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第2話(後編)横田基地征圧作戦

     四



 制服と頑丈なプロテクターを着せられたネモリンとキャンテは、第一ヘリコプター団が用意したCH-47JAという旧式の大型輸送用ヘリコプターに乗せられ、青梅線拝島駅の東側に位置するゴルフコース上で降ろされた。そして、笹山中隊を支援するために派遣された北部方面隊隷下の補給部隊の荷物運びを手伝うこととなった。と言っても、実際に荷物を運ぶわけではない。

 「何もしなくていいから、そこに立っていてください」

 と言われ、正規隊員たちがヘリコプターから荷物を降ろすのを見ていただけであった。

 「なんだ、武器も持たせてもらえんのか」

 と、その場にウンコすわりしたネモリンに対し、キャンテは、

 「あたりまえや、ワシらみたいなド素人に武器なんか持たせたら危なくてしゃーないがな。ワシらは、要するにエキストラや。背景の通行人や。風景をもっともらしくするだけや」

 と言った。

 一緒にその場に立たされていた民間人たちは、これを聞いて一斉にげらげら笑った。

 「それにしても腹減ったな」

 と、ネモリンが腕時計を見ると、午前1時を過ぎていた。

 「いいから、すわっとらんで、立ちいな」

 と、キャンテは言った。

 そのとき、

 遠くの方から耳慣れない重低音が聞こえてきた。


 「はじまったなぁ」

 と呑気な声を出した民間人のひとりがポシェットからにぎりめしを出して食いはじめると、ネモリンはそれを恨めしそうに見あげた。


 キャンテが舌打ちして、ネモリンの頭を軽く叩いた。

 「見るな。終わったら食うたらええ」

 「終わるのかよ」

 「いつか終わる。……ええから、立っとけ」


 その瞬間だった。

 ネモリンの頭上をなにかの光が横切った。

 にぎりめしをかじった男の頭部が、ふっと消えた。

 見ると、周囲の人間の頭部も、同時に消えていて、皆一斉にその場に崩れた。


 ネモリンには、何が起きたのか理解できなかった。

 にぎりめしが地面に落ち、ころがっていくのを見ていると、その先にキャンテの顔があった。キャンテはおっさんたちよりも背が低いぶん、顔が半分残っていた。

 その口が、何か言いかけた形のまま止まっている。

 「……キャンテ?」

 と、ネモリンはかろうじて声をかけた。

 返事はなかった。

 周キャンテの享年は16となった。


 腰を抜かしたネモリンが後ろをふり返ると、基地のフェンスに大きな穴があいており、そこから真っ黒い熊のような姿の米兵が2名、巨大なレーザー砲を抱えながら接近してきていた。

 ・・・・・・オレもやられる!

 と、ネモリンは思った。


 が、しかし、2名の米兵はそのネモリンの横を通りすぎ、眼前の輸送用ヘリコプターに向かって突進した。

 「うおおぉぉ・・・!」

 と、怪獣のような雄叫びをあげた米兵に向かって、ヘリコプターから降りてきた自衛官たちは勇猛に応戦しようとした。が、一発目の弾丸を撃つ前に2本のレーザー砲が重低音とともに発光した。

 自衛官4人の胴体がその場で消失し、ヘリコプターの胴体にも穴があいた。

 周辺で作業をしていた自衛官たちが騒ぎに気づき、一斉に駆け寄ってきたが、米兵のレーザー砲は強力で、またたく間に20人以上がなぎはらわれた。


 「まずい! 一旦さがれ!」

 という声が聞こえたその直後、ネモリンの眼前のヘリコプターが爆発を起こした。  

 米兵2名はこの爆発に巻き込まれた。

 ネモリンも爆風で吹き飛ばされ、一瞬気を失ったが、すぐに意識を取り戻して立ち上がった。全身が黒こげになっていはいたが、プロテクターをしていたので怪我はなかった。

 そのネモリンの数メートル先には、人の右手首がへばりついたままの大きな金属のケースが落ちていて、その蓋が開いていた。中には長さが1メートルほどもあるハンディタイプのロケットランチャーと、先端が球形のロケット弾が3つ入っていた。

 そのロケットランチャーを取り出し、これにロケット弾を装填し、安全装置をはずしたネモリンの脳裏には、キャンテの胴体が倒れてくる映像が浮かび、自分の頭が吹き飛ぶ映像が浮かんだ。にもかかわらず、ネモリンには、なんの感情も湧かなかった。ただ昂奮していた。

 そして、ネモリンはそのまま歩き出し、米兵が出てきた穴からフェンスの中に入った。


 フェンスの中は乱戦状態であった。包囲陣ができあがる前に反撃を受けたため、自衛隊の諸隊はあちこちで隊列を乱しており、米軍に突破された箇所を埋めようとする動きや突破した米兵を追いかける動きでごったがえしていた。このため、装甲車両は思うように攻撃できずにいた。へたをすると味方に弾を撃ち込んでしまうからである。が、レジスレイターが操る戦闘機は、ピンポイント攻撃で米兵たちを次々と撃ち殺していった。


 ネモリンは前方で小競り合いをしている集団をみつけ、その方に近づいた。

 が、その集団のところに行き着く前に、

 「おい、どうした!」

 と呼びかける声があがった。

 特殊作戦群の如月中隊長であった。

 ネモリンは爆風を浴びたせいで耳がやられており、その如月の声には気づかなかった。このため、如月はネモリンの肩をつかみ、かなり強引に引き寄せた。

 はっ、としたネモリンの視界に入った如月自衛官は、他の自衛官とは色の違う制服を着ていた。マスクとゴーグルをつけていたので顔がよくわからず、ヘルメットからはみ出た金髪を見て、これを米兵だと勘違いした。よく見ると、同じ色の制服を着ている一団がその背後にかたまっていた。

 如月の突入部隊は、他の部隊の者と混同されぬよう、色違いの制服を着ていただけなのだが、これを米兵だと勘違いしたネモリンは、手に持っていたロケットランチャーの引き金を引いた。

 如月は、素速い動作でランチャーを下から叩き、筒先を上へ向けた。このため、ロケット弾はだれにも命中しなかった。

 ところが、ネモリンはあきらめず、

 「うあぁぁ・・・!」

 と奇声をあげて、如月に体当たりしようとした。

 如月はそのネモリンの肩をつかんで足をはらった。

 このため、ネモリンは背中から地面に落ちた。


 そして、このとき、

 一度はネモリンの手を離れたロケットランチャーが、偶発的に再びネモリンの手の中に落ちた。

 「おい!」

 と、如月が声を発したとき、ネモリンは2発目を発射した。

 その2発目をまともに食らった如月は火だるまになって吹き飛んだ。享年は41となった。

 その爆風を至近距離で受けたネモリンも、そのままその場で意識を失った。




     五



 ネモリンの放ったロケット弾は、普通のロケット弾ではなく、電磁パルス弾であった。最初の一発が空高く舞い上がり、星のきらめく中空で破裂したのは午前1時07分のことであった。この直後、垂直離着陸機の中で戦闘を指揮していた瀬戸の目の前の画像モニターと音声が突然途絶えた。

 「やられた!」

と叫んだ瀬戸は、すぐに操縦席に飛び込んだ。三田好忠という名の副官がこれに続いた。

 操縦席でも通信機器や高度計などの電子機器が作動しなくなり、パイロット2名がパニックを起こしていた。

 外を見ると、機体は大きく傾きながら落下していた。

 「あわてるな! まだ20秒はある!」

 と、瀬戸は叫び、秒読みを開始しつつ、三田とともに急いで着席してシートベルトを締めた。

 「・・・ 3、2、1、」

 とカウントダウンがつづき、「ゼロ」を合図にパイロットは脱出用レバーを引いた。


 爆裂音とともにコクピットの屋根が飛び、4つのシートが同時に宙に浮いたが、このとき、落下してきたロボット戦闘機の翼の先がパイロット1名の肩を切り裂いた。 

 また、あわを食ってしまってシートベルトを締めきれなかった三田がシートから放り出された。

 瀬戸は、落下していく三田の表情を一瞬だけ見ることができたが、どうしようもなかった。三田好忠の享年は40となった。


 瀬戸のパラシュートは無事に開いた。

 降下速度が落ちてくると、瀬戸は突入部隊のいる方向に首をねじった。が、そのあたりには明かりがなく、半径約百メートルにわたって、真っ黒な地面が広がっていた。

 ネモリンが撃った2発目の影響で、そのあたりの電子機器がすべてダウンしていたのである。

 瀬戸は、着地前にベルトをはずし、着地と同時に走りだした。

 「如月はいるか!」

 と叫びながら突入部隊の中に入っていくと、これに対して、

 「瀬戸COですか!」

 と声をあげた者がいた。

 突入部隊の副隊長であった。

 「おうそうだ」

 と、瀬戸が答えると、

 「如月隊長は戦死されました」

 と、副隊長は言った。

 「なに!」

 と叫んだ瀬戸の声は人間のものとは思われなかった。

 「頭のおかしくなったのが、電磁パルス弾を撃ちまして・・・」

 と、副隊長が言うと、

 「それは作戦の障害になる。即刻取り押さえろ」

 と、瀬戸は言った。

 が、副隊長は、

 「いえ、もう大丈夫だと思います」

 と、冷静であった。

 副隊長が指さした方向には、ネモリンと如月隊長が横たわっていた。瀬戸は、2人とも死んでいるものと思い込み、

 「それで、被害状況はどうだ?」

 と副隊長にたずねた。

 「クモ型ロボットが使えなくなりました。小銃は古い89式が使えますが、最新式の42式はだめす。無線もダメになりました。暗視鏡もダメです。電磁パルス弾はまだ1発残っております」

 と、副隊長は答えた。

 「補給を呼びに行かせたか?」

 と、瀬戸がさらにたずねると、

 「はい、3分前です」

 と、副隊長は答えた。この副隊長の名は、吉原和也、といった。歳はまだ27であった。

 「で、おまえには実戦経験があるのか?」

 と瀬戸がたずねると、吉原副隊長は、

 「ありません」

 と答えた。


 このときの突入部隊は、ふたつの部隊に別れていた。如月が率いていた第1中隊と、もうひとりの中隊長が率いていた第2中隊である。それぞれは、別々の入口から突入することになっていたため、第2中隊の隊長を如月の後継者にすることはできなかった。

 尚、如月の部隊にも如月以外に実戦経験のある者がいた。が、それらは、指揮官としての訓練を受けていなかった。

 特殊作戦群というのは、普通の部隊とは訓練内容が異なり、各員がそれぞれの専門分野を極めるようになっている。このため、指揮官となる者は指揮官としての訓練を受ける。射撃が専門の者は優秀なスナイパーであるが、そのままでは中隊長にはなれない。爆破を専門とする者は爆弾の使い方に精通するが、これもそのままでは中隊を率いることができないのである。そして、このときの如月中隊には、吉原副隊長以上の指揮官はいなかった。人事の関係上、指揮官の訓練を受けるのはきわめて少数なのである。

 「わかった。では、第1突入部隊の指揮はオレがとる」

 と瀬戸は言った。

 そのとき、そこに、突入部隊のサポート役を務めていた笹山中隊長が自分の部隊とともにやって来た。

 「おまえ、瀬戸か?」

 と、笹山中隊長は、ヘッドランプで瀬戸の顔を照らし、そこに瀬戸がいることに驚いた。

 「笹山さん、そうなんです。司令機が墜ちたんです」

 と、瀬戸が説明すると、笹山は、

 「なんちゅう失態だ!」

 と、瀬戸を責めるような言い方をした。

 しかし、瀬戸はイヤな顔をせず、

 「それで、突入のための装備は整ったのですか?」

 と笹山に尋ねた。

 笹山は出鼻をくじかれたようになり、

 「無線機と暗視鏡を持ってきた。第2突入部隊は、すでに用意ができている。こっちはどうする?」

 と言った。

 瀬戸は、即座に、

 「こっちは私が率いて突入します」

 と言った。

 すると、笹山は、

 「ならば、俺も行く」

 と言い出した。

 瀬戸は当惑したが、これを断ることができず、

 「では、そちらから小隊1個をお貸しください」

 と言った。

 瀬戸は典型的な日本人だったのである。




     六



 ネモリンが意識を取り戻したのは、大きな衝撃波を感じたためであった。第1突入部隊の先鋒が米軍基地の正面玄関に入り、内部の扉を爆破したのである。

 米軍の反撃はすでに収まっており、包囲陣は水も漏らさぬ鉄壁のかまえを整えていた。このため、その破壊工作は異様な静けさの中で行われ、それだけに、その衝撃波は大きく感じられた。


 覚醒したネモリンは、むっくりと起きあがり、ふらふらと立ちあがった。すぐ横には自分が殺した如月の死体があったのだが、そのことには気づかなかった。そして、なにげなく、目の前で動きはじめた突入部隊の最後尾についた。それが突入部隊だとはわからなかったのである。

 瀬戸は、部隊の先鋒のすぐ後ろにいた、先鋒を務めていたのは近接戦闘を専門とする小隊で、瀬戸の後ろには、山岳潜入を専門とする小隊がつづき、その後ろには潜水を専門とする小隊がつづいた。


 笹山とその指揮下の小隊一個は、それら特殊作戦群の部隊の後ろにつづいた。

 ネモリンは、手ぶらでその最後尾についていたのだが、ネモリンに気づいた隊員は、

 「おい、ずいぶんひどいカッコウだな。黒こげじゃねえか」

 と言っただけで、さほど気にはとめなかった。

 その隊員は、北海道の北部方面隊から臨時に笹山の部隊に入った者であり、隊列の

なかに見知らぬ者がまじっていても不自然は感じなかったのである。また、その最後尾の隊員は野戦の訓練は受けていたが、屋内における近接戦闘の訓練は受けていなかった。このため、その異様な雰囲気に気圧されてしまい、他人のことにまで気がまわらない状態に陥っていた。


 尚、突入部隊が侵入した基地の内部は、真っ暗闇になっていた。事前に電磁パルス弾を撃ち込んでおいたからである。このため特殊作戦群の隊員たちは全員が赤外線を感知する暗視鏡をつけていたのだが、笹山隊では、その暗視鏡が足りず、後列の者はヘッドランプをつけていた。この笹山隊がいなければ、ネモリンは真っ暗闇の中を歩くことになり、当然引き返したであろう。が、笹山隊がヘッドランプをつけていたために、ネモリンはその後ろを不安なく歩くことができた。

 突入部隊は基地の内部に入ると4人ひと組のグループに別れ、それぞれが1階の各部屋に突入して安全を確認し、フロア全体を完全に征圧した。そして、同様の手順で順次下のフロアに降りていった。が、笹山の部隊は、4人ひと組のグループに別れるような訓練を受けたことがなく、ただ呆然と最後尾を歩きつづけた。

 「俺たちは後詰めだ」

 と、笹山は配下の隊員たちに説明した。


 米軍の抵抗がはじまったのは、地下15階から16階へ降りる非常階段の途中であった。人数は5名で、その姿を確認した先鋒部隊のひとりが、

 「ヘイ!」

 と、声をかけると、いきなり発砲してきたため、そのまま銃撃戦となった。

 先鋒の近接戦闘部隊は機敏な動きで前後左右に移動しつつ米兵を追った。これに対して米兵は防戦一方の姿勢をとり、階段を駈け降りて地下20階まで退却して行った。 

 これを見た瀬戸は、

 「深追いするな! 16階に戻れ」

 という指示を出した。途中のフロアを素通りして地下20階まで降りるのは危険だったからである。

 が、そのとき、地下16階の非常扉が爆破され、中から米軍の重装歩兵団が飛び出してきた。これにより、瀬戸の部隊は瀬戸のすぐ後ろで分断された。

 「上を攻めるぞ!」

 と、瀬戸は先鋒部隊に指示し、自ら先頭に立って小銃を撃った。

 が、米軍は次々と人員をくりだし、これを押し返すことができなかった。人数の面では瀬戸の部隊も負けてはいなかったのだが、旧式の小銃を使っていたために発射する弾の数や銃自体の機能性が悪かったのである。

 ヘルメットやプロテクターに米兵の弾丸が当たる度に瀬戸の部隊は転倒し、ずるずると階段を降りていく形になった。また、瀬戸と先鋒部隊がいるために、後続部隊は米兵に対する思い切った攻撃ができずにいた。

 「仕方がない、20階まで降りよう」

 と、瀬戸は先鋒部隊に指示した。

 それは危険な賭けであった。地下20階で多数の米兵が待ち伏せしていたなら、先鋒部隊は全滅するかもしれなかった。このため、瀬戸は、別の入口から基地内に入っていた第2突入部隊に援護を依頼した。

 「これから地下20階に降りる。そっちも降りて、北側からフロアをクリアしてくれ。敵が待ち伏せしてるかもしれないが、このままではやられる! いざとなったらロケット弾を使え!」

 「こちらB班。了解しました」


 それらのやりとりをイヤホンで聴いていた笹山は、

 「くそっ、突入が遅れたぶん、アメリカ側が有利になっちまった」

 と、ぼやいた。

 そこは、地下14階の廊下であった。

 最後尾についてきていたネモリンは無線機をつけていなかったので、その会話は耳に入らなかった。もっとも、無線機とイヤホンがあっても、ネモリンの聴覚はまだ回復していなかった。

 そして、そのネモリンの目の前にはエレベーターがあった。ネモリンは、なにげなく、その呼び出しボタンを押してみた。

 「おまえ、エレベーターは止まってるよ」

 と、それを見た隊員はヘッドランプでネモリンの顔を照らした。

 ネモリンの顔は焼けただれた皮膚に真っ黒い煤が染みこんでおり、異様な状態であった。

 そのことに気づいた隊員は、

 「おまえ、その顔はひどいな。痛くないのか?」

 と、たずねた。

 が、別の隊員はネモリンの顔よりもエレベーターの方に興味を持ち、

 「笹山隊長、エレベーターを開けて、昇降路から下まで下りませんか?」

 と、笹山に叫んだ。

 これを聞いた笹山は、エレベーターの前までやって来て、

 「よし、やろう」

 とその案を承認したが、そのことを瀬戸に伝えなかった。

 それはゲリラ的な攻撃の仕方であるため、密かに行う必要があった。それで、無線を傍受されていた場合を考慮したのである。

 が、それ以外にも瀬戸に対する個人的な感情があったのは確かである。

 とにかく、なにもせずに後ろからついて歩いていただけの笹山としては、なんらかの形で功績をあげたかった。ここで瀬戸の先鋒部隊の窮地を救うことができれば面目躍如となるわけで、笹山としては、その隠密作戦には大いに期待した。

 が、しかし、米軍側としては、昇降路から敵が侵入してくることは想定内のことであった。

   



     七



 米軍の守備隊は地下20階を決戦場とすべく準備を固めていた。突入部隊は、その罠にまんまとはまった。

 瀬戸と先鋒部隊はフロアの南側から突入し、多数の米軍の待ち伏せに遭った。

 第2突入部隊は北側からフロアに入り、その米軍の背後を突くつもりであったが、これも待ちかまえていた米軍の一斉射撃を浴びて動けなくなった。

 瀬戸にとっての頼みの綱は、地下16階で分断された後続部隊の反撃であったが、これらは非常階段内での米軍との戦闘にてこずっていた。

 エレベーターの扉をこじ開け、ワイヤーロープで懸垂下降した笹山の一個小隊は、地下20階の廊下に出たところで2方向から米軍の攻撃を受けた。これにより、半数が戦死して、残りの半数は昇降路の中でワイヤーにぶら下がったまま孤立した。

 そのとき、ネモリンはエレベーターの扉の中をのぞいていた。隊員からもらったペンライトで下方を照らしてみると、宙づりになっている笹山隊の生き残りがうごめいていた。地下20階の扉のあたりにぶら下がっている数名の隊員はヘッドランプを点けっぱなしにしていたので、そのあたりは多少明るくなっていたが、その下は真っ黒であった。

 「おい、そっちに残しておいたロープを3本降ろせ!」

 と、宙づりになっている隊員のひとりは声を落としてネモリンに呼びかけた。それらが懸垂下降に使ったワイヤーケーブルは軽量化されたもので糸のように細い。このため、その細いケーブルを握って壁を登り返すのは非常に難しい。手早く登るには、それ用に用意してあった太めのロープが必要なのである。

 笹山隊がネモリンを上に残したのは、ネモリンの顔面の火傷を見たせいもあるが、こういう状況になったときのサポート役をやらせるためでもあった。が、ネモリンにロープの使い方がわかるはずがなく、それ以前の問題として耳が聞こえない。隊員たちがなにか言っているのはわかったが、なにを言っているのかについては皆目見当がつかなかった。

 それで、

 「なんですか!」

 と、ネモリンが大声を出すと、隊員たちはあわてた。米兵に見つかって下から撃たれれば、宙づりになってる隊員たちはひとたまりもないのである。

 そのとき、米兵がひとり、地下20階の扉から頭を突き出し、ハンドライトで周囲を照らしつつ首をねじまげて笹山隊を見上げた。

 そこには12名の隊員がぶら下がっていたが、下の者はすでに息が絶えていた。米兵は、その死体を銃で突いてみて、それが死亡しているのを確認すると姿を消した。

 それらの一部始終を見たネモリンは、ようやく事態の深刻さを理解したが、なにをどうしたらいいのかはわからなかった。

 「おい、ロープだよ、おまえの足下に置いてあるだろう」

 と、宙づりの隊員は再度ネモリンに呼びかけた。

 その身振りを見たネモリンは、自分の足下に置かれてあった3つのロープの束のうちのひとつを持ち上げて隊員に見せた。

 「そうだ、それを降ろせ」

 と、隊員が手招きしたのを見たネモリンは、にっこり笑って、そのロープの束をそのまま隊員に向けて放り投げた。

 「おい! なにやってんだ!」

 と宙づりの隊員は声を落としつつ怒鳴った。

 ネモリンの足下には床に打ち込まれたボルトがある。ロープをたぐって登るには、ロープの先端をそのボルトに固定しておかなければならなかったのである。

 宙づりの隊員は大げさな身振りで、怒って見せたが、それを見たネモリンは隊員たちが喜んでいるものと思い込んだ。


 瀬戸が、後続部隊と合流し、弾の切れた自動小銃を捨ててロケット弾で攻勢に出たのは、その直後であった。

 壁を一枚ぶち抜いて米兵を押し返し、階段からフロアへ出たところのT字路に人垣をつくり、3方向に向かってロケット弾の集中砲火を浴びせた。

 追いつめられていた北側の第2突入隊も、これに呼応してロケット弾の使用を開始した。

 地下20階の北側と南側はたちまち火の海となった。

 防火設備のコントロールシステムがダウンしているために、消火用のスプリンクラーが稼動しないのである。さらに、煙が充満しても換気システムが稼動せず、ガスマスクをつけていない者は呼吸ができなくなった。


 米兵たちがフロアの奥に避難していくのを見た瀬戸は、

 「よし、今だ! 撤収する!」

 と、手首のマイクに叫んだ。

 隊員たちは一斉に、

 「テン・フォー」

 と返答した。


 基地内の米軍兵士たちには、もはや逃げ道はない。本国から援軍が来ないかぎり、どのみち降伏せざるを得ないのである。統合幕僚監部の杉本運用第一課長が突入部隊を基地に入れる作戦案をつくったのは、ローハン司令官が基地を明け渡すための踏ん切りをつけさせるためにすぎなかったのであり、米軍側がこれほど抵抗するのは想定外のことであった。

 瀬戸は、そのことを充分に理解していた。それで、損害をそれ以上拡大させないために一時的な撤退を決めたのである。

 が、突入部隊を率いて地上まで階段を登りきり、建物の外に出るやいなや、

 「笹山小隊がそっくり行方不明です!」

 という報告が入った。

 「行方不明とはどういうことだ!」

 と瀬戸が聞き返すと、

 「わかりません。先に撤収したのか、それともどこかのフロアで米兵と戦っているのかもしれません」

 と、吉原副隊長は言った。

 これを聞いた瀬戸は奥歯を噛みしめて表情を歪め、

 「バカ者!」

 と、吉原を怒鳴った。

 笹山小隊がついて来ているかどうかを確認するのは副隊長の仕事だったのである。 

 もっとも、吉原にすれば、急場の騒ぎの中でのことであり、突入直前になって参加してきた笹山隊のことにまで気がまわらなかったとしても仕方がなかった。なにせ、吉原にすれば、これが初めての実戦だったのである。

 そのとき、瀬戸のイヤホンにかろうじて聞き取れる程度のか細い声が入った。

 「すまんが、助けにきてくれ」

 と言ったその声は笹山であった。

 笹山隊は昇降路の中で息をひそめており、大声を出せずにいた。何度もマイクに話しかけてはいたのだが、声が小さすぎたために他の隊員たちには聞こえなかったのである。その声が聞こえるようになったのは、皆が屋外に出て静かになったからであった。

 「今、どちらにいらっしゃるのですか?」

 と、瀬戸は、苦々しくたずねた。

 「地下17階の昇降路の中だ。ロープが3本しかなかったので、各自の携帯用のワイヤーで降りたんだ。ちょっとづつ登ってはいるんだが、このままでは時間がかかりすぎる。煙もひどいんだ。煙突の中を登ってるような感じだが、咳もできない」

 「ちょっと降りて、地下18階の扉から通路に出ることができますか?」

 「いや、道具を持ってる隊員がやられちまっていて、扉を開けられない」

 「どこから昇降路に入ったのでしょう?」

 「地下14階だ。とにかく、上からロープを下ろして、ビレーしてくれれば脱出できる」

 「わかりました。すぐに行きます」

 と言った瀬戸は、即座に突入部隊を集め、再度、建物の内部に侵入した。

 1階のエレベーターの扉をこじ開けさせると、まず、煙を抜き、そこから下をのぞいてみたが、笹山の姿は見えなかった。

 途中の地下10階あたりに昇降機が止まっていて、その下が見えなかったのである。

 そこで、瀬戸は、

 「地下14階まで降りて笹山隊を救助する」

 と、突入部隊の隊員たちに方針を伝えた。

 そのとき、腕時計を見た吉原副隊長が言った。

 「急いだ方がいいです。そろそろ米軍が基地の電源を回復する頃です」

 これを聞いた瀬戸も時計を見ながら、

 「あと15分で終わらせる。いいな!」

 と言った。




     八



 真っ暗な廊下にすわり込んでいたネモリンは、ペンライトのスイッチをONにしたりOFFにしたりして時間をつぶしていた。ロープを渡したのだからそのうち笹山隊が登ってくるだろうと思っていたのである。が、いつまで待っても笹山隊が登って来ないので、しびれをきらして立ち上がり、廊下から非常階段に出た。最初は上に登って脱出しようと思ったが、ひとりで部隊から離れるのが怖くなり、下に降りてみることにした。エレベーターの扉をあけることができれば、宙づりになっている隊員たちに合流できるのではないかと思ったのである。


 階段を降りると、米兵の死体がゴロゴロしていたが、自衛官の死体はなかった。撤退の際に運びだされたのである。

 ネモリンは、米兵の死体から自動小銃を引きはがしてみたが、安全装置のはずしかたがわからないので、それを捨てた。そして、さらに階段を降りると、ハンディータイプのロケットランチャーを見つけた。それならば、ネモリンにも使い方がわかっていた。

 自信を得たネモリンは、そのまま地下17階まで降りて、そのフロアの非常用扉を開けた。


 暗闇の中をペンライトで照らしながら中に入ったネモリンは、しばらく歩いて息をとめた。そこには、カニ型ロボットの小隊が並んでいたのである。それらは電磁パルス弾で集積回路を破壊されていたので、死んだように動かなかったのだが、心拍数が異様に上がってしまったネモリンには今にも動きだしそうに見えた。そして、このとき、通路内の照明が一斉に点灯した。

 ネモリンはあわをくって付近のドアを開けようとしたが、どのドアもロックされていた。手にはロケットランチャーがあったわけで、とりあえずそれを撃ち込めばよかったのだが、如月を殺したときの昂奮はすでに冷めていた。


 やがて、カニ型ロボットはコントロールセンターから補助回路を起動させる信号を送られ、カチャカチャと音をたてて動きはじめた。

 口から心臓が飛びだしそうになったネモリンは廊下の床にへばりついて死んだふりをした。


 そのとき、笹山隊は地下15階のあたりで救助隊が降ろしたロープを登っていた。が、突然電源が回復したかと思うと、昇降機が動き出した。

 「まずい、速く!」

 と、ロープを降ろしていた隊員たちは叫んだ。

 そこは地下14階であった。突入部隊のうちの数名が急いで階段を登り、ひとつ上の階でエレベーターの呼び出しボタンを押した。このおかげで昇降機は地下13階で止まり、笹山隊の生き残りは、かろうじて全員がロープを登りきることができた。だが、ぶら下がったままの怪我人を収容する時間はなかった。

 カニ型ロボットの一個小隊が昇降路を這い登って来たのである。


 「敵襲! カニです!」

 という叫び声をあげた隊員はその直後にカニ型ロボットの銃弾を浴びて昏倒した。  享年は32となった。

 瀬戸は、即座にロケット弾による一斉射撃を命じた。

 その場の全員が昇降路の中にロケット弾を撃ち込んだため、最初の2体は木っ端微塵に吹き飛んだが、3体目は間隙をぬってフロアに躍り出てきた。

 このとき、

 「逃げろ!」

 と、叫んだのは笹山であった。

 これにより、笹山隊は一斉にくるりと向きを変えて通路を走り出した。が、カニ型ロボットに背をむけて逃げ切れるはずがなかった。

 瀬戸は即座に、

 「逃げるな! 撃て!」

 と叫んだが、恐怖にかられた笹山隊は止まらなかった。


 笹山隊が全滅するまでに要した時間は数秒であった。笹山賢の享年は52となった。

 瀬戸は笹山隊が全滅した後もロケット弾を撃ちつづけた。

 地下13階で停まっていた昇降機が降りてきて、これが、からくもカニ型ロボットの進撃を食い止めたが、瀬戸は、部隊の半数近くをこの戦闘で失った。

 階段に出た瀬戸とその部隊は小型の地雷をバラマキながら階段を登った。追ってきた米兵は、その地雷で次々と死傷したが、カニ型ロボットは地雷を踏まず、あっと言う間に瀬戸の部隊に追いつき、地下10階付近で激しい戦闘となった。

 ところが、そのとき、突然にロボットの動きが停止した。そして、基地内に館内放送が鳴り響いた。

 「日本国自衛隊諸君に告ぐ。在日アメリカ軍は、ただちに降伏する。よって攻撃をやめられたし。くりかえす。在日アメリが軍は、ただちに降伏する!」

 それは、在日米軍司令官のジェイソン・ローハン中将であった。


 ネモリンの聴力は、このときには少しだけ回復してきていた。そして、ローハン司令官のアナウンスを聞いたネモリンは、恐る恐る目をあけた。そして、周囲にロボットがいないことを確認してから通路を走り、エレベーターを見つけて、その呼び出しボタンを押した。それは瀬戸の部隊がロケット弾を撃ち込んだのとは別のエレベーターであったため、問題なく動いた。

 が、壁の表示板を見ると、それは最下層の地下32階から昇ってきた。

 ネモリンは、もしものことに備えて、ロケットランチャーをかまえ、瀬戸が神田錦町の雑居ビルでやったように身を反転させて壁に背中をつけた。


 昇降機が止まった。

 ・・・・・・中からカニが出てきたら、

 と考えながらネモリンは扉が開くのを待った。 

 が、気持ちがあせって扉が開くのを待てなくなり、扉の正面に立ってロケット弾を

発射した。

 爆風を浴びて後方に飛ばされたネモリンがようやく立ち上がり、自分が吹き飛ばしたエレベーターの扉の中をのぞいてみると、中には多数の米軍兵士の死体が見えた。そして、その中にはローハン司令官の死体もあった。その享年は55となった。


 このとき、ネモリンはまだ、自分が誰を殺したのかを知らなかった。

 ただ、周キャンテの仇討ちができたと歓び、何度もガッツポーズをした。



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