思い出話
肌寒い季節になってきました。寒風が服を突き破り、頬に右ストレートを喰らわせてきます。布団から出るなんて非現実的。動こうにも動けん。でも、花粉がないだけマシかもしれません。…いえ、今の私の話です。あなたがいつ読んでいるか私にはわかりませんので。
さて、少しだけ思い出話でもしましょうか。一応ですが、読む人聞く人によっては少し寒気がするかもしれません。もし私と同じように布団の中で凍えているなら、読むのをやめた方がいいでしょう。ええ、そういう内容の話です。もっとも…臆病者の私にとっての恐ろしい話であって、普遍的な感性をお持ちのあなたにとってはどうってことない話かもしれませんが。
…蝋燭でも用意しましょうか。部屋の明かりも消しておきましょう。どうせ大したことない話なのですから、少しくらい補正を加えておきます。…ああ。事前に大したことない話と言ってしまうのは少し興醒めかもしれません。今のは聞かなかったことにしてください。ほら、蝋燭の火を見れば、だんだんと引き込まれていくでしょう。
…それは、10月の末ごろの話でしたっけ。学校行事の一環としてとあるアミューズメントパークに行ったのです。名前は伏せておきましょう。変に印象を下げては申し訳ないですから。
バスに乗って1時間半。空は所々曇天。日は差しているのですが弱々しい。けれども、時々雲の隙間から顔を覗かせれば、瞬く間に車内は煌びやかにライトアップされます。全く、睡眠妨害も甚だしいものです。
私結構三半規管が貧弱で、バスで1時間半なんて潰れてしまいます。普段だったら寝て誤魔化すところ。しかし、ミラーボールはそれを是としません。仕方なく私は窓の外を覗くことにしました。
中途半端な季節だこと。木々は私に鮮やかな景色を見せようとしますが、紅葉はまだらに視界に入り込む程度で、かといって青々しく生命力を感じさせるわけでも、枯れ果てて悲壮感を煽るわけでもございません。わざわざここまで来てやってるんだから気の利いたもてなしでも寄越して欲しいものですが、出てきたのは家程度。興醒めです。蝋燭を追加しましょう。
…あいにく私は見栄っ張りなものですから、こんな散々な景色でも高く評価していました。私は自然の豊かさを感じることができる。少なくとも、座席に隠れてゲームをしている連中よりは遥かに優れている。とすれば、自尊心は心地よく旅を満喫できるでしょう。
さてさて、そんなことをしていたら目的地に着くわけです。降りてみれば暴風。ああ、私が何をしたと言うのか。けたたましい音を立てて風が敷地内を行き交います。集合写真でも撮ろうかと思いましたが、すっかり興醒めです。蝋燭を追加しましょう。
友達の一人や二人いれば少しは満喫できたものですが、田舎者の私が都会の民と結びつくのは難しいのでしょうか。私は相変わらず一人。話しかけてくる物好きなんて誰もいません。
とりあえず一周してみようと散策。しかし、それはあまりにもあっという間に終わってしまいました。時計を見れば12時半。確かに先ほど腹が空き、アイスを買って食べたところです。
撤収時間は15時。暇を持て余すのは面白くないでしょう。スマホでもあれば多少は時を流せたでしょうが、あいにく布団の中で暖を取っています。
込み上げてきたは孤独感。学年単位で向かったはずなのに、エントランスロビーはもぬけの殻。あんなにやかましかった風の音も今や私に取ってはいいスパイスです。それくらい孤独だったのです。エントランスの掛け時計が壊れているのではないかと疑いましたよ。確認する手段はないわけですが。
置いて行かれた。その可能性を顧慮すると、途端に焦りが生まれます。そしてそれは次第に劣等感に化けていくわけです。少なくとも周りの有象無象よりは優れた存在であるつもりでした。事実、一周しながら時折雑学を虚空に向かって披露していたのです。こんな楽しみ方他の存在では不可能だろうと思いながら。恥ずかしい話。興醒めです。蝋燭を追加しましょう。
私が優れているからこそ、置いて行かれたというのはいささか納得がいかないもので。とりあえず気分を逸らすため一度未開の地を探訪しようと思いました。思い立ったが吉日。私は土産屋のすぐ隣にある資料館に吸い込まれていきました。土産屋のおばちゃんの顔は今でも思い出せません。どことなく優しそうだった記憶はありますが、脚色されているのでしょうか。
灰色の壁に囲まれた空間。外界は完全に排除され、窓ひとつない空間で天井の薄明かりが必死に館内を照らします。そこには人類進化の歴史が描かれていました。入ってみれば広い。しかし歩いてみれば狭い。ガードレールに妨げられ、一定の道の進み方以外を拒みます。しかし見渡せば視界を遮るものは何もなく、開放的な空間が広がっていました。
見渡していると奥の方に一つモニターがあるのが見えました。目が悪いもので内容はさっぱりわかりませんが、何か音を発していることは明白でした。まあ道なりに進んでいけばいつか会えるだろうと、とりあえず気持ちを切り替え展示に集中します。
わざわざここまできて資料館に吸い込まれていく輩なんてそう居ませんから、館内は静寂に包まれていました。一歩一歩の音が鳴り響き、モニターの音も鮮明に聞こえます。風の音も外から微妙に声をかけています。ここまで集中して資料館に入り浸ることができる環境はそうそうございませんから、ここぞとばかりに自尊心の向上に努めます。
人類は猿になっていたかもしれない。人類が崩壊した後は鳥が覇権を取るだろう。思ってもないことを適当に考えながら歩を進めます。
道中にいくつか模型が置いてありました。ガラスケース越しな上そもそも模型だとわかっているのですから怖がる必要なんてないのに、こうも精巧なものに左右を陣取られると怖気付くものです。…私だけでしょうか。まあとにかく、今にも動き出しそうだと、当時の私には思えたわけです。
まあそんな感じでのんびり歩いていれば、ついにモニターの前に辿り着くわけです。私はそれを待ち望んでいました。目の前に見えているはずなのにおあずけにされ続けた褒美が今目の前にあるのですから。
…といっても別にたいした内容ではありませんでした。古くさいブラウン管テレビのような画質からただ映像化された人類進化の歴史が流れるのみ。いやまあ、そういう場所なのは知ってましたけど…なんでしょうね。興醒めです。蝋燭を追加しましょう。
とまあ、当時の私が何を期待していたのかは分かりませんが、とりあえず期待外れだったわけです。…まあ少しくらい立ち止まって見てやってもいいか程度。聞こえなかったはずの風の音が再びノックをし始め、そこにモニターからの音が合わさって行きます。正直うるさかったです。
これで終わりかと思ったのですがどうやら続きがあるようでして、私は新たな未開の地へと足を踏み入れていくわけです。
新エリアに入ってちょっとした頃ですかね。急に館内に轟音が響き渡ります。風の音にしては大きすぎるし、モニターの音にしては綺麗すぎる。何処から鳴ったのかも分からず、なんの音かも分からない。理解不能という恐怖が私に襲いかかります。
私は最初に地震を疑いました。日本国と地震というのは切り離せないものですから。そしてこれを地震としたとき、急にこの音が下から鳴ったような響きだったと感じました。直感です。
館内には大量の展示物があります。私はなるべく周りに何もない空間に行き、身を屈めました。建物ごと倒壊したら終わり。その時はせめて骨だけでも資料に残してくれと、明確に見える死の宣告に恐れ慄きました。
しかし、どれだけ経っても揺れが来ないものですから、とうとう私はこれが地震でないことを悟ります。
…とすれば。これ…なんの音?
理解不能の恐怖。語るのは難しいですね。少なくとも、私の持つ言語野では表現できない気がします。でも、それも仕方ない。私のそれに載る言葉のどれを探っても原因にならないのですから。
私はこの館内が急に恐ろしく見えてきました。そして、後ろから何かが来ているのではないかとも思いました。言われてみれば確かに後ろから音は鳴っていたかも…では、誰が?どのように?どうやって?
当時の私はこれが異界の民の襲来のように感じられました。それが一番自然だったから、自動的に体が補正されたのです。そうすると狙いは私。だって、館内には他に誰もいないのですから。
今思えば早計ですよね。スマホでもあればもう少し冷静に対応できたのでしょうか。少なくとも孤独を紛らわすいい切り替えにはなったと思います。原因を調べることもできたでしょう。そもそもスマホがあればここに来ていないのですが。
私は一目散に走り出し、出口を目指します。しかし、広々とした空間どこを見ても緑色しか見えません。非常口ですね。そこから出れば確かに脱出はできますが、しかしその自信がなかった。私は体全体で異界を恐れているのに、心が自分が一人馬鹿騒ぎしている可能性を信じて疑わないのです。
私は正規ルートでの脱出を目指すことになります。しかし、この広い第二エリアには、出口の色が一切見えません。精巧な展示に囲まれた空間。雪国のような暮らしをしている人々がいれば、恐竜の模型もある。豊かな自然があれば醜い抗争もある。展示を掻き分け出口を求めても、出てくるのは緑。次いで灰色。出口はこちらと指す青矢印の先には灰色。道案内は中途にて投げ出され、どう足掻いても中央。八方を塞ぐ展示がこちらを睨み、後ろからはジリジリと異界が迫ってきています。
よく考えると第二エリアにはガードレールがありませんでした。道なりに進もうとしてもその道なりを教えるものがありません。私は焦りに焦って何度も何度も何度も同じ展示を掻き分けます。
出口が見つかったのは少し後の話。とにかくここから出ることを望んだ私はすぐにそこに吸い込まれます。
おめでとう。私は第二エリアから脱した。そしてこんにちは。これが第三エリアです。
そこにあったのは禍々しい第三エリアでした。明かりはさらに薄くなり、映画館のような照明が施されています。展示の内容はもはや覚えていません。それが奇妙な髑髏だったと言われても、勇猛な虎だったと言われても、私は信じるでしょう。
とにかくここから出る。それだけを考え駆け回ります。何せ先ほど相当時間を食い潰したものですから、猶予はそれほどないでしょう。幸いなことに異界の民は思ったより鈍重なようですが、ただ、気配だけはどうにも後ろから強烈に放たれ続けているのです。まるで常に私の真後ろにいるような存在感。それは、私をさらに焦らせるには十分でした。
思ったよりも早く出口は見つかります。そうすればそこに広がるは第四エリア。見知らぬ大量の展示が私を取り囲みます。第一エリアのようにガードレールが敷かれ道は分かりやすくなっていましたが、あったらあったでタイムロスのような気がしてきます。とりあえず道なりに進むしかないので、一刻も早く抜け出そうと道を駆け抜けます。
その先で出会ったのは一つのモニターでした。そして、その前には一つのベンチがあり、一人のお爺さんがそれを見つめていました。私はこれを見て相当安心しました。人に会うのも1時間ぶりくらい。孤独感が解消された…というのもそうですが、何より一番はお爺さんが平然としていたことです。少なくとも私より遥かに長い年月を生きた方がこうも落ち着いているのなら、やはりこれは私の思い込みかと、一度冷静になります。出口も見えていることですし、この後のエリアからは楽しもうと思いました。
…思ったのですが。このお爺さん奇妙な程に落ち着いていらっしゃること。まるで取り憑かれたかのようにモニターに釘付けになっていました。ここまで相当な孤独が襲いかかったはずなのに、ここで私に会ったことに対して一切の反応を示しませんし、モニターを見て感情の動きがあるようにも感じられませんでした。まるでこれも展示の一部のように見えました。そう見え始めた途端再び私を恐怖が支配します。
そこからはあまり覚えていません。この先も多くのエリアが襲いかかった記憶はありますが、内容は思い出せません。そもそも見てない展示を思い出すのは不可能な話ではありますが。
資料館から抜け出した私を土産屋のおばちゃんが迎え入れます。私は生を噛み締め、記念にシャーペンを買いました。390円の出費もまるで痛くありません。命があれば。
一番面白いのは、私の数少ない友達も同じ資料館に行ったということです。類は友を呼ぶとはこのことでしょうか。
私はこの話を友達にして、原因を探りました。…返事が返ってこなかったのはきっと私が悪いのでしょうね。
…蝋燭の火を消しましょう。電気もつけていいですよ。どうです?少しくらい冷えましたか?少なくとも今私は冷や汗をかいています。多分私日記とか向いていないのでしょうね。
ちょっと息抜き




