
で、金字塔やユンさやかが演説をはじめると、人々はどんどん散っていった。
翌日、ネモリンは演説原稿を渡された。
ネモリンは、それをまる暗記し、皇居跡のメモリアル公園に設営された巨大な会場に入った。
会場では、星条旗と日の丸が同時に振られていた。
キャラウエイ大統領は、
「グローバリストたちは国境を取り払えと主張していたのに、今は日本とアメリカのナショナリズムを唱えてます。彼らのねらいはカネだけなのです」
と演説し、保守派の日本人の支持を固めた。
会場はお祭り騒ぎになったが、ネモリンがマイクを持つと静まりかえった。
前日の演説がまったく聞こえなかった、ということが多くのメディアで語られたこともあったようだった。
「4年まえ、わたしはこのメモリアル公園でアメリカのカニ型ロボットと戦いました。ガールフレンドが一緒にいましたが、彼女は橫田基地で米兵の撃ったレーザー砲にやられました。わたしは、アメリカを憎みました。しかし、今、わたしはアメリカ人とともに仕事をしています。日本人の生きる道はこれしかありません」
と、ネモリンは演説した。
短い演説だったが、USANで仕事にありつけた日本人にはウケた。
奈良間の支持率は一気にあがった。
七
奈良間順の当選が決まり、金字塔が落選するとこれに不満を抱いていた日本人たちは歓喜にふるえた。が、在日韓国人や帰化した韓国人たちの多くは不安にかられた。
北関東州ではかろうじてユンさやかが当選したが、金字塔の後ろ盾を失ったユンは顔面蒼白でインタビューを受けた。
ユン政権下の閣僚で上院に当選したのは、ユン以外では劉鉄二前財務相、片山イチロー前防衛相、の2名のみだった。この他に、上院には立候補できず、下院にまわって当選を果たしたものが3名いた。楊龍平官房長官がそのうちのひとりであった。
日米合併を歓んだ日本がごく僅かだったということがこの結果でわかった。
だが、大統領にはアリソンが当選した。
「キャラウエイの3期目はあり得ない」
というアメリカ人が多かったとマスコミは報道したが、背後には日米合併に反対する投資家たちの動きがあった。
だが、当選したアリソンは、
「日本圏の人たちと手を取り合ってUSANを盛り上げていきたい」
と、笑顔で語った。




