最高のメインディッシュ
「ここはどこ」
天井には小さな太陽が吊り下げられ木造の部屋を孤独に照らしていた。だが、その光に温かさはなくむしろ静かな恐怖を引き寄せていた。
「姉ちゃん。姉ちゃん起きて」
鎖でつながれた手足を動かし姉に近づく。床と鎖がすれ重たい音を鳴らす。
「よう…あれここはどこ」
長い沈黙の後、姉の瞼がわずかに震え、薄く目が開いた。暗闇に浮かぶその瞳は僕を見つめていた。
「姉ちゃんよかった。生きてる、死んでなくてよかった」
「ここはどこなの」
「わからない」
「たしか操楽さんの車に乗っていつの間にか眠っていて」
「まさか操楽さんに裏切られた…」
「そんなことあるわけ…」
僕たちにはわかっていた。裏切られたのだと。信じられない。でも信じるしかなかった。
今の状況を見るにその理由を考えるほかなかった。
ピシャ…ピシャ…ドアの先で誰かが近づいてくる音がする。地面についた手に振動が伝わる。
心臓の脈拍が振動と重なる。
ドアの隙間が少しずつ広がり暗闇の先からにやけた男が近づいてくる。その顔は喜びに歪み獲物を目にした獣のように輝いていた。足元は血だらけで歩くたびに血だまりができる。
「やあ起きたのかい」
こちらに近づくにつれ顔が明るく照らされていく
「近堂さん…なんで」
にこやかにこちらをむく。僕の頭の中の葉っぱが落ち、枝が揺れ、木が大きく揺れる。
「あの顔あの笑顔ピエロは近堂さんだ。僕の家族を殺したのはあいつだ」
「え、どういうこと」
兄弟の胸が激しく上下する。心臓は暴れだしドクン、ドクンと耳の奥まで音が響く。
血が逆流し全身が熱くなる。鼓動が自分を追い詰める刃となって全身を揺さぶる。
互いの荒い息遣いが静寂を引き裂き恐怖を突き付ける。
「どっちから死ぬ?」
近堂はあたかも自然なことのように流暢に聞く。
「待って意味が分からない」
姉は何も理解ができず唇を震わせる。
近堂は片手にあるボタンを押した。
爆発音が僕の鼓膜を裂いた、瞬間姉の手は空中で踊っていた。
赤黒い飛まつが壁と床を汚し、熱を帯びた血が弟の頬を焼く。骨だったものは粉々になり肉だったものは僅かに動きそして動かなくなる。僕の呼吸は止まり心臓の鼓動だけが狂ったように鳴り響いた。生き物とは思えない断面からは血が噴き上がり焦げ臭い肉のにおいが鼻を指す。姉の鎖は消えていた。
爆音の後、姉は自分の体に何が起きたかまるで理解できていなかった。
「…あ…あ、れ…私の…手」
声は震え、目は恐怖に見開かれ、現実を拒むように後ずさる。
だが、飛び散った指の破片が床を転がったのを見た瞬間、喉から避けるような悲鳴がほとばしった。
「あぁ…あぁぁぁぁ…あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
姉は途切れ途切れ叫び涙がほほを伝う。
体が思うように動かない。
「ね…えち…ゃん…その…手…」
両手を失った姉を見て恐怖でいっぱいになった。
それと同時に低く歪み空気を振動させるような笑い声が響く。
「そう。その顔だよ。その顔が見たかったんだよ」
部屋の隅々に笑い声が広がり壁も床も振動させ、心臓を鷲掴みにするかのように迫る。姉の苦しみをまるでエンターテインメントのように楽しむ。
僕は思わず耳をふさぎたくなるが、音は脳裏に直接刻まれ理性を揺さぶる。
「陽…一緒にいる一緒にいるって言って一緒に入れなくてごめんね」
弟の目に映ったのは、苦痛に耐えながらも微笑む姉の顔。姉の目に映ったのは宝物を失い崩れ落ちる寂寥に暮れる顔。
「陽は生きるんだよ…」
その言葉を残し姉の体は力を失い地面に伏せる。
僕は鎖をもたげ姉に駆け寄る。
震える手で姉の肩を揺さぶるが姉の瞳はもう何もうつさない
涙で視界が滲む。
僕は声を上げて泣いていた。
視界が涙で滲む中、温もりは急速に失われていく。
最後の苦痛混じりの笑顔は僕の感情を絶望に染めた。
「姉ちゃん。姉ちゃん!!」
「姉の次は…君だね」
そう楽しみながら口角をあげる。
その笑い方はまるで獲物を捕らえた狩人のようだった。
「なぜこんなことができる。なぜ僕の家族を殺した。なぜ…なぜなんだよ」
悲しみに暮れ何度も何度も拳を地面に叩きつける。痛みなど感じなかった。それよりも大きな痛みがあったから。そんな僕を尻目に言った。
「ちょうどよかったんだよ5人家族で。殺す理由はね、12って天国に行ける数字なんだよ。12人殺して、僕は妻と一緒の天国へ行く」
僕にはまったく言っている意味が分からなかった。人を殺しておいて天国になんて行けるわけがない。ばかげた話だ。
近堂さんは妻が死んでからおかしくなり宗教に入れ込んでいたのは知っている。でも…これはおかしいだろ。
「そんな、くそみたいな理由で殺されたのか。そんな、くそみたいな…理由で…僕の宝物をすべて奪ったのかぁぁぁ!!」
あいつは薄暗い明りの中で静かに笑う。その笑みは哀れみも後悔もない。俺の胸をえぐるのはその好奇心に満ちたな瞳だった。
「返せよすべて!!」
声はかすれ、涙は枯れていた。頭ではわかっていた。姉にも言われた。もう戻ってこないのだと。どれだけ叫ぼうと泣こうとあの笑顔もぬくもりも、血の海に沈んでしまった。深く深く。生きる意味なんてもう残ってはいなかった。
「もう殺せ、操楽を信じてついてきた自分がわるかった」
「操楽ならもう殺したよ。いい顔をしながら死んでいったよ」
言っている意味が全く分からなかった。
操楽は自分を裏切った。裏切り者だ。
「あいつは弟を救うために君たちを売った。もう死んでいることも知らずに」
子供がいたずらをして笑うようにクスクス笑い、続けた。
「操楽の母と父を殺しそれから小さい男の子を殺そうとした。たくさん泣き叫んでいて心地よかったよ。刀で子供を殺そうとしたんだ。その時弟をかばったのが操楽だ。」
そのときの操楽の顔を思い出すように興奮した様子で問いかけた。
「こいつは使えると思ってその日は生かしておいたんだ。まー殺したんだけどね」
自分の中で疑問が1つ消えた。明らかに車の中で声のトーンが落ちたところがあった。家族を守るためだったのか。こいつには心がないのか。人の心が。
「もういい?」
僕のことを殺したくてうずうずしていた。殺したいという欲望を抑えようとしても抑えられていなかった。唇の端が勝手に吊り上がる。僕が答える間もなく空気を切り裂く衝撃とともに両腕の存在が音とともに消えていた。
爆音の余韻がまだ壁に反響している。
鉄の輪ははずれ膝から崩れ落ちただ眼を見開けながら荒い息を吐き続けた。
周囲には火薬の焦げたにおいが漂い白煙が薄く垂れ上へと延び板の隙間から出ていく。
痛みによる悲鳴は声にならず、喉の奥でひび割れた呻きだけがもれた
「姉ちゃん、瑠子、父さん母さんもうすぐそっち行くね」
胸が痙攣し、視界の端から色が抜け落ちていく。心臓が呼吸するたびに激痛が走り血液を送り出すたびに残された力が流れていく。最後に見たのは口角をあげ微笑む姉。そして目には何も写さないようになった。倒れた体からは熱が奪われ先ほどまで響いていた呻き声は消え、部屋には高らかに笑う殺人鬼だけが残されていた。僕に太陽の光は射さなかった
「これであと一人」
そうつぶやいた。拷問器具の並ぶ部屋で何も知らない子供が描いたにっこりマークの如く純粋な顔を見せながら満足し、自分の心臓をうち近堂慧士もしんだ。
「最高のフィナーレだ」と言いながら。
これで12かと思われた。
地獄の門番は天国へは行かせない。
何せ殺せたのは11人なのだから。
物語もあと少しです。最後までお付き合いくださるとありがたいです。
お読みいただきありがとうございました。
明日もよろしくお願いいたします。




