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道化師は笑う  作者: 無縫


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10/16

今ある宝石

2日後、操楽さんから連絡がきた。着信音が2人では広すぎるリビングに響き渡る。

犯人と思しき人が逮捕されたと。

思ってもみない電話で僕たち兄弟は目を見張った。頭では待ち望んだ知らせなのに胸の奥には鋭い痛みが走った。

「本当に... 」かすれ声で尋ねると確かに「はい」といった。

姉の手から受話器は滑り落ち、地面に転がり落ちる。家族の思い出がまるで走馬灯のように流れ込んでくる。もう戻れない。

すぐに姉とともに中央警察署へ向かい操楽さんとコンタクトが取れるように入り口で対応してもらった。待ち時間は5分ほどだったが僕たち兄弟にとっては1時間待っていた気分だった。沸々と復讐心が沸いた。強く握ったこぶしにより掌が爪でへこむ。

やっと会えるやっとやっと…

「お待たせしました。陽翔さん、澄乃さん」

「犯人は犯人は!どいつなんですか」

声を荒げて僕は言う。

「待ってください。今詳しい事情聴取しているところです。まだお話はできません」

「お願いします…」

すべてを壊された恨みは絶え間なく僕を襲う。

「なぜ…なぜ…僕の手であいつを殺すことができない。とうさんかあさんりこ」

涙で前が見えなくなっていた。

「顔はニュースなどで出されます。それまで待っていてください。本当に申し訳ありません」

操楽さんは去っていった。

「陽、いったん家に帰って落ち着こ」

姉ちゃんは僕の頭をなでながらなだめるように言った。

しばしの沈黙の後。僕は言った。

「わかった。今日は帰るよ」

湧き出る恨みを押し殺し姉に従った。

僕は俯きながら姉とともに歩いた。夕日がどんどん沈んでいく。太陽の代わりに月光があたりを照らす。あの日のようだ。僕の心にはどす黒い復讐心、それを照らしてくれる灯りはあったもののそのさきの道はなかった。

家の前に行くとメディアが大勢押しかけていた。僕たち兄弟に気づくとまるで津波のようにおい寄せる。

「犯人が捕まった感想は!」「犯人について一言」そんな言葉ばかり。

僕は被害者なんだとまた心で叫ぶ。全てが五月蠅い。すべてが邪魔だ。何もかも消えてしまえばいい。

「もう関わらないでくれ」

いつの間にかそう叫んでいた。あたりが静まりかえる。近くの記者のマイクを無理やり奪い取ってこう吐き捨てた。

「僕はお前を許さない、絶対にだ」と。自分の怒りをどこに向けていいのかがわからず当たり散らしてしまう。

それをどこかで見ているピエロはあざ笑う。

「まだだね。心の傷を癒しきれていない」

それは割れたオルゴールが無理やり奏でる子守歌のような不気味な笑いをしている。

姉とともに家の中に入るが依然として記者は家の前に張り付いている。

「何であんなことを言ったの」家に入ると早々姉が怒り口調で言い出した。

「自分でもわからない、家族を殺したやつを自分で殺せなくて悔しい。僕からすべてを奪ったのに僕はあいつのすべてを奪えない。何もかも失った僕には何のために生きていけばいいの」

あふれ出る涙が止まらない。

「私がいるじゃない。これからさきずっと。だから何もないなんて言わないで。私はすべてを失ってないよ。まだ宝物のあなたがここにいる」

姉は僕を抱きしめてくれた。あの病室の時のように。

心の中の暗闇に月光が差し僕は、いつの間にか泣いていた。

どれだけ泣いただろうか。やがて涙は枯れ、呼吸は次第に静けさを取り戻す。

頬に残る温かい筋を指で拭い深く息を吐いた。

「斉藤さんにこのこと連絡入れとくね」

「わかった」

次の日、テレビで容疑者について報道されていた。画面に映し出された男の顔を見た瞬間目を疑う。瞬きを繰り返してもそれが変わることがなかった。

「今日中央地区で起こった連続殺人事件の容疑者が逮捕されました。名前は斉藤朗太、20代男性。中央拘置所に送られました」時間が止まったように啞然する。

そのニュースをきき僕はいてもたってもいられなくなった。ありえない。

なんで斉藤さんが。そのニュースは信じることができなかった。斉藤さんは遺族の一人だ。心臓は暴れ吐き気がこみ上げる。画面内ではうつむいたまま連行される斎藤さんの顔があった。ニュースキャスターの冷酷な声が続く。

「犯人は少なくとも8人殺しており…」

胸を締め付けるのは怒りではなく悲しみでもなく裏切りというその言葉だった。画面がコマーシャルに切り替わっても僕は動けなかった。

「陽、そんな急いで着替えてどうしたの」

「斎藤さんが捕まったって」

「え、何言ってんの。そんなのあり得るわけないじゃん。あの人は家族が殺されているんだよ。それにこんなものまでくれた。そんなひとが犯人なはずない」

姉も衝撃を受けていた。

「そうだよ。あり得ないんだよ」

僕たち兄弟は目が合い。何かが通じたように姉も準備をしだした。

僕たちは急いで中央警察署に行った。警察署の壁はやけに冷たく、まぶしかった。操楽さんに何度も会えるように頼み込んだ。しかしそれが実現することはなかった。

「なぜ会えないんですか。斎藤さんはここにいるんでしょ、合わせてください」

「すまない、無理なものは無理なんだ。君の気持ちもよくわかる。しかし望みをかなえることが私にはできない、本当にすまない」

操楽さんは何度も謝罪を口にした。

僕の望みは謝罪じゃない。斎藤さんとの面会だ。そういうことを言いたいわけではないんだ。

「あの人が犯人じゃない。だってあの人は大切な人を殺されているんだ」

感情がまたも暴走しそうになった。斎藤さんとは境遇が同じだったせいか思い入れがあった。

「もう証拠がそろってしまっているんだ。血だらけのバットや返り血のついた服。また彼の祖父が元々武具店をなされているからだ。そこが武器の入手地点だと思われる。何より自分がやったという供述がある。もう犯人ではないというが難しいんだ」

じゃー本当に斎藤さんが犯人だってこと…。感情がぐるぐる回る。自分でも何を考えているかわからない。いや何も考えることができない。

あの時、信じた言葉は全て噓だったのか。

足が震え呼吸が乱れる。信じた人間に裏切られた事実が心をえぐり、黒い憎悪が胸からせりあがってきた。

「あいつが犯人!あいつが犯人!あいつが犯人!殺してやる殺してやる殺してやる許さない許さない絶対斉藤を殺す」

家族を殺された恨み全てが斉藤に向けられる。

その声はもはや悲しみではなく怒りと憎悪に染まった咆哮。

光を失った瞳をしていた。

「どけ!!」

操楽さんを押しのけ警察署内を駆け回っていた。

「どこにいる斉藤!!僕が殺してやる!!早く出て来いよ」

斎藤の名を喉が裂けるほど叫んだ。

警察署の静けさを切り裂く絶叫に、周囲の警察官たちが驚いて振り返る。

近くのすべてのものを蹴り上げ廊下をかける。

「出て来い!」

叫びながら署内を走り回る姿は、被害者でも捜査官でもなく、ただ憎悪に支配された狂気そのものだった。

「陽」

すごく優しい声だった。なんでも包み込めそうなそんな声だった。そう呼ばれ振り向くと。僕はいつの間にか宙に舞っていた。地面に体がついてはじめてわかった。殴り飛ばされたのだと。すぐ起き上がりみると姉がいた。

「何で陽はそいつにそこまでこだわるの!」

僕からしたらその言葉の意味が全く分からなかった。自分の家族を奪われたのになぜそいつを恨まないのかも。なぜ関心がないのかも。姉は続けていった。

「もうみんな戻らない。それはわかっているでしょ。どれだけ陽が悲しんでいるか、そいつを恨んでいるかは当たり前のように知っている。でも、今何をしたところで過去には戻れないし生き返ることもない。今ある現実を一緒に受け入れようよ」

「なんで。なんで。そんなすぐにこのことを受けいれられるんだよ。僕には全くわからない。なんで怒らない。なんで憎まない」

興奮する陽翔をなだめるようにそっと手を置いた。

震える手が陽翔よりも先に涙をこぼしていた。

「……悔しいよ。悔しくて胸がつぶれそうで、何度も叫びたくなった。夜になると今でも瑠子の血だらけの手を思い出して息が苦しくなる。怒りだってあった。でもその怒りに飲まれたら家族がみんな消える気がしたの」

澄乃は息を吸い、陽翔の目をまっすぐ見た。

「最後に残った陽と誰かを憎みながら生きたくはないの。私が怒らないのはね、怒らない強さを選んだからじゃないの。怒こっている時間より、あなたと生きる未来のほうが大事だって気づいたからだよ」

澄乃は手を握った。

「だから……。あなたまで怒りに溶けて消えないで。あなたがいることが、生きて立っている理由なんだよ」

姉の言葉が終わった瞬間弟の胸の奥で張りつめていた何かが、静かに、しかし音を立てて崩れた。

「…ぁ…」

喉の奥が締まり、息が震える。

強く嚙み締めていた、歯が僅かに開き、そこから震える呼吸が漏れた。

視界がにじむ。

堪えようとして瞬きするたび、涙はかえって頬へ伝う勢いが増した。

「なんだよ…それ…そんなこと言われたら…守られているみたいで…っ。ぼくが…まもるってあのひ…きめたのに」

言葉が感情に押し潰され、最後まで続かない。

握りしめていた拳も、もう力を保てず震えるまま下へ落ちた。

頬を滑る涙は、一粒で止まらなかった。

ぽた、ぽた、と落ちる音が、静まり返った部屋に小さく響く。

泣きたくないと眉を寄せ、唇をかむが止まらない。

怒りで熱くなった胸。今はただ痛くて苦しい。

「でも…それでも…くやしいよ」

絞りだした声は、子供の頃のように脆く、膝が僅かに折れ、頼りなく震えていた。

姉はそっと弟の頭を抱き寄せる。

陽翔の頬に触れた瞬間、その温かさが最後の防波堤を完全に崩した。

ただ静かに、優しく、抱きしめ続けた。

怒りではなく、喪失ではなく、

生き残った者同士の痛みと希望がようやく交わった瞬間だった。

父、母、妹が死に。今ある宝物は姉。失ったものばかりに目を向け、今ある宝物を見ていなかった。

「ごめん、姉ちゃん、僕…」

「陽、大丈夫」

その大丈夫という一言であらゆるものがすっと消えていくような感覚になった。自分の中にあるどす黒い復讐心もすっと消えてくような感覚になった。気づかせてくれてありがとう。そう心の中で言った。

自動ドアが開き夕暮れの空気が頬を撫でる。町は普段通りに流れていた。人々の笑い声。車の走る音。そして楽しく話をする家族。足を前へと進めながら、背後の警察署を1度も振り返ることはなかった。

胸に残るのは何か温かいものだった。姉の愛情とでもいうべきか。



帰り道いつものケーキ屋さんによった。

「陽、今日空いてるよ 。いこ!殴ったお詫び」

姉は僕を引きずるように中に入っていった。

「久しぶり澄乃ちゃん、陽翔くん」

そうあのケーキ屋さんだ。

「色々大変だったね。今日はサービスするから。好きなケーキを持っていきな」

近堂さんはまるで僕たちの父親のように優しかった。僕たちの父は怒るべきところは怒り褒めるべきところは褒めるそんなメリハリのある父でありもちろん優しさも持ち合わせていた。

「私はこのケーキにする」

横でケーキを選び終えた姉が嬉しそうにケーキを受け取っている。

「ありがとう。近堂さん」

前の元気な姉がそこにはあった。

「近堂さんまた来るね」

ドアを開け、また町へと溶け込んでゆく。

帰り道何のテレビ番組を見るか。今日の掃除当番と前のように話していた。

「姉ちゃん、ケーキ食べよ」

「仏壇に線香をあげてからよ」

父さん、母さん、瑠子今帰ったよ、ただいま

どこからかお帰りといっているような気がした。これから先ずっと見守ってくれるのだろうと僕たちは思った。

「姉ちゃんもらったケーキの箱どこにやったの」

「棚の下だよー」

ケーキの箱をとって姉のほうを振り向くと姉はいつでも食べられるぞと言わんばかりにフォークを握っていた。

「このケーキ美味しいね。そっちのも少し頂戴。私のあげるから」

「いいよー」

「ありがとう。こっちもいけるね」

「あ!姉ちゃんとりすぎ」

「いいじゃん。いいじゃん」

前の日常が戻ってきたような気がした。

しかしこのすっぽりとした記憶は戻らない。

椅子に腰かけこれまで調べた壁一面の殺人犯こと斎藤さんの情報を見渡す。

「もう取り外したら」

ドアからひょこっと顔を出した。

「姉ちゃんわかってるよ。外すの手伝ってよ」

犯人はもう捕まった。これは残すべきでない。僕の中にある闇を思い出すかもしれない。

「これ明日可燃ゴミだからゴミ箱そのまま入れて捨てていいよね」

僕から受けとった資料をそろえながら姉は言う。

「そうだね、少し悔しいな。自分で捕まえられなくて」

「私も同じだよ。でも、一人じゃないの。陽がいるから」

姉の目はまっすぐでにこにこ笑っていた。

「これで全部だね。捨てとくよ」

姉は資料をもってゴミ箱に向かう。

「明日っていってももうゴミ出ししとこかな」

「暗いからついていくよ」

深夜、家の灯りを落とした後、二人は並んでごみ袋を持ち外に出た。

周囲はしんと静まり返っている。

「寒いね」

姉が呟くと僕は鼻をすするようにして頷いた。

ゴミ置き場につくと姉が袋を下ろす。

「これでおっけいね。ゴミ出し終わり」

帰り道、夜空にある星を見ながらぽつりと言う。

「なんか、二人でこうしているの変な感じ」

姉は微笑み、そっと弟の肩をたたいた。

その笑い声は、深夜の静けさに消えていった。

家に帰りベッドに横になる。明日からもまたがんばろ。この宝物がある限り僕は大丈夫。

今、時計は深夜2時を指している。街灯が照らす中、ある男がごみを持って歩いていた。

「自分より早くゴミ出ししている人初めて見た」

陽と澄乃の置いたごみ袋をまじまじと見てふとその袋を持ち上げる

「この資料…もう追い掛けるのやめちゃったか」

彼が持っていたのは深紅の仮面。資料をあの子が捨てたことにより過去にとらわれたあの日と決別し未来へと踏み出したのが手に取るように伝わった。

「そろそろかな」

新しいおもちゃを買ってもらった子供のような笑顔をしながら言った。その笑顔からは悪気を感じない。ただ人を殺す快感を得た獣のようなそんな笑顔だった。


お読みいただきありがとうございました。

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