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道化師は笑う  作者: 無縫


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15/16

願いの行方

夜の道は、街灯もなく、パトカーのヘッドライトだけが細い塗装路を切り裂いていく。

ハンドルを握る警察官佐藤。胸ポケットの無線を気にしながら前を見据えた。

操楽いったい何があったんだ。

さっきの通信は短かった

「佐藤さん…俺のGPSを…追って…きてくれ。俺は死ぬだろう。だからあのきょうだいを…たのみました…」

声がかすれ、爆破音がした。

状況が全くのみこめない。

「何があったんだ」

操楽の息はもう絶え絶えでいつ死んでもおかしくないようだった。

「まってろ操楽」

ナビの示す地点は町から離れた山里。

佐藤は息をのみながら最後のカーブを曲がる。

ヘッドライトが照らしたのは、古びた木造の一軒家。

黒い影が森の木々の中に沈み込み、風が屋根を鳴らしている。

車を止めた瞬間、背筋に冷たいものが走った。

操楽の姿はない。だが、確かにここが目的地だ。

佐藤は慎重に車を降り、手にライトを持つ。

土を踏む音がひどく大きく感じられた。

「操楽…いるのか?」

返事はない。

木造の玄関に近づき、佐藤はゆっくりドアノブに手をかける。

ふるい金具が、きしり、と嫌な音を立てた。

ドアはわずかに開いた瞬間、冷たい空気そして焦げ臭いにおいが漂う。

佐藤は息を止め、ライトのスイッチを押した。

白い光は闇を切り裂き、家の中を照らす。

ライトを握る手に力を込め、慎重に足を踏み出した。

床板は歩くたびにミシミシと頼りなく鳴く。

古い木造の家特有の湿ったにおいに混じって、何か別の臭いが漂っていた。

焦げているのか。

金属が焼けたような。何か知らないものが焼けたような。重く鼻の奥に残る臭い。

そんな臭さだった。

天井、床へとゆっくりライトを移動させながら進むとある分かれ道歩く音が変わった。

ピシャ。と。

左右に方向に伸びた血だまりは、片方はすぐ近くのドアへと続いていた。

もう片方は暗闇の先へと姿を消していた。

奥に進むにつれて焦げ臭さは濃くなっていった。

まるで火の手がすぐそばまで迫ってきているようなそんな錯覚すら抱かせるほどだ。

佐藤はその部屋の前で足を止めた。

扉周辺だけが不自然に焦げている。そして少しの光が隙間から漏れ出していた

誰かが火を使った?いや…爆ぜたのか。

「…ここにいるのか操楽」

中からの反応は全くなかった。

心臓が一拍、強く高鳴る。

佐藤は喉を鳴らし、そっとドアノブを回した。

指先が触れた瞬間、冷たい。

まるでさっきまでだれかがここにいたかのような温度。

ギギ…ィィィ。

扉のわずかな隙間から光が漏れ廊下の暗闇を押しのけてゆく。

焦げだらけの何かが横に落ちていた。

しかし、あまりにもの焦げ臭さにすぐドアを閉めてしまった。

ポケットからハンカチを取り出し鼻と口を覆う。

なんて臭さなんだ。

扉を再び押し開けた瞬間、重苦しい空気が押し寄せてきた。

部屋には、黒くこびりついた肉片があちらこちらの壁にへばりつきそれぞれ異臭を放っていた。

床には三名の人影が横たわっている。

一人はかすかに胸を上下させ、命の残り火を必死につなぎとめていた。

もう一人は完全に動きを失い冷たい陰に潜んでいる。手はなく腕の先端が黒く染められ血だまりが光に反射して異様さを増していた。

そして最後の一人は、頭を抱えるように倒れながらも、口元にゆがんだ笑みを浮かべていた。

その笑い声は声にならずただ場の緊張をさらに濃くし、背筋を凍らせる不安を呼び起こす。

沈黙を破るは、少年の呼吸音だけ。

ほかの2人は助からない。あの少年だけでも。

生暖かい空気が肌をなで、鉄のにおいが鼻を刺す。

理性では説明できないほどの異様さが、心の奥底の恐怖を刻み込んだ。

「お…い。陽翔さん。しっかり意識を保ってください。すぐに。すぐに!救急車を呼びますから。生きてください!」

陽翔の体を少しだけ上げ、何度も肩をたたきながら名前を叫んだ。

焦るようにポケットへ手を伸ばし、震える指でスマートフォンを取り出す。

通話ボタンを押すまでの数秒が永遠のように長く感じられ、救急車を呼ぶ声はかすれていた。

「…はやくきてくれ」

必死の願いが空気に溶けて消えていく。

やがて「15分後に到着します」という返答が耳に残る。だが、その15分は途方もなく長い。

時計の針はほとんど進んでいないように見え、心臓の鼓動だけが異様に早く響いていた。

何度も陽翔の名前を呼び続ける。喉の奥が焼けるように痛む。

返事はない。それでも呼び続けるしかない。

「陽翔!おきろ。陽翔!」

待つ時間はまるで永遠に続く悪夢のようだった。

救急車のサイレンが遠くから聞こえた時、張りつめていた空気が揺らぎ、ようやく時間が動き出したように感じられた。

救急隊が重い足跡を響かせながら部屋に駆け込んで来た。

緊張した声が飛び交い、担架が素早く広げられる。

その時、陽翔は横に倒れている澄乃にない手を伸ばし掴もうとする。

「姉ちゃん…。起きて…よ。姉ちゃんが…いないと…」

その言葉は途切れ途切れでありながら、確かな思いを宿していた。

救急隊が声をかけ陽翔を慎重に担架へ乗せる。

部屋を後にする瞬間、陽翔の目には涙が光り、姉の思いが静かに刻まれていた。

残された空間には深い余韻だけが漂う。

部屋のすべてのけが人を運んだ後、扉を押しのけ外に出ると、冷たい外気が肌を刺す。

救急車の赤い回転灯が闇を切り裂き、光が断続的に地面を染めている。

その光の中で、二つ担架が新しく運ばれて救急車へと運ばれてゆく。

そこに横たわるのは、神薙と操楽だった。

白い布が覆われた姿が揺れるたび、胸の奥に重い痛みが広がる。

救急隊員の掛け声、サイレンの予備音、靴音。

すべてが遠く響き、時間がゆっくりと流れているように感じられた。

声をかけたいのに、喉は乾ききって言葉にならない。

ただその姿が遠ざかっていくのを見るしかなかった。

「そこの男の人。あなたも一緒に乗ってください」

赤い光を散らしながら走り抜けてゆく。

車内では担架に横たわる人の呼吸が揺れ、誰もがその一瞬一瞬に祈るような思いを込めていた。

窓の外の景色は流れるように後ろへ消えていく。道を開ける人一人一人がまるで怪我人の無事を願うように救急車を見つめる。

「もう少しだ。耐えてくれ…」

やがて遠くに病院の明かりが見えた瞬間、張りつめた空気がわずかに揺らぎ、希望の光が差し込んだ。

救急車の扉が勢いよく開き、待ち構えていた医師や看護師が素早く駆け寄る。次々と担架が運び出される。

担架の車輪が床をたたく音、医療スタッフの短い指示、そして遠くで響くサイレンの余韻が重なり合い、場の緊張をさらに高めた。

一人また一人。合計五人が白い布に包まれ、赤い光に照らされながら病院の中に消えていく。

時間は現実よりも遅く流れているように感じられ、担架が運ばれていく一瞬一瞬が永遠のように深く刻まれる。

佐藤が集中治療室の前に腰を下ろし、両手を組んだように座っていた。

みんなお願いだ。生きていてくれ。頼む…。

やがて緑のランプが消え、扉が開く。

佐藤は立ち上がり声を震わせながら問いかけた。

「…どうでしたか」

結果はある程度分かってはいた。医師の顔に書いてある。死にましたと。

医師は一瞬、言葉を探すように目を伏せ、そして静かに告げた。

「すいません…。運ばれた時点で1人の男性以外はすでに息をしていませんでした。何度も蘇生を繰り返したのですが…。あとこの二つが、手がない女の人のポケットの中に入っていました。どうぞ」

長方形の大小二つのものが、手渡された。

そして仲間が死んだことが冷たい現実となって胸に突き刺さる。

膝が崩れ落ち、床に手をついたまま、佐藤は声を押し殺して泣いた。

祈りは届かず、ただ涙だけが静かな廊下を落ちていく。

涙を流しながらも立ち上がり集中治療室へと足を踏み入れた。

そこには横たわる同僚の亡骸があった。

長年共に過ごしてきた記憶が胸に押し寄せ、言葉にならない悲しみが全身を覆う。

かみなぎ…。そうらく…。ほんとうになにがあったんだよ。おれよりはやくいくなよ。ばかやろう…。

ただ立ち尽くし、目を閉じることで涙をこらえるしかなかった。

しかし視線を横に移すと、別のベッドに横たわる陽翔の姿が目に入った。

その腕には管が繋がれ、姉から輸血を受けている。

かすかな呼吸と、わずかに動く胸の上下が、確かに生きようとする力を示していた。

姉の血が陽翔へと流れ込むその光景は、絶望の中に差し込む小さな希望の灯のようだった。

「…まだあの子はあきらめていない。…だから私もあの子を応援しよう」

お読みいただきありがとうございました。

次でラストとなります。気合い入れて書いていこうと思いますので明日またお願い致します。

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