第2話(前編)横田基地征圧作戦
一
窓の外は静まり返っていた。周囲で明滅していた無数の光も消えており、あたり一面に漆黒の闇が広がっていた。
「戦争は終わったんかいな?」
と、キャンテが言うと、
「なーんだ」
と、ネモリンはがっかりした。
そのとき、
「歩行可能な人員は、ただちに皇居跡メモリアル公園に集合せよ」
という命令が、瀬戸のイヤホンに流れ込んだ。
瀬戸にはわけがわからなかった。
「こちら第一空挺団第一普通科大隊所属、瀬戸です」
瀬戸は通信を開いた。
本部に対し、
「ただ今、神田錦町の雑居ビルの最上階にて、少年2名を保護しております。この2名は、いかがいたしましょう?」
と、もう一度質問した。
これに対する第一空挺団第一普通科大隊本部の回答は、
「捨て置け」
というものであった。
瀬戸自衛官は、そこで、
「しかし、この2名は私の命の恩人です」
と言った。
すると、本部はしばらく沈黙してから、
「戦えるならば連れてこい」
と言った。
「テン・フォー」
という米軍式の用語をもって返事をした瀬戸自衛官は、しかし、その本部からの回答に不信感を抱いた。
そして、
「民間人を戦わせるなんてことがありえるのかな・・・・・・」
と、ひとりごとを言うと、F-47がこれに反応し、
「横田基地の包囲作戦には少なくとも2千の兵力が必要です。生き残った自衛隊の陸上部隊だけでは足りないのです」
と解説した。
これを聞いた3人はびっくり仰天した。
「おまえは、いったい何なんだ!」
と瀬戸自衛官が叫ぶと、F-47は再び、
「私は、レジスレイター・バージョン1.0です」
と答えた。
これにはキャンテが大声をあげ、
「そのレジスなんとかってのがわからへんねん。なにするもんやねん!」
と言うと、F-47は、
「私はスウェーデンで開発された立法府代行システムです。現在はこの地域の戦闘機をすべて管理しております」
と答えながら、突然エンジンを点火した。
3人はあわてて機体から離れた。
すると、F-47は、垂直に1メートルほど浮き上がり、機首をキャンテに向けた。
「うわっ!」
と叫んで、キャンテが横に飛ぶと、F-47は左翼からロケット弾を発射した。
見ると、エレベーターの扉が開いており、中からカニ型ロボットが出てこようとしていた。F-47が撃ったロケット弾は、そのカニ型ロボットをエレベーターもろとも吹き飛ばした。
爆裂音があがり、エレベーターが落下しはじめるとワイヤーロープが昇降路を叩く音が鳴り、それが最下階の床に激突すると、ビル全体が振動した。
ネモリンは、
「ひえー」
と怯えた声をあげた。
が、瀬戸は冷静にF-47の方に向きなおり、
「立法府代行システムを実験的に稼動してみるという話はニュースで見たが、本格的に導入されるとは聞いてないぞ。だいたい、この戦闘はいったいなんなんだ?」
と、言った。
これに対して、レジスレイターは、
「そうです。私は、まだ実験的に使用されているにすぎません。この戦闘が終わればディレートされる可能性もあります。戦闘に至った経緯の説明には7分20秒ほど時間がかかりますが、よろしいでしょうか?」
と、回答した。
すると、瀬戸は腕時計を見て、
「そろそろ行かねばならない」
と言った。
すると、レジスレイターは、
「メモリアル公園へ行かれるのですね? 作戦開始まではまだ時間がありますよ」
と言った。
「その作戦はどんなものだ?」
と瀬戸は問うた。
「ブロック・イーグルというのが作戦名です。橫田基地と横須賀港の征圧です。他の米軍基地は別の部隊が担当します」
と、レジスレイターは回答した。
キャンテとネモリンはレジスレイターが何を言っているのかわからず、ただポカンとクチをあけていたが、瀬戸は驚いて手に持っていた携帯PCを落としそうになりながら、
「なんのために米軍を征圧するのか?」
と質問した。
すると、レジスレイターは、
「作戦の目的は補正予算の財源確保です」
と回答し、さらに、
「これは、プライマリーバランスを黒字にするための措置です」
と、つけ加えた。
今度は瀬戸さえもポカンとクチをあけた。
そのとき、瀬戸のイヤホンに本部から連絡が入った。
「メモリアル公園に集合する者は第一空挺団第一普通科大隊の指揮下に入ってもらう。瀬戸一等陸尉は早めに現地に行ってもらいたい」
二
3人が雑居ビルを出ると、自衛官や民間人がメモリアル公園に向って行列をなしていた。その先頭にはクモのような形をした日本製のロボットがあった。これには、ロケット砲や重機関銃が装備されてあり、カニ型ロボットを発見すると容赦なく瞬時にそれらを破壊した。
これを見たキャンテは、
「あんなイイもんがあるんやったら、なんで、もっと早うに出してくれへんかったんや!」
と、瀬戸に向かって抗議した。
瀬戸は、困惑しつつも、
「オレも、あんなのは初めて見た。あれが標準装備になってたら死なずにすんだ者がたくさんいたろうな・・・・・・」
と、表情をくもらせた。
メモリアル公園には多数の垂直離着陸機が集まっていた。各機の付近では、CRFの小隊長クラスの士官たちが生き残った隊員たちのうちから戦える者を選んでおり、新たに第一普通科大隊を編成しなおしていた。隊員に選ばれた者の中には民間人の姿もあった。
瀬戸自衛官がそれらの集団の中に入って行くと、瀬戸に気づいた自衛官たちの態度が一斉に変化した。小隊長たちが次々と駆け寄り、姿勢をただして最敬礼するのである。
「瀬戸さんって、偉いんですね」
と、キャンテが言うと、瀬戸自衛官は、
「年くってるだけだよ」
と言った。
が、そこに、CRF隷下の第一空挺団の団長がやってきた。
「瀬戸、よく生きてたな」
と、瀬戸の顔を見てにっこり笑ったその団長の名は、田中佳加、といった。階級は陸将補であった。
「急な話で申し訳ないんだが、今から第一普通科大隊の隊長をやってくれ」
と、田中団長は言った。
それまで大隊長を務めていた者が戦死したのである。
が、これには、瀬戸自衛官もびっくりしてしまい、改めて姿勢をただし、
「自分がでありますか?」
と言った。
だが、田中団長は、その質問を無視し、
「階級は一等陸尉ではうまくないから、これより二等陸佐とする」
と、言った。
これは、二階級特進である。周囲でこれを聞いていた自衛官たちは、一斉に瀬戸に向かって直立不動の姿勢をとった。
CRFというのは、陸上自衛隊における防衛大臣直轄の機動運用専門部隊であり、日本語では中央即応集団という名称になっている。実戦部隊としては、司令部付隊、第一空挺団、第一ヘリコプター団、中央即応連隊、特殊作戦群、中央特殊武器防護隊、対特殊武器衛生隊、国際活動教育隊、国際平和協力活動等派遣部隊の9つの部隊があるが、それらの中の最大の組織は第一空挺団である。
このときのブロック・イーグル作戦における地上戦は、この第一空挺団の指揮下で行われており、横田基地の征圧作戦は、その第一空挺団隷下の第一普通科大隊が担当していた。瀬戸は、その第一普通科大隊の隊長に任命されたわけだが、これは、要するに横田基地の征圧作戦を任されたということである。
横田基地征圧作戦の指揮官となった瀬戸がネモリンとキャンテに別れの挨拶をしようとすると、ネモリンは鼻の穴をふくらませて、
「隊長! 自分も行きます」
と、言って左手で敬礼した。
これを聞いたキャンテは驚き、
「アホなこと言うな。ちょっと走っただけで息切らして倒れおったくせに」
と言った。
すると、ネモリンは、
「だけど、さっきは、カニロボットを1機やっつけた。ロケット弾の撃ち方は、もう覚えた」
と、胸を張った。
「おまえな、これは遊びとちゃうねんぞ。はらわた出して、泣きながらもがいとるのがゴロゴロおったんをおまえも見たやろが」
と、キャンテはさらに言った。
しかし、ネモリンは、
「そうだ、なのに、俺は無傷だった。俺にはツキがある」
と、すっかり舞い上がっていた。
瀬戸は、そんなネモリンの顔をじっと見て、
「荷物運び程度の仕事なら大丈夫だろ」
と言い残して、幕僚とともに垂直離着陸機に乗り込んだ。
その後ろ姿を見送ったキャンテは、
「ワシは帰るで」
と、ネモリンに言い、携帯PCを取り出して自宅に電話をかけてみたが、電話は不通のままだった。そこで、その場にいた自衛官に半蔵門方面の様子を聞いてみると、その横にいた民間人が大声で語りしはじめた。
「半蔵門のあたりにはデカイ爆弾が落ちたで。あそこは、しばらく立ち入り禁止や。うちのカカアも娘もやられてもうたんやけど、死体もなんも出んほどやられたわ」
これを聞いたキャンテは目の玉を飛び出させて驚き、
「うちは、3丁目の住宅街やねんけど、そのあたりはどうやねん?」
と、その民間人につかみかかった。
「3丁目は、爆心地や。かあいそやけど、そこにおったんやったら、死体は出えへんわ」
「・・・・・・!」
「大丈夫や、オラが仇討ったる。アメリカの兵隊ば皆殺しにしちゃる。日本人の怖ろしさば見せたるねん」
と、肩に力を入れていたその男は、朱ヤンザン、という中国移民の2世であった。
その朱ヤンザンに対し、
「アッホやなあ、爆弾を落としよったんは、アメリカちゃうで。あれは中国の飛行機や。おまえのカカアは、祖国の同胞にやられよったんや」
と言う者があった。
これを聞いた朱ヤンザンは、
「そがいなことがあるかいな!」
と、その男につかみかかったが、たちまち周囲の者に抑え込まれた。そして、身動きがとれなくなった朱ヤンザンは、おいおい泣き出した。
キャンテはその男の姿を見て走り出そうとしたが、その場にいた自衛官に止められた。
「半蔵門方面には行かせられない。避難所に送らせるから、ちょっと待て」
と、言うのである。
しかし、キャンテは避難所などに行く気にはなれず、
「なら、ワシも横田へ行くわいな」
と言って泣き、理由もなくネモリンの頭を強く叩いた。
三
瀬戸が乗り込んだ垂直離着陸機には、作戦室があり、7名の中隊長が瀬戸の下座に腰かけた。その7名のうちの3名は第一普通科大隊隷下の中隊長であり、2名は特殊作戦群という日本国唯一の特殊部隊の中隊長で、あと2名は第一ヘリコプター団の中隊長であった。これら7つの中隊が瀬戸の指揮下に入ったわけであるが、作戦を説明したのは瀬戸ではない。それは、陸自、海自、空自の3つの部門を統括する統合幕僚監部の運用部から来た運用第一課長であった。
「作戦は簡単なものです」
と、頭の禿げた運用第一課長は言った。名は、杉本完、という。
瀬戸に与えられた任務は、横田基地を包囲し、入口を爆破し、内部に突入して在日米軍司令官のジェイソン・ローハン中将の身柄を確保することであった。
ちなみに、日本政府の降伏勧告に対する在日米軍の回答は依然として出されていなかった。
尚、そのローハン中将は、基地の地下32階にいた。これは、在日米軍の司令本部室である。在日米軍は艦隊も制空権も失っおり、もはや手足をもがれたも同然であったが、ただ、基地内には守備隊がいた。横田基地の場合、地上用戦闘ロボットが2百体と兵員約8百名が守備にあたっており、守備隊以外の人員は家族を含めると8千名であった。
「この8千名もなんらかの抵抗を試みる可能性があります。火器を用いて抵抗してきた際は容赦なく射殺してください」
と杉本課長は言った。
一同は一瞬ぎくりとしたが、これに異論を唱える者はなかった。
皆、多くの同僚を失ったばかりであり、米軍とその家族に同情する気持ちは持てなくなっていたのである。
杉本課長は、さらに、
「突入にあたっては、電磁パルス弾を使用してもらいますが、これの使用には充分気をつけてください。とっておきのクモ型ロボット5台を出しましたが、国産のロボットは電磁パルスに弱いです」
と注意事項をつけ加え、
「以上です。なにかご質問は?」
と言った。
このとき、
「突入は、そのロボットと我々特殊作戦群の者だけでやらせてもらっていいんですね?」
という質問をしたのは、金色に染めた頭髪をポニーテイルにした特殊作戦群の中隊長で、顔を白い大きなマスクで覆っていた。皆からは、如月、と呼ばれていたが、これは本名ではない。
特殊作戦群の隊員は日頃から身分を隠して暮らしており、集団行動をする際はマスクで顔を隠し、本名も使わないことになっていた。テロリストなどに顔や名前を知られないためである。
ちなみに、特殊作戦群の実戦部隊の人数は2百名でしかないのだが、一般の自衛官たちは、これを「特戦」などと呼んで畏怖していた。それは米軍のグリーンベレーやデルタフォースを手本にして発足した組織で、隊員選抜試験の受験資格が非常に厳しく、受験者の1割程度の人数しか合格できないようになっていたからである。
訓練の内容も一般の部隊とは異なり、戦闘技能ばかりでなく、語学や情報活動や心理戦の専門技能などについても非常に厳しい教育を受ける。このため、一人前の隊員となるには10年以上の歳月を要する。
瀬戸は、この精鋭部隊に所属していたことがあり、成績も優秀であったのだが、海外勤務の最中にテロ事件があり、護衛していた政府高官が死亡した責任をとって特戦を辞めざるをえなくなった。以後は、第一普通科大隊に所属していたが、特戦の中隊長2名は昔の部下であった。
「如月、その件は俺の判断に任されている。特戦だけでやりたいか?」
と瀬戸は如月中隊長の意向をたずねた。
「おう、そうしてもらえると助かる」
と、如月の回答は短かった。
が、このとき、うなだれて下を向いた中隊長が1名あった。第一普通科大隊第二中隊の中隊長で、名は、笹山賢、といった。眉毛の太い丸刈りの似合う中年兵士である。
瀬戸はこの中隊長を、
「笹山さん」
と、さんづけで呼んだ。ついさっきまでは笹山の方が階級も上であり、順序からすると瀬戸ではなく、この笹山が大隊長となるはずであったのだ。
「なんだ?」
と、笹山中隊長は顔をあげて野太い声を出した。
「第二中隊は、今現在何名いるのでしょう?」
と、瀬戸は、静かにたずねた。
笹山は、瀬戸が上司になったことを思い出し、態度を改め、
「北部方面からも応援部隊が入ってますし、民間人も入れましたから、正確な数字はまだ来ていませんが、2千名は超えているはずです」
と敬語を使った。が、その表情は暗かった。
瀬戸は、そこで、
「それでは、そこから適任者を3百名選んで、突入部隊のサポートにまわらせてください」
と言った。
これを聞いた笹山は、子どものような笑顔を見せた。だが、その表情を見た瀬戸は、思わず顔を曇らせた。
笹山が作戦の指揮を任されなかったのには理由があった。
我が強すぎるのである。




