学園生活二年目
私は1年前、このラクラムス国へやって来た。
初めは言葉も通じずに苦労したが、優しい人たちに声をかけてもらい魔法騎士団という居場所をもらった。
そして、その2ヶ月後に魔法が常識のこの世界での学生生活が始まった。
何もかも常識と違い、勉強も友人関係も苦労することは多かった。
それでも助けてくれる同級生や魔法騎士団の仲間がいてくれるお陰で楽しい生活を送れている。
そして月日は流れ、暑さが落ち着き始めた頃、入学式が執り行われた。
去年は右も左も分からない状態でこの場に立っていた私だけど、今回はとても落ち着いた雰囲気で式に臨むことができた。それに、後輩がいるのかと思うと気持ちも引き締まる。
教室の場所や授業内容など多少の変化はあったが寮は変わらずレベル1。
マーレット以外は教室のメンバーも一緒だし、寮も変わらずカリンちゃんと同室だ。
また楽しい学園生活の幕開けである。
始業式から1週間が経った今日、私たち魔法科の2年は校外学習に来ている。
「皆さん、マルリース教会へようこそ。お待ちしておりました。」
学園の直ぐ隣にある教会の入り口で、案内役のデュアリスさんが私たちを歓迎してくれる。
いつも魔法騎士団の基地から学園に直接来るから、ここに教会があるとは知らなかった。
ちなみに、他の学科の2年も今日は校外学習で各学科に関連のある場所に行っているらしい。進路決定をするにあたり学ぶ目的を考え直すためだ。
そして、なぜ私たちの目的地が教会かと言えば、
「今日は皆さんに有名な神話をお伝えします。その前に施設を案内しますので、教会についても興味を持ってくれると嬉しいです。」
神話を聞き、魔法についてより理解を深めるためだ。
少し勘違いをしていたのだが、この国の教会には2パターンあるらしい。
1つはウォト発行施設としての教会。
もう1つが想像するとおりの宗教的な施設としての教会。
ここは後者だ。
デュアリスさんから施設内での注意点について説明を受け、早速敷地に入る。どこの教会でも魔法の使用が禁止されていることは変わらない。
最初に向かうのは教会が運営している寺子屋だ。
この国の教会は、国の出資を受けて様々な役割を担っている。
寺子屋もその1つ。初等・中等養育がないのに識字率が高いのことを不思議に思っていたが、やっと腑に落ちた。
ただ、この国の法律で15歳以前の魔法を使うことが禁止されているから、魔法の授業はない。
体が幼いと魔力が安定していないからだと以前教わった。
小さな教室が5つあるだけの小規模な建物の中で、子どもたちが勉強している。
私たちが廊下を通ると、子どもたちは好奇心いっぱいにこちらを見て手を振ってくる。
本当にこれで進路の参考になるのかやや不安を感じるが、先輩たちに行っている恒例行事だ。何か学べることがあるのだろうか。
教室を一通り眺めて次の施設に向かう。孤児院だ。
孤児院の隣に建つ小さな保育園のような建物の外で、子どもたちが元気に走り回っている。
両親を魔獣によって失った子どもなどを保護するための施設だ。
もし私の魔力量がもう少し常人よりだったら、ここに似た施設が居場所だったことだろう。
「はい、皆さん。お兄ちゃんたちが見学に来ましたよ。挨拶してください。」
1番大きい子は10歳くらい。1番小さい子はまだ職員に抱かれている。
デュアリスさんが声を掛けると子どもたちは嬉しそうに駆け寄ってくるが、私たちを見て足を止める。
恥ずかしがり屋な子たちは引き返し、好奇心旺盛な子たちは少し怯えながらも近寄ってくる。
「俺、ギルン。よろしく。」
ギルンは好奇心の強そうな目でこちらを見ている。
私たちを見定め、一緒に遊んでくれる相手を探しているようだ。
そんなギルンに続いて次々に挨拶を始まる。
子どもは9人、孤児院専属の職員が2人。他の孤児院に比べると人数が少ないらしい。
単純に人口が少ないからなのか、魔獣やその他の被害が少ないからなのかは知らないが、孤児が少ないのはいいことだ。
「まぁ、こんな感じで皆仲良く暮らしてます。しばらく時間を取るので自由に見学してください。」
デュアリスさんがそう言って、先生が集合時間を指定すると様子を見ていた子どもたちが次々話しかけてくる。特に男子たちは元気盛りの子たちに掴まっている。
「こんにちは。あの、私は孤児院の中を見たいんですが、できますか。」
その様子を横目に、私は職員に声をかける。
子どもの相手は苦手だ。泣いたりしたらどうすればいいか分からなくなる。
「いいですよ。案内しますね。」
子どもを抱いた職員に先導されて施設の中に入ると、石造りの涼しい空気が頬を撫でる。
「ここは食堂です。食材は教会から供給される分と、裏庭で作る野菜で賄っています。基本的には私たち職員が作って、時々子どもたちも手伝ってくれるんです。」
私の寮部屋と同じくらいの小さな部屋に大きな机が1つと椅子が10個並んでいる。縦長の部屋の四方全てに扉があり、1つが外へ、その扉の右側は厨房へつながっている。
「この建物は元々、衛兵の待機所として使っていた場所で、食堂もただの寝室だったんです。そのせいで食事をするには少し狭いんですけど、ここしか良い部屋がなかったんです。」
説明を聞きながら次の部屋へ向かう。まずは左側の部屋だ。
「ここは日中子どもたちが過ごす部屋です。」
恐らくここが1番広い部屋なのだろう。さっきの食堂よりも一回り広く、左側には机が、右側にはおもちゃの入った箱が並んでいる。
「お姉ちゃん。一緒に遊ぼう。」
ここにも外につながる扉があり、何人かは中で遊んでいる。
さっきまで私たちをみて怯えていた子も、緊張が解けたのだろう。自分たちから話しかけてくる。
まだ舌足らずな声で話しかけると思わず笑みがこぼれる。
ここで何人かは遊びに向かってしまい。私を含めて残ったのは4人だけだ。
「サチちゃんは遊ばないの。」
シミアちゃんが子どもたちに手を引かれながらこちらを振り返る。
「うん。私はこっちの方が興味あるし、私がいなくても遊び相手は十分いるでしょ。」
既に子ども一人に生徒2人くらいが相手している。これ以上いてもすることはなさそうだ。
そう返す私の横でエリックも激しく頷いている。
エリックは子どもが苦手なようで、子どもと話しているときは表情が固い。いつもはどんな相手にも笑顔を絶やさない完璧人間の、珍しい弱点だ。
「ここから先は寝室と浴室です。」
扉の先は廊下を挟んで扉が5つ並んでいる。厨房や食堂からもこの廊下に出ることができるのだろう。
「1番右側が浴室で、その他の4つは寝室です。ここにどうぞ。」
そう言って左側の部屋の鍵を開けてくれる。
「1つの部屋を3人ずつ使っているんですけど、それぞれの部屋は自分たちで管理するようにお願いしてるので、子どもたちの部屋はちょっと散らかっているんです。」
苦笑いを浮かべながら扉を開けてくれる。この部屋は職員2人が使っている部屋らしい。
寮部屋の半分くらいの部屋で、小さな机とベットが3つずつ置かれている。今は2つだけに使われた痕跡がある。
入り口の向かいに窓があり、右側には小さな魔道具が置かれている。
「ねぇ、エリック。あれ、何。」
私の無知ぶりを学んだ私は、エリックにだけ聞こえる声で尋ねる。
案の定、呆れた表情を見せている。どうやら暖房器具らしい。
皆の前で質問したら、暖房器具も知らないほどの貧乏だと思われるところだった。まぁ、お金がないのは事実だけど。
それ以外に興味を引くモノもなく、食堂から屋外へと出る。
外ではまだ子どもたちが元気に走り回っていて、次の施設に移動するときには別れを惜しんでいた。
とても良い雰囲気の孤児院で、見ていてとても楽しかった。
「皆さん、今日の目的はこれからなので気を抜かないでくださいね。」
気が緩んで私語の目立つようになった私たちに先生が注意をする。
皆慌てて口を噤んでいる。
校外学習自体、滅多にない学校行事だ。しかも、あんなに可愛い子たちの相手をさっきまでしていて、気が緩むのも頷づける。
「これから教会内部を案内します。私語厳禁ではありませんが、神聖な領域なので気をつけてください。」
先生に注意されて静まりかえった私たちを見て、案内役の人は笑みを浮かべている。
「まず、ここは教会の庭園です。教会の目的の1つは国民を癒やすこと。自然に触れて心を癒やすしてもらうためにも、庭園の手入れは念入りに行っています。」
教会の門を通ると、1番最初に噴水が現れる。整備された道が左右に続き、道の端には木々が並んでいる。所々にベンチも置かれ、癒やしの空間が広がっている。
噴水の奥には白を基調とした教会が構えている。全面的にステンドグラスが並び、落ち着いた雰囲気の中に華やかさも感じられる。
庭園を抜け、教会の中へと入る。
「ここは大講堂です。最大で1000人収容できます。」
入って最初にあわられた大講堂はカウチが並んだ部屋だ。天井のステンドグラスから色鮮やかな光が差し込んでいる。
正面には神を象った像が置かれ、その後ろにパイプオルガンらしき楽器が置かれている。
「ここは、皆さんも来たことがあると思うので、次に向かいますね。」
詳しい説明はなく、大講堂の右側から伸びる廊下へと進む。
職員のための休憩室や執務室、図書室と案内され、最後に講堂へと向かう。
大講堂よりは小さいが、部屋にはカウチが並び、小さめの像が置かれている。
「ここで1度休憩にします。教会内は自由に見学してください。」
そういって案内役の人は講堂を出る。
「ねぇシミアちゃん。シミアちゃんは、普段から教会に来ることがあるの?」
皆が思い思いに動き始めると、私はシミアちゃんに話しかける。
マーレットが騎士科に行ったから、最近はよく一緒に行動している。
「最近は学校があるから減っているけど、前は1ヶ月に1階くらい教会に訪れて報告をしていたかな。」
私の質問にシミアちゃんは変な顔をせずに答えてくれる。
マーレットや他の生徒ならきっと呆れ顔で応じることだろう。
「報告ってなんの?」
次の質問には、困惑の表情を見せている。流石に常識過ぎる疑問だったようだ。
「報告は報告だよ。今月はこんなことがありました。って。」
私は曖昧な返事を返す。
そういうものなのだろうか。
元々宗教に縁のない生活をしていたからイマイチ想像できない。
「それで、今月もありがとうございましたって、伝えるの。まぁ、私みたいな一個人の声が届いてるとは思えないけどね。」
最後にそう言って少し照れた表情を見せている。
相変わらずその信仰心に共感はできないが、そういった文化は元の世界でもあったし理解できる。
ただ、元の世界と違うことは神の存在性だ。
科学技術が発展した元の世界では神は存在を証明できない存在だったが、この世界では魔法が神の象徴として扱われている。
私にはよく分からないが、信じる信じない以前の問題なのだろう。
神は確かにいて、私たちの生活に影響を与えている。
私たちの生みの親は神であり、神に信奉というか尊敬というか、そういった感情を向けるのは当然のことのようだ。
まぁ、魔法があるのだから神が存在しても可笑しくないが、まだ出会ったことのない私は信じることができずにいる。
「皆さん揃いましたか。それじゃぁ、お話を始めます。」
そんな会話をしている間にいつの間にか休憩時間は終わり、生徒は皆席に座っている。
厳かな雰囲気が広がり、職員が語り始める。
この国に伝わる神の話だ。
その昔、この世界は炎に包まれ、荒れ果てていた。
生き物が住むこともできなかったこの世界に、創造神マリュクサフィート様が現れた。
この世界の惨状に心を痛めたマリュクサフィート様は、この世界に眷属を遣わし世界の再建を命じた。
まず、炎の眷属ウィーリーが炎を鎮め、この世界に大地が現れた。
次に、水の眷属レアデューが水を創り、大地に生命の種をまいた。
そして、大地の眷属エレナールが生命を育み、この世界に植物や動物が誕生した。
やがて生き物は多様化し、何代もの時を紡ぐようになる。その時を司るのが風の眷属キャレアリルダである。
しかし、マリュクサフィート様の恩恵はこれで終わらなかった。
マリュクサフィート様は自らの魔力でこの世界を満たし、他の眷属も遣わして魔力の安定を図った。
初めにこの地に降り立った眷属たちはその魔力を取り込み、生き物たちに自分の魔力として分け与えた。
魔獣、魔物、魔草の誕生である。
その後、生命の繁栄と存続を司る光の眷属クレックも生き物たちに自分の魔力を与えた。
最後にやってきた空間の眷属マレーも自分の魔力を生き物に与えた。
魔力を分け与えられた生き物たちは進化を続け、この世界は多様な生物が住む楽園となった。
やがて獣人や人間、エルフなど高い知能を持つ生き物が生まれ、それぞれが同じ種族で集い国を創った。
魔力を魔法という形で操り、また魔法を魔道具という形で具現化するようになった彼らは、更に高みを望んだ。
こうして進化を続けた彼らは戦争を始める。互いの技術を求め、多くの命が失われた。
戦争は様々な国で起こり、何年もの間続いた。
初め静観していたマリュクサフィート様は、やがてその愚かさに怒りもう1人眷属を遣わした。
闇の眷属、魔王デューアである。彼が通る道は命が失われる。魔力が消え、元の荒れた地へと戻ってしまうのだ。
初めは小さかった被害も、やがて全世界へ及ぶようになる。
平民も貴族も、騎士も聖職者も関係なく命を脅かすその存在に、争いあっていた国々は結託を余儀なくされた。
知恵を集結し、長い争いの末。50年後、魔王を倒すことに成功した。
そうして平和を取り戻したこの世界は、再び生命の恵みに溢れ、争いのない世界へとなったのである。
話が終わるとどこからともなく拍手が響く。
私は流れに乗じて拍手をしながら、話の内容を振り返る。
多少変化はあったが、おおよその内容は以前読んだ絵本と同じだ。
神と眷属、そして魔王の話。歴史的には500年ほど前のことらしい。
戦争を更に強い力で解決するという、暴力を暴力で解決するような子どもの教育的にどうなのかと思うはなしだ。こんな方法で本当に解決するのかと不思議だが、実際、魔王を倒して以降は1度も戦争が起こっていないらしい。
1つの良い解決方法かも知れないが、元の世界では実現できない。
「いつ聞いても素晴らしい話だ。」
私の隣でエリックが呆けた表情をしている。
それに対して私は露骨に嫌な、というか不可解な表情を見せてしまった。
「サチは、信仰心がないよな。マリュクサフィート様の存在も否定するし。」
エリックは呆れた表情を見せる。
それでも異端者に向ける表情じゃないだけマシだろう。
神を否定する私の言葉を、現実的に受け止めて検討してくれるのだから。こんな同級生は貴重だ。
「ということで、私たちの魔法は神からの恩恵です。魔法の可能性は無限ですが、全ては神の優しさによって成り立っています。」
話を引き継いで、先生がまとめる。
そういえば、この校外学習の目的は魔法という存在の意義を再び考えるためだった。
「魔力によって私たちの生活は豊かになりました。魔力、そして魔法をなぜ神々が与えてくれたのか、それを考えてください。」
ここで昼休みになった。
2時間後に自分なりの結論を出し、レポートを出して校外学習は終了だ。
それまでは自由時間らしいが、課題と向き合っているようで昼食を摂る気配がない。
仕方なく息を潜め、静かに教室を出て庭園へ向かう。
今日は雲が少なく、日の光が眩しい。
ちょうど木の陰になっているベンチを見つけ腰掛けると、心地よい風が吹く。
長閑を言い表したような天気だ。
「そういえば、この世界に来る前の日もこんな感じの日だったよな。」
私は元の世界のことを思い出す。
ちょうど夏休みが終わって数日たった日だった。私は生徒会を終えて家に帰って、いつもみたいに姉と母と私の3人でご飯を食べて、勉強をして寝た。
それで。それで気付いたらこの世界にいたのだ。
目を覚ましたら知らない場所の、知らない丘の、知らない木の下で寝ていた。
丘降りて始めて出会ったのは、頭に角を生やした人だった。
その時は驚いて逃げてしまった。
次に会ったのはウサギの耳が生えた人、その次は私の3倍くらいの身長をした人だった。
そうやって色んな人とすれ違って辿り着いた小さな街で、ニスルさんたち騎士団に保護されたのだ。
その後、一緒に行動してウォトを発行して、そしたら私の魔力量を見てニスルさんたちはとても慌てていた。
気付いたら魔法騎士団に入団することになっていて、そしてこの学園に入学した。
あれからもう1年が経っているなんて驚きだ。
「何してるんですか。」
いつの間にか目の前に人が立っていた。
感傷に浸っていたせいで全く気付かなかった。
慌てる私とは反対に、その人は落ち着いた雰囲気で私を見つめている。
「えっと、ここの職員の人ですか。」
顔に見覚えはないが、教会の職員が着る白色の長衣を着ている。
「あなたは、ウォーナット学園の生徒さんですよね、1人でどうしたんですか。」
1人で外に座る私を不審に思ったようだ。
確かに、他の生徒は必死になって考えていたから、別の行動をしている私は目立つ。
「良い天気なので外でお昼を食べようと思ったんですけど、ダメでしたか。」
手に持っていた弁当を見せ、弁解する。
もしダメだったらそそくさと講堂へ帰ろう。そして大人しくレポートを書こう。
「いえ、飲食は可能ですよ。ただ、生徒は今課題を解くために頑張っていると聞いていたので、不思議で声をかけたんです。」
返ってきた回答に安堵の息を漏らす。
改めて見ると、その人の手にも弁当が握られている。
さりげなく横にずれて人ひとり座れる空間を作ると、当然のようにそこへ腰掛ける。
意外に図々しい。
「それで、答えは出たんですか。」
2人で静かに弁当を頬張っていると、前置きもなく会話が始まる。
私たちが解いているレポートのことだろう。
「まだです。ただ、考えても答えが出ない気がして、気分転換に外へ来たんです。」
そういいながらハムのサンドイッチを頬張る。
ウソじゃない。
別に、課題よりも昼食を優先したわけではない。あんな課題、真面目に考えても答えなんて出ないだろう。
それにしても、外で食べるといつもより美味しく感じる。
「そうですか。毎年同じ課題をしてますけど、難しいですよね、魔法がある理由なんて。それを専門に研究している学者でも、答えを出せていない問題ですよ。」
その人は、パンを水で流し込むように食べながら、相槌を打つ。
課題を聞いたときから難易度が高いと思っていたが、同意してくれる人がいてよかった。
「それで、答えられそうですか。」
いつの間にか空になった弁当を仕舞い、その人は私の方を見る。
そんな真面目な目で見られても、すごい回答なんてできない。
「ずるい考えでしょうけど、要は今後どんな心持ちで魔法を学ぶかを書けばいいんですよね、先生たちはそれを求めているでしょうし。」
見当違いなことを言って呆れられるよりはマシだが、少しずるい答えになってしまった。
ただ、これは答えが出ないときによく使う方法で、今回もこの方法で字数を埋めるつもりだ。
先生たちが何を求めてこの質問を出しているかを考える。よい成績を取るには有効な方法だ。
「そうですね。」
私の返事に笑っているが、気分を害した様子はない。
きっとこの人も、学生時代には同じようなことをしていたのだろう。
「課題はそれでいいとして、あなた自身は魔法についてどう思っていますか。」
しばらく笑みを浮かべてから、改めて真面目な表情でこちらを見つめる。
やっぱり、そこは神職者。
私の信仰心か、それに似た何かを探るようね目つきだ。
仕方なく、この人が納得しそうな返事を探る。
ただ、魔法についてといわれても正直、まだ自分が魔法の存在する世界にいることを受け入れられていない部分がある。
同級生の中で一番上手に魔法を使っているが、なんだか自分が使っている実感が湧かない。
わかりやすく表現すると、ゲームの中の車を操っている感じだ。少しラグがあるし、実際の車ほど細かいコントロールができない。なにより、自分が車を運転しているという緊張感がない。
まぁ、そもそもゲームなんて1度友達の家でしたくらいだけど。
「そうですね、なんというか、便利なアイテムみたいな感じです。」
小さい頃は、魔法に憧れていたこともあった。魔法が使えたらあんなことしたい、こういう人になりたい、と色々想像していた。
でも、実際に魔法を使えるようになると想像以上に大変で、使えないときよりも便利なことはあるけれど、その分責任もある。
まぁ、そこは元の世界でも一緒だ。
元の世界では魔法の代わりに科学があった。科学もとても便利だったけど、それは使う人次第。
結局、大して変わってない。
「アイテムか。確かにね。まぁ、頑張って。」
色々考えて出した私の答えに、その人は曖昧な返事だけして帰ってしまった。
ここで何かを言われてもそれはそれで困る、でもせめてよかったかどうかだけでも教えて欲しい。
そうは言っても呼び止めて感想を聞くほどでもない。
静かにその人を見送る。
それから10分ほどして私も立ち上がる。
昼休みは残り1時間。レポートをまとめるには十分な時間がある。
そうして校外学習は終わり、通常通りの授業が続いた。
1年の頃よりも同級生と距離が短くなり、更に楽しい学園生活が送れている。
実技の授業が少し増え、皆の魔法も少しずつ上達している。
そうして2年の秋休みが目前に近づいた頃。私は退学の危機を迎えていた。
「サチって、意外と勉強できないよねー。1年の頃すごい勉強できたのにー」
「違うよ。得手不得手がはっきりしてるだけ。勉強は本気出せばできるし。」
「確かに、古語だけはいつも満点。数学もほぼ満点。でも魔法学と歴史、地理、政治が全く。見かけだけの勉強好きかな。」
「それが意外なんだってばー、初めて見たとき何でもできる完璧人間に見えたのにぃ。」
テストを目前に控え、教室で友達と一緒に勉強会をしている。
「とにかく、勉強しよう。」
私の右隣でリーカが頬杖をつきながらのんびり教科書と向き合っている。私のことを勉強ができないと言った人物である。
リーカと親しくなったのは1年の後半くらいだ。少し間延びした喋り方が特徴的で、キリッとした黄色の目が可愛い。
最近はマーレットに代わってシミアちゃんとよくお喋りしている。
「そうだね。ねぇ、サチちゃんここって。」
私の左ではシミアちゃんが真面目に勉強をしている。
そしてもう1人、私の対面に座っているのはエリックだ。
机に向かってうなり声を上げる私たちを見る余裕の表情が、一々癪に障る。さっきも私のことを散々言っていた。しかもそれが事実だから困る。
学年が上がり少し勉強の難易度が上がると、私は少し、本当に少しだけ勉強が分からなくなった。
その原因はいくつか挙げられるのだが、その1つが常識の違いだ。
元々1年時も歴史が怪しかったが、2年に上がると地理や公共が加わり苦戦している。
他の人と違って私はこの世界で暮らしてきた基礎がないから一から覚える必要がある。しかも、常識過ぎて授業内容では触れない重要な事項を知らないから、その辺りの深掘りもしなければいけない。
それに、私は元々文系だ。
元の世界では空いている時間を全て勉強に費やしていたから、理系分野もなんとかなっていただけ。
最近は友達と遊んだりお喋りしたり、サポーターとして働いたりと勉強がおろそかになっていた。
その結果、理系分野である魔法学や生物などの授業に少しついていけなくなっている。唯一の救いは、数学が元の世界と同じことくらいだ。
「でも、なんでサチは魔法学もダメなんだー。実技は完璧じゃーん。」
リーカは勉強の手を止めて私の方を見る。
そう聞かれると私にも理由ははっきり分からない。
「多分、私に魔法を教えてくれるのが魔法騎士団の人たちだから、だと思う。」
こう言えば、大抵の人は納得する。
私の所属する魔法騎士団は魔法のエリート集団。一般人の常識は通じないような魔法の使い方をする。
そんな人たちに魔法を教わる私が普通と違っても可笑しくない、ということらしい。
それに、多分私は感覚派なんだと思う。スポーツ選手とかにもよくある感じのアレだ。
まぁ、今はそんなことを分析していてもなんの意味もないのだけれど。
「じゃぁ、はい。これは?」
エリックが私の前に魔方陣を示す。
1年では主に魔力と魔法について学んでいて、2年から始まった魔法学では魔法のあり方や魔法が発動する仕組みを学んでいる。
その1つがこの魔法陣だ。
「えっと、これは火、いや炎の魔法陣?」
魔法陣は円の中に古代文字や様々な紋様が描かれている。その密度や内容で発動する魔法が異なるらしい。
魔法陣を使う方が使用魔力も少なく、発動の失敗も少ないらしい。
また、紙に書くことで魔法の属性に関係なく魔法が使えるようになる。
そんなこと魔法騎士団では誰も教えてくれなかった。
まぁ、それは今に始まったことではないから諦めている。
「残念、不正解。これは炎の刃を作り出す魔法陣。ここに刃を表す古代文字が入ってるだろ。」
エリックは馬鹿にした笑みを浮かべている。
確かに、よく見ればそれらしい古代文字が入っている。
古代文字なら読めるのに、こんな感じで魔法陣になっていると分からなくなってしまう。
分からないなら理解して覚え直せば良いが、この小馬鹿にしたエリックの表情は受け入れられない。最近一緒に行動するようになったのは良いが、私が何か間違えるたびにこうやってバカにしてくるのだ。
初対面の時はこんな性格だとは思わなかった。
「なぁ、サチはこれ使えるのかぁ?」
勉強に飽きたらしいリーカが、魔法陣の書かれた紙をぴらぴらと振りながら私の方を見ている。
まだ再開してから30分も経っていないが、リーカにしては続いたほうかもしれない。
「さぁ?そういえば魔法陣を使って魔法使ったことないな。」
思い返すほど魔法に関する記憶は多くないが、なんとなく記憶を探る素振りを見せる。
話題が途切れたらまたエリックが質問を始める。そしたらまた、あの小馬鹿にした表情を見ることになる。
勉強をしないために時間を稼ぎたいのは私も同じだ。
「授業ではまだ使用を許可されてないからな。」
エリックがまた始まったとばかりに呆れた表情でリーカを見ている。
魔法陣の実技があるのは2学期だ。今は、魔法陣を組む方法を勉強しただけ。
魔法陣は魔力があれば誰でも使えるが、どんな魔法が発動するか理解できていないと危険だ。
授業で魔法陣を使う許可ができるのは、今回のテストをパスした後になるだろう。
「じゃぁ使ってみてよぉ。危険が少ない、これとか。」
リーカは教科書をめくって1つの魔法陣を指さす。
ただ、座学嫌いの生徒は早く魔法陣を使いたいようで、時折他人に使うよう勧めている。
他人に責任を転嫁しながら自分の興味を満たしたいのだろうが、私はそんな手には乗らない。
魔法の失敗は死を招くと魔法騎士団で痛感している。
「これは、水球を作る魔法陣か。一番初級。これなら失敗することもない。」
エリックは私が実演するのを前提に説明を始める。
私の見方だと思っていたのに、そっち側だったのか。
シミアちゃんまで勉強の手を止めてこちらを見ている。この状況でノーとはいえない。
「わかったけど、失敗しても私のせいじゃないからね。」
仕方なくそう返すと、3人とも期待に目を輝かせる。
これじゃぁもう引き返せない。なにか異変が起きたらリーカのせいにしよう。
逃げ道もちゃんと用意して魔法陣の紋様と文字を頭の中で組み立てる。
「できた。」
いつもより時間は掛かったが、魔法陣通りに水が現れる。
丸い手のひらサイズの水球が私の手の中でプカプカ浮いている。
「さっすが、実技だけはできるサチだなぁ。」
そういって揶揄うリーカに向けて、水を放り投げる。
リーカの慌てて逃げる様子に満足して、顔に当たる前に消してあげる。
「リーカはいつも、ひと言余計。」
私とリーカのやり取りを見てエリックたちは笑っている。
実際、似たようなやり取りをいつもしている。
「ごめんってばぁ。それに、別にいいじゃん事実なんだしー。」
リーカは安心した表情でイスに座り直している。
反省している様子はない。まぁ、いいけど。
「それで、どうだった。魔法陣だと何か変わる。」
リーカのふくれっ面をスルーし、エリックは研究者の目線でこちらを見ている。
エリックとしゃべるようになって分かったが、この人はただの魔法バカだ。それでもオタクって感じじゃないのは、顔がいいからかもしれない。
それに、人心掌握、いや人付き合いが上手だ。
「うーん。いつもより使う魔力量が少ない気がする。」
思い描いた魔法陣に魔力が触れた瞬間一気に魔力を吸われ、気付いたときには魔法が発動していた。これなら初めて使う魔法には便利かも知れない。
ただ、私は既に魔法陣を使わない方法に慣れてしまっているし、そもそも自分では魔法陣が描けないから意味がない。
それに、この魔法陣を攻撃や防御の形に変えるためには更に、少なくとも10コほど古代文字を組み込む必要がある。実戦で使うためには、もっと長い時間が必要だ。
「そっか。参考になったよ、ありがとう。それじゃ、勉強に戻ろうか。」
エリックの声でまた魔法陣の勉強に戻る。
こういうときのエリックの切り替えの早さは尊敬に値する。
リーカはまだしゃべりたい様子だったが、エリックに睨まれて大人しくなった。
それから40分ほど、ひたすら魔法陣とにらめっこをしてやっと、エリックからお許しが出て休憩時間になった。
これが終わったら次は生物の授業だ。
といっても、細胞が云々とかホルモンが云々とかそういった内容ではない。
生物の分類と体のつくりについてが主だ。
そもそも、この世界は魔法が発展している一方で科学が存在せず、生物の体の仕組みがほとんど全て魔法で説明されている。
「それじゃぁ、休憩終了。じゃぁ生物の授業ね。」
エリックはどこから取り出したのか、生物の写真が貼られた紙芝居サイズの紙を机に置く。
「はい。これの仲間を5コ挙げて。」
写真に載っているのはねこちゃんと同じ種族のラルンダだ。
分類上の定義は4足歩行で人型の取れない、進化前の動物の状態がムレヅ科の魔物だ。わかりやすく表すと魔物化したネコ科の動物だ。
記憶をひっくり返してなんとか4つまでは言えたが、最後の1つが言えないままタイムアップになってしまった。
写真が別のモノに変わる。
ほぼ人と同じ見た目だが、耳がやや長くとがっている。エルフだ。
エルフはこの世界に来る前から知っていた。あまり小説や漫画を読むことのなかった私だが、幼い頃始めて姉に買ってもらった絵本でエルフが登場した。
分類上の定義は人型で魔力が50000以上ある、寿命が500年以上の魔物。
なんとかお題通り、5つ挙げることができた。
「でもさ、エルフとかって本当にいるの。この国では人口の5%って言ってたけど。」
私に休憩の間を与えず次に進もうとするエリックを止めるため、私から話題を振る。
もう少しゆっくり進めてくれる優しさはないのだろうか。
「何言ってんだぁ。サチ。」
そんな私の質問に3人は怪訝な表情を見せる。
「エルフだったら、この学校に10人くらいいるぞぉ。先生も含めたら20人くらい。」
人間関係の記憶力は異常に良いリーカが、1人ずつ名前を挙げている。私の知らない生徒ばかりだ。
「それに、確か魔法騎士団にも3人いたはず。アイリーン、ローリー、ウウルっていう名前だった気がする。っていっても、兄に聞いた話だから、本当かは分からないけど。」
エリックが更に衝撃の事実を口にする。
この学校にも魔法騎士団にも、もう一年以上いるのに気付かなかった。
「でも、耳とか、普通だよ。」
唯一の違いは耳だ。流石の私でも、エルフ特有の耳を見れば何か思うはずだ。
「最近のエルフはハーフとかが多いからねけ。特徴が出ない場合も多いし、耳を隠す魔法もあるしぃ。」
ハーフについては授業で習った。
異なる種族の間で生まれた子どもは両方の特徴を持っていたり、持っていなかったりするらしい。そのせいで種族が多様化し、生物の分類法は改善が続けられている。
そもそも、元の世界では異種族間で生まれた子どもには何らかの異常が見られたが、その辺りは私の分野ではない。他の人が、考えてくれるだろう。
「それに、私、エルフだよ。エルフのハーフ。」
勉強に集中していたはずのシミアちゃんが、突然会話に入ってくる。
「あ、やっぱりぃ。かも、とは思ってたんだよぉ。」
衝撃の真実に絶句する私を置いて、3人は盛り上がっている。
やっぱり、っていわれても私は全然気付かなかった。
「あ、ちなみに私はドワーフと獣人のハーフ。両方の特徴を少しずつ受け継いでるから力も微妙に強いし、魔力も微妙に多い。獣化もできる。ってなんか微妙だよねー。」
リーカはそういって頭をかいている。
言われてみればリーカはこのクラスで1,2を争う力自慢だ。
「え、そうなの。マーレットも獣人のハーフだよ。っていっても、ほとんどその特徴なくて、獣化っていっても、尻尾と耳が出るくらい。可愛いんだよ。」
次々と衝撃の事実が流れてくる。
「僕は、色々血が混じってる。確かドワーフと、ダークエール、森の精、あとスライムだったかな。よく覚えてないけど。」
ダークエールは確か闇属性を操る鳥型の魔物だ。森の精は森を守護している妖精、ドワーフは鍛冶が得意なやや身長の小さい人型の魔物のことだった気がする。
スライムは、その名前の通りだ。スライムのような見た目の生き物で、魔獣と魔物の両方が存在する。スライムの魔物は取り込んだ生き物の形を取ることができるらしい。
「はぁ。なんか、頭がパンクしそう。」
こんな近くに、異世界が溢れているとは思わなかった。
「そんなサチはどうんだぁ。てっきりエルフと何かのハーフだと思ってたけど、違うのかぁ。」
リーカからのコメントしづらい質問に、押し黙る。
この世界で、人間とは、唯一知能が高い動物のことを指す。つまり魔力がないのだ。
そして、人間が魔物化した場合、その使える魔法の特徴や身体的特徴で様々な分類がされる。その1つがエルフだ。そもそも、エルフ1つとっても、エルフに進化する道は複数あるようで、はっきり分かっていないらしい。
「一応、ウォト上は人間なんだよね。両親も、一応人間だし。よく分かんないんだよね。」
異世界から来たとは口が裂けても言えず、適当に言葉を濁す。
「ウォトはいい加減だからなぁ。年齢とか種族とかは時々微妙にずれてたりするしぃ。」
異端の目で見られるかと思い覚悟していたが、予想に反して返ってきたのは同意の声だった。
「所詮、暦も種族も僕たちが作ったモノだからね、神には関係ないよ。」
「そうだよね。マリュクサフィート様は忙しいもんね。」
いきなり宗教的な話題になってしまい、曖昧な返事をする。
こういう瞬間に、文化の違いを感じる。
「まぁ、そういうことだから、勉強に戻ろうか。」
話を区切り時計を見たエリックが、手を叩いて話題を勉強へ戻す。
「もうちょっと、休憩続けようよ。」
リーカの発言に私も賛同するが、エリックは凄みをきかせた笑みを浮かべる。
「はぁ、疲れた。」
エリックのお陰でなんとかテストは好調に終わり、あっという間に秋休みだ。
本当に、あっという間だった。一学期の記憶がエリックたちとの勉強しかない。
けれど、とにかく、秋休みだ。
「やっと帰れるね。サチちゃんは今回も魔法騎士団で過ごすの?」
終業式の後、皆で寮に戻りながら秋休みの予定を話す。
シミアちゃんはマーレットと一緒に旅行へ行き、リーカは実家の鍛冶場を手伝うらしい。
「うん、その予定。」
そういえば去年、この時期に調査に行ってねこちゃんたちと会ったんだっけ。そしてその後、
「あ、そうだった。」
突然叫ぶ私にシミアちゃんもリーカも驚いている。
「先生にカリキュラムの希望届出すの忘れてた。」
2学期から始めるカリキュラムのために、いくつか希望の進路を記入して提出する書類だ。
「まじ、それって確か、提出期限。」
「そう。もう1ヶ月も過ぎてるの。先生に話して秋休みの前には出すって言ってたのに。ごめん2人とも、先に帰ってて。じゃぁ、また2学期にね。」
呆れる2人を置いて慌てて教室に引き返す。
気が急いてしまい、投げ飛ばす勢いで教室の扉を開けてしまった。
「あれ、サチさん。どうしました?」
もしかしたらいないかも、と学校中を探し回る最悪の事態も想定していたから先生の顔を見て安心した。
「サチ、なにか忘れもの。」
「あれ、エリック。エリックも先生に用事?」
よく見ると、先生の隣でエリックが何かの書類を持ってこちらを見ている。
「秋休み明けのカリキュラムについて話していたんです。そういえば、サチさんも。」
「あ、はい、ちゃんと持ってきてます。これで、お願いします。」
先生が催促する前に、急いでカバンから書類を取り出す。
昨日必死に悩んで書いたのに、渡し忘れるなんて相変わらず間抜けだ。
「分かりました。進路は魔法騎士団ですか。予想はしていましたが本当にこれでいいんですか。」
先生は書類に目を通し、私の方を見る。私の迷いを見抜くような視線に目を逸らす。
だって、他の進路が思いつかなかったから仕方ない。魔法の研究は向かないだろうし、何かを作れるほど器用じゃない。文官になることも考えたが、文官になるくらいなら魔法騎士団の方が私の能力を生かせそうだった。
「まぁ、3年や4年への進級時にも進路の調査はありますから、ゆっくり考えてください。それじゃぁ、楽しい秋休みを過ごしてくださいね。」
そういうと、エリックの書類も受け取って先生は教室を出て行く。
「進路、魔法騎士団にしたんだ。」
扉が閉まると、エリックは自分の机に向かいながらそう言う。
「うん。それが一番効率がいいしね。」
いいながらも、まだ悩んでしまう。
ニスルさんのことが頭に浮かぶ。今度会ったら伝えないと。
「そういえば、エリックは何か相談?」
話題を変えるために、質問を投げる。
「うん。僕は研究者になろうと思ってるんだけど、まだどの分野がいいか迷ってるから相談してたんだ。」
そんなところまで考えているなんて、しっかりしてるなぁ。
私なんてまだなりたい職業もはっきりしていないのに。
「今から決めないと、分野によって求められる技術も知識も違うから。生物分類の研究っていっても、そのなかで動物、人型魔物、獣型魔物って感じで分かれてるし、研究っていっても文官みたいな仕事中心の部署もあるから。」
詳しいというか、まるで見てきたような口ぶりで教えてくれる。
「もしかして、見学行ったことないのか。」
私の表情を見ていつもみたいな呆れ顔を見せる。
出口の方に向かいながら教えてくれる。
この国で研究者が就く職場と言ったら国が運営を行っている研究機関のことだ。学園の長期休みに合わせて数回、国営研究機関の見学会があったらしい。
エリックはカバンを漁り、一枚の紙を見せる。その見学会の案内だ。
私も行っておくべきだった。そしたらもうちょっと、研究者の道も真面目に考えたかも知れないのに。
なんでエリック、私にもっと教えてくれなかったんだ。
「先生が何回か案内してたけど、聞いてなかったのか。」
エリックは驚きと呆れが混じった表情でこちらを見ている。
「そうだった?」
いつも、朝はリーカが勝手に話しかけてくるから先生の話を聞いていなかった。
重要な内容だったらシミアちゃんが後で教えてくれるし。
だから、そんな目で見ないでよ。
「サチらしい。それ持ってけ。誰でも参加できるから、少しでも興味あればいったほうがいい。」
私の反応を見てエリックは小さく笑い声を上げている。
なんだろう。顔がいいと、こういうちょっとした仕草も様になるんだよな。
「エリックは行かないの?」
行く予定だからカバンの中に入れていたのだろう。私が持っていて日程とか大丈夫なのだろうか。
「もう、日程とかは把握してるから大丈夫。それより、サチの方が必要だろ。進路、まだ悩んでるみたいだし。」
流石エリックだな。当然のように私のことも気にかけてくる。
もしかして、私が戻ってくることも先読みされていたのではないだろうか。
そう疑いながらも、受け取った紙は折りたたんでポケットにしまう。
後で、取り出すのを忘れないようにしないと。前に、間違えて洗濯してしまったこともあった。
それからしばらく、休みのことを話しながら歩いていると、次第に生徒が増えてくる。
「あ、サチ、エリックも。」
寮と校舎、学園の入り口を繋ぐ通路に着くと、ちょうどシミアちゃんとマーレットが門に向かうところだった。
「マーレット、久しぶり。」
マーレットとシミアちゃんは私と寮が違うから、学科が変わって会う頻度が減ってしまった。
「なんか、前会った時よりたくましくなってない?」
見た目には変化がないけど、雰囲気が前より落ち着いたというか、なんというか。
「まぁ、毎日訓練してるから。それより、これ。カリンに渡しといてくれないか。返し忘れてたんだ。」
マーレットはカバンから小さな本を取り出す。
剣術の本だ。あんなに勉強を嫌がっていたマーレットが、自分から本を読むなんて。
「そういうことだから、じゃぁな2人とも。」
私が感動している間に2人は門の方へ行ってしまった。
寮が違うエリックともそこで分かれ、私は自分の部屋に入る。
カリンちゃんはまだ帰ってきていないようで、朝と同じくカリンちゃんの机やベッドは帰省準備で散らかったままだ。
私はその机の上にマーレットからの本と、メモを残し、自分のカバンを持って寮を出る。
帰省時には各自に支給されている鍵を受付の横にある返却場所に置くことになっている。既にほとんどの部屋の鍵が返されている。
受付の人にも声を掛け、他の生徒と同じように正門に向かう。
「フィルさん。お久しぶりです。」
正門の辺りは馬車が並び、それに乗り込もうとする生徒で少し騒がしい。
そんな中、植え込みに隠れているフィルさんを発見する。
「あぁ、サチちゃん。やっときた。」
私を見るなり、神でも拝めるような表情を浮かべ、嬉しそうに近づいてくる。
生徒に見つかって大変だったのだろう。だからあれほど私服で来るように言ったのに。
「団服で来たからですよ。自業自得です。」
私がそう言うと、あからさまにガッカリしている。どうせ、団服で来れば注目を集められると思ったのだろう。けれど現実はそう上手くはいかない。
帰省の時間はただでさえ騒動が多い。そんな中では注目どころではない騒ぎになる。
「それより、早く帰りますよ。」
まだ落ち込んでいるフィルさんの腕を掴み、空間魔法を発動させる。
それに気付いたフィルさんは、血相を変えて私の魔力に自分の魔力を混ぜ始める。
次の瞬間、見慣れた魔法騎士団の基地に移動する。
「サチちゃん、危ないから空間魔法を予告なしで使わないで。」
さっきまでの騒動は忘れたようで、フィルさんは私に注意をして先輩風を吹かせている。
まぁ、あんなことをしたら慌てるのは当然だ。
「それはフィルさんがいつまでもウジウジしてるから悪いんですよ。」
私はフィルさんを置いて宿泊棟に戻る。
フィルさんを揶揄ってはいるが、ちゃんと私の魔法を補佐していると知っていたから、あんな強硬手段に出たのだ。
私の空間魔法は、まだ発展途上で短距離の、私自身のみの移動でしか正確性を発揮できない。
さっきみたいに周りに人が多い状況で、フィルさんを連れてここまで移動するのは、私では失敗する未来しか見えない。
でも、フィルさんのサポートがあればその限りではない。
本当に、フィルさんの優秀さを痛感させられる。
自分の未熟さを恥ながら部屋に向かい、荷物を置くと直ぐに宿泊棟を出る。
フィルさんの姿はもう見えない。訓練場にでも向かったのだろう。
事務棟に入って直ぐの壁に、団員全員の2ヶ月間の予定が書かれたボードが設置されている。
見学会に参加するためには、まず休みを確保しなければならない。秋休み中の予定を確認するため、予定表を眺める。
「あれ、サチさん。お久しぶり、予定の確認?」
ローリーさんが談話室から出てくる。隣にはリーフィユさんもいる。
「はい。ちょっと秋休み中に用事があって。」
私は制服のポケットから、エリックにもらった紙を取り出す。
日程を確認しようと折りたたまれた紙を開いた瞬間、気付いたら私の手から紙が消えていた。
「リーフィユ。突然どうしたの。サチさん驚いているよ。」
ローリーさんに言われて始めて、リーフィユさんが取ったのだと気付いた。
小さく折りたたまれた紙が、その手に収まっている。
「そういえば、ローリー。そろそろ休憩は終わりの頃よね。早く訓練に戻りなさい。」
ローリーさんは困惑した表情を浮かべるが、いくら親しくてもリーフィユさんは副団長だ。渋々訓練場へ戻って行く。
私は困惑の表情でリーフィユさんを見つめる。
「はい。これ、ごめんね勝手に取って。」
ローリーさんが出て行ったことを確認すると、リーフィユさんは紙を返してくれた。
「サチさん、研究員に興味があるの。」
一瞬しか見えていないはずだが、いつの間に内容を確認したのだろうか。
驚く私とは反対に、リーフィユさんは少し困った表情を浮かべている。
「いえ、その。まぁ、卒業後、どうしようかなって、思って。」
まだ魔法騎士団の人たちには進路のことを相談したこともなかったから、いざ口にしてみると少し気まずい。
魔法騎士団以外の進路を選ぶと言うことは、つまりここから出ていくと言うことだ。折角色々面倒を見てもらっているのに、恩知らずだよな。
「そう。いっぱい考えて答えを出せばいいよ。」
共感を得られて驚く私を見て、クスクスと小さな笑みを浮かべている。
「でも、他の場所ならまだしも研究室の名前はここで出しちゃダメだよ。その紙も、皆に見られないように気をつけてね。」
最後に小さくウインクをして、リーフィユさんはまた談話室に戻っていく。
1人残された私は、困惑するしかない。
前から、魔法騎士団と研究室の間には何かあると思っていたが、それほど根の深いものなのだろうか。
本当はこの秋休み中にフィルさんとかに相談するつもりだったが、諦めるしかなさそうだ。
代わりに、ニスルさんたちに相談しよう。
ともかく、気を取り直して予定表を見る。1ヶ月ずっと、私の予定は訓練で埋まっている。
また、あの地獄の、アレクさん監修の訓練が始まる。
そう思うと気が重いが、訓練だけなら予定を調節しやすい。
私は見学の日程だけ確認して紙をポケットに仕舞い、アレクさんがいるはずの副団長室へ向かう。
その次の日から予定通りアレクさんの鬼畜メニューは続き、やっと念願の休日が来た。
「エリック、2週間ぶりだね。元気してた?」
今日が研究室の見学会の日だ。
まだ日が昇ったばかりの時間。寒い中待っているエリックに、手を振り急いで駆け寄る。私服で行くべきか迷ったが、制服で正解のようだ。
「久しぶり、サチ。」
エリックは相変わらず爽やかな笑みを浮かべる。学園内でファンクラブの存在が囁かれているのも頷ける。
今いるのは魔法騎士団の基地に入る門の前だ。
私が研究室への行き方を知らないと聞いて、エリックが案内を引き受けてくれた。
王宮を囲う塀は北側と南側にお城に向かうための通路が延びていて、魔法騎士団の基地はちょうど東側に位置している。
研究機関に向かうためにはどちらかの通路を通らなければいけないが、どちらにしても徒歩で一時間かかる。
フィルさんも今日は朝から討伐に向かっているし、他の団員にも研究室に行くとは口が裂けても言えない。
エリックに1つ貸しを作ることになるが、私の将来が掛かっているのだ、このくらいは大目に見よう。
無言で歩き続けるエリックの横に立ち、ひたすら歩いて1時間後、やっと北門に到着した。
既に日が登り、街が光に包まれている。
市民が生活する区域もある程度分かれていて、北側は商店が多く並んでいる。
南側は工房は多く、西側は富裕層の居住区、東側はその他の市民の居住区が多い。
特に、北門付近は人気店が集中し、いつ来ても人が多い。お城へ向かう馬車も通り、今日も朝から大賑わいだ。
そんな人混みを抜け、衛兵に通行証を見せ北門を通る。
お城へ用のある人は少ないから、門を潜ると途端に静けさが広がる。
通路は高い塀に両側を挟まれているが、幅が広く、両端には木々も並んでいて閉塞感はない。
しばらくすると少しずつ雰囲気が変わり、目の前にお城が現れる。
「ねぇ、エリック。過ぎちゃったみたいだけど、いいの?」
研究機関は王城の外にあるのだから、通ってきた壁の向こうのどこかにあるはず。
それなのに、エリックはどこに向かっているのだろうか。
「大丈夫。ここであってる。」
そんな私の不安を余所に、エリックは庭園を迷いなく歩き続ける。
「はい。到着。」
着いたのはお城の東側、小さな塔が立っている。
エリックは塔の入り口を守るように立っている職員に話しかける。
高さは50メートルほどで塀よりもやや高いが、直径は精々2メートル。人が数人入れば直ぐ窮屈になるだろう。
国の様々な研究をするにはあまりにも小さい。
それに、私が入団の時にローリーさんが教えてくれた塀の仕組みはなんだったんだ。
「ここは、研究施設につながる転移魔法陣がある場所。研究施設には魔法でしか行けない。騎士団とかもそうでしょ。」
エリックは困惑する私に、呆れた表情を見せている。
この国では常識のようだ。
確かに、魔法騎士団の基地は魔法が張ってあって許可された者以外は入ることができない。門からでも、上空からでも、無許可で入ると転移魔法が発動して郊外に飛ばされるらしい。
転移場所が指定されていないそのスリルがいいよね、と冗談半分にフィルさんが言っていた。
「じゃぁ、研究機関の職員も普段、ここを使ってるの?」
北門からここまでもそれなりに距離がある。毎日通うのは面倒な気がする。
「職員には別の出勤方法があるらしいけど、それに関しては僕も知らない。」
落胆のため息をついている。
エリックならなんでも知っていると思っていたが、それだけ、研究している内容が重要ということだろう。
塔の中には何もなく、転移の魔法陣が床に直接描かれている。そこに立つと研究機関の施設へ移動する。
着いたのは学校の教室みたいな部屋だ。椅子や机はないが、右側に出入り口があり、左側に窓、正面には黒板が設置されている。
「こんにちは。これ、施設の案内図です。立ち入り禁止の場所には入らないように注意してください。見学が終わったらこちらに帰ってきてくださいね。」
職員の一人から紙を受け取ると、私たちはそのまま部屋を出る。
部屋の外には学校と似た感じで廊下が続いている。部屋の反対側には大きな窓、昼頃には明るい日差しが入ってきそうだ。
「このあとは自由だから、行きたい場所に行けばいい。じゃ、また今度。」
私の道案内という役目が終わったエリックは、そそくさと目的の場所へ行ってしまった。
その変わり身の早さに呆れながら、渡された案内図を見る。
バウムクーヘンの様に円形の建物で、4階建てだ。階ごとで大まかに分類されており、それぞれ30室ずつ研究室が設置されている。部屋の大きさはまちまちで、研究の内容や人員によって変えているのだろう。
研究内容の短い説明文も入っているが、私には意味が分からない。仕方なく、前に1度ねこちゃんたちの研究で訪れた場所に向かう。
少し迷いつつも無事着いたその研究室は、以前来たときよりも整理されていた。
扉を開けると職員の視線が集る。その1人がこちらに声を掛ける。他にも生徒が見学に来ているようで、それぞれに職員がついて説明をしている。
私の担当はクレアさんだ。
前に来たときは職員が1人しかいなかったが、普段は8人で働いているらしい。討伐などで保護した魔物の健康状態などの分析も行っているようで、分野は獣型魔物の魔法構造らしい。
さらに細かく、研究成果とかを説明してくれているが、私にはさっぱりだ。
ただ、分かったのはここにいる職員はみんな、アイリーンさんみたいな感じと言うことだ。
やっぱり、私には研究は向いていない。と言うことで、別の部屋に行くことにした。
どの研究室も廊下側に窓がついているから、わざわざ中に入らなくても大体分かる。1階は研究室もなく、2階に上がる。
1階が魔法学と魔力学、2階が国の経済や国勢、3階が歴史、4階が語学系や教育のための様々な研究室といった感じだが、4階が本命だ。
1階と違い、2階は机に向かってひたすら書類を比較する仕事が多いらしい。研究室内の様相も異なる。
1階は研究道具がごちゃごちゃと置かれていたが、2階は書類でごちゃごちゃしている。今は多少整理されているようだが、普段はどれほど散らかっているのかと若干不安になる。
結局2、3階にも興味を引かれる研究室はなく、4階へ向かう。
階段を上がって1番最初に目についたのは古語の研究室だ。1階にも古代文字の研究室はあったが、こちらは純粋に言語として研究をしている。
この研究室の職員は3人。他の研究室と比べ、1番人数が少ない。
そう説明されたわけではないが、研究室ごとに予算が組まれる仕組みなのだろう。
国への貢献度が高い魔法学や経済の研究室は設備や職員が揃っているが、言語系の研究室は職員の数が少ない。
言語が得意分野の私としては少し寂しいが、この世界では仕方がないのかも知れない。
魔法で翻訳が行われる世界だ。言語学習の優先順位は当然低くなる。
最後に向かった研究室は、他の研究室と規模が違った。
教育に関わる資料の作成や教育施設の調査などを行っている。
他の研究室が地方に民間の研究機関を置き、それらの中心機関としても役目を果たしている一方、この研究室はここだけ。
民間にも似た機関はあるが、そことの繋がりはない。全てをここで行っているから設備も人数も他の研究室の数倍必要。と、職員が言っていた。
「どうですか。興味のある研究室はありましたか?」
研究室の案内が終わると、教育のための研究室の隅で職員にそう尋ねられる。
他の職員は今でも机に向かって仕事をしている。
「うーん。4階の研究室は興味深かったですけど、まだ決められないです。」
私が魔法騎士団に入るメリットは大きい。
言語系の研究室に入って自分の好きなことを続けるのは楽しそうだが、私は研究するよりも他国と交流する方が好きだ。
「っていうことは、私たちの研究室にも興味を示してくれたんですか。」
私の失言に嬉しそうな表情を浮かべている。ここは他の研究室と比べても忙しそうだから、常に職員を求めているのだろう。
「まぁ、ここもいいと思いますよ。」
正直あまりこの研究室には興味ないけれど、そんなこと言えない。
「本当ですか。ならぜひ、前向きに検討してください。」
職員の食い気味な発言に後悔の念が押し寄せる。
さっき思い切って振っておけばよかった。
「でも、私もう魔法騎士団に所属しているので、そこで悩んでいるんです。」
魔法騎士団で研究室の話題を出せば途端にその場が静かになる。
もしかしたらここでも、と期待したが研究室側はそれほど魔法騎士団を目の敵にしていないらしい。
「魔法騎士団ですか。でも、ここも同じくらい給料も多いですし、休みも十分ありますよ。」
さらに食い気味になった気がする。
余計な墓穴を掘る前に適当な理由をつけ急いで研究室を出る。
初めの部屋へ向かうと、いつの間にかお昼を過ぎている。
参加賞なのかちょっとした軽食をもらい、私は帰宅、ではなく魔法騎士団の基地へと帰る。
もうすっかり、魔法騎士団が私の帰る場所になってしまっている。
それ以降の記憶はなく、いつの間にか夏休みは終わった。
相変わらず鬼畜だよアレクさん。あの人のせいで一瞬も気が抜けなかった。
あの人の元にいて、私は一体どこに向かっているのだろうか。しかもあんなに頑張っているのに、まだ討伐に出る許可は出ないし。
「おはよう、エリック。」
いつも通り1番に学校に向かい、教科書をめくる。学校は安息の地だ。
「相変わらず朝が早いね。」
エリックもいつも通りやって来る。心なしか表情が明るいから、休みの間に何かあったのかも知れない。
「なんか疲れてるけど、また訓練に明け暮れてたのか。」
ため息をつく私に、エリックは笑う。学校で散々アレクさんのグチを言うから、休み明けのこの景色も名物と化している気がする。
「まぁ、無理しない程度でね。」
私のグチを聞いた後、エリックは自分の席に向かっていく。そういえば、エリックがどの研究室に興味を持っているのか。聞いてみてもいいかもしれない。また後で聞こう。
そう心に決めて私も勉強を始める。
休み中に2学期の講義内容が説明された。
今日、説明があるだろうけど、今後はこの学科でも別々での行動が多くなる。その分授業も専門的になるし、予習は欠かせない。
そうしている間に生徒が集り、教室も賑やかになった。
「久しぶり、サチ。休みはどうだった?」
学校が再開して3日後、私は騎士科の教室にいた。
「久しぶり、マーレット。きっと一緒だと思って楽しみにしてたんだ。」
魔法科の教室から騎士科の教室は1番遠く、授業が終わって直ぐに移動を始めてけれど、既に休み時間の残りは1分くらいだ。
教室で待っていた騎士科の面々が、扉が開く音でこちらに視線を向ける。
鍛え抜かれた鋭い目に射貫かれ、怖じ気づく私たちを助けてくれたのはマーレットだ。
駆け寄ってきてお喋りをしながら私たちを空いている席に案内してくれる。
「私も楽しみにしてたんだ。けど、魔法騎士団を志望してる生徒、結構少ないんだな。」
マーレットは、所在なさげに立っている魔法科の生徒を見る。
他の科の教室に入るのは初めてだから、変な感じだ。教室の造りは同じなのに、雰囲気が違う。
「だよね。でもこのカリキュラムを受けても魔法騎士団に入れる保証はないなんだから寂しいよね。」
私はマーレットと同じ席に座る。前の席にはカリンちゃんもいる。
今日は魔法騎士団コースのカリキュラムの1つ『魔剣術』の授業のために、ここに来たのだ。
魔剣術とは、魔法と剣を同時に使う戦い方らしい。
といっても、魔法騎士団の人たちが剣と持っている姿は見たことがない。だからあまり重要性は高くないだろう。
「ようこそ、騎士科の教室へ。」
他の生徒も席に着くと、先生が入ってくる。
校内だから流石に武器は持ち歩いていないが、落ち着いて強そうな雰囲気を持っている。
「私は第5騎士団所属のダウンディルです。魔剣術の授業を担当しています。よろしくお願いします。」
自己紹介が終わると点呼が始まる。
名前の把握も兼ねているのだろうが、騎士科では普段から点呼をしているのか、騎士科の生徒は敬礼して応じている。
ちなみに、この国の敬礼は右の拳を胸に当てるポーズだ。
全て終わると、早速講義に入る。
今日の内容は魔剣術の基礎。
魔剣術は身体強化や武器に魔法をまとわせ、魔法を補佐的に使う戦い方のようだ。
剣術に関しては1年から体育の授業、みたいな感じで全学科共通で受けている。勿論、ただの基礎だから、精々剣を向けられたときに躱せるくらいだ。
魔剣術は魔法と剣術の両方が必要だが、どっちつかずであまり人気がない、らしい。
逆を言えば両方完璧ともいえるけれど、魔剣術を極めるためのカリキュラムは用意されていない。
「ということだ。来週は身体強化の方法を説明する。魔法科の生徒は遠いけど遅れないように気をつけて。」
授業の最後にそう締めくくり、先生は教室を出て行く。
騎士科の生徒は敬礼で見送っている。
扉が閉じ先生の気配がなくなると、張り詰めていた空気が一気に緩む。
「サチ、寮行くんだろ。一緒に行こう。」
これで午前の授業は終わりだ。
これから昼休みが1時間半ある。この間に寮へ昼食を食べに行ったり、教室を移動したりと好きなことをできる。
魔剣術の授業の後に他の授業がないだけでも救いだ。帰りはゆっくり教室へ戻れる。
「そうだね。シミアちゃんもきっと、もう寮に行ってるよ」
教材をカバンに入れ、マーレットと一緒に教室を出る。
騎士科の生徒は授業が終わるとすごい勢いで寮に向かっていた。
流石、育ち盛りで常に体を鍛えている騎士科の面々だ。将来有望というか、なんというか。まぁ、どんなに急いでも結果は変わらない。
「今日はなに食べよう。」
マーレットと暢気に廊下を歩きながら昼食の話をする。レベル1の寮は、食事のメニューが30種類以上あるから、いつも皆悩んでいる。
「そいうえば、私マーレットたちの寮では昼食食べたことないや。今日は一緒に食べてもいい?」
寮食は4つの寮のどこでも食べることができるし、頼めば弁当にしてもらうこともできる。
ただ、いつもはシミアちゃんたちが私の寮で食べることが多く、私が別の寮に行くことは珍しい。
私の提案にマーレットは乗り気で、少し早足で寮へ向かっている。
マーレットとシミアちゃんが住む寮はレベル4、1番質のいい寮だ。ここは貴族や有名な商家の子どもが多く、2人も実は貴族の出身だ。
そんな寮の食事だから、値段も高くなかなか足を運べなかったのだ。
ただ、最近は節約をしているし、少しくらいは贅沢をしてもいいだろう。
「へぇ、これがレベル1の寮か。すごい。」
4つの寮は同じ場所にまとまって建っているが、それぞれの敷地は広く、互いの様子はあまり見えない。特に、レベル1の寮は私の寮から1番遠く、意識して足を運ばなければ見えない。
敷地に入ると、庭の質から違う。
ただの寮なのに噴水がある。木々も丁寧に選定されて、落ち葉1つない。花壇の花もひとつひとつが生き生きしている。毎日、その道の人が手入れしている証拠だ。
「まだ中にも入ってないのに、何言ってんだ。」
マーレットはそんな私に呆れている。この花壇を見てなんとも思わないなんて、これだから貴族は。
境遇の違いを感じながら足を進める。
「それより、早く中に入るぞ。シミアが中で待ってる。」
マーレットはいつの間にか寮の玄関に立っている。
慌てて私も寮の玄関に向かうと、扉が自動で開いた。正確には、ドアマンが開けてくれたのだ。
一々お金が掛かっている。
中に入ると、正面に赤い絨毯の敷かれた階段が現れる。構造自体は他の寮と同じだが、使われている材質は明らかに違う。建物の造詣に詳しくない私でも分かるほど質が良い。
照明も、他の寮はただのランプなのにここはシャンデリアだ。
本物のシャンデリア、初めて見た。
「サチ、こっちだぞ。」
マーレットは迷いなく食堂に向かっている。
まぁ、いつも生活している場所だから迷いようもないけれど。
「あれ、サチちゃんも来たの?どうだった、授業。」
シミアちゃんは食堂の前に作られたちょっとした空間で優雅に本を読んでいた。
こんな空間、他の寮にはない。全ての場所にこだわりが詰まっていて、踏むのも恐れ多い。こんな空間を私が歩く日が来るなんて。
「1度くらいは来ないと損かな、と思って。」
そう言って私は食堂に入る。ここもドアマンが扉を開けてくれる。
そうしては行った場所は、ただただ異世界だった。
他の寮は大抵、この時間は人がひしめき合って騒がしい。くっついて競うように食事をする様子は、昼休みの風物詩でもある。
だが、この寮だけは違う。互いに適度な距離が取られ、喋る声も落ち着いている。
「サチ、どれにする。」
料理を注文するシステム自体は同じようだが、メニューも全く違う。この世界の料理に明るくない私でも名前を知ってるほどの、有名な食材の名称が並んでいる。
一番安い料理でも、他の寮の5倍の値段だ。他に選択肢もなく、それを選んで席に座る。
他の寮では自分で料理を運ぶが、ここでは給餌の職員がいるようだ。
「ねぇ、シミアちゃんたちっていつもこんな感じの料理を食べてるの?」
今、この食堂にいるのは、私以外はこの寮の住民だ。
明らかに私が浮いている。なんか、注目されている気がしてきた。
「毎日じゃないよ。朝、遅刻しそうなときはここで食べるけど、大抵は他の寮に行くし。ここは量が多いから。」
そんなことを言うが、シミアちゃんはこの空間と同じ優雅な雰囲気をまとっている。なんか、違う世界に行ってしまったようで少し寂しい。
「私は訓練で疲れるから、もっとがっつりした料理の方が好きなんだ。だから大抵他の寮に行くぞ。」
マーレットはいつもと変わらない。よかった。
「この食堂を使ってるのは、この寮に住んでる生徒の中でも限られてるぞ。」
そんな話をしている間に料理が運ばれる。
わざわざカートに乗せて運ばれる。この寮の職員は全員所作が揃っていて、この寮の雰囲気をさらに厳かなものにしている。質がいいと言われているだけある。
料理の説明を受け、3人で手を合わせる。
「いただきます。」
食事の前に挨拶をする習慣はこの国にはなかったのだが、私の習慣が移ってしまったようで、今では2人も一緒に手を合わせている。
ただ、目の前にあるのはどちらかというと洋食。フォークとナイフで食べる上品な料理だ。
「ねぇ、シミアちゃん。これ、作法とか間違えたら授業の成績に関わる、とかないよね。」
食事の作法とか私は全く知らない。精々食器の音を立ててはいけない、というくらいの知識だ。
私の不安を払拭するよう、シミアちゃんは穏やかに笑う。
「大丈夫だよ。緊張せずに楽しむのが大切。」
そういうと、早速食事を始めている。普段からシミアちゃんは所作が洗練されているけど、今日は特に落ち着いた雰囲気を放っている。
マーレットも結構様になっている。いつもはあんなにがっついてるのに。
仕方なく見よう見まねで食事をする。値段にふさわしい味だったが、作法を意識しすぎてあまり味わえなかった。
「ごちそうさまでした。」
この挨拶も、作法としてはあまりよくないのだろうが、どうしても止められない。
静かに食器は下げられ、緊張の昼食は終わる。
「どうだった?」
シミアちゃんとマーレットは食後のデザートを食べている。私はデザートなんて買う勇気なかった。
「おいしかった、よ。多分。緊張しすぎて味がしなかったけど。」
私の反応にシミアちゃんは笑っている。
あんな食事を普段から食べていたら、自然と舌が肥えそうだ。
「それじゃ、私先に行くな。これから先生が剣を見てくれるんだ。」
マーレットは運ばれてきたプリンを一瞬で片付け、席を立つ。
表情は急いでいるが動きはあくまでもゆっくりと落ち着いている。一体どうしたらこんな動きができるのだろうか。
「行ってらっしゃい。」
シミアちゃんは笑顔でマーレットを見送っている。昼休みが始まってまだ30分しか経っていない。
「じゃぁ、私も図書館に行かないとだから、また教室でね。」
シミアちゃんに断って音を出さないように立ち上がり、足音に気をつけて寮を出る。
「はぁ。」
やっと息ができる。
深呼吸を数回繰り返し、図書館に向かって歩を進める。
やっぱりここは住む世界が違う。もうしばらくは来ない。絶対に来ない。
「さて、やろうか。」
ウォーナット祭に向けた動きが活発になった秋の終わり。私は魔法の練習のため、趣味の会に入った。メンバーは私以外1人だけど。
今いるのは学園の中で一番大きいグラウンド。
今の時期は皆室内の練習場を使うから、グラウンドは好きに使える。
「よろしくお願いします。」
私は返事をしてグラウンドの中央に立つ。
もう一人のメンバー、魔法科6年のライナー先輩はグランドの端っこで私の様子を見守っている。
この趣味の会に入ったのは1年の終わり頃。本来は魔法技術の向上が目的だが、最近は私の練習に付き合ってもらうことが多い。
先輩が拡声の魔法で指示を出し、それに従って私は魔法を出す。
練習内容は秋休みにした訓練と同じだが、外から見て改善点を挙げてくれる人がいるだけで助かる。
「魔力が乱れてる。もうちょっと落ち着いて。」
開始10分ひたすら大火力の炎を出し続ける訓練だ。
先輩はいつも的確な指示をくれる。お陰でこの会に所属してから魔法が一気に上達した。
「火力が落ちてる。炎を魔力で包む感じ。」
流石に20分続けると苦しい。
一瞬放出するだけで常人ならの魔力が枯渇するほどの威力だ。それを維持するのだから下手すれば死ぬ。
「そこまで。」
そのギリギリを判断して止めるのも先輩の役割だ。
ライナー先輩は魔力自体少ないが、その分扱いが上手でこういったことにかけては右に出る者がいない。
魔法騎士団は皆、膨大な魔力を持っているから、大分大雑把なのだ。
魔法を解くと一気に力が抜け、膝から崩れ落ちる。息をするのもやっとだ。
「はい、回復薬。大分よかったよ。そろそろ実戦に移ってもいいんじゃない。」
先輩が急いで駆けつけてくる。
やや苦みのある回復薬を飲み干し、グラウンドに仰向けになる。
「そう、ですね。そろそろ始めないと間に合わないかも。」
なんとか息を整えると立ち上がる。
「でも、毎日頑張るね。」
まだ震える足で立つ私に、先輩は呆れた表情を見せる。
「だって、1位にならないと、私、死にますよ。」
既に何度か口にしたこの言葉に、先輩が笑う。
秋休みの最終日、アレクさんから言われたのだ、ウォーナット祭の魔法関連の大会で1位になれなければ訓練メニューを更に強化すると。
ただでさえ死にそうな今のメニューが、強化されれば確実に死ぬ。それだけは嫌だ。
「じゃぁ、先輩お願いします。」
なんとか魔力も半分に回復し、体調も戻ってきた。
先輩は少し表情を曇らせているが、私がお願いすると承諾してくれた。
2人で向き合い、まず一礼する。
今回は審判がいないからそのまま試合開始。
魔法の戦闘においては先手必勝。紐を出して先輩を拘束しながら、中規模の炎を叩き込む。
あまり期待はしていなかったが、少しだけ先輩の服をかすった。
「先輩、真面目にしてください。」
私の抗議に先輩は笑っている。先輩なら私がどの魔法を使うか感知できたはずだ。
その上であえて当たった。ほんと、アレクさんといい先輩といい、私をバカにする。
拘束は解かず、そのまま先輩を持ち上げる。
上空10メートルほどの所にいる先輩は飄々とこちらを見下ろしている、はずだ。ちょっと遠すぎて表情が見えない。
私も先輩と目線を合わせるために飛び上がる。今年の秋休みに覚えた飛行の魔法だ。
これで先輩は私が拘束を解けば真っ逆さまに落ちていく。
この高さだから落ちてもそれほど衝撃はないだろうし、危なければ私が助ければいい。とりあえず先輩を戦闘不能にすれば勝ちなんだ。
先輩が飛行かそれ似た魔法を使えたらダメだけど、そんな魔法を使うほどの魔力、先輩は持っていないはずだ。
「先輩、降参しても良いんですよ。」
どうせそんなことしないと分かっているが、念のためだ。
だが、先輩は無言を貫いている。降参しないと言うことだろう。
仕方がない。本当は使いたくなかったけれど、私が使える中で一番強力な闇魔法を発動する。
「先輩、これで降参してくれますか。」
人の心を操る闇魔法。これなら勝てるはずだ。
「闇魔法なら効かないよ。魔法の無効化が僕の得意分野だからね。」
それなのに先輩は、余裕の表情を浮かべている。
そういえばそうだった。
初め、担任の先生に先輩を紹介してもらったとき、そう言っていたのを忘れていた。
でも、私じゃ、先輩を殺さない程度で気絶させる魔法なんて使えない。闇魔法だけが頼りなんだ。
一体どうすれば。
情報が少なすぎる。普段先輩に私の魔法を見てもらうばかりで、先輩の魔法を見せてもらう機会が少なかったから、先輩の手の内が見えない。
知っていることは、魔力が少ない代わりに魔法の感知に長けていることくらいだ。
多分、魔法の無効化も魔法の感知に起因しているのだろう。
どんなに気付かれないように流す量を少なくしても、先輩にはばれる。
「もう、一か八か。」
拘束を強めて動けないようにして、大量の水の球を投げつける。
弾かれてはいるが、魔力が少ないなら押せばどうにかなるはずだ。
「先輩そろそろ諦めてください。」
先輩の制服から水がしたたり落ちるようになったことを確認して、攻撃を止める。
もう、魔力の底が見えているはずだ。
先輩は武闘派でもないし、魔力がなくなれば私の勝ちだ。
「そう、だね。降参、するよ。」
私の問いかけに、一瞬間を置いて先輩から返事が返ってくる。
成功だ。
「やったー。」
上空なのを忘れてはしゃいでしまい、一瞬先輩の足場が崩れる。
「え、ちょ、ちょっとサチさん、僕、落ちてる。もう、魔力、尽きてるよ。」
慌てる先輩の声で現実を思い出す。すっかり忘れていた。
なんとか地面に着く前に魔法が間に合い、ギリギリのところで先輩の落下が止まる。
「すいません、先輩。」
心臓が止まるかと思った。流石に先輩を怪我させたら寝覚めが悪い。
「よかった。ありがとうサチちゃん。」
私が地面に降りると、先輩も立ち上がる。
「本当にすいません。まだ、飛行魔法は安定してなくて。」
そう言いつつ、笑みがこぼれる。やっと勝てたのだ。
魔法騎士団の訓練でも、まだ1度も勝てたことがなかった。
やっと一歩踏み出せた感じだ。
「そういえば、どうやったの、さっきの闇魔法は感知できなかった。」
先輩は怪我ないことを確認すると、私に驚きの表情を向ける。
「水球に僅かな闇魔法を混ぜたんです。先輩が感知するかどうかは賭けだったんですけど、気付かれなくてよかった。」
本当に賭けだった。これでダメだったら私から降参しようかと考えていたくらいだ。
「そっか。確かに。流石。次からは気をつけないとね。」
まぁ、これで私の手札は減ったんだけど。
とりあえず、私の勝ちは先輩も認めてくれるようで、今日の練習はここで終わった。
先輩に回復薬を渡して、私は急いで校舎に向かう。
今ならまだ、シミアちゃんたちもウォーナット祭に向けて寮の外で練習や準備をしているはずだ。探せばきっと見つかる。
早く自慢しに行こう。
それから3ヶ月。ほぼ毎日、休日も練習をした。
それに付き合ってくれた先輩には感謝している。
お陰で勝率は五分五分くらいには上がった。先輩は上級者の中では魔法の実力が五本の指に入る強さらしいから、頑張れば1位になれる。
とはいっても、先輩の専門は魔道具の作成。授業で学ぶ戦術に比べると劣る。
ただ、魔法を用いた戦術の講義を受けるのは魔法科の中でも少数で、基本的なことだけらしい。
今はそれを専門に勉強している生徒もいないようだし、勝率はある。
僅かな期待と不安を背負って、ウォナート祭が始まった。
今年は1番最初に私の出番がある。魔法を用いた戦闘、魔術道の大会だ。
魔法科は全員参加だが、決勝戦に残った2年は私だけ。1年と3年は全員予選で脱落。
残っているのはほとんど上級生だけの苦しい状況だ。
「いよいよ魔術道大会の本戦です。」
会場は観客で賑わっている。先輩たちは既に名前を呼ばれ、いよいよ次が私の番だ。
「残る最後の挑戦者は、魔法科2年。サチ。」
深呼吸をしてからステージに向かう。
先輩の横に並んで私が一礼すると、拍手が響く。こんなこと初めてだから、緊張する。
「決勝戦まで来られたんだ、よかった。」
私の隣に立つライナー先輩が安堵の表情を見せているが、大変なのはこれからだ。
残った選手8人でトーナメント戦。
上級生の情報はほとんどないから、相当難しい戦いだ。
「まず初めはダリ対ライナー。他の選手はステージ下に移動してください。」
早速先輩の出番だ。
2人を残して私たちは降りる。待機中の選手はステージ脇のベンチで観戦できる。
ライナー先輩ならともかく、ダリ先輩が勝ち残ったら私が相手をするのだ。情報を可能な限り集める必要がある。
「それでは、初め。」
盛大な歓声と共に、試合開始の合図が響く。
先手を打ったのはダリ先輩だ。
ライナー先輩は魔力が少ないせいか、いつも初めは様子見だ。
ダリ先輩が水の膜で防御壁を創り、微細な水を弾丸のように放つ。私は魔法で感知できるが、常人は視認できない大きさだ。当たり所によっては致命傷を与えることもできるだろう。
だが、その攻撃は先輩に当たる前に消える。先輩お得意の無効化だ。
ダリ先輩はそのことを知っていたようで、驚く様子もなく次の魔法を打つ準備を始めている。
ライナー先輩も警戒の態勢を取りながら、次の手を考えている。
普段先輩が攻撃に回ることはないが、今回はそれでは勝てない。しかも相手は既に防御壁を敷いている。それを突破して相手に攻撃を当てるには、それだけの威力が必要になる。
緊迫した雰囲気の中、両者一歩も動かずただ静かな時間が続く。
初めは歓声を上げていた観客も押し黙り、固唾をのんで見守っている。
「ぐ。」
突然ダリ先輩がしゃがみ込む。胸を押さえ、苦しそうな声を上げている。
「僕の勝ちだね。」
ライナー先輩はステージ上で余裕の表情を浮かべている。
時何が起こったのか分からず、説明を求めて周りを見る。ライナー先輩が動いたようにも思えなかった。
「水の膜も通り抜けるほどの小さな風の刃を放ったんだ。その攻撃を同じ場所に与えれば、やがて致命傷になる。地道だけど、有効的な攻撃方法だよ。」
私の隣で静観していた先輩が、説明してくれる。
他の先輩たちには攻撃が見えていたのだろう。流石だ。
「勝者、ライナー。」
しばらくの後に、ダリ先輩は降参。ライナー先輩の勝利が決まった。
ピースをしながらこちらに向かってくるライナー先輩と、入れ替わるように次の選手がステージに上がる。
私は先輩に回復薬を渡す。
先輩の魔法は創意工夫がされていて確かにすごいが、魔力の少なさがどうしても欠点になってしまう。
「前から思ってたけど、この回復薬ってどうしたの。市販品にしては効果が強い。」
試合を見ながら、ライナー先輩は魔力の戻りぐらいを確認している。
「魔法騎士団から支給されているんです。先輩に渡すことは伝えていあるので、気にせず使ってください。先輩のお陰で魔法の練習もはかどりましたし。」
この回復薬は、アイリーンさんが作っているもので、1年の頃から月に10個ずつ送ってくれている。
実は魔法騎士団の中にライナー先輩を知っている人がいて、趣味の会のことを伝えたら先輩の分まで余分に送ってくるようになったのだ。
「へぇ、流石だね。もう魔力が回復してる。」
先輩は手の上に小さな竜巻を作っている。
「それより、サチちゃんは次だけど、大丈夫そう?」
試合はそろそろ終わりに近づいている。
6年と4年の対決だから、実力の差が現れている。
「分からないです。予選を見れたらよかったんですけど。」
対戦相手の先輩は他の場所で予選をしていたから、試合が見られなかった。
先輩が水と土の属性だと教えてくれたけど、どんな属性でも使い方次第で他の属性のような動きを見せる。
情報としては弱い。
「まぁ、そうだね。でも、次の相手は基本に忠実だからサチちゃんなら大丈夫だよ。ほら、行ってらっしゃい。」
最後の1手で試合が逆転し、終了の合図が響く。
予想外の展開に会場はざわめいている。
選手と入れ替わって私がステージに上がると、反対側の階段から対戦相手が登ってくる。
「3回戦はサチ対アーロン。」
開始の合図が響くと互いに挨拶をして試合が始まる。
私なら初め、土属性を使うだろう。運がよければ相手に攻撃を加えられるし、動きを封じることもできる。それに、他の魔法に比べると攻撃力が低い。
様子見には最適だ。
あくまでも私の考えだけど。
そう判断した私はばれない程度に浮き、風の防御壁を作る。風は見えないから使いやすい。
「泥沼。」
アーロンさんの詠唱と共に私の足元だけステージが泥状に変化する。
水属性でもあるアーロンさんならではの使い方だ。
1度足を取られると容易には抜け出せないだろう。
「何をしてるのかわからないけど、まぁいいか。」
確かに地面と接しているのに沈まない私を見て、困惑した表情はない。
私は学園内で多少目立っているようで、ほとんどの人が私の情報を持っている。
その分、不利だ。
「水球。」
アーロンさんは詠唱をするから次の一手が分かりやすい。
魔法を使うときに、詠唱をするのは具体的なイメージを持ちやすいから。
始めて魔法を使うとき、大抵の人は詠唱をする。ただ、詠唱自体に力はない。
詠唱通りにサッカーボール程度の水の球が現れる。あの大きさだと攻撃はできない。
それなのになぜ。
考え始めると色々と気になってしまう。詠唱のメリットは大きいが、手の内が相手に分かりやすい。
アーロンさんは既に5年生で、詠唱をしなくても魔法が使えるはずだ。
それなのに詠唱をしている理由は、確か先輩が前に言っていた。
「そう、相手をだますとき。」
答えに辿り着くのと、目の前に檻が現れるのは同じだった。
やっぱり、別の魔法が使えるのか。でも、檻なら簡単に抜け出せる。転移魔法で移動することもできるし、私の土属性ならこの檻を壊すこともできるはずだ。
それなのに。
先輩は基本に忠実って言っていたけど、こんな戦い方をする相手は初めてだ。
いつも考える前に魔法で解決できるから、こんな時の対策はしてこなかった。
どうしようか。
「あ、闇魔法は効かないよ。魔法の無効化にはいくつか方法があるからね。」
アーロンさんは静観の姿勢を見せている。
魔法の無効化は闇魔法でしか使えないはずだ。土属性は基本的に大地を動かし、水属性は水を創り出すだけだ。
先輩は繊細な魔法感知で無効化しただけ。
ウソ、なはず。ウソだよね。
あぁ、分かんない。もし本当なら墓穴を掘る。
観客の声が遠くに聞こえる。自分が混乱状態に陥っているサインだ。
けれど今の状態で私に解決するすべはない。相談相手もいない。
自分が自暴自棄なのは自覚しているが、これ以上考えても時間が経過するだけだ。
一応10分という制限時間が設けられている時間オーバーで失格になる前に。
一か八かで魔法を放つ。
威力は90%、もしかしたら致命傷になるかもだけど。
その時はアイリーンさんの回復薬でなんとかなるはずだ。死んでなければ回復すると言っていたし。
「勝者、サチ。」
まだ攻撃は当たっていないはずだが、終了の合図が響く。
困惑しながら魔法を解く。
「これ以上は危険と判断しました。」
先生から説明が入る。やっぱり、他の人も致命傷になると判断したようだ。
やや拍子抜けしながらステージを降りる。
「まぁ、勝ちは勝ちだから、次頑張ろう。」
先輩は苦笑いを浮かべている。
「ほんと、なにあの大きさの炎。折角綿密に戦略を考えたのに、台無し。あれ、先生が止めてなかったら死んでたでしょ。」
ステージから戻ってきたアーロンさんが、怒りを滲ませた声で言う。
そうだよね。
だからあんまり、炎系の魔法は使いたくないんだけど、咄嗟に出たのがアレだったんだ。
「まぁ、とにかくおめでとう。」
八つ当たりされるかもと警戒していたが、それほど怒ってはいないようで表情を崩し、私を励ましてくれる。
お詫びの気持ちとして回復薬を渡したら喜んでくれたし、これで万事解決だ。
「さて、いよいよ決勝戦です。」
そうして準決勝を終え、決勝戦になった。
「まずはレンダ。」
ステージにレンダさんが登ると歓声が響く。決勝戦となると観客の応援も気合いが入っている。
「サチちゃん、僕の仇を取って。」
ステージ横で名前が呼ばれるのを待っていると、ライナー先輩が励ましてくれる。
魔力量の少なさは戦闘において致命的だ。
準決勝、先輩とレンダさんの対戦は一瞬で片がついた。
「もう1人はサチ。」
私がステージに上がると、さっきと同じように歓声が響く。
でも、全然嬉しくない。
アーロンさんとの対決で使った大規模な炎魔法に恐れをなしたようで、準決勝の相手は直前で棄権したのだ。
「俺は他の奴らほど臆病じゃないから覚悟しろよ。」
私が視界に入るとレンダさんは威嚇するようにそう叫ぶ。
棄権したのは自分の実力を把握していたからだと思うけれど、確かにまぁ、騎士としては相手が強敵でも引くことは許されないのだろう。
先輩曰く、レンダさんは元々騎士科に所属していて、大学院に上がる過程で魔法科に移ったレアキャラらしい。
「よろしくお願いします。」
私が一礼すると試合開始の合図が響き、同時に火の玉が飛んでくる。
避けてもUターンする追尾型だ。
10コそれぞれの火の玉を操れるのは相当実力がある証拠。
逃げながら方法を考える。
術者本人に近づけば流石に火の玉の追跡もなくなるだろう。ただ、懐に入るのは危ない。
仕方なく水の防御膜を張る。火は水に弱い、というのが一般論だ。
とはいっても、この後の対策が思いつかない。
一応、実力を把握するために小さな水の球と土の矢を放つがあっさり払いのけられる。
恐らく獣人の血が入っているのだろう。矢が手に当たる一瞬、右手が獣化していた。
恐らく龍族だろう。彼らはどんな攻撃も防ぐ固い鱗を持っている。
つまり大抵の物理攻撃は効かない。
さっきみたいに大規模な魔法を放てばよいかも知れないが、きっと先生たちに止められる。
となれば精神干渉だが、それも龍族にはあまり効かない。
同じ龍人族のアレクさんに以前実験台になってもらったとき、他の人に比べて成功の確率がぐんと下がった。
精神支配に長けた他の団員でも、もう少し成功率が高かった。
「どうしたんだ。その程度か、さっきみたいに派手に攻撃してこいよ。」
様子を伺うだけの私にしびれを切らし、レンダさんが新たな一手を繰り出してくる。
炎の球が矢と変わる。さらに火力が加わり、僅かに水が蒸発する。その隙を狙って矢が入ってくる。
いくら逃げても膜の中では逃げ場がない。
やむなく膜を消し、別の膜を張る。今度は炎を吸収する闇属性の膜だ。
本当は攻撃を跳ね返す防御壁を作りたかったが、実現するには時間が足りなかった。
ついでにレンダさんに精神支配を掛けてみるが、効いた様子はない。
今の私じゃ、他に使える手は限られてる。
アーロンさんのように泥沼を仕掛けても、上空に逃げられるだけだろう。
まだしばらくは防御壁が機能する。攻撃手段を考えることに集中する。
私の周りには普段から良いお手本がいる。魔法騎士団の訓練で見たことを思い出し、使えそうなものを選ぶ。
「足元に気をつけた方がいいよ。」
そう言いながら転移魔法を起動する。
この試合の勝利条件は相手を再起不能な状態にするか、もしくはステージから降ろすことだ。
つまり、攻撃できなくてもステージ下に転移させれば勝ちだ。
以前フィルさんが使っていた方法を参考にしてみたが、台詞までまねする必要はなかった気がする。
元々期待はしていなかったが、案の定上空に逃げられた。
折角、転移魔法が成功してもう少しで地面に着きそうだったのに。
仕方なく私も上空に飛び、目線を合わせる。
移動のせいで火の玉は消えた。
その代わりにレンダさんは獣化を完全に終えている。もう、生半可な攻撃力では傷もつけられない。
もうひとつの手段に移行する。
「えっと、確か先輩って騎士科に入っていたんですよね。」
先輩は私の質問に自慢げな表情を見せている。
魔法科に所属しているにもかかわらず剣を腰に下げていることから、騎士科であることを誇りに思っていると予想していたが、当たっていたようで。
私の動きに警戒しながらも、騎士の素晴らしさを語っている。
「君は魔法騎士団に所属しているのらしいな。だが、この国で最も活躍しているのは騎士団だ。」
騎士団のことなんてあまり興味ないが、一応興味のあるフリをする。
「すごいですね、じゃぁその剣は本物ですか。」
私の質問に、先輩は待ってましたとばかりに食いついてくる。
先輩は僅かに右手を剣の柄に近づけるが、柄を握る前に動きが止まる。
成功だ。
「なんだ、これ。体が動かない。」
混乱した表情を見せている。
1年ほど前から治癒魔法が得意なリーフィアさんに身体支配を教えてもらっていたのだが、今まで散々練習して成功率はやっと半分。
もし効かなかったら大規模魔法をぶつけしかなかったが、これならなんとかなりそうだ。
レンダさんは体が動かず、さっきから同じ姿勢で宙に浮いている。
羽の動きを私が操ってなんとか宙に浮けているが、少しずつ高度も下がっている。
そのまま少しずつ高度を下げ、やんわりと足が地面に着く感覚が僅かに伝わり支配を解く。
あまり手際はよくなったが、とりあえず優勝だ。
レンダさんも観客もあまり状況が理解できないようで、拍手はまばらだ。
全体的に納得していない雰囲気で、そそくさとステージを降りる。
「おつかれ、サチちゃん。」
私の試合終了をステージ横で待っていた先輩は、私が階段を降りると直ぐに駆けつけてくる。
役目が終わり観戦に徹していた他の先輩も、興味があるようでこちらを見ている。
「精神支配、治癒魔法の応用技を使ったんです。ちょっと卑怯ですけど。」
私の説明に釈然としない表情をしながらも先輩たちが私を労ってくれる。
その波を抜け、レンダさんの元へ向かう。
支配が解け身動きは自由にできるはずだが、まだ呆けた表情をしている。
「あの、先輩。強かったです、ありがとうございます。」
私が声を掛けると先輩は怒った様子で一瞬剣の柄を握るが、諦めたようで手を放しこちらに手を差し伸べてくる。
「どんな手でも勝ちは勝ち。おめでとう。」
その手を取り握手をすると、2人一緒に表彰台に案内される。
本戦に参加した他の6人もステージに上がり、一緒に賞賛を受ける。
これが本当の、私の実力で得た勝利だ。
賞品のバッジを受け取りながら感慨に浸る。
これでアレクさんも多少訓練の内容を易しくしてくれるだろう。
自分でバッジを制服につけ、賞賛を送ってくれる観客に一礼する。
こうして大会は終わり、観客が次々と席を去って行く。
観客がいなくなった会場で、私たちはお喋りに興じる。
次の大会が始まるのは1時間後、少しならここにいても怒られないだろう。
同じ分野を専攻しているだけあって、皆話があう。
魔法陣のこと、進路のこと、属性、治癒魔法、転移魔法、話題はコロコロと変わる。
「あ、サチちゃん。お客さんだよ。」
ちょうど身体支配の話題になったとき、私の正面に立っていた先輩が後ろを指さす。
シミアちゃんたちは今、別の大会に参加していて来れない。
他に来客が思いあたらず不審に思いながら後ろを振り向く。
「あ、お久しぶりです。」
振り向いた先にいた2人に苦笑いを浮かべる。
「久しぶりサチちゃん。決勝戦だけ見てたけど、すごかったよ。おめでとう。」
フィルさんが私の頭を撫でながらそう言う。
別にそんなことしても喜ばないのに、フィルさんは時々私を子ども扱いする。
怒りを込めて睨むと慌てて手を放している。
「それより、どうしたんですか。」
もう1人の方を見て尋ねる。
フィルさんならともかく、この人がただ賞賛のために来たとは思えない。
案の定笑みを深め、私を先輩たちから離れた場所へ誘導する。
「なんですか、アレクさん。仕事ですか?」
私の問いに呆れた表情を見せている。
「まず、優勝おめでとうございます。秋の頃よりも上達しましたね。」
アレクさんのその言葉を聞いてフィルさんは笑みを浮かべている。相変わらず暢気だ。
この人がこう言うのは上げて落とすため。
長年一緒にいるのになんで気付かないのだろうか。
「ただ、今回の勝利は魔法騎士専攻の人がいなかったからです。」
やっぱりこうなる。
アレクさんは次々と私の改善点を上げる。全部分かってるのだ。
私がまだ実力不足なことも。
きっと、魔法騎士団の他の団員だったら一瞬で勝負を決めることができたはずだ。
「夏休みにはここを重点的に訓練するので、休みまでの間も練習を続けていてください。」
改善点を10こ挙げ、アレクさんは去って行く。
その後ろ姿を一睨みして、先輩たちの元へ戻る。
私たちの様子を横目で見ていたようで、あっという間に囲まれる。
流石、アレクさんとフィルさんは魔法騎士団の中でも1、2を争う人気者なだけある。特にアレクさんはこの学園の卒業生、生徒に大人気だ。
だから、あんまり話しかけて欲しくなかったのに。目立って良いことなんてない。
適当にやり過ごしている間に、次の大会の準備が始まり解散となる。
私が出場する大会は、あと、明日の『魔法技術コンテスト』と最終日の『使役魔物鑑定』だけだ。
精々、他の先輩たちが出場する大会を観戦しよう。
そうして恒例の使役魔物鑑定まで終わり、ウォーナット祭は幕を閉じた。
それから1週間、補習や学年末の調整を行い卒業式、そして修了式が執り行われた。
卒業生は一列に並び、敬礼をして立っている。
学園長が開会宣言をし、次々と内容が消化されていく。
前の世界の学校と違って、式中に動いたりお喋りしていても注意されることはない。いたって気楽な式だ。
学園長、校長の挨拶が終わると在校生の代表として3年の先輩が檀上に上がる。
挨拶を占め、先輩がお辞儀をすると会場から拍手が響く。
そして、答辞としてライナー先輩が壇上へ上がる。いつもは動きやすいように制服ではなく指定の運動服を着ていることが多い先輩だが、今日は制服を着ている。
先輩が言葉を紡ぐ度に、後ろの保護者席や卒業生の席からすすり泣く声が聞こえる。卒業式らしいしんみりした雰囲気だ。
先輩が壇上を降りると国歌を斉唱し、式が終わる。
卒業生と保護者が会場を去るとそのまま修了式も行われ、各学年の代表が修了証を受け取ると全ての行事が終わる。
ホームルームで生徒全員が修了証を受け取ると学校も終わり、それぞれの時間が始まる。
「先輩。」
私はカバンを持つと急いで先輩がいるはずのグラウンドに向かう。
早くに会場を後にした卒業生たちはグラウンドで写真を撮ったり、別れを惜しんだりしている。
何人かは既に帰っているようだが、ライナー先輩はまだ先生たちとしゃべっている。
「あれ、サチちゃん。」
私に気付くと直ぐにこちらに寄ってくる。
その手には花束がいくつも握られている。人気者だ。
「先輩、卒業おめでとうございます。」
その花の山の上に私の花束を置く。
学園内の商店街で買った花だから他の人の花と似ているが、まぁ、数がもらえるだけで先輩は喜ぶはずだ。
「ありがとう、サチちゃん。」
先輩は私の花を見て嬉しそうにしている。
こんなにたくさん花をもらって、この後どうする予定だろうか。
花を丁寧にお世話するような性格には思えないけれど。
「これでやっとレポートに追われずに済むよ。」
先輩の担当教師をしていた先生を横目で見て、小さな声でそう言う。
確かに、ウォーナット祭の準備と並行してレポートを書いていた先輩は忙しそうだった。
表面上は清々しそうな表情を浮かべているが、その表情の奥には寂しさが見える。
「先輩は民営の研究室に入るんですよね。」
それにつられて寂しさが込み上げてくる。
それを隠すために話題を変える。
先輩と先生たちがそう話しているのを聞いたことがある。
少ない魔力で使える魔道具を作りたいとも言っていた気がする。
「そう。これでサチちゃんとお別れだけど、サチちゃんならきっと大丈夫だよ。」
私が不安がっているとでも思ったのか励ましてくれる。
確かに練習相手がいなくなるのは不便だが、ウォーナット祭で他の先輩たちとも親しくなることができた。声を掛ければ少しは付き合ってくれるはずだ。
「そうですね。それじゃぁ先輩も頑張ってください。」
先輩を横目に見ている他の生徒が視界に入り、さりげなくその場を去る。
私がいなくなると、ここぞとばかりに在校生たちが群がっている。
人気者は大変だ。
私はそそくさとグラウンドを出て寮へ向かう。
もう既に数人は帰宅準備を済ませて寮を出ている。
私も同じようにカバンを持ち、校門へと向かう。今日もフィルさんが迎えに来ているはずだ。
学園生活の2年目も、それなりに楽しかった。
相変わらず進路は決まっていないし、自分のしたいことも見つかってはいないけれど、友好関係も広がったしシミアちゃんたちとも更に仲良くなれた。
いつまでこの生活が続くかも分からないし、どうやったら元の世界に戻れるかも分からない。
でも、もっと皆とも一緒にいたいし、できることならちゃんと学園も卒業したい。
きっと、私のこれからは神しか知らない。
どこかにいるらしい創造神しか。




